上 下
106 / 462
第1章ルーキーPartⅡ『天空のラビリンス』

第13話 フィール最悪の帰還/絶望の理由

しおりを挟む
 アンジェの行動は、盤古隊員たちの一斉掃射を受け完全に遮断された。そのアンジェの周囲にダーツ状の兵器が投射される。そのダーツは多量の光と電磁波を巻き散らす。さらにアンジェの周囲には見えない圧力が彼女を捕らえている。電磁場でも磁気でもない。その様な感触は彼女も感じない。

「なっ、何?」

 アンジェはとっさに耳に手をあてた。音だ。鈍く強く、そしてとてつもなく重い音だ。音が彼女を押さえつけようとしている。音が襲ってくるのは、彼女からは完全に死角になる方向、それらが3方から彼女を襲い包み込んでいる。次いで突然、そこは一瞬にして轟光に包まれる。
 火炎でも爆炎でもない。それは瞬間的な分子遊離プラズマである。高圧パルスレーザー光に誘発されたイオン化大気だ。それは小規模だが、高圧の爆風が辺り一面を振動させた。そして、最後方で状況を見守っていた盤古隊員がプロテクターの内部回線で告げる。

「音響圧力素子『ヴォイス』、プラズマ爆風誘起発光デバイス『グローフライ』、各自作動確認。ターゲットの破壊状況確認に移行」

 プラズマの閃光が引いて行く。音も止んだ。誰の眼にも確実に攻撃結果が見えるようになったその時そこに有ったのはアンジェの残骸ではなかった。巨大なシュロの木の茂みの様に膨れ上がった純銀のプラチナブロンドが、燻し銀に変わって内部に何かを隠していた。

 目の前に現れた異変に盤古が一斉にざわめき出す。無論、彼らの戦闘経験の中にその様な実戦データも情報もあろう筈が無い。だが、ざわめきも1秒と持たない。盤古たちは間発置かずに機銃を掃射する。一瞬のうちに燻し銀がマーブル模様になり、次いで純銀色へと変わって行く。膨れ上がったそのロングヘアの茂みの中に一つの人影がある。アンジェの髪が動いた。
 純銀の髪は無数の大蛇の様にうねりながら前進する。

 つまり、盤古たちの攻撃は何の意味も成していなかった。弾丸は純銀の長髪がクッションと化して全てを受ける。深く食い込むものの彼女の髪を貫通するものは一つとしてない。
 髪の毛がアンジェの体を大きく持ち上げ投げ飛ばせば、アンジェの体は空中で弧を描き、盤古たちの攻撃布陣の真っ只中に降り立つ。純銀のその髪はカタパルトとなり自らの主人を数十mの隔たりの先へと送り込んだのだ
 事態の進行が狂った。盤古たちの攻撃プログラムは、敵から完全な予想外の攻撃パターンを受けて破綻するより他は無かった。攻撃プランを指示する役目の隊員も、突発的な事態を把握をできずにいる。ただ一つだけ後陣の隊員に指示を出すと先程のダーツ状装備を取り出させる。
 アンジェはそれを視界の中に映していたが、彼女が警戒する暇もなく盤古隊員の攻撃は再開された。
 やや大きめのダーツが7本ばかり、アンジェの足下に付き刺さる。
 そして、針先が曲がり本体部がアンジェの方を向いた。ダーツは閃光を発する。閃光はパルス状の断続的なレーザー光で、マルチストロボの様に明滅を超高速で繰り返す。
 アンジェの眼前の空間の一点を狙って幾条もの光が走ったが、再びの爆風はついに起きなかった。
 本来ならレーザー光に誘起され爆風が起きるはずなのだが、レーザー光が発信を終えても何の変化もない。
 起こりうるべきはずの出来事が起きない。それがパニックをさらに助長しないはずが無かった。盤古隊員たちの目前で展開されたのは、重力に逆らい宙へと持ち上がり、飛び交うレーザー光や電力/電磁波を貪る銀色の毒蛇である。

