Apricot's Brethren

七種 智弥

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第一章:宵闇に蠢く者【File 04:背理に抗う天秤】

背理に抗う天秤-3-

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 件の深山みやま家に到着すると、そこは裕福層の豪邸でも何でもない極一般的な一軒家であった。事件発生後の現場保存としてキープアウトと記された黄のテープが張り巡らされていたが、鍵は開いていたので、身体に絡み付くテープを振り解きながら、僕達は荒れ果てた家屋の中へと土足で歩を進めて行く。

 すると中は強盗や窃盗にでも遭ったのではないか、というレベルの散々な有り様であった。物盗りの類が見境なく金品目当てに散らかしたのとはまた違う。侵入者と家の者達が総力を上げて闘争を繰り広げたであろう形跡は、そこかしこに散らばる血痕から見て取れる。
 死体をかたどる白いテープは、実況見分に使われた痕跡だ。四人分の人型はリビングに二人、廊下に一人、階段に一人と散見された。序盤はリビングで夫婦が襲われ、その現場を目の当たりにした子供達二人が魔の手より逃れんとしたところ、無念にも廊下と階段で凶刃に倒れた――というのが情景として頭に浮かんだ。通常の刺殺や撲殺とは段違いに流出する出血の夥しさは、食い散らかされた内臓が起因するものだろうと容易く予測できる。現場に本物の死体がなくてよかったと安心するのは、実物を見ていたら間違いなく嘔吐していたからだ。それくらいの惨状が目の前に広がっていたのである。

 現場における犯行の流れは、実際の犯罪などの凶行に明るくない僕ですら大凡おおよそ検討がついていた。無論、他三人も言葉を交わさずとも互いに情景を想像し得たであろうことは明白だった。黙々と現場のあらゆる箇所を十数分ほど見分すると、各々がもう満足だと言わんばかりに一箇所に集合する。
 凶器がないためそれは犯人が現在も所持していること、犯行はいつも宵闇に紛れるようにして夜間に行われること、今回は生存者がいない案件であること。などと見て分かる内容を情報共有をし合った先で、今度は侵蝕者イローダーの行動理念や活動根拠がどこかにあるはずだということ、犠牲者と生存者との関係性を洗い出す必要があることなど犯人像の深掘りを進めていくための準備を泰然とこなしていく。
 ルカさんとの座学では、侵蝕者イローダーの行動理念やら活動根拠等は話題に上がらなかったため、「一体彼らは何の話をしているんだ?」と首を傾げた。人間性を喪失しているのであれば、そういった犯行動機染みたものは存在し得ないはずなのに、と不可解な疑心は渦巻くばかり。
 一人置いてけぼりを食らっている間にも会話は進む。一見して侵蝕者イローダーの犯行か狂気的な連続殺人犯シリアルキラーによる犯行か区別がつかない事件そのものを、最早前者によるものだと確信を得ているかのような彼らの口振りに、僕は踏んで来た場数の差を実感した。

 そこでレンさんが懐から検査薬品のようなものを取り出す。僕が思わず「何ですか、それ」と尋ねると、「杏病原体プラルメソーシの侵蝕因子に反応する試薬だ」と言う。
 先ほど三人で論議した末、一連の凶行が侵蝕者イローダーによるものと結論付けたような会話が横行していたからこそ、「今更必要か?」と疑問を抱いてしまう。だが、その試薬を使ってこそ確証を得るべきとするは確実性を求めるに当たって妥当だろう。

 結果は、黒。
 本案件が侵蝕者イローダーの魔手によるものとという決定打が得られた。

 深山みやま家の滞在時間、およそにして三十分辺りだろうか。杏病原体プラルメソーシの拮抗剤を含有した散布剤を部屋中に撒き散らした後、これ以上有益な情報はここから得られまいとして、僕達一行は深山みやま家を後にする。
 玄関から外に出た途端、聞こえてきたのは村人達の噂話。それこそ一家惨殺された深山みやま家が話題となる、嘘か本当かも分からない近隣の風評に過ぎない。それでも何かの足掛かりになるやもしれないと、レンさんは噂話に花を咲かせる奥方二名にそっと声を掛けた。

「我々、殺害された深山みやま家について現場調査を担当している第三師管区総司令部の者ですが、奥方のお話を是非とも拝聴したく。ご迷惑でなければいかがでしょう?」

 全身黒づくめのガスマスクが、六フィートを越す大男が、突然会話に割って入ってくるという極めて異質な光景に、奥方二人は一瞬身を縮ませたが、彼が軍属の者だと分かるや否や、にっこりと微笑んで会話の輪に入れてくれた。

「あら、妙な出立ちだと思ったら、あの第三師管区総司令部の軍人さんだったのねェ。深山みやまさんのお宅は色々と訳ありだって専らの噂よォ。警察の方々は、あまりにも信用ならなかったから、現場調査をする方々には私達ご近所付き合いの詳細まではお話しなかったんだけどォ」

