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参:明治村・前編
参の伍:明治村前編/兄弟
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「歳の離れた妹でまだ13になったばかりです。そればかりか兄貴がこんなチンピラまがいの人間だなんて全く知りません。俺も傷害で前がついて母親と疎遠になってからは妹とは一度も会ってない。俺みたいなゴロツキがそばにいていい思いなんかできるわきゃぁない。そう思ってた――」
実家の身内と縁を切る。この世界にはよくある話だ。あるいは逆につまはじきに遭い居場所を無くしてヤクザ世界に落ちてくるというのもよくある話だ。
俺は気付いた。この田沼ってやつが家族思い性根の優しい男であるということに。
だがその田沼が次に語った事実はまさに胸糞というより他はなかった。
「あの榊原ってやつは、妹の現住住所や1日のスケジュール、さらには普段の暮らしの写真まで手に入れてこう言ってきやがった――『妹がどうなってもいいのか?』――って、俺はもう黙って従うよりなかったです」
俺は腹の上から苛立ちが噴き出しているのを感じる。それと同時にあの榊原の野郎にハメられ立つ瀬をなくしている天龍のオヤジの腹の中が痛いほどによくわかった。
やつは狙った相手の尊厳の根っこを、満足げな笑みを浮かべながら踏みにじる。その上で自分の要求を無理矢理にでもねじ込んでくるのだ。それも絶対に自分の手を汚さずにだ。
あいつは――榊原ってやつは――相手の尊厳までも土足で踏みつけにするのだ。
だがそれだと話に疑問がわく。
「なら何で〝コケシ〟であるお前が、氷室のオジキの仲介でここにいるんだ?」
がんじがらめにされて逃げられない状況にあるのにこんな名古屋くんだりまでいることの方が不自然だった。
俺が発した疑問に田沼は即座に答えてくれた。
「氷室さんの方から、アプローチをもらったんです。今回、そちらの天龍の親分さんの方に迷惑がかかったと聞いてます。その絡みで榊原の家の内情を探ろうとして極秘裏に動いていたのが氷室さんだったそうです」
「そこでお前が?」
「はい、俺の事情を全て分かった上で協力を持ちかけられたんです――
『妹さんの身柄はこっちが何とかしてやる。協力してくれるかどうかその上で判断してくれ』
――とまで言われました。そして、その日の夜には妹は既に日本を離れていました。どこに行ったか完璧に手繰れないようにして。それで俺の腹は固まったんです。あの榊原をぶっ潰せるならばなんでもしてやろう――って」
その話はおそらく事実だ。俺ですら知らないということは氷室のオジキの隠蔽工作が完璧に働いたと見るべきだろう。これで氷室のオジキの懐刀としてのメンツも立つというものだ。
そして、俺は田沼に言った。
「あの人はそういう人さ。冷酷で血が通ってないんじゃないか? とまで陰口を叩かれちゃいるが、見どころのある人間や、一度身内として同じ釜の飯を食った間柄なら絶対に見捨てたりしない。そこだけはしっかりしてるんだあの人は。だから田沼――」
「はい」
「お前は安心して今日の目的を果たしてくれ」
「もちろんそのつもりです」
俺の声に田沼は混じりけなしの本気の返事を返してくれた。
これでわかった。この田沼って男はしっかりと筋を通して生きようとするまっすぐな性根の男だ。
――こいつとならやれる――
そう、腹の中で確信を持った時だった。
ならばこいつの気持ちを無駄にしてはならない。
俺は後ろポケットから薄手の小型のスキットルを取り出した。中に入れてあるのは純米日本酒の高級品。ここぞという時の気合い付けに持ち歩いてるものだ。
グラス代わりのキャップを開けて中に注ぐ。
「略式で悪いが――」
俺は先に六割を飲む。そして残りを田沼へと渡した。
「四分六だ。兄弟盃、受けてくれるか?」
何をこんな状況にと思われるかもしれない。だが、こういう状況だからこそ、こいつの思いを無碍にはしたくないのだ。
田沼の表情が驚いたような真剣な顔になる。
「俺なんかでいいんですか?」
「馬鹿、お前だからだ」
こいつはすでに一度俺のために命を張った。そして、俺のオヤジのためにも覚悟を決めてくれている。何の迷いがあるだろう。
これをしっかりと受け止めてやらなきゃ男がすたるというものだ。
こういうことを本気で考えるあたり、やっぱり俺は〝ヤクザ〟なのだと思う。
