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終幕:ケジメ

終幕の参:ケジメ/エイトの理由

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 天龍のダンナの人柄は闇社会では割と知られている。クールで冷静な紳士的な面がしられているが、その実、案外キレやすく血の気の多さがすぐに顔を見せると言われてる。おっさんの言い方に激高するかと思ったが、あっさり引いたので俺は拍子抜けした。
 まぁ、すぐとなりに重鎮の堀坂の爺さんが居るというのもあるだろうがな。
 天龍のダンナは気持ちを落ち着けるようにエイトの言葉に同意してSR2を懐へと収める。
 
「さて――本題に入らせてもらうぜ」

 エイトのおっさんが言う。軽く背後を振り返り、堀坂の爺さんと、天龍のダンナに一瞥して断りを入れる。二人とも頷きつつも沈黙を守っているのは同意した証だ。俺もエイトの顔を立てて余計な言葉は謹んだ。
 状況が揃ったのを察して、エイトのおっさんは落ち着いた声で言い始める。
 
「久しぶりだな。礼二――アバター越しとは言え、こうして会うのは15年ぶりか。そっちの陽坊とは10年ぶりくらいになるか」
「じゅ、十五年?」

 怯えていた榊原は以外な言葉につぶやき返す。天龍のダンナは何かに気づいたようだがあえて言葉は発さなかった。
 
「15年って――まさか、お、お前――」

 驚きを口走りながら榊原後付さりしつつ言う。
 
「〝大塩源八〟か?!」

 聞き慣れない名前が飛び出した。俺には全くわからない名前だが、天龍も堀坂の爺さんも納得がいったようだった。
 
「ほう? 覚えてたか? だろうな。お前が殺しそこなった最後の一人だからな。お前も〝15年前〟の事件以来、俺をずっと探していたそうじゃねぇか」
「う――」

 エイトのおっさんの言葉に榊原の豚は呻くような声を上げるだけで弁明すらしない。エイトは更に言葉を続けた。
 
「寝首をかかれるか、余計なことを言われるか、気が気じゃなかったんだろう? 余計な心配だ。お前がくれた鉛玉のせいで首から下がやくたたずになっちまんたんだ。布団の上で転がってるしかできねえよ。でもよ――」

 エイトのおっさんは、その腹の底に貯め続けてきた怒りの炎を迸らせるように、頭部のガトリング銃身を回転させた。それは威嚇であり、怒りの発露でもある。当然にそれは榊原の野郎に恐怖を与えるのに十分だった。

「ひっ!」

 撃たれるかもしれない。その怯えそのままにうろたえている。エイトは言った。
 
「お前がいつ、堀坂のオヤジさんや、陽坊の事を始末するかもしれねぇと思うと死ぬにも死にきれなかった。俺の居場所がバレて俺自身が始末される可能性も有った。だから俺は誰にも告げずに入院先を転々とする道を選んだんだ――」

 怯えて後ずさりを続ける榊原の豚野郎にエイトのおっさんは足早に肉薄する。そして、右手を伸ばして襟首を掴み取る。

「――だが、指一本動かせない体じゃできる事はたかが知れた。ベッドの上でお漏らしするのが関の山だ。だが俺はなんとしてももう一度だけ、あと一度だけ立ち上がりたかった! 残してきたオヤジや弟分たちをお前の強欲から守るために!」

――守る――

 その言葉に天龍と堀坂のだんなたちが複雑な表情を浮かべていた。
 今なお逃げようとする榊原をエイトは引き寄せる。

「俺は身障者の介護補助装具の中に、脳とコンピュータを直結してネットを自由にアクセスする機材がある事を知った。そこにチャンスがあると俺は確信したんだ。藁にもすがる思いでそれを手に入れて地獄の底から這い上がるチャンスを必死になって探した。接続手術を成功させるのに2年、脳だけで電脳を操作するにさらに2年。ネットアクセスはさらに1年だ。長い年月を俺は血反吐を吐きながら踏ん張り続けた。そして俺は出会ったんだ――」

 吐き捨てるように告げるとエイトは榊原を引きずりあげながら言葉を続けた。
 
「――ネット回線の向こうに存在する〝新時代の闇社会〟の存在をな」

 そうだ。それが〝サイレントデルタ〟だ。
 
「恥も外聞もない。組織の新人として下っ端からやり直すと、今までの俺のヤクザとしての経験をフルに活かしながら任務を着実にこなしてランキングを上げていった。そして俺はいつしか、サイレントデルタの中で〝武闘派のトップ〟の地位を得るに至った。そして俺はチャンスがやっと巡ってきたことを確信した。お前のしっぽを掴んでコレまでのすべてを精算させるためにな!」

 その叫びとともにエイトは左の鋼の拳をふるった。
 顔ではなく腹を殴る。致命傷とならぬように意識しながらも、土手っ腹深く苦しみを与えるように鋭く殴りつけたのだ。
 
「グヘェエエッ!」
「おっと、あっさり死ぬなよ? お前にはまだ教えてやりたいことがあるからな。――フォー!」
「なんだ?」
「〝アレ〟を見せてやれ」
「オーケィ」

 俺はエイトに命じられて懐から小さな端末を取り出した。スティックタイプでディスプレイは空間に立体投影される。操作はアバターボディの通信回線を経由する。
 そしてかねてから調べ上げていた〝重要情報〟を取り出し表示させた。
 
「豚のおっさん、これがなんだかわかるか?」

 俺が表示させたもの。それは――
 
【 通信回線記録         】
【 無線電話回線、詳細履歴ログ  】

――それも日時は15年前のモノだ。とある人物の携帯端末の音声通話記録が詳細に調べ上げられている。

 それが何を意味しているのか、分からないと言う風情の榊原だったが、その記録の対象の人物が誰であるのか気づき始めたのだろう。蒼白で完全に血の気が失われているのがよく解った。俺はそんな豚野郎にとどめをさした。
 
「15年前の〝明治村〟の一件でのアンタのスマホ端末の会話記録だよ!」
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