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弐:名古屋
弐の伍:名古屋/ドレスアップ
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俺はベンツをUターンさせる。
名古屋城を右に見ながら名古屋最大の商業エリアである栄町へとたどり着いた。名古屋テレビ塔を見上げながら、緑地公園のある大通りへと滑り込む。そしてアレンの誘導であいているコインパーキングを見つけ手頃な店へと足を運ぶ。
ここで俺はあえて高級店を選んで入った。
見栄を張ったわけじゃない。安い店より、高級店の方が不特定多数の目に留まる率を下げられるからだ。第一、出入りが激しい店は落ち着かない。そう言うのは昔から主義じゃなかった。店はビジネスマン向けの高級店で、ランチ時間帯と、ディナータイムのそれぞれに店を開けるタイプの店だった。空いて間もない店に入り込みエビフライのたっぷり乗った重のセットを頼む。
田沼のやつ、てっきりそこいらのファミレスにでも入るのかと思っていたらしい。突然のことに戸惑っていた。だが、食い物が目の前に来た途端に態度が変わった。
「ゴチになります」
きちんと礼を口にして箸に手を付けた。
よし、ここも合格だ。礼儀をきちんと口にできないやつはゴメンだ。
流石にここで雑談をするような余裕は田沼のやつにはなかった。空きっ腹を満たすのに必死だった。それでも俺と言う同行者が居る手前、下品な真似はできないと思ったらしい。あわてて食べるのをこらえようとしているのがはっきりわかる。
半分以上を食い終えるあたりで俺は尋ねる。
「昨日は何を食ったんだ?」
その問いに田沼はそっけなく答えた。
「何も――、缶コーヒーやらお菓子やらでなんとか凌いでました」
「生活費も入らないのか?」
「はい、雀の涙ほどです。必要経費は自分持ちの事が多いし、いつもギリギリです」
「不満を言えば命が無い――か」
俺が告げた核心に田沼は頷く。それがこいつが置かれている状況なのだ。逃げられない。避けられない。飢えさえ満たせない。死ぬのを漫然と待つようなものだ。そして俺はもう一つ、重要な事を尋ねる。
「お前みたいなの何人居るんだ?」
つまり榊原が〝飼い殺し〟にしている連中の数だ。
「最低100人は。増減が激しいんで総数はわかりません」
その答えに俺は思わず眉をひそめた。増えるのはわかる。だが減ると言うのが不愉快だ。離脱する人間が居ない以上、死ぬか売り飛ばされるか――それしかないからだ。
「悪いな。飯食ってる最中に」
「いえ、大丈夫です」
そんなやり取りの間に食事は終わる。
「――ごちそうさまでした」
丁寧に頭を下げて礼をしてくる。スレた外見に見合わず礼儀をわきまえられるのが俺には好感度だった。
支払いを済ませて店を出る。俺は田沼に向けて告げる。
「〝食〟が足りたら、次は〝衣〟だな」
「えっ?」
田沼のやつ。俺が一瞬、何を言っているのかわからなかったらしい。驚いた風のあいつに俺は言った。
「服装だよ。ずっと同じもの着回してるんだろ?」
田沼は田沼で、今日誰に会おうとも恥をかかせないようにこいつなりに神経を使ったらしい。汚れもなく丁寧に洗われていてシワもない。だが、着古した一張羅で有ることは隠しようがない。ジーンズの裾も擦り切れ、スカジャンもあちこちほつれていた。食にも困る生活を強いられている以上、着衣に金をかけられるはずがないのだ。
おそらく、榊原のやつもそれを見越しているはずだ。奴隷代わりにこきつかうやつに身ぎれいになられては、支配者側のしめしがつかないと言うわけだ。誰かに出会い交渉に臨もうとしても、見くびられることもあるだろう。それを狙っているに違いないのだ。
だが――
「仮にも俺と一緒に別組織の連中と交渉に向かうんだ。それなりの格好をしてもらわないと困るからな」
――俺にもメンツがあるのだ。俺の〝格〟を傷つけられては迷惑なのだ。田沼は〝はっ〟とした表情をする。俺はさらに畳み掛けた。
「でも、流石に背広は着たことないだろ」
「はい」
似合わぬ格好はかえって恥をかく。着慣れた服装に合わせるほうがベストだ。
「なら、お前に似合った系統にしよう。バイカーファッションは?」
「昔、金のあるころはよくやってました」
「よし、それで行こう」
俺の言葉に田沼がうなずく。そして一言――
「ありがとうございます」
――と、しっかりとした口調で伝えてきた。
俺はここに来て、氷室のオヤジが俺に必要経費として電子マネーカードを渡してきた理由が腑に落ちたのである。
栄町からさらに南へと移動する。
するとそこに〝大須〟と呼ばれるエリアがある。古くからの商業の町で、サブカルの発信地エリアでもある。
