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禄:ブラザーフッド

録:―ブラザーフッド―

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 俺は柳沢永慶――
 ステルスヤクザの若造だ。
 今、時間は午前5時、まだ水平線は明るくならない。夜の帳に支配されている時間だった。
 
 俺はある人物を連れて、この場所に来ていた。
 乗せてもらえた車は1987年式のジープ・ラングラーだ。古い車だったが手入れはしっかりと行き届いていた。
 
 ジープから降りて佇んで居たが、車内から声がかけられる。
 
「おせぇな。そろそろなんだろ?」

 若い男性の声だ。俺は答え返す。
 
「えぇ、もう着いて良い頃なんですが――っと来ましたね」
 
 俺の言葉にさっきの若い男性の声が続く。
 
「あぁ、俺にも見えた。アレだな。ベンツのSLK」
「傷とかはついてなさそうだな」
「なんだ気になんのか?」
「えぇ、俺の車なんですよ」
「なるほど、ベンツじゃものによっちゃ修理も安くねえからな」
「そうなんですよ――っと、来た」

 俺たちが来ていたのは東名高速道路の海老名サービスエリアだった。
 その広い敷地の中ほど、高速道路本線に近い方に場所を確保していた。周囲は仮眠中の長距離トラックがほとんどだった。
 ジープ・ラングラーの前に佇んでいれば、サービスエリアの進入路から現れた一台のベンツSLKが静かに近づいてくる。そして、俺達のジープのそばへと横付けする。停車するなり運転席のドアが開き、中から一人の人物が姿を表す。
 俺はそいつに声をかけた。
 
「よぉ――」
「アニキ」
「ご苦労だったな」
「アニキこそ、出迎えありがとうございます」
「なに、これくらいどうってことねえよ」

 ベンツから降りてきたのは先だっての強欲の榊原の配下の始末を果たしてくれた有勝だった。やつのトレードマークになりつつあるライダーブルゾンを着込んでいる。こころなしか前と比べると印象がどこか変わったようにも見える。
 俺は有勝に問うた。
 
「どうだ。一仕事終えた気分は?」
「はい、そうですね――」

 有勝は満足げに答える。
 
「――終えてからしばらくは寝付けないほどに興奮してましたが、二日目くらいからは気にもならなくなりました。今ではなんの気兼ねも気がかりもありません」
「そうか」

 俺は有勝の言葉に納得する。クズの悪党と言え人の命だ。それを奪うことをいつまでも気にしているとしたら、そいつはこう言う闇社会では生きてはいけない。早々に消え去るべきなのだ。だが――
 
「一山越えたみたいだな」

 野太いガラガラ声。よく聞いた馴染みのある声だった。有勝が反応する。
 
「その声はエイトさん?」
「おう!」

 運転席から降りてきた人物がいる。厚手のレザーのバイカージャケットを着込み、黒いYシャツに赤いネックスカーフ姿――、ただその顔だけはいつもと違っていた。
 
「いつもと顔が違いませんか?」

 戸惑う有勝にもう一つの声がする。
 
「擬装モードだよ。立体映像で本来の異形頭を隠すんだ。こうしねえと人目のつくところでは目立ってしょうがねえからな」

 若々しい男の声、これもまた聞き慣れた声だ。
 
「その声、フォーさん」
「よぉ」

 フォーもトレードマークのフード付きのパーカーを着込んでいる。ただそのフードは後ろへとおろしてあり頭は出してある。そのフォーも擬装モード状態だった。
 エイトが50代後半の実年男性でパンチパーマ頭の堀の深い顔が印象的だった。
 フォーは10代後半の若者で、髪はドレッドのコーンロウ、丁寧に編み込んであり不潔さはない。
 二人ともやっぱりというかイメージ通りのルックスだった。
 
「お久しぶりです。エイトさんも、フォーさんも」
「聞いたぜ。ほとぼり冷まししてたんだってな」

 車から降りてきたエイトが歩み寄っていく。フォーも助手席から降りるとエイトと並ぶようにして有勝のそばで佇んでいた。
 
「少し、印象かわったんじゃね? 一皮むけたっていうか」
「判りますか?」
「あぁ、ぜんぜん違うぜ。素人臭がすっかり抜けてる」

 フォーの言葉にエイトが続ける。
 
「誰もが通る道だからな。汚れ仕事ってのは。昔はほとぼり冷ましに出かけるってぇと2~3年は帰ってこれないもんだったがな――」

 俺もそれは天龍のオヤジから聞かされたことがある。
 
「昔は仏さんを密閉してトランクに積んで、流れ歩いた事もあるって聞きます。証拠隠しも廃棄処理も今ほど確率されてなかったから原始的な方法で時がすぎるのを待つしかなかったとか」
「あぁ、昔は人を始末するってなるととにかく時間がかかったんだ。ドラム缶でコンクリ詰めにして海に鎮めるとか、山奥に穴掘って埋めるとか、重機で砕いて産廃処理場で他のゴミに混ぜるとかな――、あの手この手でやったもんさ」

