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第0章【ナイトバトル】

終幕 ―特攻装警―/ベルトコーネ

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 巨大な鉄のプレートがブーメランのように空を切りながら投げ放たれる。
 眼前で旋回しながら飛来するソレに向け、アトラスは両拳のパルサーブレードを抜き放ち、二刀流の剣術のごとく斬撃を繰り出す。プレートがアトラスに衝突する瞬間、それは4つに切断されてアスファルトの上で残響を響かせながら転げまわる。
 切断されたプレートを回避しつつ、両かかとのダッシュホイールをフル回転させ敵との距離を一気に詰める。そのアトラスの後方に立つエリオットは、アトラスの足元近くめがけスモーク・ディスチャージャーを作動させ煙幕を放出する。その場は瞬く間に光学的な視界を奪われることとなった。
 濃厚な白煙に街路灯の灯りが乱反射する中、アトラスは自らの肉体に備わったセンサーをフル稼働させる。そして、敵の位置とシルエットを捉える。
 
「そこだ――」

 狙うのは敵の胴体腹部、敵が人型アーキテクチャのアンドロイドであるとして、胸部には肋骨に相当するフレーム構造があるはずだ。ならば腹部はある程度の柔軟性を確保するためにも防御には限界が有るはず。人型アーキテクチャのアンドロイドを攻撃する際の基本的な弱点セオリーだ。
 アトラスは左腕を右肩側に振り上げつつ一気に敵に肉薄すると、まずは左腕のパルサーブレードを振りぬき斬りつける。
 煙幕の白煙の中、敵はアトラスのその動きを察知したのか、右腕を振り上げ、上方向からの右フックで拳を繰り出してきた。
 
「やはり! 光学系以外の視聴覚を持っている!」

 光学視界を奪われた状態でも冷静にこちらの位置を把握できるのだ。
 敵はアトラスの左のブレードを絶妙な角度のパンチで弾き返した。だが、アトラスは残る右のブレードを下からのアッパーパンチの様に敵の腹部に突き立てようとする。

「もらった!」

 そう思ったのもつかの間、敵の動きは想像を超えるものだった。敵の上体が大きく後ろに傾いたかと思うと、敵は右の拳を繰り出す動きのまま自らの身体を旋回させ、右の足の回し蹴りを大きくスイングさせる。
 まずはその右の回し蹴りをアトラスの頭部に打ち込むと、左手と肩と頭部を用いて倒立して、さらに左の足を振りぬいていく。
 それはさながらダンスの動きそのままだ。格闘技の動きでは無かった。
 
「カポエィラか!」

 カポエィラ――ダンスのような動きで蹴り技のみで戦う南米系の格闘技だ。
 敵の左足による2撃目を、左腕前腕を縦に構えて防いだアトラスだったが、敵の動きはさらに続いた。左足を弾かれた反動で再び身体を逆方向に反転させる。そして、身体を起こし様に超低空の左の拳がアトラスを襲った。
 
 アトラスは敵が常識はずれではあるが、彼なりのセオリーのもとに攻撃を繰り出している事を見抜いていた。通常の一般的な立ち技を基本とした格闘技や拳法ではなく、その壮絶なまでのハイパワーと常識はずれな動体制御能力。それらをあの蹴りの2連撃から察知すると、敵の攻撃がそれだけで終わるとはアトラスも思っては居ない。
 
 パルサーブレードを収納しつつ右拳を繰り出しながら、右内側から時計方向への螺旋を描く腕の動きで敵の拳をはたき落とす。敵からのさらなる右の拳の攻撃を、左の腕を左腰下から胴前を通り上方向をへと振り上げる動きで辛うじてはじき返した。
 そして、左半身前から右半身を前に構えをスイッチしながら右足を踏み出し震脚すると、敵に肉薄しつつ右腕の肘をかち上げる動きで、敵の胸部を強打した。
 
 敵が弾かれてアトラスから離れる。アトラスも体勢を直すべく後ずさる。
 一陣の風が吹き抜け煙幕の白煙を吹き飛ばすと、その中から互いに対峙して睨み合う二人の姿があった。
 街路灯の光と月光の薄明かりの下、特攻装警の長兄と、テロ・アンドロイドのパワーファイターが睨み合っていた。むやみに動けない。互いに相手の力量を察知したのだろう。確実な攻撃方法を見切るまではうかつな攻撃は仕掛けられない。
 その沈黙の中で先に言葉を発したのは敵である銀髪の彼である。
 
「日本のアンドロイドポリスだな?」

 その声は静かに落ち着いたもので挑発的な気配は微塵も感じさせない。アトラスも右腕を前に構えを作ったまま敵の問いに答えた。
 
「いかにも。日本警察、特攻装警第1号機アトラス」

 アトラスも自らを名乗った。シンプルに、それでいて最低限の礼儀は失せぬように。その礼儀が通じたのだろう。敵も自らの名を名乗り始めた。
 
「ベルトコーネ」

 よく通る低い声、紳士的でありつつ、その野太い声は夜の闇野の中でよく響いた。

「ディンキー・アンカーソンはお前の主か?」

 ベルトコーネは頷く。言葉による返答ではなかったが、それだけで十分だ。
 アトラスの問いに答えたベルトコーネは両拳を握りしめ固めると、ボクシングスタイルで構えをとる。
 それに対してアトラスの構えは日本空手の物だ。両拳を固めると右拳を正拳に構え、左拳を腰脇に溜めると両足を開いて大きく腰を落とした。そして、2人は互いに敵の動きを読み合う思考戦へと移っていく。時間にしてほんの数秒だが、なによりも長い時のように思える数秒だ。
 その様子を無言のまま見守っていたのはエリオットである。
 アトラスとベルトコーネ、2人の激しいぶつかり合いをエリオットはじっと見守るしか無い。なにより、間違ってアトラスを撃つわけにはいかない。2人の戦闘があまりに近接している事が障害となっていた。エリオットには判る、敵ベルトコーネはこの事を意図してアトラスとの近接戦闘に臨んだのだ。

 ならば――、今、エリオットが取れる手段は1つだ。
 
 両肩の指向性放電兵器をスタンバイさせる。さらに、脚部追加装甲部に内蔵している小型爆薬を射出準備する。電撃と爆薬の閃光と衝撃――、アトラスの次の攻撃タイミングにシンクロさせることでバックアップとする。

〔支援準備ヨシ〕

 エリオットはアトラスに体内回線を通じてシンプルに伝える。反応は無かったが、伝わっていると確信できていた。
 そして、再び夜空の雲が風に流されて二人の頭上を覆っていく。月明かりは遮られ、アトラスとベルトコーネ、二人の姿が闇夜に包まれた。
 
 そして、ベルトコーネが動いた。
 上体を落とした低い姿勢でステップを踏む。と同時に右拳を弓矢を引き絞るように、大きく引くと大口径の弾丸を撃ち放つかのように拳打のモーションを起こす。左足を踏みしめ軸とし、右足を撃ち放つかのように踏み出し下半身を回転させて上半身に動きを伝える。その動きは右腕へと伝えられ、引き絞られた鉄拳を最速のインパルスで打ち出すのだ。
 だが、それを待ち構えるアトラスは微動だにしない。傍で見れば、すべてを諦めて甘んじて敵の攻撃を受けようとしているようにしか見えない。しかし、アトラスにはそこに大切な意図が有った。
 全身全霊を集中させ敵の右拳の軌道を見つめる。ベルトコーネの拳が数十センチまで迫った時、アトラスとエリオットは動いた。
 
 アトラスが左の正拳を放つ。腰脇に構えていた拳をひねりながら、上方へと打ち上げるように抜き放つ。それは敵へと当てるために意図したものではない。敵、ベルトコーネの右拳に絡みあい、その軌道をわずかに弾くためのものだ。
 それと同時にエリオットが電撃と閃光爆薬を撃ち放った。2条の紫電はアトラスの肩口をかすめてベルトコーネの視界を奪う。そして、爆風と閃光がベルトコーネの視聴覚をさらに奪った。
 
 エリオットの援護攻撃が与えた影響はほんの僅かだった。ほんのコンマ数ミリ、ベルトコーネの挙動に迷いが生まれただけだ。だが、アトラスはその兆しを逃さない。返す動きで右の拳を繰り出し、ベルトコーネの胴体、その胸骨の真下へと拳打をねじり込もうとした。
 
 アトラスには判っていた。正攻法では、この眼前に現れた化け物に自分では勝てないということを。最も初期に造られた特攻装警として幾多もの実戦を経験してきた。その中で自分の最大の弱点の存在に幾度も苦渋を舐めてきた。次々と現れる最新鋭機に追い付くため、気の遠くなるような努力も重ねてきた。戦闘経験を重ね、ありとあらゆる想定される戦闘攻撃方法をシュミレーションし体得を重ねる。それを絶え間なく続けることで、アトラスは特攻装警の長兄たり得てきたのである。
 人はアトラスをこう呼ぶ――『努力の権化』と――

