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第0章【ナイトバトル】
第9話 6号フィール/電子と天使
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フィールは上空から事の成り行きを見ていた。
コンテナをホールドしている3台のトップリフター。その内の2台が残る1台を遮るように立ちはだかっているのが分かる。そして、彼女の視界の中からも、コンテナの粉砕と、それに続くハイロンの殺害の光景はしっかりと見えていた。フィールは惨劇を目の当たりにしていても冷静さは失わない。すぐに体内回線を通じてディアリオを呼び出す。
〔ディ兄ぃ、見た?〕
フィールは自らの視覚映像情報をディアリオに対してバイパスさせる。それを元にディアリオがすぐさまデータを集めた。
〔確認した! 間違いない! ディンキー・アンカーソン配下のアンドロイド、マリオネットの一体だ! 個体名は〝コナン〟中東で起きたテロ案件の目撃映像と合致する!〕
〔本当?〕
〔あぁ、間違いない。おそらく残る2つのコンテナにも他のマリオネットが隠れているはずだ〕
〔それじゃぁ――〕
フィールは俯瞰で見下ろした光景から思案する。残る2つのコンテナの内、手前の1つは妨害のため、残る1つに本命であるディンキーが隠れていると考えるのが妥当だろう。
〔これって、本命のコンテナの方を逃がすための陽動じゃない?〕
〔私もそう思う。気をつけろ! まだ何か動きがあるはずだ!〕
ディアリオのその言葉を証明するかのように、コンテナを運搬するためのトラクターヘッドが姿を現した。無論、トップリフターと同じように無人だ。そのトラクターヘッドがけん引するトレーラーシャーシの上に一番奥に位置するトップリフターが、コンテナを載せようとしている。
その時、アトラスの声が響いてくる。
〔ディアリオ! フィール! お前たちにも見えているな!〕
〔アトラス兄さん?〕
〔うん、見えてるよ〕
〔お前たちはコンテナトレーラーの方を抑えるんだ! 残りは俺とセンチュリーで引き受ける〕
だが、そこに割り込んできたのはエリオットだ。
〔こちらエリオット、スネイルドラゴンの構成員は、ほぼすべて制圧しました。拘束被害者7名中残り4名保護で3名死亡。そちらに合流します〕
〔よし、エリオット。お前は俺とセンチュリーの後方支援を頼む、急げ!〕
〔了解〕
エリオットが通信を終えると同時に、先ほどの現場からローラーダッシュの火花をあげて走行しているのがフィールの視界に見えていた。そして、アトラスと対峙しているトップリフターのコンテナが唸りを上げて走りだし、アトラスに迫っているのが眼下に見える。
その向こうでは、センチュリーと敵マリオネットの一体・コナンの戦闘が口火を切っていた。
アトラスやセンチュリーに迫る敵の戦闘力が不明な今、フィールは2人の無事を案じずには居られなかった。自分が最前線で肉弾戦闘に不向きであるからこそ、二人の兄の戦いを見守ることしか出来ぬ事に、心の何処かで一抹の罪悪感を感じずにはいられなかった。そんな、フィールの思いを断ち切ったのはディアリオからのコールである。
〔フィール! トレーラヘッドの破壊を試みてくれ。手段は任せる! 私はその周辺の街区の情報システムを再制圧してみる!〕
そうだ、今は自分にしかできないことがある。
〔了解!〕
フィールは覚悟を決めるとコンテナを搭載し終えたトレーラーのもとへ飛翔する。その間にトレーラーのエンジンは始動し、今まさに逃走を開始しようとしている。間違いなく、あのトレーラーのコンテナの中には捜査対象である国際テロリストが潜んでいる。まずはその逃走を阻止せねばならない。
フィールは、トレーラーの前方に立ちはだかるいその内部に隠れている者たちへと向けて告げた。
「停まりなさい! 日本警察です! 速やかに停止させて、コンテナ内部を開示しなさい!」
だが、トレーラーに停止する素振りは微塵もなかった。ヘッドライトを点灯させフィールを強烈に照らしだすと一際高くエンジンを空ぶかしさせていた。
「ダメか、それなら!」
敵は大人しくおいそれとは停まってはくれないだろう。ならばこちらも手段を選ばぬまでだ。
【 体内高周波モジュレーター作動 】
【 電磁衝撃波発信開始 】
