9 / 78
壱:集会
壱の六:集会/強欲の榊原
しおりを挟む
それは力の縮図、権力の曼荼羅。腹の探り合いと権謀術数が行き交う万魔殿だ。
総会は粛々と進んだ。
総長の挨拶、役員の挨拶、形式的な祝辞の朗読も行われた。さらに肩書きに対する人事考査の報告が行われ、主だった部分での処分状況が報告された。
その他連絡事項が交わされ、定例総会の名目上の式次第は一通り終わりを迎える。
最後の挨拶を終えれば、後は粛々と会場から退散を願うのみの――はずだった。
「ちょっと待ってください」
挙手とともに野太い声がかけられる。
視線が一斉に集まりその声の主を確認すれば、挙手していたのはあの――
「榊原?!」
――であった。
榊原は挙手した手を下ろしながら慇懃に言い始めた。
「今回の持ち回りの運営担当さんに言いたいことがありましてね」
持ち回り担当――、今回の総会運営担当である、天龍のオヤジのことだ。俺はやつが何かしでかしてくる。そう読んでいたのだが不安は的中したようだ。
するとその時、耳にかけていたイヤホンに声がした。連絡が途絶えた誘導担当のことを探しに行かせた木原からである。
『報告』
俺は咄嗟に通信装置を操作して音声を天龍のオヤジにも流した。この状況下ではどんな情報も伝えておいた方がいいだろう。
『Bルートの場外入場誘導担当の姿が全員見当たりません』
背筋の凍る一言。嫌な予感と、バラバラだったパズルピースが徐々に組み上がり始める。
『周辺をくまなく探し回りましたがどこにも見つかりません』
場外誘導担当の理由なき不在、それは総会の運営を任されているものの失点となる。たとえ、不可抗力であったとしてもだ。
『念のため状況写真を撮りました』
『よし大至急戻れ』
『了解』
木原からの連絡はそれで途絶える。意識の矛先を変えれば、目の前ではあの強欲の榊原が不満をねちねちと口にしているところだった。
「指定された方法で入場しようとしたのですが、場外入場誘導担当の姿が見当たりませんでしてね。会場周辺はやむなくうろうろしてついうっかり正面入り口に来たのですが。またそこで揉めてしまいましてね」
榊原の言葉に司会進行役が注意する。
「発言は簡潔に願います」
全ての人物の視線が集中する中で、榊原は不満げに鼻息を飛ばす。
「まぁその――入場誘導のミスです。手間かけさせられた分、責任とってもらいましょうか」
責任――つまり、天龍のオヤジに詰め腹を切れと言っているのだ。天竜のオヤジの表情は固まったまま変わらない。冷静さを装っているがおそらくはらわたが煮えくり返る思いだろう。だが、この強欲な男はさらなる仕掛けを用意していたのだ。
「とはいえ私も鬼じゃありません」
この言葉に石黒総長が声を発した。
「どういうこっちゃ? 榊原」
総長が反応返したので満足げにニヤつきながら言葉を返した。
「〝七審〟――総長もご存知でしょう? この天龍の若造が緋色会の代表ヅラして出入りしている場所のことを」
そこで一呼吸置くとやつは要求の核心を口にした。
「七審の代表役の件、あっしに任してくれませんかね? 大体前々から疑問に来とったんです。どんなに優秀や言うても肩書きはまだ若頭です。その上に顧問や相談役や総長側近などなんぼでもおります。代表なら代表らしくそれなりの肩書きの者が行くべきなんとちゃいますか?」
この言葉に会場がざわついていた。すなわち、榊原の言葉に内心同意するものが少なからず居るということだ。
天龍のオヤジが肩をわなつかせて怒りをこらえている。
氷室のオジキが珍しくその表情に苛立ちと怒りをにじませている。
そして俺はある事実に気づいた。
――場外入場誘導役を消したのはコイツか!?――
俺の視線の先にはあの強欲の榊原がいる。そうだ、こいつは自分の欲望を通すために〝身内〟に手をかけたのだ。証拠はない。だが、そうだと仮定すればなぜあいつ自身が会場の正面に姿を現したのか。なぜ小競り合いを起こし早々に立ち去ったのか。なぜ意図的に遅刻したのか。全てが噛み合うのだ。
――始まった、強欲野郎のおねだりが――
奴の常套手段だ、相手のミスや失点をでっち上げ処分取り消しを匂わせながら別な要求をねじり込むのだ。
ざわつきは大きくなる。沈黙したまま解決する出来事じゃない。だがさすがの天龍のオヤジも即座に〝はい〟とも〝いいえ〟とも言える案件じゃあない。
視線を石黒総長の方に向ければ、総長も言葉に窮しているのがよく分かる。あの〝七審〟という組織はそうそう簡単に誰にでも委ねられる組織ではないのだ。
だが、この榊原という男はそんな道理など聞く耳はないだろう。
――他組織との取引との場、すなわち利権の場――
そう見えているに違いないのだ。そして――
――俺を七審の担当にしろ――
――と言い出すに違いないのだ。
総会は粛々と進んだ。
総長の挨拶、役員の挨拶、形式的な祝辞の朗読も行われた。さらに肩書きに対する人事考査の報告が行われ、主だった部分での処分状況が報告された。
その他連絡事項が交わされ、定例総会の名目上の式次第は一通り終わりを迎える。
最後の挨拶を終えれば、後は粛々と会場から退散を願うのみの――はずだった。
「ちょっと待ってください」
挙手とともに野太い声がかけられる。
視線が一斉に集まりその声の主を確認すれば、挙手していたのはあの――
「榊原?!」
――であった。
榊原は挙手した手を下ろしながら慇懃に言い始めた。
「今回の持ち回りの運営担当さんに言いたいことがありましてね」
持ち回り担当――、今回の総会運営担当である、天龍のオヤジのことだ。俺はやつが何かしでかしてくる。そう読んでいたのだが不安は的中したようだ。
