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第1章ルーキーPartⅠ『天空の未来都市』

第6話 第4ブロック階層/武装警官部隊

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――有明1000mビル、第4ブロック――
 
 そこは巨大なコンベンション施設を中心とした、教育活動・学術研究や企業の研究活動の場である。
 ブロックの中央台地にはドームタイプの国際会議場兼コンベンション施設が雑木林に囲まれて存在している。
 そして――今日、開催されるサミットメイン会場である。

 コンベンション施設の周囲をドーナツ状に低層建築物が並び、
 さらにそれらの隙間を縫うように欧州の時代街道を思わせる石畳が走る。
 当然、サミットのメイン会場と言う事もありそこには最大級の警戒体制がしかれていた。

 国際会議場の周辺からはじまり――、

――3系統のゴンドラエレベーターの乗降場――
――そこから国際会議場へいたるまでの通路――
――その他、サミットに関連あると思われる場所――

――余すところ無く警備の手が入っている。

 その第4ブロックの警備のメインを勤める一団の姿がある。
 
【武装警官部隊「盤古」】

――警視庁を始め主要大都市に設立された、常設型の重要凶悪犯罪専門の未来型特殊武装警察部隊である。


 @     @     @


 米国にはデルタフォースと言う様なテロ専門の特殊部隊が警察内に公に配備されている。一方で、日本にはSATや銃器対策部隊の様な極秘裏の存在の武装ユニットがあるのみで、大っぴらに存在を認知された特殊部隊は皆無だった。
 その事は裏返せばそれだけ日本が平和で安全だったと言う事でもあった。

 だが――
 21世紀に入り、世界を取り囲む状況は大きく変った。
 日本や中国・台湾を含むアジア諸国が次第に国際諸国間での力を付けるにつれて、アジア全体が中華列国を中心に、欧米に肩を並べられるだけの大国化を果たしていった。だがそれが皮肉にも、アジアでの様々な犯罪を先進国化し、より非常に根の深いものへと変えてしまった。
 銃火器や麻薬などの違法物資の流入の激化や、海外の犯罪勢力の日本上陸、また日本国内の犯罪の欧米化など、抱えた問題が非常に多かったのだ。

 さらにこれに追い打ちをかけたのが21世紀初頭に成立した『暴対法』の存在である。

 一見、暴力団組織を制限し犯罪勢力の抑止となっているように思えるこの法律であるが、実際にはヤクザ組織の構成員の日常生活を困難なものとしてしまい、その事が表社会から地下社会への潜伏を促し、より一般市民から見つかりにくいマフィア組織への変節を招く結果となってしまったのである。
 世に言う〝ステルスヤクザ〟の誕生である。
 今や、日本のヤクザ組織は、ネットワーク化やマフィア化を果たした組織だけが存続、先鋭化し海外勢力と結びつくことで社会の何処に潜り込んでいるかがまるでわからない状況に陥っていたのだ。
 当然そのような状況に対して、日本の既存の警察では対応できようはずが無かった。

 日本政府は、この自体に体して、欧米並の――
 否、それ以上の武装警察、すなわち武装警官部隊を組織する決定を下した。それが『盤古』発足へと繋がったのである。

 もっとも盤古設立に至るまでには複雑な道程があったのだが、それは別の物語だ。


 @     @     @


 第4ブロック内のそこかしこ、至る所に盤古は待機している。全身を特製のハイテクプロテクターで覆い、サブマシンガンと特殊警棒で武装したその姿は、中世の古城の衛兵を彷彿とさせる。プロテクタースーツの顔面付近がフルフェイスで覆われているために、より〝鎧〟めいた印象を与える。
 
 城――、そう、ここは世界中の英知が結集する城であるのだ。サミットと言う名の宴の元に。

 そんな第4ブロックの建築物の影、路地の裏の裏――
 通常は物資の搬入や建築物の保守のためぐらいにしか使われない場所があった。4m四方ぐらいのその場所は、人が数人隠れるにはもってこいの場所である。そこに何者かの姿が垣間見えた。黒い衣裳に身を包んだ姿が4つ。シルエットはしなやかで流れるようなラインが印象的だ。

 それは女。流麗にして華麗な女たち。
 ただ一つ、彼女らのたたえた視線には、人としての温もりはなく、あたかも月夜の青い夜空の様である。彼女の中の一人が顔を振り上げる。ちょうどゴンドラエレベーターの1基が上ってきて最上階の展望エリアの附近に止まったところである。

 彼女はそれを無表情に見つめていたが、エレベーターの中に搭乗していた人物たちの姿を気づくと、不意に微笑みを浮かべる。冷たい人としての温もりのない冷酷な笑顔だ。
 そのシルエットが揺れたと思ったその瞬間、すでに、そこには誰もいなかった。
 目撃者は居ない。仮に居たとしても、そこに何者かが居たとは思わないだろう。


 @     @     @


 そして〝ターゲット〟は迫り来る存在に気づかぬまま、そのビルの中を歩いていた。

 英国のアカデミーの面々は、ディアリオたちとの邂逅の後にそのまま第4ブロックへと移動していた。ゴンドラエレベーターが彼らを第4ブロックの最上階へと運んでいた。
 現状――
 ビル内への入場開始が1時間ずれ込んだため、それ以降の予定はすべて1時間ずれる事になる。サミットの入場開始は正午の12時だったが結局13時となった。その事でガドニック教授は皆にある提案をしていた。

