上 下
183 / 462
第1章ルーキーPartⅢ『天空のコロッセオ』

エピローグ 第2科警研にて/惜別の時

しおりを挟む
 そのセンチュリーも大田原の後を追ってホールに入れば、そこでは呉川の紹介で大田原が英国アカデミーの彼らと挨拶を交わしているところであった。

 大田原と呉川を囲んでいたのはガドニックを始めとしてホプキンスやタイム、それにカレルといった面々だった。そこにアトラスやエリオットの姿もある。そこに遅れてセンチュリーが駆けつけたところだ。
 その時、大田原はガドニックと向い合っていたところだった。
 
「お名前はかねてより聞き及んでおりました。こいつらの頭脳を作り上げた方だと」
「えぇ、本来は人工頭脳の開発研究が本分でして。彼らとの関り合いは私としても得るものが大きい。これからもご協力させて戴くつもりです」
「身体と言うのは優れた頭脳と心があってこそ、初めて成立するものです。ガドニック教授の様な素晴らしい方々のお力添えをいただけるのであれば我々も心強い」

 大田原がそう告げれば、ホプキンスも声をかける。その次にはカレルが控えている。
 
「私どもも微力ながら協力させていただきたい。どんなことが出来るかは未知数だが、国を超えて協力関係を結べるのならより大きな成果が生み出せるはずだ」
「それはワタシも同意見だ。今回の特攻装警の成果は欧米でも広く伝わるでしょう。そうなれば我が英国でも特攻装警の様な機械化警察のプランが出てくる事も十分ありえる。一方で我々欧州では日本以上にテロ案件の被害が多発している。それらの情報を提供することで両国の治安回復の一助になるでしょう」

 そこに歩み寄ったのは警備部の近衛だった。

「それはワタシからも協力させていただきたい。たとえ非公式な個人間のやり取りであったとしても、情報と技術の共有は不測不及の事態に備えるためにも、警察当局としては喉から手が出るほど欲しているはずです。率先してテロ案件や機械化犯罪への対処法を広げていく必要もある。いずれスコットランドヤードにも連携のための話し合いを提案しようと思います」

 近衛の言葉にうなづきながらカレルが言う。
 
「それであれば、私のコネクションからスコットランドヤードに影響力を持つ人物を紹介させていただこう。それと英国の軍部のテロ対策セクションも紹介できるでしょう。こう言うことは少しでも早いほうがいい」
「よろしくお願いいたします」

 近衛がそう答えれば、誰ともなく皆が頷き合っている。おそらくはこの日を始まりとして日英の叡智の協力関係が広がっていくのは間違いなかった。そして、会話の流れが変わった所でタイムが大田原に問いかけていた。

「しかし、アンドロイドの開発目標に格闘技を設定するとは思い切ったことを考えましたね。欧米ではスポーツをさせて性能の発達を促すという事はよく行われているが、流石に格闘技まで行わせるのはなかなか手がつけられていないのが現状だ。ミスター大田原、ミスター呉川、どうしてそのようなことをはじめられたのです?」
「あぁ、それですか」

 大田原は一呼吸置くとアトラスとセンチュリーを手招きした。
 
「実はこっちのアトラスの場合、着任先がヤクザマフィアなどを直接相手にすることの多い危険度の高いセクションでしてね。銃器類の使用だけでなく、近接戦闘も行わなければならない。そのため、アトラスは着任先の警察職員の方の協力を得て独自に格闘スキルを身につけていました。ですがコイツは見ての通り外骨格式であり、頑丈で耐久性があるが柔軟性と運動性においてどうしても不利なケースが出てくる。そのためこのアトラスは何度も現場にて苦汁をなめている。それを血の滲むようなフィードバックトレーニングで克服した過去がある」

