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壱:集会

壱の弐:集会/トラブルD

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――気を引き締める必要がある――

 そう判断して俺は部下たちに声をかけた。会場内を巡回している部下たちから集まってくるデータをVRメガネの立体映像から確認する。その上で同報通知で一斉に音声を流した。

『こちら会場警備、異常はないか?』

 スーツの襟元に仕込んだ通信マイクで問いかける。通話する先は会場内に散った俺の部下たちだ。ヤクザとしての身内としては俺の弟分にあたる。いずれはこのうちの何人かを率いて〝暖簾分け〟させてもらうことになる。
 昔なら新しく一家を立ち上げるのだが、今は子会社を設立してグループ企業として動くことになる。まあ当分先の話だが。
 部下たちは天龍のオヤジが自分の目利きで厳選に厳選を重ねた腕っこきの優秀な奴らばかりだ。即座にレスポンスが返ってくる。

『こちら巡回1、異常なしです』

 巡回担当の1番目が〝木原〟
 体育大学で学生ボクシングの優秀な選手だったが傷害事件を起こしボクシングの世界から叩き出された男だ。直情径行で切れやすいが根は真面目でストイックで役目に従順なので大変重宝している。

『そのまま巡回を続けろ』
『了解』

 続いて声がくる。野太くいかつい声だ。

『巡回3番。オープン休憩スペースです。異常ありません』

 巡回担当の3番目が〝牛尾〟
 ごつい体格が特徴的な元陸自の隊員だった男だ。格闘や戦闘スキルは高く戦闘要員としては非常に有能だったが部隊内でいじめに遭い反撃して拳銃を乱射して処分された男だ。
 今時珍しいくらいに生真面目で融通が利かない。だがそれだけにやるべきことを正確に指示してやればその通りに動くので、組織の駒としては非常に優秀だ。使いこなせないやつのほうがわるいのだ。

『よし、何か不審な点があればすぐに知らせろ』
『了解』

 そしてさらに声がする。帰ってきた声のキーはいささか焦りを帯びていた。

『巡回の2番です。現在正面玄関入り口付近。大変です柳澤さん』

 巡回担当の2番目が〝小暮〟
 痩せたシルエットの男でおおよそヤクザらしくない小役人風の外見が特徴だった。だがネット能力や詐欺のスキルが非常に高い。自分が舐められていると言う事をわかった上で行動できる実は非常に食えない男だ。
 もっとも、軽口たたきでビビり屋で粗忽が多いのが欠点だが――
 俺は思わず叱責する。

『馬鹿野郎、名前で呼ぶな』

 何のための役割呼称なのか、実名で呼ばれたら意味がない。

『すいません! 正面玄関から集会参加者が入ってこようとしてます』

 詫びの言葉からすぐに話の要件が伝えられる。それは会場警備としては一番願い下げたいことだったのだ。

『誰だ』

 シンプルに問い返し、返事がすぐに返ってくる。

『〝榊原〟です』

 ビンゴ、遅刻していた最後の重要人物だ。緋色会イチの鼻つまみ者、あだ名は――

――強欲の榊原――

『全員に告ぐ、トラブルD発生、動けるものは全員、正面玄関付近に集まれ。俺も行く』
『了解』
『了解です』
『了解っす』

 俺の指示を理解した者から了解の声がする。それを耳にしながら俺は自分の上司へとお伺いを立てることにした。
 俺のオヤジ〝天龍陽二郎〟だ。

『総括』

 総括とは、会場運営総括の略号。天龍のオヤジの今回の肩書だ。俺は通信回線越しに呼びかけた。

『どうした』
『トラブルD発生』

 トラブルDとは符牒であり、Dは〝身内による妨害行動〟を意味する。本来会場入場は表向きの一般客だけの正面玄関であり、極秘集会の参加者は複数ある入場口からこっそりと入ってきてもらう手筈なのだ。
 ちなみにトラブルCは対立組織からの妨害行動だ。
 無線回線越しに舌打ちの音がする。オヤジの苛立ちが伝わって来るようだ。だが流暢で丁寧な言い回しの声が割り込んでくる。

『総括、私が対応します』

 キーの高い独特の声。

『上手くいなさないと官憲の割り込みを招きます』
『行け』
『御意』

 その声の主は穏やかで柔らかな物腰と裏腹に恐ろしく切れることで有名だった。
 そしてその声は俺の方へと受けられた。

『会場警備、無理に誘導しようとしないでください。一般参加者が怯えないように無難な対応をお願いします』
『了解』

 その指示と同時に無線は切れる。通話相手はすでに行動を起こしている。

 割り込んできた声の主の名は〝氷室淳美〟――カミソリの異名を持ち恐ろしく頭の切れる油断のならない男として知られている。天竜のオヤジの弟分であり俺にとっては〝オジキ〟にあたる。
 情報収集と裏工作においては天竜のオヤジですら叶わないほどの切れ者ぶりを見せる。
 そんな人が動いたのだ、俺がなすべきことは氷室のオジキが到着するまでの時間稼ぎである。
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