 いや、毒蛇ではない。それはたしかにアンジェの頭髪である。だが、それは鬼女メドゥーサの様に奇怪なまでに乱舞/揺動するのだ。
 アンジェの純銀の髪が脈動する。生血を吸い上げる吸血生物の様に。
 やがて盤古の隊員たちの機関銃もその弾丸を切らし始めた。するとアンジェの純銀髪のもとで、動力の電気を吸い尽くされたダーツ型アイテムが軽い情けない電子音をたてて静止するのだ。
 幾つかの純銀髪の太い束が一直線に空を切る。その先に居るのはアンジェを排除しようとした者たちの姿である。

 純銀髪の束の先端は西洋騎士の持つ鋭利なランスと化している。。その附近の全ての盤古隊員の視界の中で、その銀色のランスがうねり踊った。アンジェはそのうねりの中心で瞳を薄く開き、全神経を研ぎ澄ました。

 彼女が感じているのは〝死〟の感触である。体内の重要臓器を貫かれて絶命する多数の命だ。近代銃火器とハイテク兵器を駆使した武装警官たちも、その異形の殺人アンドロイドには敵うことは無かったのだ。唯一生き残った盤古隊員がマスクの下で悲痛に何かを叫んでいた。
 周囲の様々なエネルギーを吸い終えて満足そうにうな垂れていた純銀髪は、その鎌首を一斉にもたげた。純銀髪の多数の鎌首の先が目映いばかりの閃光をかもしだす。

「お返しよ」

 そして赤が散る。彼らの視界の中で散る。鮮血、肉塊、そしてあるいは――
 彼女の目に映る目標は最後の一人だ。彼は機関銃のM240E6を構えて最後の抵抗を試みていた

「ごくろうさま」

 アンジェは満面の微笑みでただそれだけ告げた。
 破裂。
 破裂したのはその盤古隊員の頭部プロテクターマスク。その箇所へ向けて、アンジェの純銀髪の束が6本ばかり、その先端を向けていた。髪の先端は輝きながら微細に振動している。明らかにそこから目視できない何かを発している。
 純銀髪の先端から出ていたのは高圧のマイクロ波、それが複数、別方向からある一点を狙って集まれば、集中点で爆発的な分子振動を引き起こし目標物は破裂する。

「どう? 自分の頭が電子レンジになったご感想は」

 煙も火も無かった。頭部を失った彼は、答えを発せずにゆっくりと後方へ倒れた。
 アンジェはそれを確認せずにその身を反転させる。すると彼女のその耳に何かが聞こえてくる。
 極めてごく僅かに聞こえてきたのは、板状の物が風を切る時の音。

「ヘリ?」

 アンジェは1000mビルの外を見る。1000mビルの外周ビルの最上階から上は吹き抜けになっている。その吹き抜けの向こうに、二重反転ローターのヘリの機影を垣間見る。
 機影は急上昇し、アンジェの視線はその機影を追い上へと向かう。

 しばらくして彼女の髪が、空中に電磁火花を断続的に放射し始める。それが空間中にプラズマ状の光球体を形成して行く。光球は振動しながら放電を始める。
 アンジェの顔から笑みが消え失せ、ただ冷たく新たな目標を見つめていた。それから十数秒経過したあとだ。光球は二つ作られ50センチほどのサイズになった頃、アンジェは髪で弾くようにして、それを投げ飛ばした。
 光球は外周ビルの上部にある換気用の高さ10m程の換気用の大型ルーバーを貫き、ビルの外へと飛んでゆく。それから数秒の後、2機の高速ヘリは光球の直撃を喰らい豪音を上げたのである。


 @     @     @


 近衛は茫然と頭上を仰いでいた。眼が大きく開きじっと頭上で起こった事実を直視している。その手元は、表情とはうらはらに拳が堅く震えている。
 彼の隣では、機動隊員がコンパクトタイプの電子制御双眼鏡で上空を見上げていた。

「警備本部長殿」
「どうした?」

 近衛は部下の問い掛けに顔を引き締め冷静に答える。

「救援部隊を乗せたヘリが1機撃墜されました、のこる1機は攻撃を避けて退避していきます」
「撃墜手段は?」
「高圧プラズマの電気の塊……いわゆる『球電』と呼ばれる物かと」
「そうか」

 近衛はどうにかして声が震えるのを押さえていた。
 特攻装警を送るのは、あくまでも第1陣の突入部隊が突破口を開いた後の話である。それが突破口も開けないばかりか、ヘリごと撃墜された。もし、残る1機で、突入を試みても、搭乗した特攻装警ごとにヘリを破壊されるだろう。
 ヘリが破壊される直前、機内から隊員たちが緊急脱出する。そして、背面に装備したジェットパックで急速降下していく。皆、地上へと降りてゆき、1000mビルに辿りつけた者は皆無である。

 近衛にエリオットが静かに歩み寄ってくる。そして自らの上司の隣で頭上を仰ぎながら、淡々と語り始めた。
 
「課長、私は1つ分かったことがあります」

 そのつぶやきに近衛は沈黙でもって言葉の先を待つ。
 
「私は今までの経験から、数体のアンドロイドと1人の老人が、世界中の警察組織や軍隊を敵に回して、何故これほどまでのテロ活動を続けてこれたのか不思議でした。ですが、その理由がようやくわかりました」
 
 近衛はエリオットの横顔を見る。その視線に気づくようにエリオットも近衛の方を見る。
 
「近距離戦闘のみならず、遠距離レンジの強力な攻撃手段を有しているからです。しかも、生身の人間を超える身体能力を持ち、高度な電脳戦にまで対応可能。これはもはや一個師団クラスの戦闘能力に比肩します。食い止めたくとも食い止められないんです」

 近衛は、エリオットの言葉にうなずきつつ、こう答えた。
 
「生身の人間にはな」

 それでも――
 
「行くぞ、なんとしてもお前たちを第4ブロックに送り込まねばならん。次のプランを考えるぞ」
「はっ」

 それでも諦めることは出来ない。
 近衛は、エリオットと機動隊員を引き連れ場を離れた。彼らの頭上では機体を破壊され行き場を失ったヘリの残骸がゆっくりと風に流されながら弧を描き初冬の東京湾へと落ちて行く。
 脱出に成功した部隊員たちが地上へと三々五々に舞い降りてくる。死傷者は奇跡的にもゼロであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妖しきよろずや奇譚帖 ~我ら妖萬屋なり~

こまめ
キャラ文芸
「青年、儂が見えるのか?」 山路浩三は小説家を目指し上京したごく普通の青年。ある日事故に会い、三年間の眠りの末に目覚めたその日から、彼の世界は一変した。聞こえないはずの音が聞こえ、見えるはずのないものが見えるようになってしまった彼は、近所の神社である男と出会う。自らを《天神》と名乗る男に任されたのは、成仏されずに形を変え、此岸に残る《この世ならざる者》を在るべき場所へ還す、《妖萬屋》という仕事だった。 これは、あやかしものが見えるようになってしまった男が織りなす、妖とヒトを紡ぐ、心温まる物語。

赤ちゃんとのハイタッチで始まる、生前はまり込んでいた、剣と拳のオープンワールドRPG「スクエアジャングル」と瓜二つ異世界での新たなマイライフ

ドリームスレイヤー
ファンタジー
 子供の頃から学業、運動能力、仕事の効率、全てにおいて平均的であった平凡な男、山田翔太。そんな彼が平均寿命から50年も早い30代前半で末期癌によって亡くなってしまう。物語は彼が自分の葬式を霊体となって、見つめている所からスタートする。  ※なろうでも連載予定ですが、展開が少し異なるかも知れません。