時を待たずして田沼の手が酒の入ったキャップを手にした。
「盃、いただかせていただきます」
腹をくくったように盃を一気に煽る。この瞬間――
「ありがとうございます〝兄貴〟」
――俺達は兄弟になったのだ。
実家の身内と縁を切る。この世界にはよくある話だ。あるいは逆につまはじきに遭い居場所を無くしてヤクザ世界に落ちてくるというのもよくある話だ。
俺は気付いた。この田沼ってやつが家族思い性根の優しい男であるということに。
だがその田沼が次に語った事実はまさに胸糞というより他はなかった。
「あの榊原ってやつは、妹の現住住所や1日のスケジュール、さらには普段の暮らしの写真まで手に入れてこう言ってきやがった――『妹がどうなってもいいのか?』――って、俺はもう黙って従うよりなかったです」
俺は腹の上から苛立ちが噴き出しているのを感じる。それと同時にあの榊原の野郎にハメられ立つ瀬をなくしている天龍のオヤジの腹の中が痛いほどによくわかった。
やつは狙った相手の尊厳の根っこを、満足げな笑みを浮かべながら踏みにじる。その上で自分の要求を無理矢理にでもねじ込んでくるのだ。それも絶対に自分の手を汚さずにだ。
あいつは――榊原ってやつは――相手の尊厳までも土足で踏みつけにするのだ。
だがそれだと話に疑問がわく。
「なら何で〝コケシ〟であるお前が、氷室のオジキの仲介でここにいるんだ?」
がんじがらめにされて逃げられない状況にあるのにこんな名古屋くんだりまでいることの方が不自然だった。
俺が発した疑問に田沼は即座に答えてくれた。
「氷室さんの方から、アプローチをもらったんです。今回、そちらの天龍の親分さんの方に迷惑がかかったと聞いてます。その絡みで榊原の家の内情を探ろうとして極秘裏に動いていたのが氷室さんだったそうです」
「そこでお前が?」
「はい、俺の事情を全て分かった上で協力を持ちかけられたんです――
『妹さんの身柄はこっちが何とかしてやる。協力してくれるかどうかその上で判断してくれ』
――とまで言われました。そして、その日の夜には妹は既に日本を離れていました。どこに行ったか完璧に手繰れないようにして。それで俺の腹は固まったんです。あの榊原をぶっ潰せるならばなんでもしてやろう――って」
その話はおそらく事実だ。俺ですら知らないということは氷室のオジキの隠蔽工作が完璧に働いたと見るべきだろう。これで氷室のオジキの懐刀としてのメンツも立つというものだ。
そして、俺は田沼に言った。
「あの人はそういう人さ。冷酷で血が通ってないんじゃないか? とまで陰口を叩かれちゃいるが、見どころのある人間や、一度身内として同じ釜の飯を食った間柄なら絶対に見捨てたりしない。そこだけはしっかりしてるんだあの人は。だから田沼――」
「はい」
「お前は安心して今日の目的を果たしてくれ」
「もちろんそのつもりです」
俺の声に田沼は混じりけなしの本気の返事を返してくれた。
これでわかった。この田沼って男はしっかりと筋を通して生きようとするまっすぐな性根の男だ。
――こいつとならやれる――
そう、腹の中で確信を持った時だった。
ならばこいつの気持ちを無駄にしてはならない。
俺は後ろポケットから薄手の小型のスキットルを取り出した。中に入れてあるのは純米日本酒の高級品。ここぞという時の気合い付けに持ち歩いてるものだ。
グラス代わりのキャップを開けて中に注ぐ。
「略式で悪いが――」
俺は先に六割を飲む。そして残りを田沼へと渡した。
「四分六だ。兄弟盃、受けてくれるか?」
何をこんな状況にと思われるかもしれない。だが、こういう状況だからこそ、こいつの思いを無碍にはしたくないのだ。
田沼の表情が驚いたような真剣な顔になる。
「俺なんかでいいんですか?」
「馬鹿、お前だからだ」
こいつはすでに一度俺のために命を張った。そして、俺のオヤジのためにも覚悟を決めてくれている。何の迷いがあるだろう。
これをしっかりと受け止めてやらなきゃ男がすたるというものだ。
こういうことを本気で考えるあたり、やっぱり俺は〝ヤクザ〟なのだと思う。
時を待たずして田沼の手が酒の入ったキャップを手にした。
「盃、いただかせていただきます」
腹をくくったように盃を一気に煽る。この瞬間――
「ありがとうございます〝兄貴〟」
――俺達は兄弟になったのだ。
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