体内で高周電磁波の発信を開始すると、それを両腕手首内の高周波信号の加圧チャンバーへと蓄積していく。そして、静止対象のトレーラーの車種を特定しそのエンジンシステムを検索する。年式は比較的新しく完全電子制御型のコモンレールディーゼルエンジンを搭載している。また、高層道路網や一部の一般市街地で用いられる自動運転システムも搭載されている。フィールは攻撃対象を決めた。
フィールは体内で生成した高周電磁波を様々な周波数や出力パターンで両掌から照射可能だ。本来は様々な電波回線への介入や割り込みを行ったり簡易的なレーダーとして用いるためのものだが、出力を増大させ発信信号を強化することで攻撃兵器として用いることが可能なのだ。
今回は一般的なディーゼルエンジンの燃料制御装置であるコモンレールシステムの燃料噴射装置の電磁ピアゾ素子へと介入対象を決めた。素子を破壊して、燃料噴射制御を不能にしてエンジンを停止させるつもりだ。
ゆっくりとその身を揺るがすように発進するトレーラー。その巨体を引きずるように不気味な沈黙を伴いながら、フィールと、彼女の背後にある無人化ゲートへと前進させる。それを目の当たりにしてもフィールはすぐには動かなかった。
まだだ。まだ必要十分な高周電磁波を得られていない。あと1秒、あと0.5秒――
加圧チャンバーがフルになるまであと少し――
そして、トレーラーがあと10mと迫っていた。狙うなら今だ。
フィールは両掌を対象車両のエンジン部へと向けた。
「ショック・オシレーション!」
キーワードを引き金にして、フィールの左右の掌から高圧の高周波電磁波が放たれる。放射パターンは集束で、ピンポイントで照射される。その電磁波が燃料噴射装置内の素子と共振を起こし、エンジンが不調をきたして停止する――
――はずであった。
だが、フィールの目の前で起こった現実は違った。
「えっ?!」
トレーラーが止まらない。エンジンはけたたましくエギゾースト音を響かせていた。ショック・オシレーションの効き目はない。フィールはこれまでにも幾度も似たようなエンジン停止を行ってきた。エンジンにかぎらず精密な電子制御機器への介入停止や破壊は得意だ。それが停止しないのならば考えられるのは一つしかない。内部から何者かが、フィールの発した電磁波を無効化しているのだ。
「それなら!」
残された手段はこれしか無い。自らの飛行装置をフル稼働させると、後方へと急加速する。そして、両手の指の根元部分に備わった装置を作動させる。
【 単分子ワイヤー高速生成装置 】
【 『タランチュラ』起動 】
フィールはその指の付け根に備わった装置から、カーボンフラーレン分子による単分子ワイヤーを高速で精製し射出することが可能だ。装置名はタランチュラと言い、背後の無人化ゲートに向けて10本の単分子ワイヤーを放射状に射出していく。そして、幾重にもワイヤーを張り巡らせて蜘蛛の巣状の強固なバリケードを形成するのだ。
作業を即座に終えつつフィールは、無人化ゲートを通過してトレーラーから大きく距離をとった。そして後頭部に接続してある一対の放電フィンを引き抜くと両手で二刀流に構える。減速したチャンスを捉えて物理的にトレーラーの破壊を試みるつもりなのだ。
敵トレーラーが轟音響かせ無人化ゲートへと迫ってくる。フィールはトレーラーがワイヤーと周囲の建造物に衝突して破壊されるさまを予想していた。だが上空から状況を見守るフィールの耳には、それらの時の衝撃音や破壊音は一切響いては来ない。
トレーラーが無人化ゲートを通過する。安々と――、何のトラブルもなく――
単分子ワイヤーがいとも簡単にちぎられてしまう様子がフィールにははっきりと見えていた。
まただ。またコンテナの内部から何者かが妨害している。それも、フィールと同じ手法を用いてだ。カーボンフラーレンによる単分子ワイヤーには弱点がある。主成分が炭素であるため熱に弱い。電磁波で瞬時に過熱すれば焼き切ることも可能だ。
「間違いない! 電磁波を強力に制御できるメンバーが居る!」
トレーラーは無人化ゲートのいくつかの設備をなぎ倒しながら、一切の減速や停車をすることなく、コンテナヤードの敷地の外部へ走り去っていく。このままでは逃走を許してしまう。それだけは絶対に避けねばならない。
「大事故になるから避けたかったけど!」