するとその時、耳にかけていたイヤホンに声がした。連絡が途絶えた誘導担当のことを探しに行かせた木原からである。
『報告』
俺は咄嗟に通信装置を操作して音声を天龍のオヤジにも流した。この状況下ではどんな情報も伝えておいた方がいいだろう。
『Bルートの場外入場誘導担当の姿が全員見当たりません』
背筋の凍る一言。嫌な予感と、バラバラだったパズルピースが徐々に組み上がり始める。
『周辺をくまなく探し回りましたがどこにも見つかりません』
場外誘導担当の理由なき不在、それは総会の運営を任されているものの失点となる。たとえ、不可抗力であったとしてもだ。
『念のため状況写真を撮りました』
『よし大至急戻れ』
『了解』
木原からの連絡はそれで途絶える。意識の矛先を変えれば、目の前ではあの強欲の榊原が不満をねちねちと口にしているところだった。
「指定された方法で入場しようとしたのですが、場外入場誘導担当の姿が見当たりませんでしてね。会場周辺はやむなくうろうろしてついうっかり正面入り口に来たのですが。またそこで揉めてしまいましてね」
榊原の言葉に司会進行役が注意する。
「発言は簡潔に願います」
全ての人物の視線が集中する中で、榊原は不満げに鼻息を飛ばす。
「まぁその――入場誘導のミスです。手間かけさせられた分、責任とってもらいましょうか」
責任――つまり、天龍のオヤジに詰め腹を切れと言っているのだ。天竜のオヤジの表情は固まったまま変わらない。冷静さを装っているがおそらくはらわたが煮えくり返る思いだろう。だが、この強欲な男はさらなる仕掛けを用意していたのだ。
「とはいえ私も鬼じゃありません」
この言葉に石黒総長が声を発した。
「どういうこっちゃ? 榊原」
総長が反応返したので満足げにニヤつきながら言葉を返した。
「〝七審〟――総長もご存知でしょう? この天龍の若造が緋色会の代表ヅラして出入りしている場所のことを」
そこで一呼吸置くとやつは要求の核心を口にした。
「七審の代表役の件、あっしに任してくれませんかね? 大体前々から疑問に来とったんです。どんなに優秀や言うても肩書きはまだ若頭です。その上に顧問や相談役や総長側近などなんぼでもおります。代表なら代表らしくそれなりの肩書きの者が行くべきなんとちゃいますか?」
この言葉に会場がざわついていた。すなわち、榊原の言葉に内心同意するものが少なからず居るということだ。
天龍のオヤジが肩をわなつかせて怒りをこらえている。
氷室のオジキが珍しくその表情に苛立ちと怒りをにじませている。
そして俺はある事実に気づいた。
――場外入場誘導役を消したのはコイツか!?――
俺の視線の先にはあの強欲の榊原がいる。そうだ、こいつは自分の欲望を通すために〝身内〟に手をかけたのだ。証拠はない。だが、そうだと仮定すればなぜあいつ自身が会場の正面に姿を現したのか。なぜ小競り合いを起こし早々に立ち去ったのか。なぜ意図的に遅刻したのか。全てが噛み合うのだ。
――始まった、強欲野郎のおねだりが――
奴の常套手段だ、相手のミスや失点をでっち上げ処分取り消しを匂わせながら別な要求をねじり込むのだ。
ざわつきは大きくなる。沈黙したまま解決する出来事じゃない。だがさすがの天龍のオヤジも即座に〝はい〟とも〝いいえ〟とも言える案件じゃあない。
視線を石黒総長の方に向ければ、総長も言葉に窮しているのがよく分かる。あの〝七審〟という組織はそうそう簡単に誰にでも委ねられる組織ではないのだ。
だが、この榊原という男はそんな道理など聞く耳はないだろう。
――他組織との取引との場、すなわち利権の場――
そう見えているに違いないのだ。そして――
――俺を七審の担当にしろ――
――と言い出すに違いないのだ。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~
kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
深海の星空
柴野日向
青春
「あなたが、少しでも笑っていてくれるなら、ぼくはもう、何もいらないんです」
ひねくれた孤高の少女と、真面目すぎる新聞配達の少年は、深い海の底で出会った。誰にも言えない秘密を抱え、塞がらない傷を見せ合い、ただ求めるのは、歩む深海に差し込む光。
少しずつ縮まる距離の中、明らかになるのは、少女の最も嫌う人間と、望まれなかった少年との残酷な繋がり。
やがて立ち塞がる絶望に、一縷の希望を見出す二人は、再び手を繋ぐことができるのか。
世界の片隅で、小さな幸福へと手を伸ばす、少年少女の物語。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

僕は 彼女の彼氏のはずなんだ
すんのはじめ
青春
昔、つぶれていった父のレストランを復活させるために その娘は
僕等4人の仲好しグループは同じ小学校を出て、中学校も同じで、地域では有名な進学高校を目指していた。中でも、中道美鈴には特別な想いがあったが、中学を卒業する時、彼女の消息が突然消えてしまった。僕は、彼女のことを忘れることが出来なくて、大学3年になって、ようやく探し出せた。それからの彼女は、高校進学を犠牲にしてまでも、昔、つぶされた様な形になった父のレストランを復活させるため、その思いを秘め、色々と奮闘してゆく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる