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第一章:宵闇に蠢く者【File 04:背理に抗う天秤】
背理に抗う天秤-2-
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第三師管区総司令部が鎮座するアミティエ第一都市たるヴァルフルーリィ区域とは異なり、第三都市であるアシュラム区域は、都市部ともなればそれなりに栄えているものの、一旦街の外れに出てしまえばそこはもう片田舎であった。僕達第一部隊一行は、その辺鄙な村里に向けて僅かな交通機関を駆使して移動していた。
「ここは、都市部に比べて街から外れると極端に人が少ないですね。どこもかしこも人でごった返しているヴァルフルーリィとは大違いだ」
二時間に一~二本ほどしか来ないバスに乗車し、砂利道を走る車輪の振動に揺られながら、初めてアシュラム区域に来訪したのであろうルカさんが、ぼそりとそう呟く。ティムさんも興味津々といった感じで、次から次へと流れていく車窓の景色に心做し無我夢中になっているように見えた。彼もアシュラムは初めてなのだろう。
僕個人としては、ヴァルフルーリィ区域という以前に第三師管区総司令部所属のK-9sという部隊に与えられた隊舎が主たる生活圏内だったため、アミティエ国内の区域別に見た人混みの差異については良くも悪くもてんで分からなかった。だが、総司令部の間近にある古来名門神社・花笠白大社が、平日・土日祝を問わず、連日ガヤガヤと賑わっていたのだけは耳にしていたので、ヴァルフルーリィという都市が、常に殷賑を極めた区域であろうことは、何となしに察していた。
沢山の観光客もいれば、大勢の常連客もいる。そういった繁栄振りを見せるそれは、恐らく毎日デザインの変わるお洒落な御朱印や、毎月のイベント毎に変化する上品なデザインの御守り、二月に一回参拝者にお披露目する白神子とその侍者である天狼により人々を魅了する演舞など、花笠白大社独自の趣向の拘りが関係するのであろう。そこらの神社仏閣とは別格の集客力を為す社を見るに辺って、やはり参拝客の賽銭や初穂料が桁違いな収入源と化すのではなかろうかと、神仏の御前では決して考え難い、不純な思考が駆け巡っていた。
そんなヴァルフルーリィ区域とは打って変わって至極静謐としたアシュラム区域の片田舎では、相次ぐ猟奇的連続殺人が滞ることなく連綿と続いている。初の事件発生が三ヶ月前の始め。そこから四~五日置きに犯行は続いており、確たる証拠たるものは一切残されていないという隠蔽工作の徹底振り。
現場には指紋も耳紋も唇紋も足跡も残されてはおらず、毛髪や皮膚片、血痕などのDNA鑑定に回せるような個人を特定する情報も、何一つとして獲得させてはくれない。現場にあるのは何かを引き摺ったかのような轍に似た形跡だけで、被害者の死亡確認当初身綺麗な衣服を纏っていることを確認する辺り、彼らの体躯を引き摺ったという仮説も聊か現実的ではない。殺害に及んだ殺傷武器を引き摺った名残とも、また違う。這い摺り回った後のような轍から、警察は鰐や大蛇の獣の類いかも知れないと考えもしたようだが、それにしては順当な計画的側面が強過ぎる。結局、その痕跡の正体は謎のまま、警察は泣く泣く情報をこちらへと引き渡したのだった。
勿論被害者の中にも僅かばかりの生存者はいるものの、彼ら自身が自ら何も語ろうとしない、或いは語ることができない状況下に置かれている点を踏まえると、情報の収集は困難を極めそうであった。奇しくも現場の情景を語った数名によれば「あれは化物のせいだ」と口を揃えて怯えた仕草を見せるが、その反面で、そんな恐怖体験を経た傍らでどこか安堵や喜楽の表情を浮かべるのだという。
化物とは何ぞや――そう問えば、返って来るのは「分からない」「見たこともない生物」「悪魔だ」との非現実的な証言ばかり。侵蝕者の存在を認知していない一般的な組織である警察からすれば、有益な情報が得られず匙を投げたことだろう。
不可解極まりない状況に、最早警察はお手上げ。しかし二進も三進も行かないその一方で犯罪は相次ぐものだから、止むを得ず軍の最高戦力に依頼解決を決断したのであろう。
真相が謎に包まれる中、現場に辿り着けば何か掴めるのではないかと、僕達は現地へ向かう。客観的に見れば、警察が白旗を掲げた難問をどうこうするなど一軍人には無理に等しい試みであるが、何せ彼らK-9sは侵蝕者の関与した事件解決に特化した、特殊精鋭部隊である。警察では到底掴めない物的証拠や状況証拠を掴む実力を持っているからこそ、彼らK-9sは人命を守る最後の砦として伏在しているのだ。その動向に期待する僕は、探偵による凄技を目の前に控えて胸を躍らせる見物客も同然になる。
