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幕間1:サイベリア

幕間1-3:サイベリア/統率者ワン

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 こうしてメンバーはあらかた揃った。残るナンバーはワンとエイトとトゥーだ。
 
「待たせたな諸君」

 老齢のよく通るバリトンの声がする。その声の主に、誰もが視線を、そして畏敬の念を送らずにはいられない。当然、俺も。
 
「ワン」
「ミスターワン」
「システムマスター」

 皆が口々にそいつの名を呼ぶ。
 現れたのは古式ゆかしいドレスコードを守る英国風のトラディショナルな三つ揃えのスーツ姿の人物。セブンのようなビジネスマンではなく、英国貴族を彷彿とさせる上流階級を思わせる。
 腰には金チェーンの懐中時計。手にはシルクの革手袋に象牙でできたステッキ。襟にはスカーフが巻かれている。
 そしてその頭部がまた異様だった。
 カメラ、カメラ、カメラ――、軽く数えても30はあるだろうか? それが円筒状に積み上げられてゆっくりと回転している。
 そのカメラ群はすべての物事を見渡そうとするかのようだ。
 やつの名はワン、またの名を〝マルチアイのワン〟
 この組織の中でメンバーのIDナンバーを決める最終決定権を持った人物だ。
 
「揃っているか?」

 ワンがファイブに尋ねた。
 
「あらかた来ています。トゥーは気まぐれですしそう重要ではないかと。そうすると残りは――」

 まだ来ていないのは2と8だが、2のナンバーのトリプルクラスの幹部は気まぐれにしか姿を表さない。それは皆わかっている。だから残るナンバーの8だけになる。

「エイトね?」

 シックスの姐さんが腕を組みながら言う。
 
「時間にルーズなのよね、あの人」
「デートに遅れたことでもあんのか?」
「うるさいわね!」

 俺が冷やかせば、姐さんは荒っぽく言い返した。図星らしいや。
 そんなやり取りを静止するようにワンが言う。
 
「まぁいい。始めるぞ。緊急の議題だ。ファイブ説明しろ」
「はい」

 ワンに促されてファイブが情報の開示を始めた。
 
「今回の議題について説明いたします。我々が運営管理する組織――〝セブン・カウンシル〟――はご存知ですよね」

 その言葉にセブンが言う。
 
「当然です。我々の最大のマーケットです。この大都市東京で活動する大規模組織の仲裁と仲立ちと意見調整の場として、我々が立ち上げたものです」
 
 ナインが指折り数えて言う。
 
「ロシアン・マフィア『ゼムリ・ブラトヤ』、黒人マフィア『ブラック・ブラッド』、中南米マフィア『ファミリア・デラ・サングレ』、中華系秘密結社『翁龍』、華僑系市民互助結社『新華幇』そして――」
「ステルスヤクザの『緋色会』でしょ? それに私達を加えて7つ。だからこそセブン・カウンシル」
「そう言うことです」

 シックスの姐さんが話せば、ナインは相槌をうった。そしてさらに姐さんが言う。
 
「それで? セブン・カウンシルになにか問題でも?」
 
 右手を腰に当てて、面倒臭そうにしている。答えを返したのはワンだった。
 
「緋色会が、セブン・カウンシルの評議会への代表者の変更を申し出ている」

 そのワンの声が集会場のホールの中に響き渡る。セブンが言う。
 
「それは穏やかではありませんね。なにゆえに?」

 俺も黙っては居られなかった。
 
「緋色会の代表っつったら、ステルスヤクザのバリバリの武闘派の天龍のおっさんじゃん。企業支配も、闇ビジネスも、表向きの教育産業参入もガシガシやってる稼ぎ頭じゃねぇか。なんかミスでもやらかしたんかよ?」

 俺の問にファイブが言う。
 
「理由は定かではありません。ですが、向こうの組織内でなんらかの力関係によるやりとりがあったのでしょう。天龍氏よりも階級が上の人物が異論を唱えたとか――」
「ありえますね。実力よりも親子関係がものを言う組織ですから。ヤクザというのは」

 そう答えたのはナイン。まるでヤクザの内情を知っているかのようだ。ナインは更に続けた。
 
「それで、次に代表になる人物については判明しているのですか?」
「はい」

 ファイブは明確に言った。
 
「すでに氏名とプロフィールが通知されてます。それによると――」

 ファイブが空間上で両手を踊らせて仮想コンソールを操作する。そして、空間上に浮かび上がったのは一人の実年男性の姿だった。中背の肥満体――、ヤクザとしての剣呑さ勇ましさよりも、いやらしさと不気味さが顕になる――そんな男だった。
 シックスの姐さんが言う。
 
「誰これ?」

 眉間にシワを寄せながら話すのは、映された男が姐さんの趣味から見れば一番毛嫌いするタイプだったからだろう。実際、女にはモテそうにない。着ているものこそ高級スーツに身を包んでいるが、まるでイタリアンマフィアのマネをした三流役者だ。到底、天龍のダンナの代わりにはなりそうになかった。
 ファイブが説明をする。
 
「ステルスヤクザ・広域暴力団組織・緋色会の特別顧問の一人、榊原礼司――、彼自身複数のフロント企業の闇オーナーです」
「ってことは――」

 俺は考えを巡らせた。
 
「天龍のダンナの〝オジキ〟ってことじゃ」
「でしょうね」

 とナイン。
 
「上下関係を楯にねじ込まれたのでしょう。非効率的です」

 とセブン。そこにファイブが言う。
 
「僕の方でも情報を集めましたが、はっきり言って代表に足る人物とは到底思えない。ですが――」
「断るのは骨だな。こう言う手合は」

 忌々しげに言葉を吐いたのはワンだ。
 俺たちの組織のトップを担うだけあって、ワン自身も言動に迫力があった。それまでの経験がにじみ出ている。そのあたりはまだまだガキな俺とはぜんぜん違う。
 ワンが言葉を続ける。
 
「無下に断れば、必ず敵対行動を取るだろう。下手を打てば、緋色会内部で我々に対して反感を抱いている連中をまとめ上げて反対派を作りかねん。そうなれば、今までのような蜜月の連携行動は困難になってくる」

 セブンが分析する。
 
「でしょうね。セブン・カウンシルが異なる民族・国家の人間たちで奇跡的にまとまっているのは、やはりこの日本と言う国を本来の縄張りとする日本ヤクザである緋色会が、セブン・カウンシルを通じることで異国のマフィア連中を容認している事が極めて大きい。それが成り立たなくなればセブン・カウンシルの維持は不可能」
「それは僕も否定しない。ステルスヤクザの中で僕たちセブン・カウンシルとうまくやっていける人物は〝天龍陽二郎〟彼しか居ない」
 
 セブンの言葉にファイブが同意した。
 それはもともとがセブン・カウンシルと言う評議会が、呉越同舟を極めているからにほかならない。
 本来ならば血で血を洗う抗争が起きていて不思議では無い連中なのだ。
 沈黙がその問題の根深さを物語っていた。
 だが――
 
「その問題、俺に任せちゃくれねぇか」

――突如、響いてきた声が俺たちを振り向かせた。
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