 時代の流れだった。今は闇社会もステルス化と同時に細分化された分業制となったことで、遺体処理や証拠隠滅のための専門職が横行している。ひと仕事終わってから1時間もすれば、人が殺されたと言う痕跡すら残さずに何もなかった事にできるのだ。
 フォーが言う。
 
「便利な時代だよ。いらない人間はどんどん消せる」

 その言葉にエイトが言う。
 
「だからこそだ。自分が本当の意味で〝有益な人間〟だとしっかりとした足跡を残していかなきゃならねえのさ」

 その言葉は俺の腹の中にしっかりと響いていた。
 
「オヤジから聞かされた事があります。ネット時代は情報の拡散が早い。誰もがお互いを簡単に監視できる。しかも過ちは記録としていつまでも残り続ける。そのためあらゆる事に〝ごまかし〟が効かないと」
「そのとおりだ」

 エイトが満足げに頷いていた。
 
「嘘や誤魔化しや、知っている者同士で〝なぁなぁ〟で済ませられたのが昭和や平成の頃だった。だが、それ以降の時代はそれが通用しなくなった。たった一度の過ちや、丁寧に隠した証拠があっさりばれて奈落の底へと簡単に堕ちていく。それが今の御時世なのさ」

 それはベテランとして長い時代を生きてきたエイトだからこそ言える言葉だった。その隣でフォーが言う。
 
「この間始末した強欲野郎みたいにか?」

 強欲野郎――榊原の事だろう。思い出を噛みしめるような複雑な表情を浮かべながらエイトは告げる。
 
「あぁ、そのとおりだ――あいつはバカだったのさ。いつまでも同じやり方が通用すると思ってた痴れ者野郎だ。だからあいつは死んだのさ。屠殺された豚みてぇにな」

 そうだ。強欲の榊原は死んだ。豚みたいに死んだ。そのフレーズが印象的だった。俺は頷きながら言う。
 
「えぇ――、やつの下についていた榊原の一派も、全て排除されました。下級幹部や、やつの身内衆は他の親分さんたちのところへと移ることもできずに事実上の除名扱いです」
「しかたねえさ。それもまた現実ってやつさ」

 ステルスヤクザと言えど、除名扱いとなればヤクザとして再起は不可能になる。半グレみたいな愚連隊連中に入って生きることはある程度できるだろうが、ネット化・国際化がすすんだ今となっては所属する組織の力が弱いとすぐに命を落とすことになる。ある意味今は恐ろしい時代でもあるのだ。
 エイトの言葉に有勝が言う。
 
「〝ついていくやつを間違えた〟ってやつですね」
「そうだな。信じる男を間違えれば、その先には地獄が待ってるんだ」

 そう言いながらエイトは俺と有勝の顔を眺めながらこう続けた。
 
「でもお前らなら大丈夫だろうぜ。なにしろ、お前らの親はあの〝天龍〟だからな。死なずの周五郎の最後の直属子分――、そして新しい時代にいち早く食らいついた英傑だ」

 そうだ。オレたちのオヤジはあの天龍なのだ。ネット化された新しい時代と、仁義と情が支配する古い時代とを、生き抜いた実力派の本物の漢なのだ。俺は言う。
 
「そして、あなたの弟分ですよね」

 俺が問うたその言葉にわずかに沈黙していたが、寂しそうな笑みを浮かべながらエイトは言う。
 
「あぁ、自慢の弟だ」

 そしてエイトは数歩進み出ると、有勝と俺の肩をたたきながら言う。
 
「あいつの事、頼んだぜ」

 それは兄貴分として弟を思う心だ。
 兄弟愛、すなわち――
 
――ブラザーフッド―― 
 
 それだけは、いつの時代も変わる事はない。
 
「はい」

 俺は答えた。シンプルな言葉がはっきりと伝わっていた。
 満足げにうなづいてエイトは歩き出す。
 
「じゃあな」

 その後を追うようにフォーも告げる。
 
「またな」

 俺たちは二人に声を返す。
 
「お世話になりました」
「お二人もお気をつけて」

 その言葉にフォーが右手を上げて答え返してくれた。
 そして、ジープに乗り込むと頭部の擬装モードを解いて本来の異形頭を見せてくれると静かに走り去った。
 
 サイレントデルタ上級幹部――
 
――ガトリングのエイト――
――ビークラスターのフォー――

 その名は俺たちの心へといつまでも残るだろう。
 
 俺は有勝に言う。
 
「行こうか」
「はい」

 俺が運転席へ、有勝が助手席へと乗り込む。
 
――バンッ――

 2つのドアが同時に閉まる。
 ベンツSLKは音もなく走り出す。
 今日もまた危険な日々が始まるのだ。
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