「どうだ? 最上階のフロアに入ってみないかね? まだサミットの開催までにはかなりの時間が有るはずだ」
「そうだな、13時開始と言っても、入ったからすぐに始まる物でもないしな」

 ガドニックの提案にホプキンスが笑って同調する。気心の知れた者同士の会話である。
 
 高さ260mの地点にあるのが展望フロアだ。現時点では一般客の入れる最高地点だ。
 一般の観光を当て込んだ、ちょっとした娯楽施設を含む観光スポットである。
 そこはビル内の空間の周円に沿った環状の展望フロアである。ビル構造の制限のため、最もよく見えるのは西と東北東、そして東南東の3方向だ。
 ここは有明の地である。そのいずれの方向も非常に重要な方角を向いている。

《東南東》
 東京湾海上国際空港を始めとする東京アトランティスの地域やその先の千葉の地を望む事ができる。東京湾は様々な洋上開発プランが実行に移され、海上空港はもとより、洋上都市計画など、今後の未来都市としての東京の可能性が試されているエリアだ。

《東北東》
 浦安・晴海・浅草など、東京から千葉にかけて新旧の湾岸開発地域の一大パノラマが見渡せている。古くから続く伝統の町並みと、未来型のウォーターフロントタウンと、様々な問題を抱えながら発展を続ける重工業地帯がモザイクの様に広がり続けている。

《そして、西》
 そこは東京と横浜と埼玉と、さらに遠くには霊峰富士を背後に控え、これからの日本の中枢機能を担う重要区画を抱え、100年前から、そして、これから100年先へと発展と成長を続け、スクラップ・アンド・ビルドを重ねていく激動の大都市が息づく絶景の方角であった。

 アカデミーの一行は、ガドニック教授を先頭に西エリアへと向かう。するとその途中にて2人の武装警官部隊と彼らは遭遇した。
 それは一種異様とも言える光景であった。人影の極端に少なくなった展望フロアの一角で、全身を特殊素材のプロテクターで覆った武装警官が2人で並んで近づいてくるのだ。

 そのプロテクターは全身はもとより、頭部もフルフェイスの装甲ヘルメットで完全に防御していた。目元の複数の光学センサー・カメラが、あらゆる視覚情報を制御している。幅広な円形ゴーグル状の目元の下からは素顔が見えているが、顔面全体をマスクで覆っているため素顔は見えない。
 二人は、正確な歩調で警備エリアを歩んでいた。さしずめロンドン塔の衛兵やレーニン廟の警護兵か――
 銃口を上にして小銃を抱えている。そしてアカデミーの面々は彼らの業務と任務に支障を与えないように無言で通りすぎようとする。特に要件がなければ無関心を維持するのもマナーである。
 だが、その時は意外にも武装警官の隊員の方から言葉をかけてくる。
 彼らは軽く敬礼をすると、右に立つ者が前に進み出てきた。そして片手で首もとへと手をまわすと、ヘルメットのロックを解除し片手で器用に外す。すると、そこから現れたのはミドルヘアの若い青年である。誠実そうな締まった顔つきと強い視線の目元は信頼と安心感を与える。そして、その視線をガドニック教授に向けると挨拶を始める。 
 彼こそは武装警官部隊・古の東京大隊の大隊長・妻木 哲郎である。

「お久しぶりです。ガドニック教授」
「妻木君かね?」
「はい」

 問いかけられた声にガドニックがいぶかしげに問い返せば、妻木は力強く答えた。ガドニックの顔も思わずほころんでいた。

「君がここの警備に来ていたとは」
「はい、今回は我々、武装警官部隊が全力で皆様とサミット会場を警護させていただいております」
「そうか――」

 妻木の言葉にガドニックも満足げに頷いていた。

「それは頼もしい。君とは初来日の際に世話になって以来だからな。あの時も大変世話になった。君がこの地に来ているなら特攻装警のみんな共々心強いよ」

 教授は妻木とも面識があったらしい。若干の驚きをもって言葉をかわすと、妻木の視線はすぐに教授の背後に控えていた他の英国のアカデミーの人々に向けられた。妻木は、アカデミーの面々を見つめながら言葉を続けた。さすがにフィールの様な流暢な英国英語と言う訳には行かなかったが、それでも社交の場で十分通用する米国英語である。

「ようこそ日本へ。英国王立科学アカデミーの皆様方におかれましても、本日のサミットへの参加、まことにご苦労様です。日本警察の一員と致しまして、厚くお礼申し上げる次第です」

 その言葉に礼儀を払おうとウォルターが一歩前に進み出た。

「英国使節団代表のウォルターです。大変、御丁寧な御挨拶痛み入ります」
「恐縮であります、申し遅れましたが、私どもは、武装警官部隊『盤古』第1小隊、手前は、第1小隊隊長、並びに東京大隊大隊長を勤めます妻木 哲郎であります。本日の警備はわたくしどもにお任せ下さい」

 二人はそう告げると堅い握手を交わした。そして、会話を終え皆の方に向き直るとこう告げる。

「それでは、失礼いたします。皆様方もお気を付けて」

 妻木は再び丁寧に敬礼をしてヘルメットを装着する。
 そして踵を返し、再び巡回警備に帰って行く。
 その整理された均等な歩調は、彼らが優秀な訓練を受けていることを印象づけるのに十分であった。そのシルエットを見守らずには居られなかったのである。
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