しかし、浮かれている場合ではないと己を叱咤する。当事者意識が欠けていることに気付き、咄嗟に会話に加わることでその場を取り繕った。
「こういった侵蝕者が関与する現場では、普通の人間じゃ残し得ない、侵蝕者特有の証拠を探ることができるんですか?」
純粋な質問だ。医療や科学分野の研究進度が著しい、K-9s諸氏が編み出した技術であればこそ、一般の警察や鑑識では見落とす情報とやらもあるのではないか。とそう単純に考えた。そう。例えばルミノール反応には適さない体液が、それと異なる他の化学反応によって検出できたりなどするかのように。
「随分と御頭が冴えているようだな、ハチ。その通り。俺達は侵蝕者の体液――言うなれば侵蝕因子を化学反応から割り出し、現場が本当に侵蝕者由来のものかどうかを検証する科捜研染みた実験を行うために現場に赴いている」
ちなみに言えば、そこから侵蝕者の形状や動向を探ることも有り得なくはない話だ。と追加する点を聞けば、侵蝕者の型――所謂獣型、植物型、ヒト型、戦闘機型などの形状を炙り出すことも可能なのだとか。何とも便利な技術だと感心していると、バスは目的地に最も近い位置に到着した。
運賃の支払いはどうするのかとまごまごしているうちに、レンさんが「第三師管区総司令部所属の者だ。此度の任務遂行のため協力を仰ぎたい。宜しいか?」と簡潔に尋ねる。すると運転手は「お国の軍人様でしたか。どうぞご降車ください。総司令部の任務とあらば運賃は頂きません」と明朗に返答した。
軍の内部では黒狗と邪険にされているK-9sが、外部に出た途端国の防人たる軍人として崇められるという扱いの差に瞠目していた。それは警察より数多くの未解決事件を解決してきた軍部に、一層の信頼感を寄せているような、そんな風変わりな感覚がしたからだ。
現地に降り立ち、目的の民家へ向かう。
漆黒の軍服を身に纏ったガスマスクの集団が物珍しくもあったのだろうが、村々の人達が僕達を見るや否やこちらに向かって一礼する様は、軍人という存在が社会貢献に寄与している面が表立ち、尊敬の対象になっているからだと、納得する。
「失礼、ご婦人。深山家のご自宅はどちらに?」
一連の騒動で最も直近で犠牲になったのが深山家である。
レンさんが通り掛かりの老婆に尋ねると、老婆は全身黒づくめの出立ちの男集団に驚いてはいたものの、天鵞絨の外套の隙間から覗く軍服に気付いた途端、極めて丁寧な道案内をしてくれた。僕達四人は木目細やかな説明をしてくれた老婆に感謝の言葉を述べると、目的地たる深山家へと急いだ。
「ここは、都市部に比べて街から外れると極端に人が少ないですね。どこもかしこも人でごった返しているヴァルフルーリィとは大違いだ」
二時間に一~二本ほどしか来ないバスに乗車し、砂利道を走る車輪の振動に揺られながら、初めてアシュラム区域に来訪したのであろうルカさんが、ぼそりとそう呟く。ティムさんも興味津々といった感じで、次から次へと流れていく車窓の景色に心做し無我夢中になっているように見えた。彼もアシュラムは初めてなのだろう。
僕個人としては、ヴァルフルーリィ区域という以前に第三師管区総司令部所属のK-9sという部隊に与えられた隊舎が主たる生活圏内だったため、アミティエ国内の区域別に見た人混みの差異については良くも悪くもてんで分からなかった。だが、総司令部の間近にある古来名門神社・花笠白大社が、平日・土日祝を問わず、連日ガヤガヤと賑わっていたのだけは耳にしていたので、ヴァルフルーリィという都市が、常に殷賑を極めた区域であろうことは、何となしに察していた。
沢山の観光客もいれば、大勢の常連客もいる。そういった繁栄振りを見せるそれは、恐らく毎日デザインの変わるお洒落な御朱印や、毎月のイベント毎に変化する上品なデザインの御守り、二月に一回参拝者にお披露目する白神子とその侍者である天狼により人々を魅了する演舞など、花笠白大社独自の趣向の拘りが関係するのであろう。そこらの神社仏閣とは別格の集客力を為す社を見るに辺って、やはり参拝客の賽銭や初穂料が桁違いな収入源と化すのではなかろうかと、神仏の御前では決して考え難い、不純な思考が駆け巡っていた。
そんなヴァルフルーリィ区域とは打って変わって至極静謐としたアシュラム区域の片田舎では、相次ぐ猟奇的連続殺人が滞ることなく連綿と続いている。初の事件発生が三ヶ月前の始め。そこから四~五日置きに犯行は続いており、確たる証拠たるものは一切残されていないという隠蔽工作の徹底振り。
