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序章:混沌に帰す者【File 02:首輪に従う黒狗】
首輪に従う黒狗-6-
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そんな質疑応答が飛び交う中で、僕は今後の身の振り方について考えていた。本部より密命を担った密偵が記憶を失った場合の「優先的に取るべき行動は?」と。今の僕には最善策が浮かばない。だからこそ恥を忍んで尋ねた。そうせざるを得なかった。
「桐生さん。僕は……記憶を喪失した僕は、今後どういった対応を取れば……?」
総本部より派遣された側の監査官が、現場の指示を仰ぐなど本来であればあってはならないことだ。だとしても、記憶がない以上どうしようもないのもまた事実。頭を悩ませるポンコツ監査官を可哀想な目で見るのは、僕に暴行を加えた鬼畜少佐だけであったが、桐生氏は「そうだな」と首を傾げた後、妙案が浮かんだかのような面差しで僕達に一つの提案を持ち出した。
「現段階で新たな内偵が派遣されるかどうかは分からない。であればこそだ、ハチ。君をこのまま密偵として雇い、我が主力部隊であるK-9s第一部隊に配属させることで、君から見た内部情報を僕本人に横流しする。という方式を取るのはどうかな?」
最初に飛び出た所感としては、「何だそれは?」という純粋な訝りであった。既にルベルロイデ少佐に僕が密偵であることがばれている以上、内密な任務遂行は不可能である。桐生氏の言う通り、現状ルベルロイデ少佐が反徒でないにしても、突拍子もなく新人の部隊配属を行うという愚行自体、どこかの密告者でも潜り込ませたのではないかと、周囲から不可解に思われるであろうことは明白だ。万が一、内偵している点が漏洩せずとも、その界隈に少なからず異例の配属を不審がる人間が出現するのが関の山。それをどう切り抜けるのか。桐生氏に何か良計でもあるのかと一考するも、どういった手立てを用意しているかまでは、一般人に成り下がった僕には、到底想像もつかないことであった。
「閣下、小官の部隊構成をお忘れか? 特殊精鋭部隊とされる我らK-9sは三人一組が基本形態の小部隊。慣れない隊員の加入で、我々の戮力協心が瓦解することすら有り得る。つまり我々の連携は既にこの形式で完結している。故に新たに一名加入させるのは基本形からすると極めて特例に当たり、逆に悪目立ちする確率が高いでしょう。ハチの密偵業務を無事遂行させるのであれば、我が部隊への配属は彼の任務上大きな妨げになると愚考致しますが……」
桐生氏の発案に対し、ほどなく少佐が異議を唱える。少佐の言うK-9sというものが、どのような部隊かまでは存じ上げないが、少人数の特殊精鋭部隊ということは、会話の骨子から把握した。要はそれが、超攻撃特化型かつ個人技能がずば抜けて高い人物の集団に等しいことが判然とする。その粒揃いの部隊に要求される軍事任務は、無論極めて難度が高いものに違いない。そんなエリート部隊に、碌に戦闘経験すら積んでいない自分が入ったところで、足手纏いになるのは目に見えている。
「確かに、K-9sの特性上、三人一組を四人一組に置き換えるのは不自然極まりない。そこは僕も理解している。しかしね、誰も今の部隊を四人一組に切り替えろとは一言も言ってないんだよ。ハチを第一部隊の戦闘要員の一人として迎え入れるのではなく、『とある任務の保護対象として護衛している』という体で引き入れれば、周囲もそこまで出鱈目に警戒しないんじゃないか? 現にK-9s各部隊は、これまでにも護衛任務と称して護衛対象の人物を部隊の近辺に配置させていた前歴があるはずだよね?」
部隊の戦闘要員ではなく、保護対象として護衛する体裁を取る――全く考えもしなかった展開に、僕は「なるほど」と独り言を放つ。では、戦闘に参加する必要がなくなるのだから、改めて戦闘訓練などをする必要もないはずだ。「己の身の安全が確約されたのだ!」と稍うかうかしていると、その希望は呆気なく断たれることとなるのであった。