 大田原の言葉にアトラスははっきりと頷いていた。そしてその頷きに疑問を抱いたホプキンスは思わず問いかけていた。
 
「フィードバックとは――何回程度かね?」

 だが、その問いに、アトラスは事も無げに言い放つ。
 
「先日の対ベルトコーネ戦を例にすれば――1万6千回はこなしたかと」

 あまりに非常識な数字が出たことでホプキンスもタイムもあっけにとられて言葉を失っていた。そのリアクションに応えるようにアトラスの言葉が続く。

「無論、電脳空間内での仮想シュミレーションを含めてですが、私はあらゆる可能性を実行完了してから実戦に望んでいます。あらゆる面で格闘戦闘に向いていない私ではそう言う手法しか取れないのです」

 それはアトラスにとって己のシステム面での劣勢を吐露する言葉だったが、それはそれでアトラスの任務に対する執念のようなものを印象づけるには十分だった。それほどの闘志と正義感があればこそ、あの地獄のような戦いの場で戦闘の矢面に立てたのだと周囲が理解するのはすぐである。

「このアトラスの苦労を目の当たりにして、私と呉川はアトラスの次となる特攻装警の開発を行うにあたって、特攻装警の任務において必要な白兵戦闘能力としての格闘技をこなせるアンドロイド機体とする事を目標としました。その結果、得られた答えが、このセンチュリーの様な内骨格式であり、優れた動体反射神経を持つ高度な中枢神経系を備えたアンドロイドと言う物だったんです」

 大田原が語り終えると、その脇から呉川が口を開いていた。

「それ以上に俺達のように日本の技術屋と言うのはみんなへそ曲がりだから、他とは同じ事をやっても満足できない生き物でしてね。各種スポーツをアンドロイドに行わせるのが世界で流行っていると分かれば、それ以上に難易度の高いことをさせたくなる。それならスポーツ以上に難易度の高い中国や日本の格闘技技術をマスターさせる事を思いつく。それならいっその事、開発メンバーに格闘技の達人を入れてしまったらどうだろう? と言うことを考えたんですよ」

 呉川の言葉に大田原は頭を掻きながら言葉を続ける。

「そこで私に白羽の矢が立ちましてね。この呉川が『整形外科医師免許を持ち、人体工学を学んでて、古今東西の格闘技について長年研究しているヤツが居る』って言って、この建物に私を強引に連れて来たんです。一度関わったら途中で投げ出すのも癪だし、ならば、徹底的にこだわってやろうと思い至って今にいたっている次第でして」

 2人の語る言葉に聞き入りつつも、タイムは思わず口を開いていた。

「人体工学? 格闘技のトレーナーかプロの方ではないのですか?」

 その問いに大田原は明るく笑い飛ばしながらこう答えた。

「これは失礼。これでも人体工学と人体生理学で大学で教鞭を採っています。教授職をしながら洋の古今東西の格闘技について研究をしております。そう言う風に見えないと言われるのはいつもの事です」
「師匠、そりゃ普段からどこへでもそんな格好で出歩いてるんだからしょうがないでしょうよ」

 大田原の言葉にセンチュリーは茶化しつつ明るく笑い飛ばした。それを耳にして大田原がセンチュリーを横目で鋭く睨んでいた。それに気づかぬセンチュリーに大田原は凄みを利かせた声で言い放った。

「センチュリー」
「はい?」
「あとで、道場に来いよ」

 それがどう言う意味をはらんでいるのか分からぬセンチュリーではなかった。顔が凍りつき一瞬にして黙りこむ。そのやり取りを眺めていたガドニックが笑いながら告げた。

「センチュリー〝虎の尾〟を踏んだな」

 その隣でカレルも微笑みながら言う。

「彼ほどの戦士でも、師と云うのは逆らい難いものらしいな」

 その場に静かな笑いがこだましている。
 こうして、組織と国の垣根を超えた宴はつづいたのである。


 @     @     @
 
 
 楽しい時間は過ぎ去る。そして、いつか終わりが来る。
 レセプションホールだけでなく第2科警研の様々な場所で見学を兼ねて対談がなおも行われ続けられたのだが、それでも時計が3時に差し掛かる頃には宴は終わりの時を向かえていた。
 カレルの補助をしていたエリザベスが、アカデミー使節団のリーダーであるウォルターに告げる。
 
「そろそろ、カレルを病院に帰さないと」
「そうだな。これ以上は身体に差し障る」

 そして、ガドニックを始めとして他のアカデミーメンバーに退散の時が来たことを伝える。
 
「わかった。私も頃合いだと思ってたんだ」

 頷き返すガドニックは新谷たちにもその旨を伝えた。
 
「名残惜しいがまたここに来ることを信じて退散するとしよう」
「はい、いつでもお待ちしております。皆さんも道中お気をつけて」

 そして、帰路への準備が始まり、そこかしこでいつかまた再開する時を約束する声が交わされていた。
 アカデミーの面々がSPの警護を受けながらリムジンバスへと向かえば、第2科警研の入り口にてアカデミーの彼らを見送るのは誰であろう特攻装警の6人である。
 
「帰路の道中、お気をつけて」

 とアトラスが告げれば、
 
「貴君にも武運がある事を祈っているよ」

 とホプキンスがエールを贈る。
 
「師匠にしごかれ過ぎないようにな」

 とタイムが冷やかせば、
 
「大丈夫っすよ、慣れてますから」

 とセンチュリーが茶化し返した。
 
「今度、ネットでもお会いしたいですね」

 とトムが求めれば、
 
「はい、いつでもお受けいたします」

 とディアリオがそれに応じていた。
 
「しかし、本物の武士道を見た思いだ」

 とウォルターが感想を漏らし、
 
「同感だ、頼もしい」

 とメイヤーが頷き賞賛すれば、
 
「恐縮です」

 とエリオットが敬礼で答えていた。
 
「戦いは続くだろうが君たちなら勝てる」

 とカレルが確信をもって告げれば
 
「ありがとうございます」

 とフィールが嬉しげに答える。
 
「それでも無理はしないでね」

 とエリザベスが気遣い、
 
「はい」

 とフィールは静かにうなづていた。
 
「また会おう」

 とガドニックが握手を求めて、
 
「はい!」

 とグラウザーがそれに力強く答えていた。
 そして、リムジンバスの扉は閉じられ、彼らはこの中河原の地から去っていったのである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

煌の小匣 キラノコバコ

小牧タミ
キャラ文芸
両親の遺言で超の付くお坊ちゃんお嬢様学校『煌星学園』に入学することになった皇朱綺(すめらぎあき)。 煌星学園にはお坊ちゃんお嬢様学校以外にもう一つの顔があった。“異能の力”を持つ者たちが通う学園ということ。 露とも知らず“力も財力”もない朱綺はクラスで浮いた存在となる。 ある日、危ないところを助けてくれた翁宮羅央(おうみやらお)と出会いーー