 アトラスの弱点――彼にはある重要なものが無い。
 アトラスに無いもの――それは『反射神経』である。
 
 努力の権化・アトラスに対して、ベルトコーネの本能が魂の奥底で弾けた。
 目くらまし、視聴覚妨害、敵はそれにさらに爆薬の衝撃波を加える事で、動体制御に重要な平衡感覚も狂わそうとしている。この状況に、頭脳で判断するよりも早く、ベルトコーネの奥底の反射神経が左拳の反撃の拳撃を無意識に繰り出させていた。
 大型コンテナのパネルをぶち破るほどの馬鹿げた拳だ。無意識の拳打でも十分な威力を備えている。その拳は皮肉にも、アトラスの右拳と真っ向正面からぶつかり合ったのだ。
 
 それはアトラスの〝計算〟を凌駕する物だ。長い戦闘経験の上に裏打ちされた確かな計算を、完璧に凌駕した本能の拳だった。ぶつかり合う2つの拳は、重く、それでいて鋭い衝撃を発した。
 それはアトラスの拳に確かなダメージを与えていたのだ。

――バキィィィン――
 
 何かが砕ける音がする。金属に亀裂が入り歪みを生じるような音だ。
 
 アトラスとベルトコーネの拳がぶつかり合い、その衝撃の反動のままに2人は弾かれるように飛び退いた。そして、エリオットの放った紫電の閃光と爆薬の爆風が遠ざかった後に見えてきたのは、砕けた右腕を左手で抑えるアトラスと、左拳に傷を負い鮮血に似た体組織液の赤い滴りを流しているベルトコーネである。
 
「くそっ!」

 アトラスが吐いたのは悔しさだった。敵が自分より一枚上手であったことを否定出来ないのだ。それでもアトラスは引くわけにはいかなかった。眼前の敵はテロリストである。警察であるアトラスが立ち向かうべき犯罪者なのだ。
 
「コイツ、まさか俺の拳のΓチタン鋼を砕くとは」

 その犯罪者の繰り出す拳の凄まじさにアトラスは内心、舌を巻かざるを得なかった。だが――
 
「アトラスと言ったな?」

 ベルトコーネは拳の傷も拭わずにアトラスを凝視する。彼がアトラスに向けた言葉には刺々しい敵意は見えず、ただ冷静にしっかりとした口調の言葉が紡がれていた。

「あぁ――」
「お前の拳、覚えておこう」
「なに?」

 アトラスはベルトコーネの言葉に思わず問い返していた。彼は言った、名前ではなく、拳を覚えておこう、と――。だが、ベルトコーネに言葉の真意を問う暇は無かった。
 
 ベルトコーネが残る右腕を振り上げたかと思うと、それを足元の舗装路面の上に突き立てた。そして、地面の下、力を炸裂させたことで、足元の地盤はめくれ上がり巨大なクレーターの如き穴を形成する。めくれ上がった地盤がバリケードのような障壁を形成する。
 
「しまった!」

 アトラスが叫びを上げる。ベルトコーネのとった行動の目的を気付いたのだがもう遅い。慌てて破壊された地盤の辺りに駆けつけたが、その向こう側には、ベルトコーネの姿はすでに無かったのである。
 巨大なクレーターと化した破壊痕の内部には、2m程の穴が穿たれていた。
 アトラスが先に駆けつけ、エリオットがその後を追う。
 愕然として立ちすくむアトラスにエリオットが声をかける。
 
「アトラス?!」

 穿たれた穴の向こうを見つめるアトラスの背中に声をかけると、彼から静かに声が帰ってくる。
 
「ヤラれたよ、まんまと逃げられた。見ろ――」

 顎をしゃくって指し示すアトラスの視線の向こうには路盤に穿たれた穴がある。

「ここいらの地盤は遠浅の海の海底にアンカーを打ち込み杭を何本も建て、その上に鉄筋コンクリート製のプレートを並べただけの物だ。わずかながら、地盤の下には空間がある。奴はそこを逃げたんだ」

 アトラスの言葉に、エリオットは驚きをもって沈黙するしか無かった。
 
「追跡は――どうします?」

 エリオットの言葉にアトラスは顔を左右に振る。
 
「非常線を張っても無駄だろうが、一応、近隣の都市区画の街頭監視カメラでの監視を要請しよう。それより、センチュリーの方に向かうぞ」

 事実が分かればアトラスの決断と対応は早かった。エリオットもすぐに同意する。
 
「了解」

 その言葉だけを残して2人はセンチュリーの下へと駆け出していった。
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