手にしていた放電フィンを後頭部へと収納する。そして、残されたダイヤモンドブレードの本数をチェックする。
フィールの頭部は常時、人工毛髪の上に簡素なヘルメットシェルが備わったような構造になっている。武装モード時に追加される増装ヘルメットを装着するための土台とするためで、ヘルメットシェルは外せない。
そのベースのヘルメットシェルの内側に、ブースターナイフであるダイヤモンドブレードを収納してあるのだ。
【ダイヤモンドブレード 】
【 >装備総数24本、残数22本】
フィールは、ヘルメットシェルの端を開いてダイヤモンドブレードを4本送り出すと、フィールの背面を滑らせて腰の辺りへと落下させる。そして、それを両手でタイミングよく受け止めながらトレーラーからやや距離を取りつつ平行に飛行した。
「ターゲットロック!」
自らの視覚情報をフルに使い攻撃目標を視認し3次元空間座標を認識する。そして、両手を左右に大きく振り上げるとアンダースローで左右同時にダイヤモンドブレードを投げ放った。その狙う先はトレーラーのフロントタイヤだ。。
投射と同時にナイフグリップ内のロケットブースターが点火され四条の光の軌跡を空間に描く。そして、ブレードはフィールが把握したデータどおりに攻撃目標のフロントタイヤを狙い撃とうとする。
「行け!」
今度こそ停止させてみせると言う決意を込めてフィールは叫ぶ。だが彼女はコンテナの中に隠れた敵のレベルの高さと非常識ぶりを嫌というほどに味わうこととなるのだ。
トレーラーが右に急ハンドルを切る。トレーラーヘッドは当然右へと曲がるが、反作用が働きトレーラー部は連結点を軸にしてトレーラーヘッドとは逆方向へと回転する。トレーラー全体を上から見れば〝く〟の字の形に折れ曲がることとなる。いわゆるジャックナイフ現象だ。
姿の見えぬドライバーはさらにハンドルとアクセルを操作して、トレーラー後部を完全にフィールの方へと向けてしまう。そして、湾岸アクセス道路へと向かう途中でフィールの攻撃をギリギリのポイントで回避してみせたのだ。
「うそっ」
流石にこれにはフィールも信じられない物を見た気分だった。
トレーラーのドライバーは運転席に居るのではない。市街地内の監視カメラや、トレーラー自身に備わったドライブレコーダーカメラの映像、あるいはGPSなどからの3次元座標データなどを元に、ほとんど目隠しに近い状態での運転を行っているのに違いないのだ。道路の進行方向へと走らせることだけでも大変困難なはずだ。
さらにフィールの放ったダイヤモンドブレードのロケットブースターはある程度誘導することができたが、それにも投射方向に対する有効角度と言うものがある。ドローンのように自由自在には飛ばないのだ。敵はナイフの飛行角度の制限を即座に見抜いて、この信じがたい神がかり的な運転技巧で回避してみせたのだ。
半ば呆然としたままフィールはつぶやくしか無い。
「こんなのどうやって停めろって言うのよぉ!?」
トレーラーは角度を大きく変えたが、停止すること無くそのまま走り続けていた。何台かの停車中のトレーラーに接触しながら広いトレーラーターミナル内を縦横無尽に走り抜ける。そして、南本牧埠頭へと架かる連絡橋を登り始めた。
「まずい!」
フィールは強い焦りを感じるが、現状ではフィールにとっては打つ手は無いに等しかった。だがこのまま逃すことだけは絶対に許す訳にはいかない。折れそうになる気持ちを必死に繋ぎ止めるとフィールは上空から距離をとってトレーラーの監視と追跡に専念することを決めた。打開策が、必ず得られると自分に言い聞かせて――
すると、そこにフィールの体内回線を通じてディアリオの声がする。
〔フィール!〕
〔ディ兄ぃ?!〕
〔埠頭内部の施設制圧は終えた! 湾岸道路付近のカメラ映像と交通システムは耐侵入措置を完了した。今から合流して、なんとしてもそのトレーラーを停める!〕
兄であるディアリオの冷静で毅然とした声が、折れかけていたフィールの気持ちを強くしてくれた。思わず文句混じりの言葉も出ようというものだ。
〔遅ーい! 埠頭の敷地出られちゃったよ!〕
〔静止はできなかったか?〕
〔あたしの装備では太刀打ち出来ないよ、ものすごい電磁波使いが居るの! あたしの装備とすっごい相性悪いのよ!〕
〔そうか、だが諦めるのはまだ速いぞ――〕
その言葉と同時にトレーラーターミナルの敷地内に停められていた2台のトレーラーがエンジンを始動させた。