現場には指紋も耳紋も唇紋も足跡も残されてはおらず、毛髪や皮膚片、血痕などのDNA鑑定に回せるような個人を特定する情報も、何一つとして獲得させてはくれない。現場にあるのは何かを引き摺ったかのような轍に似た形跡だけで、被害者の死亡確認当初身綺麗な衣服を纏っていることを確認する辺り、彼らの体躯を引き摺ったという仮説も聊か現実的ではない。殺害に及んだ殺傷武器を引き摺った名残とも、また違う。這い摺り回った後のような轍から、警察は鰐や大蛇の獣の類いかも知れないと考えもしたようだが、それにしては順当な計画的側面が強過ぎる。結局、その痕跡の正体は謎のまま、警察は泣く泣く情報をこちらへと引き渡したのだった。
勿論被害者の中にも僅かばかりの生存者はいるものの、彼ら自身が自ら何も語ろうとしない、或いは語ることができない状況下に置かれている点を踏まえると、情報の収集は困難を極めそうであった。奇しくも現場の情景を語った数名によれば「あれは化物のせいだ」と口を揃えて怯えた仕草を見せるが、その反面で、そんな恐怖体験を経た傍らでどこか安堵や喜楽の表情を浮かべるのだという。
化物とは何ぞや――そう問えば、返って来るのは「分からない」「見たこともない生物」「悪魔だ」との非現実的な証言ばかり。侵蝕者の存在を認知していない一般的な組織である警察からすれば、有益な情報が得られず匙を投げたことだろう。
不可解極まりない状況に、最早警察はお手上げ。しかし二進も三進も行かないその一方で犯罪は相次ぐものだから、止むを得ず軍の最高戦力に依頼解決を決断したのであろう。
真相が謎に包まれる中、現場に辿り着けば何か掴めるのではないかと、僕達は現地へ向かう。客観的に見れば、警察が白旗を掲げた難問をどうこうするなど一軍人には無理に等しい試みであるが、何せ彼らK-9sは侵蝕者の関与した事件解決に特化した、特殊精鋭部隊である。警察では到底掴めない物的証拠や状況証拠を掴む実力を持っているからこそ、彼らK-9sは人命を守る最後の砦として伏在しているのだ。その動向に期待する僕は、探偵による凄技を目の前に控えて胸を躍らせる見物客も同然になる。
しかし、浮かれている場合ではないと己を叱咤する。当事者意識が欠けていることに気付き、咄嗟に会話に加わることでその場を取り繕った。
「こういった侵蝕者が関与する現場では、普通の人間じゃ残し得ない、侵蝕者特有の証拠を探ることができるんですか?」
純粋な質問だ。医療や科学分野の研究進度が著しい、K-9s諸氏が編み出した技術であればこそ、一般の警察や鑑識では見落とす情報とやらもあるのではないか。とそう単純に考えた。そう。例えばルミノール反応には適さない体液が、それと異なる他の化学反応によって検出できたりなどするかのように。
「随分と御頭が冴えているようだな、ハチ。その通り。俺達は侵蝕者の体液――言うなれば侵蝕因子を化学反応から割り出し、現場が本当に侵蝕者由来のものかどうかを検証する科捜研染みた実験を行うために現場に赴いている」
ちなみに言えば、そこから侵蝕者の形状や動向を探ることも有り得なくはない話だ。と追加する点を聞けば、侵蝕者の型――所謂獣型、植物型、ヒト型、戦闘機型などの形状を炙り出すことも可能なのだとか。何とも便利な技術だと感心していると、バスは目的地に最も近い位置に到着した。
運賃の支払いはどうするのかとまごまごしているうちに、レンさんが「第三師管区総司令部所属の者だ。此度の任務遂行のため協力を仰ぎたい。宜しいか?」と簡潔に尋ねる。すると運転手は「お国の軍人様でしたか。どうぞご降車ください。総司令部の任務とあらば運賃は頂きません」と明朗に返答した。
軍の内部では黒狗と邪険にされているK-9sが、外部に出た途端国の防人たる軍人として崇められるという扱いの差に瞠目していた。それは警察より数多くの未解決事件を解決してきた軍部に、一層の信頼感を寄せているような、そんな風変わりな感覚がしたからだ。
現地に降り立ち、目的の民家へ向かう。
漆黒の軍服を身に纏ったガスマスクの集団が物珍しくもあったのだろうが、村々の人達が僕達を見るや否やこちらに向かって一礼する様は、軍人という存在が社会貢献に寄与している面が表立ち、尊敬の対象になっているからだと、納得する。
「失礼、ご婦人。深山家のご自宅はどちらに?」
一連の騒動で最も直近で犠牲になったのが深山家である。
レンさんが通り掛かりの老婆に尋ねると、老婆は全身黒づくめの出立ちの男集団に驚いてはいたものの、天鵞絨の外套の隙間から覗く軍服に気付いた途端、極めて丁寧な道案内をしてくれた。僕達四人は木目細やかな説明をしてくれた老婆に感謝の言葉を述べると、目的地たる深山家へと急いだ。
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