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幕間1:サイベリア

幕間1-4:サイベリア/エイトと言う男

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 シックスの姐さんが言う。
 
「エイト?」
「遅れてすまねぇな。ちょっと野暮用でよ」

 よく響く野太い声、荒れたガラガラ声がその人物、エイトの人柄を垣間見せていた。
 
「エイトか――」

 ワンが頭部のカメラの一つをエイトの方へと向ける。その鋭い視線にエイトは悪びれもせず堂々と言い放った。
 
「間に合ったんだからいいじゃねぇか。それより――」

 エイトが暗がりの中から明るい方へと歩み出る。そして空間上に浮かび上がる榊原の顔を眺めている。
 分厚い革のジャケットはバイカー風。血の色のような赤いボタンシャツに白いスカーフ。脚は革ブーツで、両手は鋲付きの革グローブ。アクティブさがにじみ出ていた。だが特徴的なのはその頭部だった。
 
「ずいぶん、面倒な事になってるじゃねぇか」

 エイトは意味深にそうつぶやく。
 エイトの頭部はガトリングカノン。8つの砲身が束ねられ、四角いフレームに収められている。そのフレームの4隅にカメラが有り、ガトリング銃身のセンターに照準スコープ用のカメラがさらに備わっていた。
 エイトはさらにつぶやいた。
 
「こいつぁ、お前らには対処は無理だ。ヤクザの理屈ってのがわかってねぇとどうにもならねぇよ」 
 
 そう言いながらエイトは両手のグローブを革ジャケットのポケットへと突っ込んだ。
 両足を開き気味にして自信有りげに佇む姿を、その場にいる誰もが視線を向けていた。
 その姿とセリフを目の当たりにした俺は――
 
――エイトならやってくれる――

――と腹の底から感じずにはいられなかったのだ。

 よく通るバリトンの声で尋ねたのはワンだった。
 
「それでどうするのだ?」

 エイトは顔を向けずに淡々と答える。

「そうだな……」

 一旦区切りを置いた声、慎重に思案しているのがよく分かる。

「……具体的なデータをまず抑えよう。向こうから回されてきた提灯データじゃ意味がねぇ」

 そしてエイトは速やかに指示を出す。

「シックス」
「あいよ」
「この榊原って男について身の回り洗ってくれ」

 その声にシックスの姐さんは頷いた。

「やり方は私に任せな」
「もちろんだ」

 そして次の人物はナイン、

「ナイン、医療データの方から榊原とその周辺の連中のこと洗えるか?」
「対象はどこまでですか?」
「おそらく今回の件で関わったのは、この榊原って男と、七審の代表から降ろされかけてる天龍だけだろう。だが、その辺りの身の回りで〝何か〟が起きてるはずだ。闇医者界隈、地下の人体処理業者、その辺り、洗ってくれるか」
「了解です」

 ナインは頷きエイトの言葉を受け入れる。

「ステルスヤクザはそもそも、今のご時世では表社会の医者の方にはほとんどかかりませんからね」
「その通りだ」

 エイトも否定せず同意する。

「何しろ例の法律のせいで未だにがんじがらめだからな。通報されるリスクを最大限に抑えるためにも大抵は裏社会の闇医者を使う」

 例の法律――暴対法のことだ。

「おっしゃる通りです。その辺を中心に調査いたします」
「おう」

 エイトとナインの会話が終わる頃に、声をかけてきたのはワンだった。

「私の方で動くことは何かあるか?」
「ワン、あんたの方では警察の方の〝見張り〟を頼む。何があったのか下調べ、それと――」
「警察の邪魔が入らぬようにだな? 心得た。何かあれば報告しよう」

 ワンの野郎は権力関係に詳しい。政府関係や政治家、財界なんかの裏事情や裏情報はお手の物だ。

「頼んだぜ――。それとファイブ」
「何でしょう?」

 エイトの声にファイブが答えた。

「俺が後で指定する施設を、閉店以後、誰も入ってこられないように全掌握してくれ」
「それは設備と施設の乗っ取りということでよろしいのですね?」
「あぁ」
「そしてその施設とは?」
  
 ファイブがそう問えば、エイトは右の手のひらから何かを放り投げる。ここは電脳空間、エイトが投げたのはデータの塊だ。ぼんやりと光る光の玉がエイトからファイブへと投げ渡された。
 ファイブもそれを受け取ると速やかに展開する。

「ほう? これはまた面白い場所ですね」
「あぁ、ちょいとばかし思い出があってな」
「いいでしょう。来賓をお迎えできるようにしっかりと下準備させていただきましょう」
「頼んだぜ。ファイブ」
 
 エイトの声にファイブは頷いた。そして最後にエイトはセブンにこう告げた。

「セブン」
「ええ、心得てますよ。〝必要経費〟ですね?」
「悪いな。ここんところ懐が寒くてよ」
「いえいえ、お気になさらず。必要ならばおっしゃってください。速やかに提供いたしましょう」
「あぁ、後で金額を伝える」
「はい、お待ちしております」

 セブンは潤沢かつ豊富な資金を抱えている。こう言う場合、必要経費を出すのはセブンの役目であることが多い。と言うより、生粋の武闘派のエイトは金回りがあまり良くない。セブンとエイトは互いの仕事の得手不得手を融通しあう事で互いの利益を最大限にしている。俺が見ている限りセブンがエイトに金を出し渋ったことは一度もないのだ。
 
 エイトは一通り、声をかけ終えた。今からやろうとしている事の下準備だ。荒っぽくがさつに見えて、このおっさんは意外と手まめだ。
 そして最後に〝お鉢〟は俺のところに回ってきやがったんだ。

「フォー」
「あ?」

 エイトの声に俺は面倒くさげに答えた。

「お前は〝手伝い〟」
「ああ? パシれっていうのかよ? たりーよ」
「やかましい。若いうちは年寄りの言うこと聞くもんだ」

 そう言いながらエイトの野郎は歩き始める。いつもながら勝手なやつだ。

「おいちょっと待てよ?」

 俺は慌ててエイトの後を追いかけて行った。背後から他の幹部たちの視線が投げられている。俺が普段からエイトのおっさんにはこき使われてるのを知ってるから誰も冷やかさない。
 俺はエイトに追いすがったのだった。
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