「勿論、保護対象は名目上の話さ。飽くまでK-9sは第三師管区総司令部の主力部隊。護衛対象者と周囲に認知させつつも、戦闘知識や技能は叩き込んで戦力強化を図り、即戦力として扱うつもりでいる。ただの穀潰しを内部に置くだけの余裕はないしね。身寄りのない彼の身元を保護するだけの代償を頂戴するのは、当然の流れだろう」
無事、安全な生活は保障されないということが確定した。しかも、K-9sの行う任務とやらがどんなものか詳細は分からないが、戦域鎮圧や前線での戦線拡大、戦線離脱における退路確保・殿担当など、苛烈なものが要されるに決まっている。
まだまだ甘い考えが抜けない僕は、現状軍歴が記憶喪失により素人に成り下がった故に、安全な後方勤務が与えられると都合良く解釈していた。だからこそ、桐生氏の案を聞いた途端、顕著に己の寿命が短縮していくかのような錯覚を起こした。
「話が早計過ぎであります、閣下! K-9sの特性上、戦域鎮圧にハチを加えるのは、まだ譲歩できる範疇だとしても、禍津子である侵蝕者との戦線に一般軍人が参与するということは、侵蝕因子の感染リスクから思惟するに御法度でありましょう? 恐れながら申し上げますが、問題点が数多現存する中で、閣下はそれらをどのように顧慮なさるおつもりですか?」
K-9sに、禍津子侵蝕者。よく分からぬ言葉の乱立に一人混乱する僕は、静かに挙手した。「あの、先ほどから専門用語が偏重しているせいで、こちらに全く会話の意図が伝わらないのですが。失礼を承知で申し上げます。僕にも意味が分かるように説明して頂けますか?」と。それはそれは慇懃な台詞で申し立てた。
話題の中心人物は間違いなく僕自身だ。眼前で等閑にされたまま己の今後の行く末を決められるなんてのは、勝手が過ぎる。せめて仔細を諄々と説いてくれなければ、こちらとて戸惑ってしまう。会話から置いてけぼりにされて、待ちぼうけを食らい、そうまでされて笑顔で黙っていられるほど、自分は従順な部類ではない。
「ああ、これは済まない。君を記憶喪失の一般人としてでなく、従来通りの軍人扱いをしたが故に、つい我々の公用語を多用してしまった。今の君にとって我々の会話は何一つとして通じ得なかっただろうから、順を追って事細かに説明しよう。その中で不明点や疑問点があれば、逐次尋ねてくれるといい。応じられる範囲内で答えよう」
桐生氏の粋な計らいに、ここはまず感謝である。
「桐生さん。僕は……記憶を喪失した僕は、今後どういった対応を取れば……?」
総本部より派遣された側の監査官が、現場の指示を仰ぐなど本来であればあってはならないことだ。だとしても、記憶がない以上どうしようもないのもまた事実。頭を悩ませるポンコツ監査官を可哀想な目で見るのは、僕に暴行を加えた鬼畜少佐だけであったが、桐生氏は「そうだな」と首を傾げた後、妙案が浮かんだかのような面差しで僕達に一つの提案を持ち出した。
「現段階で新たな内偵が派遣されるかどうかは分からない。であればこそだ、ハチ。君をこのまま密偵として雇い、我が主力部隊であるK-9s第一部隊に配属させることで、君から見た内部情報を僕本人に横流しする。という方式を取るのはどうかな?」
最初に飛び出た所感としては、「何だそれは?」という純粋な訝りであった。既にルベルロイデ少佐に僕が密偵であることがばれている以上、内密な任務遂行は不可能である。桐生氏の言う通り、現状ルベルロイデ少佐が反徒でないにしても、突拍子もなく新人の部隊配属を行うという愚行自体、どこかの密告者でも潜り込ませたのではないかと、周囲から不可解に思われるであろうことは明白だ。万が一、内偵している点が漏洩せずとも、その界隈に少なからず異例の配属を不審がる人間が出現するのが関の山。それをどう切り抜けるのか。桐生氏に何か良計でもあるのかと一考するも、どういった手立てを用意しているかまでは、一般人に成り下がった僕には、到底想像もつかないことであった。
「閣下、小官の部隊構成をお忘れか? 特殊精鋭部隊とされる我らK-9sは三人一組が基本形態の小部隊。慣れない隊員の加入で、我々の戮力協心が瓦解することすら有り得る。つまり我々の連携は既にこの形式で完結している。故に新たに一名加入させるのは基本形からすると極めて特例に当たり、逆に悪目立ちする確率が高いでしょう。ハチの密偵業務を無事遂行させるのであれば、我が部隊への配属は彼の任務上大きな妨げになると愚考致しますが……」