異世界二度目のおっさん、どう考えても高校生勇者より強い

八神 凪
ファンタジー
   旧題:久しぶりに異世界召喚に巻き込まれたおっさんの俺は、どう考えても一緒に召喚された勇者候補よりも強い  【第二回ファンタジーカップ大賞 編集部賞受賞! 書籍化します!】  高柳 陸はどこにでもいるサラリーマン。    満員電車に揺られて上司にどやされ、取引先には愛想笑い。  彼女も居ないごく普通の男である。  そんな彼が定時で帰宅しているある日、どこかの飲み屋で一杯飲むかと考えていた。  繁華街へ繰り出す陸。  まだ時間が早いので学生が賑わっているなと懐かしさに目を細めている時、それは起きた。  陸の前を歩いていた男女の高校生の足元に紫色の魔法陣が出現した。  まずい、と思ったが少し足が入っていた陸は魔法陣に吸い込まれるように引きずられていく。  魔法陣の中心で困惑する男女の高校生と陸。そして眼鏡をかけた女子高生が中心へ近づいた瞬間、目の前が真っ白に包まれる。  次に目が覚めた時、男女の高校生と眼鏡の女子高生、そして陸の目の前には中世のお姫様のような恰好をした女性が両手を組んで声を上げる。  「異世界の勇者様、どうかこの国を助けてください」と。  困惑する高校生に自分はこの国の姫でここが剣と魔法の世界であること、魔王と呼ばれる存在が世界を闇に包もうとしていて隣国がそれに乗じて我が国に攻めてこようとしていると説明をする。    元の世界に戻る方法は魔王を倒すしかないといい、高校生二人は渋々了承。  なにがなんだか分からない眼鏡の女子高生と陸を見た姫はにこやかに口を開く。  『あなた達はなんですか? 自分が召喚したのは二人だけなのに』  そう言い放つと城から追い出そうとする姫。    そこで男女の高校生は残った女生徒は幼馴染だと言い、自分と一緒に行こうと提案。  残された陸は慣れた感じで城を出て行くことに決めた。  「さて、久しぶりの異世界だが……前と違う世界みたいだな」  陸はしがないただのサラリーマン。  しかしその実態は過去に異世界へ旅立ったことのある経歴を持つ男だった。  今度も魔王がいるのかとため息を吐きながら、陸は以前手に入れた力を駆使し異世界へと足を踏み出す――

女神様から同情された結果こうなった

回復師
ファンタジー
 どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。

刀一本で戦場を駆け巡る俺は無課金侍

tukumo
キャラ文芸
パラレルワールドの戦国乱世、山本伊三郎は数多の戦場に乱入しては刀一差しに上は着流し下は褌一丁に草履で金目の物と食糧をかっさらって生活していた 山本を見掛ける者達は口揃えて彼を 『無課金プレイヤー(侍)』と呼んだ

霊能者のお仕事

津嶋朋靖(つしまともやす)
キャラ文芸
 霊能者の仕事は、何も除霊ばかりではない。  最近では死者の霊を呼び出して、生前にネット上で使っていたパスワードを聞き出すなどの地味な仕事が多い。  そういう仕事は、霊能者協会を通じて登録霊能者のところへ割り振られている。  高校生霊能者の社(やしろ) 優樹(まさき)のところに今回来た仕事は、植物状態になっている爺さんの生霊を呼び出して、証券会社のログインパスワードを聞き出す事だった。  簡単な仕事のように思えたが、爺さんはなかなかパスワードを教えてくれない。どうやら、前日に別の霊能者が来て、爺さんを怒らせるようなことをしてしまったらしい。  優樹は、爺さんをなんとか宥めてようとするのだが……

和菓子屋たぬきつね

ゆきかさね
キャラ文芸
1期 少女と白狐の悪魔が和菓子屋で働く話です。 2018年4月に完結しました。 2期 死んだ女と禿鷲の悪魔の話です。 2018年10月に完結しました。 3期 妻を亡くした男性と二匹の猫の話です。 2022年6月に完結しました。 4期 魔女と口の悪い悪魔の話です。 連載中です。

拝み屋少年と悪魔憑きの少女

うさみかずと
キャラ文芸
高野山から家出同然で上京してきた高校一年生の佐伯真魚(さえきまお)は、真言宗の開祖空海の名を継ぐ僧侶であり、アルバイトの他に幼少からの修行により習得した力で拝み屋を営んでいる。 その仕事を終えた後、深夜の駅前で金髪碧眼の少女と出会った。 悪魔祓いと名乗る彼女には六体の悪魔が憑いていて、佐伯は無理だと呆れる彼女を救うことを宣言する。 東武スカイツリーラインを舞台に仏の道を説く佐伯真魚(空海)と悪魔祓いのアンネ・ミッシェルが学園の怪異や謎を解決しながら、家族になるまでの物語

処理中です...