VTuberなんだけど百合営業することになった。

kattern
キャラ文芸
【あらすじ】  VTuber『川崎ばにら』は人気絶頂の配信者。  そんな彼女は金盾配信(登録者数100万人記念)で、まさかの凸待ち事故を起こしてしまう。  15分以上誰もやって来ないお通夜配信。  頼りになる先輩は炎上やらかして謹慎中。  同期は企業案件で駆けつけられない。  後悔と共に配信を閉じようとしていたばにら。  しかし、その時ついにDiscordに着信が入る。  はたして彼女のピンチに駆けつけたのは――。 「こんバニこんバニ~♪ DStars三期生の、『川崎ばにら』バニ~♪」 「ちょっ、人の挨拶パクらんでもろて!」 「でゅははは! どうも、DStars特待生でばにらちゃんの先輩の『青葉ずんだ』だよ!」  基本コラボNG&VTuber屈指の『圧』の使い手。  事務所で一番怖い先輩VTuber――『青葉ずんだ』だった。  配信事故からの奇跡のコラボが話題を呼び、同接は伸びまくりの、再生数は回りまくりの、スパチャは舞いまくり。  気が付けば大成功のうちに『川崎ばにら』は金盾配信を終えた。  はずだったのだが――。 「青葉ずんだ、川崎ばにら。君たちにはこれからしばらくふたりで活動してもらう。つまり――『百合営業』をして欲しい」  翌日、社長室に呼ばれた二人は急遽百合営業を命じられるのだった。  はたしてちぐはぐな二人の「百合営業」はうまくいくのか? 【登場人物】 川崎ばにら : 主人公。三期生。トップVTuber。ゲーム配信が得意。コミュ障気味。 青葉ずんだ : ヒロイン。特待生。和ロリほんわか娘のガワで中身は「氷の女王」。 網走ゆき  : 零期生。主人公&ヒロイン共通の友人。よく炎上する。 生駒すず  : 一期生。現役JKの実力派VTuber。 羽曳野あひる: 二期生。行動力の化身。ツッコミが得意。 秋田ぽめら : 特待生。グループのママ。既婚者。 津軽りんご : 特待生。ヒロインの親友。現在長期休業中。 八丈島うみ : 三期生。コミュ力お化けなセンシティブお姉たん。 出雲うさぎ : 三期生。現役女子大生の妹系キャラ。 石清水しのぎ: 三期生。あまあまふわふわお姉さん。どんとこい太郎。 五十鈴えるふ: 三期生。真面目で三期生の調整役。癒し枠。

あやかしのシッターに選ばれたことで、美形に囲まれることになりました

珠宮さくら
キャラ文芸
美形の男性と自分が知り合うことはないと花宮珠紀は思っていたが、ある日を境にして気づけば、あやかしのシッターとして奮闘しながら、美形に囲まれて生活するとは、夢にも思っていなかった。 全23話。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

Comet has passed

縹船シジマニア
キャラ文芸
かつて、ここ橋武から南西に約50キロメートル離れたところに、中羽という妖と人が共存した集落があった……。 あの日までは……。 「速報です。集落に彗星が落ちました。今日午後十一時過ぎ、浦山県鴨雪市中羽にタメヌニアン彗星が落ちました。死者百数十名、妖怪学の権威、湧石一樹博士が含まれて……」 あれから、八年。 これは少女達の日常、よく遊び、時に争い、たまに敵に立ち向かう。 やがて、それは彗星の謎へと繋がる。 少女達と彗星の軌跡を、歩め! カクヨムで既に連載していて、小説家になろうでは11月中旬頃連載を開始します。

人生負け組のスローライフ

雪那 由多
青春
バアちゃんが体調を悪くした! 俺は長男だからバアちゃんの面倒みなくては!! ある日オヤジの叫びと共に突如引越しが決まって隣の家まで車で十分以上、ライフラインはあれどメインは湧水、ぼっとん便所に鍵のない家。 じゃあバアちゃんを頼むなと言って一人単身赴任で東京に帰るオヤジと新しいパート見つけたから実家から通うけど高校受験をすててまで来た俺に高校生なら一人でも大丈夫よね?と言って育児拒否をするオフクロ。  ほぼ病院生活となったバアちゃんが他界してから築百年以上の古民家で一人引きこもる俺の日常。 ―――――――――――――――――――――― 第12回ドリーム小説大賞 読者賞を頂きました! 皆様の応援ありがとうございます! ――――――――――――――――――――――

天満堂へようこそ 5

浅井 ことは
キャラ文芸
♪¨̮⑅*⋆。˚✩.*・゚ 寂れた商店街から発展を遂げ、今やTVでCMも流れるほどに有名になった天満堂薬店。 その薬は人間のお客様は、天満堂薬店まで。 人外の方はご予約の日に、本社横「BAR TENMAN」までお越しください。 どんなお薬でもお作りします。 ※材料高価買取 ※口外禁止 ※現金のみ取り扱い(日本円のみ可) ※その他診察も致します ♪¨̮⑅*⋆。˚✩.*・゚

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...