【ディアリオ内部サブ頭脳:#1/#2 】
【 外部ネットアクセス処理開始】
【ネット回線優先順位度最優先 】
【 都市交通システム制御権取得】
【南本牧埠頭内トレーラーターミナル内―― 】
【 停車車輌検索開始】
【 同じく、神奈川陸運局より車両データ取得】
【 】
【ナンバープレート番号リスト 】
【1:横浜107ふ3144 】
【2:横浜107せ3179 】
【 】
【自動運転システム用マスターIDキーデータ 】
【 警視庁警察権限により取得】
【体内サブプロセッサー#1により3144を 】
【 同#2により3179を制圧、即時完了】
【各車両、盗難防止システム停止 】
【エンジン始動。走行開始 】
ディアリオにはメインの頭脳の他に、自我を持たないサブ頭脳プロセッサーが5基備わっている。いわゆる、マルチタスク制御などよりもはるかに高度、かつ自由自在に、複数の作業を同時にこなすことができる。
今度の場合は、特攻装警としての警察権限を駆使して、トレーラーターミナルに停車させてあったうちの2台を選び出し調べあげると、その自動運転システムを完璧に制圧する。そして、サブ頭脳1基に1台つづトレーラーを関連させるとすぐさまエンジンを始動させる。そして、トレーラーを発進させて、後にフィールへと呼びかけた。
〔フィール! こちらもトレーラーを使う。先行してディンキー一味を追跡してくれ、私も合流する! その後に今度こそ停める〕
〔ちょ! 兄ぃ、使うって、それ民間のじゃない!〕
〔大丈夫だ。すでに盗難車両として案件登録した。損害が出ても保険でまかなえる〕
〔はぁ? そういう問題?〕
フィールは呆れつつも思わず笑い声を上げそうになる。堅物だと言う印象の強いディアリオだが、目的を達成するためなら手段を選ばない事が時折ある。それでいて後腐れの無いように裏工作を忘れないあたり、普段が真面目なだけあってことさらタチが悪い。
こうなるとなにを言っても聞かないだろう。そう云うところはアトラスやセンチュリーと言った他の兄達と似ている。犯罪制圧と犯人逮捕にかける執念が何より強いのだ。
フィールは思う、私達は兄弟なのだと――
〔それじゃ私、上空から追跡するね〕
〔頼む!〕
今度は1人ではない。兄であるディアリオと一緒だ。今度こそテロリストの逃走を静止しなければならない。フィールはこれがラストチャンスであることを感じながら飛翔すると、一路、逃げ去った敵トレーラーの追跡を再開した。
コンテナをホールドしている3台のトップリフター。その内の2台が残る1台を遮るように立ちはだかっているのが分かる。そして、彼女の視界の中からも、コンテナの粉砕と、それに続くハイロンの殺害の光景はしっかりと見えていた。フィールは惨劇を目の当たりにしていても冷静さは失わない。すぐに体内回線を通じてディアリオを呼び出す。
〔ディ兄ぃ、見た?〕
フィールは自らの視覚映像情報をディアリオに対してバイパスさせる。それを元にディアリオがすぐさまデータを集めた。
〔確認した! 間違いない! ディンキー・アンカーソン配下のアンドロイド、マリオネットの一体だ! 個体名は〝コナン〟中東で起きたテロ案件の目撃映像と合致する!〕
〔本当?〕
〔あぁ、間違いない。おそらく残る2つのコンテナにも他のマリオネットが隠れているはずだ〕
〔それじゃぁ――〕
フィールは俯瞰で見下ろした光景から思案する。残る2つのコンテナの内、手前の1つは妨害のため、残る1つに本命であるディンキーが隠れていると考えるのが妥当だろう。
〔これって、本命のコンテナの方を逃がすための陽動じゃない?〕
〔私もそう思う。気をつけろ! まだ何か動きがあるはずだ!〕
ディアリオのその言葉を証明するかのように、コンテナを運搬するためのトラクターヘッドが姿を現した。無論、トップリフターと同じように無人だ。そのトラクターヘッドがけん引するトレーラーシャーシの上に一番奥に位置するトップリフターが、コンテナを載せようとしている。
その時、アトラスの声が響いてくる。
〔ディアリオ! フィール! お前たちにも見えているな!〕
〔アトラス兄さん?〕
〔うん、見えてるよ〕
〔お前たちはコンテナトレーラーの方を抑えるんだ! 残りは俺とセンチュリーで引き受ける〕
だが、そこに割り込んできたのはエリオットだ。