 本来の捜査であれば被害者の身辺調査をして然り。それを怠るとは何と杜撰な捜査だと、最初は警察の無能さに頭を抱えていたが、抑々そもそも信頼されていないが故に諸情報の提供すらされていないという哀れな現実を突きつけられ、何だか同情を禁じ得ない気分に陥る。これでは警察の面目丸潰れも等しい。
 同時に、世間的に警察より信頼度の高い軍人という位置付けに違和感を感じながら、それが特殊精鋭部隊たるK-9sケーナインズの獲得してきた功績なのだと、長年に渡って培ってきた努力の賜物に思わず脱帽する。

「奥方御一同にご忠言申し上げますが、警察の方々も日々怠惰に過ごしている訳ではありません。ですから、必要な情報提供は是非ともしてあげてください。我々軍人は未解決事件を追う最後の砦として、警察の方々から収集した情報の全てを引き継いでいる。故に、警察への情報提供が無駄になることはありませんよ」

 警察に対する冷遇っぷりにフォローを入れざるを得ないレンさんの声音は、僅かに苦笑いしていた。奥方二人が、「最終的に軍人さんのお役に立つなら、警察への情報提供もやぶさかではないわね」と納得する中、レンさんは会話の軸を深山みやま家の問題について戻した。

「早速で申し訳ないのですが、我々第三師管区総司令部は深山みやま家の客観的な家庭環境の情報を集めています。生存者がいない点も含めて、詳しく事情を聴取できる相手は限られていましたから、奥方お二人には改めて感謝を」

「いいのよ~、そんなに畏まらなくて。今や警察より余程軍人さんの方が信頼できるご時世だもの。警察が万策尽きた案件を華麗に解決してみせる第三師管区総司令部の快進撃を、私達は何度もニュースで目にしているんですから。その手助けになるなら協力は惜しまないわ~」

 奥方二人は軍人というものに対し極めて親和的であるため、そこを上手く利用した情報収集は存外お手軽に済みそうだ。無論上手く取り入ったレンさんは、更に詳しい情報を追及しようと試みる。

「それで、お二方から見た深山みやま家とは?」

 すると奥方二人は、「その言葉を待ってました」とばかりにマシンガンの如く深山みやま家のゴシップネタを提供し始めた。

「あそこのお宅は夫婦共々感じが悪くてねェ。こっちの挨拶に返事も返さないくらいご近所付き合いに無頓着というか、常に人を下手に見ているような高慢痴気な性質があったのよォ。旦那さんが大手企業勤めだからって天狗になってるのかしら?」

「一度家族全員で出かけている姿を見たけど、外出を楽しむような雰囲気は全くないし、家族だってのに殺伐とした空気を纏っているのを見掛けたわよ~。遊びに行く先が観光施設とかアミューズメントパークみたいなところじゃなくて、お葬式や警察に呼ばれたような雰囲気っていうのかしら。家族でわいわいって言葉は、あの家庭には似合わないかもね~」

「お子さんも悪い噂で持ち切りだったわよねェ。上のお姉さんなんて就学先で虐めの主犯格を張っているっていうし、下の弟さんは引き篭もりだけどSNS上で誹謗中傷の投稿をしてのさばっているらしいし。あの家には碌な人間が居ないわァ」

「そういえば私聞いたわよ~。弟さんったら動画配信しているちょっと有名な配信者さんを匿名でバッシングして自殺未遂まで追い込んだとか何とか」

「怖いわねェ。そこまでして他人を貶したり乏したりする理由が、私達凡人には理解できないわァ」

 深山みやま家が人格にやや問題を抱えた家庭であることは、十二分に理解した。特に子供達二人の虐めやネット上の誹謗中傷は、他者から恨みを買っても仕方ないものだ。報復と称して背後からグサリ、なんて事象もあり得なくないくらいに。
 ここまできたら両親にも何か問題がありそうだ。近隣の住人に事情聴取する意義はまだまだあるだろう。なんて考えていると、奥方の方から朗報が舞い込んだ。

「そうだ! 深山みやまさん家のお隣のかけいさんだったら、私達以上に詳しく深山みやま家について知っているんじゃないかしらァ。あのお宅のお子さんは深山みやま家の長女と幼馴染だっていうしねェ」

「そうね~、何ならかけいさんのお宅まで案内してあげましょうか~?」

「「「「是非」」」」

 思わぬ吉報に僕達四人は見事食らいつく。全く同一の反応を示す僕達四人に奥方は「皆さん仲が良いのね」と微笑む。彼女らを筆頭に、黒づくめの集団は更なる情報を求めて、少し離れにある深山みやま家の隣人を訪ねたのだった。
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