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別幕:田沼有勝の仕事

別幕:田沼有勝の仕事 ―弐―

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 横浜港の本牧埠頭の敷地の南のハズレに保税蔵置場と呼ばれる物資仮置場がある。輸出入の際に物資を一時的に保管するための場所だ。
 その保税蔵置場から西に200メートルほど移動すると小さな漁港がある。その漁港の入口に一台のベンツが停まっているはずだった。そのベンツの所有者の名は榊原礼二――、強欲の榊原と呼ばれた男だ。
 そのベンツも今は、榊原の側近の連中に貸し与えられていた。
 榊原の直属の子分格で、強欲の榊原に言われるままに事を起こし、甘い汁を吸いまくってきた鬼畜どもだ。
 だが、それも今夜で終わりだ。
 
 保税蔵置場前の道路を足早に走り漁港へと向かう。
 そして、漁港の入口に向けて視線を走らせれば、待機を命じられて一台の黒いベンツが停まっている。10年くらい前のベンツのSクラスだ。そのベンツの車内で呼ばれるまで待機を指示されていたのだろう。薄明かりのルームランプを付けたまま次の指示を待っているのが判る。
 
 俺はベンツの車内の4つのシルエットに目線を凝らした。

「居た――」

 俺は一つだけつぶやくと拳を固めた。
 今、俺が着ているのはラムレザーのダブルのライダースブルゾン、中に来ているのは黒の無地のシャツだ。腰から下は黒のスラックスパンツでレザーのショートブーツを合わせている。明治村の一件で永慶のアニキに出会った時に買ってもらったものだ。
 天龍のオヤジの会社で表向きの仕事をしているときは、きちんとビジネススーツを身につけているが、荒事の絡む要件のときはこっちの方を着ることに決めていた。
 明治村での大立ち回りをしてから、戦闘がからむ仕事のときは背広よりもこっちの姿のほうがしっくり来るのだ。
 それに永慶のアニキもこのほうが似合っていると言ってくれる。
 
――お前は拳銃ハジキよりも、拳のほうが強いからな――

 アニキの俺への評価はそう言う物らしい。
 実際、拳銃は苦手だ。当たらないわけではないが弾を撃った時の反動で手がしびれるのだ。
 すでに試合に出なくなってから久しいが、今でも俺は気持ちの中では自らがキックボクサーある事を忘れていなかった。どんなに檜舞台から遠ざかったとしても、どんなに裏社会に居場所を覚悟したとしても、それだけは忘れたくはなかったのだ。
 
 両の拳をブルゾンのポケットへと突っ込んだまま、俺はベンツへと近づいていく。

「さて、おっぱじめるか」

 言葉を漏らしながら足早に近づいていく。そして一気にベンツに肉薄すると、俺は右足を振り上げベンツのリアトランクへと踵落としをする。ショートブーツの底には鋲が打ってあり、底面には金属フレームが仕込まれている。当然、そんなブーツでかかとを落とせばベンツのボディーには深々と傷跡が残る。
 なにより――
 
――ドンッ!!――

――派手な音が鳴る。そして、ベンツの車体が揺れて乗っている者たちに衝撃を伝えるだろう。

――ガチャッ!――

 一斉にベンツのドアが開く。そして中から派手目の色の背広姿の荒っぽい男たちが一斉に飛び出してきたのだった。飛び出すなり奴らは言った。
 
「なんじゃワレ!」
「ぶっ殺されっぞおら!」

 ベンツから降りるなり、4人は一斉に背広の内側から拳銃を引き抜いていた。
 使っているのはロシア製拳銃で〝カラシニコフのPL15〟――9ミリパラベラム弾を使う軍用拳銃だ。ロシアンマフィアが売捌たさばいた物を手に入れたのだろう。かつてのトカレフのように出回っていると聞いた。
 黒く塗られた拳銃の銃口が一斉に俺を狙っている。
 
「どこのもんだ? 貴様!」

 怒声を響かせて、恫喝をしてくるが、俺は意に介さない。相手のいらだちを引き出すためにあえて沈黙を守っていた。
 
「なんか言わんかい!」

 別の一人が怒声を上げながらPL15のトリガーを引いた。弾丸は、俺の足元へと撃ち込まれる。俺はあえてゆっくり目に反応を返した。
 
「意外と物覚え悪いんすね。兄さんがた。俺の顔、見忘れましたか?」

 ポケットに手を突っ込んだまま。睨みを利かす。俺の反応に榊原の手下たちの一人がようやく気づき始めた。
 
「あぁ? まて、お前――」

 俺の顔を凝視していたが不意に気づいたようだ。

「――コケシの田沼!」
「てめぇどこ行ってやがった!」
「殺されてぇのか貴様!」

 俺が誰であるか思い出したようだが、あまりの勘の悪さに吹き出しそうになる。俺は半笑いでこう言ってやった。
 
「自分があれだけ食い物にしてた男の顔忘れたんすか? さんざん殴ってたじゃないですか」

 なぜだろう? かつては恐怖の対象であったこの連中が今では全く怖くない。そればかりか余裕すら感じられる。
 今までは妹が狙われていたと言うのもあって、俺の方からは全く手が出せなかった。だが、今は違う。氷室さんや天龍のオヤジさんのご厚意で妹は日本を離れている。確実に安全が守られている。俺は安心して自らの拳を振るうことができるのだ。
 
「何だと? てめえ自分がどんな立場なのか忘れたんじゃねえだろうな?」

 余裕を噛ましている俺に相当苛立ちを感じたのだろう。兄さんがたの一人がいきり立ちながら近づいてくる。そして、PL15のトリガーに指をかけながらこう告げたのだ。
 
「忘れたってんなら思い出させてやるよ」
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