〔こちらエリオット、スネイルドラゴンの構成員は、ほぼすべて制圧しました。拘束被害者7名中残り4名保護で3名死亡。そちらに合流します〕
〔よし、エリオット。お前は俺とセンチュリーの後方支援を頼む、急げ!〕
〔了解〕
エリオットが通信を終えると同時に、先ほどの現場からローラーダッシュの火花をあげて走行しているのがフィールの視界に見えていた。そして、アトラスと対峙しているトップリフターのコンテナが唸りを上げて走りだし、アトラスに迫っているのが眼下に見える。
その向こうでは、センチュリーと敵マリオネットの一体・コナンの戦闘が口火を切っていた。
アトラスやセンチュリーに迫る敵の戦闘力が不明な今、フィールは2人の無事を案じずには居られなかった。自分が最前線で肉弾戦闘に不向きであるからこそ、二人の兄の戦いを見守ることしか出来ぬ事に、心の何処かで一抹の罪悪感を感じずにはいられなかった。そんな、フィールの思いを断ち切ったのはディアリオからのコールである。
〔フィール! トレーラヘッドの破壊を試みてくれ。手段は任せる! 私はその周辺の街区の情報システムを再制圧してみる!〕
そうだ、今は自分にしかできないことがある。
〔了解!〕
フィールは覚悟を決めるとコンテナを搭載し終えたトレーラーのもとへ飛翔する。その間にトレーラーのエンジンは始動し、今まさに逃走を開始しようとしている。間違いなく、あのトレーラーのコンテナの中には捜査対象である国際テロリストが潜んでいる。まずはその逃走を阻止せねばならない。
フィールは、トレーラーの前方に立ちはだかるいその内部に隠れている者たちへと向けて告げた。
「停まりなさい! 日本警察です! 速やかに停止させて、コンテナ内部を開示しなさい!」
だが、トレーラーに停止する素振りは微塵もなかった。ヘッドライトを点灯させフィールを強烈に照らしだすと一際高くエンジンを空ぶかしさせていた。
「ダメか、それなら!」
敵は大人しくおいそれとは停まってはくれないだろう。ならばこちらも手段を選ばぬまでだ。
【 体内高周波モジュレーター作動 】
【 電磁衝撃波発信開始 】
体内で高周電磁波の発信を開始すると、それを両腕手首内の高周波信号の加圧チャンバーへと蓄積していく。そして、静止対象のトレーラーの車種を特定しそのエンジンシステムを検索する。年式は比較的新しく完全電子制御型のコモンレールディーゼルエンジンを搭載している。また、高層道路網や一部の一般市街地で用いられる自動運転システムも搭載されている。フィールは攻撃対象を決めた。
フィールは体内で生成した高周電磁波を様々な周波数や出力パターンで両掌から照射可能だ。本来は様々な電波回線への介入や割り込みを行ったり簡易的なレーダーとして用いるためのものだが、出力を増大させ発信信号を強化することで攻撃兵器として用いることが可能なのだ。
今回は一般的なディーゼルエンジンの燃料制御装置であるコモンレールシステムの燃料噴射装置の電磁ピアゾ素子へと介入対象を決めた。素子を破壊して、燃料噴射制御を不能にしてエンジンを停止させるつもりだ。
ゆっくりとその身を揺るがすように発進するトレーラー。その巨体を引きずるように不気味な沈黙を伴いながら、フィールと、彼女の背後にある無人化ゲートへと前進させる。それを目の当たりにしてもフィールはすぐには動かなかった。
まだだ。まだ必要十分な高周電磁波を得られていない。あと1秒、あと0.5秒――
加圧チャンバーがフルになるまであと少し――
そして、トレーラーがあと10mと迫っていた。狙うなら今だ。
フィールは両掌を対象車両のエンジン部へと向けた。
「ショック・オシレーション!」
キーワードを引き金にして、フィールの左右の掌から高圧の高周波電磁波が放たれる。放射パターンは集束で、ピンポイントで照射される。その電磁波が燃料噴射装置内の素子と共振を起こし、エンジンが不調をきたして停止する――
――はずであった。
だが、フィールの目の前で起こった現実は違った。
「えっ?!」
トレーラーが止まらない。エンジンはけたたましくエギゾースト音を響かせていた。ショック・オシレーションの効き目はない。フィールはこれまでにも幾度も似たようなエンジン停止を行ってきた。エンジンにかぎらず精密な電子制御機器への介入停止や破壊は得意だ。それが停止しないのならば考えられるのは一つしかない。内部から何者かが、フィールの発した電磁波を無効化しているのだ。