東京ならば渋谷か上野アメ横、大阪なら日本橋か心斎橋と言ったところか、
そこでいくつかの店を物色してアイテムを揃える。1時間もする頃には、先程出会ったばかりのみすぼらしい三下はどこにも居なかった。
ラムレザーのダブルのライダースブルゾン、白の無地のシャツ、黒のスラックスパンツ、脚に履くのはレザーのショートブーツ――基本を抑えつつ嫌味にならないあたりにコイツ自身が本来持っているセンスの良さが感じられる。
それに着替えさせた事ではっきりわかったことがある。田沼のやつ、想像以上に〝ガタイ〟が良いのだ。
手足が長く肩幅もガッチリしている。筋肉もしっかりついており、それでいてマッチョじゃないのは過剰に威圧を与えない意味で都合がいい。
俺は田沼に問うた。
「昔、なにかやってたのか?」
「高校まで〝キック〟を」
「キックボクシングか?」
「はい」
面白い。だが〝やっている〟と〝強かった〟ではまるで意味が違う。
「どこまで行ったんだ?」
「高校生のアマ大会で準優勝まで行きました。プロのジムからお声もかかったんですけどね」
「すごいな――」
俺は素直に称賛の声をかけた。だが――
「でも街なかでケンカをやらかして、3年のときに退学喰らいました。それ以来はずっとストリートです」
まさかのストリートファイト系、どうりで。
「拳が硬いのはそれか」
「わかりますか?」
「あぁ」
俺もヤクザだ。インテリヤクザのフリをしてるが荒事の経験が無いわけじゃない。相手の体格を見ただけで大抵のスペックは予想できる。
「〝前〟がついたのはそれか」
「過剰防衛で捕まりました。おふくろに縁切りされたのはその時です」
駐車場へと道を歩きながら語り合えば、やつはしみじみとつぶやいていた。
「しかたないさ。それだけの事をしたのなら。でも、向こうさんが〝無事〟なら十分だ」
かく言う俺も実家の親とはもう何年も会ってない。探している素振りもない。ヤクザの世界に身を置いてるとそう言う奴には事欠かない。
「はい、穏便に生きているだけでもそれでいいです」
その言葉にはヤツ自身が心を砕いている家族への思いがにじみ出ていた。ならば掛ける言葉は一つだけだ。
「だったら、それこそ〝結果〟をださないとな」
「はい」
俺の問に田沼のやつは明確にはっきりと答えた。
そして俺たちは車へと乗り込んでいく。時計が示した時刻は午後1時――、
頃合いだ。交渉場所へと乗りこむ――
さぁ、行くぜ。
決戦地は犬山・明治村だ。
名古屋城を右に見ながら名古屋最大の商業エリアである栄町へとたどり着いた。名古屋テレビ塔を見上げながら、緑地公園のある大通りへと滑り込む。そしてアレンの誘導であいているコインパーキングを見つけ手頃な店へと足を運ぶ。
ここで俺はあえて高級店を選んで入った。
見栄を張ったわけじゃない。安い店より、高級店の方が不特定多数の目に留まる率を下げられるからだ。第一、出入りが激しい店は落ち着かない。そう言うのは昔から主義じゃなかった。店はビジネスマン向けの高級店で、ランチ時間帯と、ディナータイムのそれぞれに店を開けるタイプの店だった。空いて間もない店に入り込みエビフライのたっぷり乗った重のセットを頼む。
田沼のやつ、てっきりそこいらのファミレスにでも入るのかと思っていたらしい。突然のことに戸惑っていた。だが、食い物が目の前に来た途端に態度が変わった。
「ゴチになります」
きちんと礼を口にして箸に手を付けた。
よし、ここも合格だ。礼儀をきちんと口にできないやつはゴメンだ。
流石にここで雑談をするような余裕は田沼のやつにはなかった。空きっ腹を満たすのに必死だった。それでも俺と言う同行者が居る手前、下品な真似はできないと思ったらしい。あわてて食べるのをこらえようとしているのがはっきりわかる。
半分以上を食い終えるあたりで俺は尋ねる。
「昨日は何を食ったんだ?」
その問いに田沼はそっけなく答えた。
「何も――、缶コーヒーやらお菓子やらでなんとか凌いでました」
「生活費も入らないのか?」
「はい、雀の涙ほどです。必要経費は自分持ちの事が多いし、いつもギリギリです」
「不満を言えば命が無い――か」
俺が告げた核心に田沼は頷く。それがこいつが置かれている状況なのだ。逃げられない。避けられない。飢えさえ満たせない。死ぬのを漫然と待つようなものだ。そして俺はもう一つ、重要な事を尋ねる。
「お前みたいなの何人居るんだ?」
つまり榊原が〝飼い殺し〟にしている連中の数だ。
「最低100人は。増減が激しいんで総数はわかりません」
その答えに俺は思わず眉をひそめた。増えるのはわかる。だが減ると言うのが不愉快だ。離脱する人間が居ない以上、死ぬか売り飛ばされるか――それしかないからだ。