桐生氏の発案に対し、ほどなく少佐が異議を唱える。少佐の言うK-9sというものが、どのような部隊かまでは存じ上げないが、少人数の特殊精鋭部隊ということは、会話の骨子から把握した。要はそれが、超攻撃特化型かつ個人技能がずば抜けて高い人物の集団に等しいことが判然とする。その粒揃いの部隊に要求される軍事任務は、無論極めて難度が高いものに違いない。そんなエリート部隊に、碌に戦闘経験すら積んでいない自分が入ったところで、足手纏いになるのは目に見えている。
「確かに、K-9sの特性上、三人一組を四人一組に置き換えるのは不自然極まりない。そこは僕も理解している。しかしね、誰も今の部隊を四人一組に切り替えろとは一言も言ってないんだよ。ハチを第一部隊の戦闘要員の一人として迎え入れるのではなく、『とある任務の保護対象として護衛している』という体で引き入れれば、周囲もそこまで出鱈目に警戒しないんじゃないか? 現にK-9s各部隊は、これまでにも護衛任務と称して護衛対象の人物を部隊の近辺に配置させていた前歴があるはずだよね?」
部隊の戦闘要員ではなく、保護対象として護衛する体裁を取る――全く考えもしなかった展開に、僕は「なるほど」と独り言を放つ。では、戦闘に参加する必要がなくなるのだから、改めて戦闘訓練などをする必要もないはずだ。「己の身の安全が確約されたのだ!」と稍うかうかしていると、その希望は呆気なく断たれることとなるのであった。
「勿論、保護対象は名目上の話さ。飽くまでK-9sは第三師管区総司令部の主力部隊。護衛対象者と周囲に認知させつつも、戦闘知識や技能は叩き込んで戦力強化を図り、即戦力として扱うつもりでいる。ただの穀潰しを内部に置くだけの余裕はないしね。身寄りのない彼の身元を保護するだけの代償を頂戴するのは、当然の流れだろう」
無事、安全な生活は保障されないということが確定した。しかも、K-9sの行う任務とやらがどんなものか詳細は分からないが、戦域鎮圧や前線での戦線拡大、戦線離脱における退路確保・殿担当など、苛烈なものが要されるに決まっている。
まだまだ甘い考えが抜けない僕は、現状軍歴が記憶喪失により素人に成り下がった故に、安全な後方勤務が与えられると都合良く解釈していた。だからこそ、桐生氏の案を聞いた途端、顕著に己の寿命が短縮していくかのような錯覚を起こした。
「話が早計過ぎであります、閣下! K-9sの特性上、戦域鎮圧にハチを加えるのは、まだ譲歩できる範疇だとしても、禍津子である侵蝕者との戦線に一般軍人が参与するということは、侵蝕因子の感染リスクから思惟するに御法度でありましょう? 恐れながら申し上げますが、問題点が数多現存する中で、閣下はそれらをどのように顧慮なさるおつもりですか?」
K-9sに、禍津子侵蝕者。よく分からぬ言葉の乱立に一人混乱する僕は、静かに挙手した。「あの、先ほどから専門用語が偏重しているせいで、こちらに全く会話の意図が伝わらないのですが。失礼を承知で申し上げます。僕にも意味が分かるように説明して頂けますか?」と。それはそれは慇懃な台詞で申し立てた。
話題の中心人物は間違いなく僕自身だ。眼前で等閑にされたまま己の今後の行く末を決められるなんてのは、勝手が過ぎる。せめて仔細を諄々と説いてくれなければ、こちらとて戸惑ってしまう。会話から置いてけぼりにされて、待ちぼうけを食らい、そうまでされて笑顔で黙っていられるほど、自分は従順な部類ではない。
「ああ、これは済まない。君を記憶喪失の一般人としてでなく、従来通りの軍人扱いをしたが故に、つい我々の公用語を多用してしまった。今の君にとって我々の会話は何一つとして通じ得なかっただろうから、順を追って事細かに説明しよう。その中で不明点や疑問点があれば、逐次尋ねてくれるといい。応じられる範囲内で答えよう」
桐生氏の粋な計らいに、ここはまず感謝である。
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