「それなら!」
残された手段はこれしか無い。自らの飛行装置をフル稼働させると、後方へと急加速する。そして、両手の指の根元部分に備わった装置を作動させる。
【 単分子ワイヤー高速生成装置 】
【 『タランチュラ』起動 】
フィールはその指の付け根に備わった装置から、カーボンフラーレン分子による単分子ワイヤーを高速で精製し射出することが可能だ。装置名はタランチュラと言い、背後の無人化ゲートに向けて10本の単分子ワイヤーを放射状に射出していく。そして、幾重にもワイヤーを張り巡らせて蜘蛛の巣状の強固なバリケードを形成するのだ。
作業を即座に終えつつフィールは、無人化ゲートを通過してトレーラーから大きく距離をとった。そして後頭部に接続してある一対の放電フィンを引き抜くと両手で二刀流に構える。減速したチャンスを捉えて物理的にトレーラーの破壊を試みるつもりなのだ。
敵トレーラーが轟音響かせ無人化ゲートへと迫ってくる。フィールはトレーラーがワイヤーと周囲の建造物に衝突して破壊されるさまを予想していた。だが上空から状況を見守るフィールの耳には、それらの時の衝撃音や破壊音は一切響いては来ない。
トレーラーが無人化ゲートを通過する。安々と――、何のトラブルもなく――
単分子ワイヤーがいとも簡単にちぎられてしまう様子がフィールにははっきりと見えていた。
まただ。またコンテナの内部から何者かが妨害している。それも、フィールと同じ手法を用いてだ。カーボンフラーレンによる単分子ワイヤーには弱点がある。主成分が炭素であるため熱に弱い。電磁波で瞬時に過熱すれば焼き切ることも可能だ。
「間違いない! 電磁波を強力に制御できるメンバーが居る!」
トレーラーは無人化ゲートのいくつかの設備をなぎ倒しながら、一切の減速や停車をすることなく、コンテナヤードの敷地の外部へ走り去っていく。このままでは逃走を許してしまう。それだけは絶対に避けねばならない。
「大事故になるから避けたかったけど!」
手にしていた放電フィンを後頭部へと収納する。そして、残されたダイヤモンドブレードの本数をチェックする。
フィールの頭部は常時、人工毛髪の上に簡素なヘルメットシェルが備わったような構造になっている。武装モード時に追加される増装ヘルメットを装着するための土台とするためで、ヘルメットシェルは外せない。
そのベースのヘルメットシェルの内側に、ブースターナイフであるダイヤモンドブレードを収納してあるのだ。
【ダイヤモンドブレード 】
【 >装備総数24本、残数22本】
フィールは、ヘルメットシェルの端を開いてダイヤモンドブレードを4本送り出すと、フィールの背面を滑らせて腰の辺りへと落下させる。そして、それを両手でタイミングよく受け止めながらトレーラーからやや距離を取りつつ平行に飛行した。
「ターゲットロック!」
自らの視覚情報をフルに使い攻撃目標を視認し3次元空間座標を認識する。そして、両手を左右に大きく振り上げるとアンダースローで左右同時にダイヤモンドブレードを投げ放った。その狙う先はトレーラーのフロントタイヤだ。。
投射と同時にナイフグリップ内のロケットブースターが点火され四条の光の軌跡を空間に描く。そして、ブレードはフィールが把握したデータどおりに攻撃目標のフロントタイヤを狙い撃とうとする。
「行け!」
今度こそ停止させてみせると言う決意を込めてフィールは叫ぶ。だが彼女はコンテナの中に隠れた敵のレベルの高さと非常識ぶりを嫌というほどに味わうこととなるのだ。
トレーラーが右に急ハンドルを切る。トレーラーヘッドは当然右へと曲がるが、反作用が働きトレーラー部は連結点を軸にしてトレーラーヘッドとは逆方向へと回転する。トレーラー全体を上から見れば〝く〟の字の形に折れ曲がることとなる。いわゆるジャックナイフ現象だ。
姿の見えぬドライバーはさらにハンドルとアクセルを操作して、トレーラー後部を完全にフィールの方へと向けてしまう。そして、湾岸アクセス道路へと向かう途中でフィールの攻撃をギリギリのポイントで回避してみせたのだ。
「うそっ」
流石にこれにはフィールも信じられない物を見た気分だった。
トレーラーのドライバーは運転席に居るのではない。市街地内の監視カメラや、トレーラー自身に備わったドライブレコーダーカメラの映像、あるいはGPSなどからの3次元座標データなどを元に、ほとんど目隠しに近い状態での運転を行っているのに違いないのだ。道路の進行方向へと走らせることだけでも大変困難なはずだ。
さらにフィールの放ったダイヤモンドブレードのロケットブースターはある程度誘導することができたが、それにも投射方向に対する有効角度と言うものがある。ドローンのように自由自在には飛ばないのだ。敵はナイフの飛行角度の制限を即座に見抜いて、この信じがたい神がかり的な運転技巧で回避してみせたのだ。
半ば呆然としたままフィールはつぶやくしか無い。
「こんなのどうやって停めろって言うのよぉ!?」
トレーラーは角度を大きく変えたが、停止すること無くそのまま走り続けていた。何台かの停車中のトレーラーに接触しながら広いトレーラーターミナル内を縦横無尽に走り抜ける。そして、南本牧埠頭へと架かる連絡橋を登り始めた。
「まずい!」
フィールは強い焦りを感じるが、現状ではフィールにとっては打つ手は無いに等しかった。だがこのまま逃すことだけは絶対に許す訳にはいかない。折れそうになる気持ちを必死に繋ぎ止めるとフィールは上空から距離をとってトレーラーの監視と追跡に専念することを決めた。打開策が、必ず得られると自分に言い聞かせて――
すると、そこにフィールの体内回線を通じてディアリオの声がする。
〔フィール!〕
〔ディ兄ぃ?!〕
〔埠頭内部の施設制圧は終えた! 湾岸道路付近のカメラ映像と交通システムは耐侵入措置を完了した。今から合流して、なんとしてもそのトレーラーを停める!〕
兄であるディアリオの冷静で毅然とした声が、折れかけていたフィールの気持ちを強くしてくれた。思わず文句混じりの言葉も出ようというものだ。
〔遅ーい! 埠頭の敷地出られちゃったよ!〕
〔静止はできなかったか?〕
〔あたしの装備では太刀打ち出来ないよ、ものすごい電磁波使いが居るの! あたしの装備とすっごい相性悪いのよ!〕
〔そうか、だが諦めるのはまだ速いぞ――〕
その言葉と同時にトレーラーターミナルの敷地内に停められていた2台のトレーラーがエンジンを始動させた。
【ディアリオ内部サブ頭脳:#1/#2 】
【 外部ネットアクセス処理開始】
【ネット回線優先順位度最優先 】
【 都市交通システム制御権取得】
【南本牧埠頭内トレーラーターミナル内―― 】
【 停車車輌検索開始】
【 同じく、神奈川陸運局より車両データ取得】
【 】
【ナンバープレート番号リスト 】
【1:横浜107ふ3144 】
【2:横浜107せ3179 】
【 】
【自動運転システム用マスターIDキーデータ 】
【 警視庁警察権限により取得】
【体内サブプロセッサー#1により3144を 】
【 同#2により3179を制圧、即時完了】
【各車両、盗難防止システム停止 】
【エンジン始動。走行開始 】
ディアリオにはメインの頭脳の他に、自我を持たないサブ頭脳プロセッサーが5基備わっている。いわゆる、マルチタスク制御などよりもはるかに高度、かつ自由自在に、複数の作業を同時にこなすことができる。
今度の場合は、特攻装警としての警察権限を駆使して、トレーラーターミナルに停車させてあったうちの2台を選び出し調べあげると、その自動運転システムを完璧に制圧する。そして、サブ頭脳1基に1台つづトレーラーを関連させるとすぐさまエンジンを始動させる。そして、トレーラーを発進させて、後にフィールへと呼びかけた。
〔フィール! こちらもトレーラーを使う。先行してディンキー一味を追跡してくれ、私も合流する! その後に今度こそ停める〕
〔ちょ! 兄ぃ、使うって、それ民間のじゃない!〕
〔大丈夫だ。すでに盗難車両として案件登録した。損害が出ても保険でまかなえる〕
〔はぁ? そういう問題?〕
フィールは呆れつつも思わず笑い声を上げそうになる。堅物だと言う印象の強いディアリオだが、目的を達成するためなら手段を選ばない事が時折ある。それでいて後腐れの無いように裏工作を忘れないあたり、普段が真面目なだけあってことさらタチが悪い。
こうなるとなにを言っても聞かないだろう。そう云うところはアトラスやセンチュリーと言った他の兄達と似ている。犯罪制圧と犯人逮捕にかける執念が何より強いのだ。
フィールは思う、私達は兄弟なのだと――
〔それじゃ私、上空から追跡するね〕
〔頼む!〕
今度は1人ではない。兄であるディアリオと一緒だ。今度こそテロリストの逃走を静止しなければならない。フィールはこれがラストチャンスであることを感じながら飛翔すると、一路、逃げ去った敵トレーラーの追跡を再開した。
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一月末での完結を目指して執筆します。更新は毎週日曜日の朝7時です。
〜あらすじ〜
現代社会を生きていく人は皆、様々な想いを持って生きている。悩みを抱える人、夢を追い求める人、過去を忘れられない人……。そんな悩みを屋台で聞いて周る物好きな女性がいるらしい。その姿の美しさだけでなく作られる料理もとても美味しく心に秘められた願望すらうっかり言ってしまうほどだと言う。
悩みを抱えたり、忘れたり、諦めたり、始まったり多くの人は限られた人生で今の生活よりも良いいつかを夢見て生きていく。
神の国から逃げた神さまが、こっそり日本の家に住まうことになりました。
羽鶴 舞
キャラ文芸
神の国の試験に落ちてばかりの神さまが、ついにお仕置きされることに!
コワーイおじい様から逃げるために、下界である日本へ降臨!
神さまはこっそりと他人の家に勝手に住みこんでは、やりたい放題で周りを困らせていた。
主人公は、そんな困った神さまの面倒を見る羽目に……。
【完結しました。番外編も時々、アップする予定です】
私が異世界物を書く理由
京衛武百十
キャラ文芸
女流ラノベ作家<蒼井霧雨>は、非常に好き嫌いの分かれる作品を書くことで『知る人ぞ知る』作家だった。
そんな彼女の作品は、基本的には年上の女性と少年のラブロマンス物が多かったものの、時流に乗っていわゆる<異世界物>も多く生み出してきた。
これは、彼女、蒼井霧雨が異世界物を書く理由である。
筆者より
「ショタパパ ミハエルくん」が当初想定していた内容からそれまくった挙句、いろいろとっ散らかって収拾つかなくなってしまったので、あちらはあちらでこのまま好き放題するとして、こちらは改めて少しテーマを絞って書こうと思います。
基本的には<創作者の本音>をメインにしていく予定です。
もっとも、また暴走する可能性が高いですが。
なろうとカクヨムでも同時連載します。
【完結】国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く
gari
キャラ文芸
☆たくさんの応援、ありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。
そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。
心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。
峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。
仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。
※ 一話の文字数を1,000~2,000文字程度で区切っているため、話数は多くなっています。
一部、話の繋がりの関係で3,000文字前後の物もあります。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
刀一本で戦場を駆け巡る俺は無課金侍
tukumo
キャラ文芸
パラレルワールドの戦国乱世、山本伊三郎は数多の戦場に乱入しては刀一差しに上は着流し下は褌一丁に草履で金目の物と食糧をかっさらって生活していた
山本を見掛ける者達は口揃えて彼を
『無課金プレイヤー(侍)』と呼んだ
もしも、記憶力日本一の男が美少女中学生の弟子を持ったら
青キング
キャラ文芸
記憶力日本一の称号を持つ蟹江陽太は、記憶力の大会にて自身の持つ日本記録を塗り替えた。偶然その瞬間を見届けていた一人の少女が、後日に彼の元へ現れ弟子入りを志願する。 少女の登場によりメモリースポーツ界とそれぞれの人間関係が動き出す。
記憶力日本一の青年+彼に憧れた天才少女、のマイナースポーツ小説
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