「悪いな。飯食ってる最中に」
「いえ、大丈夫です」
そんなやり取りの間に食事は終わる。
「――ごちそうさまでした」
丁寧に頭を下げて礼をしてくる。スレた外見に見合わず礼儀をわきまえられるのが俺には好感度だった。
支払いを済ませて店を出る。俺は田沼に向けて告げる。
「〝食〟が足りたら、次は〝衣〟だな」
「えっ?」
田沼のやつ。俺が一瞬、何を言っているのかわからなかったらしい。驚いた風のあいつに俺は言った。
「服装だよ。ずっと同じもの着回してるんだろ?」
田沼は田沼で、今日誰に会おうとも恥をかかせないようにこいつなりに神経を使ったらしい。汚れもなく丁寧に洗われていてシワもない。だが、着古した一張羅で有ることは隠しようがない。ジーンズの裾も擦り切れ、スカジャンもあちこちほつれていた。食にも困る生活を強いられている以上、着衣に金をかけられるはずがないのだ。
おそらく、榊原のやつもそれを見越しているはずだ。奴隷代わりにこきつかうやつに身ぎれいになられては、支配者側のしめしがつかないと言うわけだ。誰かに出会い交渉に臨もうとしても、見くびられることもあるだろう。それを狙っているに違いないのだ。
だが――
「仮にも俺と一緒に別組織の連中と交渉に向かうんだ。それなりの格好をしてもらわないと困るからな」
――俺にもメンツがあるのだ。俺の〝格〟を傷つけられては迷惑なのだ。田沼は〝はっ〟とした表情をする。俺はさらに畳み掛けた。
「でも、流石に背広は着たことないだろ」
「はい」
似合わぬ格好はかえって恥をかく。着慣れた服装に合わせるほうがベストだ。
「なら、お前に似合った系統にしよう。バイカーファッションは?」
「昔、金のあるころはよくやってました」
「よし、それで行こう」
俺の言葉に田沼がうなずく。そして一言――
「ありがとうございます」
――と、しっかりとした口調で伝えてきた。
俺はここに来て、氷室のオヤジが俺に必要経費として電子マネーカードを渡してきた理由が腑に落ちたのである。
栄町からさらに南へと移動する。
するとそこに〝大須〟と呼ばれるエリアがある。古くからの商業の町で、サブカルの発信地エリアでもある。
東京ならば渋谷か上野アメ横、大阪なら日本橋か心斎橋と言ったところか、
そこでいくつかの店を物色してアイテムを揃える。1時間もする頃には、先程出会ったばかりのみすぼらしい三下はどこにも居なかった。
ラムレザーのダブルのライダースブルゾン、白の無地のシャツ、黒のスラックスパンツ、脚に履くのはレザーのショートブーツ――基本を抑えつつ嫌味にならないあたりにコイツ自身が本来持っているセンスの良さが感じられる。
それに着替えさせた事ではっきりわかったことがある。田沼のやつ、想像以上に〝ガタイ〟が良いのだ。
手足が長く肩幅もガッチリしている。筋肉もしっかりついており、それでいてマッチョじゃないのは過剰に威圧を与えない意味で都合がいい。
俺は田沼に問うた。
「昔、なにかやってたのか?」
「高校まで〝キック〟を」
「キックボクシングか?」
「はい」
面白い。だが〝やっている〟と〝強かった〟ではまるで意味が違う。
「どこまで行ったんだ?」
「高校生のアマ大会で準優勝まで行きました。プロのジムからお声もかかったんですけどね」
「すごいな――」
俺は素直に称賛の声をかけた。だが――
「でも街なかでケンカをやらかして、3年のときに退学喰らいました。それ以来はずっとストリートです」
まさかのストリートファイト系、どうりで。
「拳が硬いのはそれか」
「わかりますか?」
「あぁ」
俺もヤクザだ。インテリヤクザのフリをしてるが荒事の経験が無いわけじゃない。相手の体格を見ただけで大抵のスペックは予想できる。
「〝前〟がついたのはそれか」
「過剰防衛で捕まりました。おふくろに縁切りされたのはその時です」
駐車場へと道を歩きながら語り合えば、やつはしみじみとつぶやいていた。
「しかたないさ。それだけの事をしたのなら。でも、向こうさんが〝無事〟なら十分だ」
かく言う俺も実家の親とはもう何年も会ってない。探している素振りもない。ヤクザの世界に身を置いてるとそう言う奴には事欠かない。
「はい、穏便に生きているだけでもそれでいいです」
その言葉にはヤツ自身が心を砕いている家族への思いがにじみ出ていた。ならば掛ける言葉は一つだけだ。
「だったら、それこそ〝結果〟をださないとな」
「はい」
俺の問に田沼のやつは明確にはっきりと答えた。
そして俺たちは車へと乗り込んでいく。時計が示した時刻は午後1時――、
頃合いだ。交渉場所へと乗りこむ――
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