Apricot's Brethren

七種 智弥

文字の大きさ
上 下
4 / 49
序章:混沌に帰す者【File 01:昼中に墜つ白烏】

昼中に墜つ白烏-04-

しおりを挟む
「えっ……、え?」

「何が『え?』だ。胸糞悪い間抜けづら曝しやがって。腹立たしいことこの上ねえな、クソッタレ。『お前は誰だ?』って聞いてんだよ。答えろ」

 恐る恐る目を向けた先――声が聞こえた発信源に立っていたのは、およそ六フィートは優に超えるであろう長身の男だった。
 彼の姿を瞳に映した瞬間、言葉が詰まる。無論いきなり声を掛けられた驚愕で言葉を失ったというのもあるが、彼の容姿を目にした途端、その形貌のあまりの神々しさに息を飲んだ、と言った方がより適切であろう。

「……神さま?」

 まるで白子アルビノのように色素を失くした白金の地髪と真紅の虹彩。カーテンの隙間から差す日の目を浴び、一際煌びやかに映えるそれらは人間離れした印象を色濃く残し、極めて異質な存在感を醸し出す材料として十二分の役割を果たした。
 異彩を放つ明眸は、如何にも不服だと言わんばかりに歪んでおり、強大な威圧感を纏いつつも、じっとこちらを見下ろしている。表情や態度で不愉快さを丸出しにしておきながら、神仏と見紛うほどの錯覚を与える見目の何とチグハグなことか。

 単に男の容姿に魅入ったか、はたまた尻込みしたかは分からない。だが、僕の記憶にある神の定義に酷似した彼が、どうにも眩しく見えて仕方がなかった。

 そんな純朴な思考が駆け巡る一少年が意図せず零した言葉、それこそが「神様」。
 その一言を掬い上げた彼が次に放った台詞は、とても神とは形容し難い粗野で乱暴で、そして酷く俗物的なものだった。

「――寝惚けてんのかゴミ野郎」

 人差し指で蟀谷こめかみをトントンと叩く仕草は、「お前の頭、大丈夫?」とでも聞きたげなジェスチャー。気遣わしげな表情が逆にこちらの苛立ちを沸き立たせる。

 前言撤回、この男が神様であるはずがない。真の神様が初対面の人間に正面切って「ゴミ野郎」と痛罵を浴びせるだなんて、そんな低俗な真似できる訳がないのである。浮世離れした容姿からチンピラめいた言動が飛び出るとは、いやはや見た目詐欺にもほどがある。
 確かに、呆気に取られたが故に出た僕の失言は、何の脈絡もなかった。何の脈絡もなければ、巫山戯ているようにさえ取ることができたと思う。男が呆れ果てるのにも頷ける。だとしても、「ゴミ野郎」などと謗られる謂れはないはずなので、神様認定の取り消しは免れない。

 男の威圧に辟易たじろぎ、弱腰ながら「あっすみません」と平謝りしてはいたものの、彼の止まない罵詈雑言の嵐に青筋が立ち始めていたことは否めない。

「気持ち悪い奴だな、お前。他人様ひとさまつら見るなり神様だなんざ抜かすなんて、薬でもキメて天国あの世に意識でも置いてきたってか? ラリッた異常者イカレポンチのお相手なんて俺ァ御免被るぜ」

 普段の自分は温厚な人間だと自負している。自負してはいるが、見ず知らずの男にいきなり真正面から漫罵されると、多少はカチンとくるらしい。無礼極まりない不遜な物言いに、こちらを挑発するような男の振る舞いに、意図せず気色ばむ。いいように言われっ放しにされるのも性に合わない。ここは意趣晴らしでもしてやろうと、僕は一挙に気炎を揚げた。

「そっ、んな訳ないでしょ!! あーあ、僕の一時の気の迷いでした。この世にこんな口汚い神がいる訳がない。こんな軽々しく神様だなんて言っちゃ駄目ですよね。全く本物が知ったら『失礼だ』って叱られちゃうな。少なくとも僕の知る神様は、もっと上品でしたからね、ええ。『ゴミ野郎』発言は有り得ない、有り得ないですとも!!」

 確かに会遇当初は、彼の張り詰めた空気に物怖じするだけだった。が、面識のない男にここまで好き勝手に言われてヘコヘコし続けていられるほど、僕の堪忍袋の緒も丈夫ではない。息つく暇もなく、言いたいことは言ってやった。

「大体神様と間違われたことに対して、何で『ゴミ野郎』なんて酷く罵倒する必要性があるのかすら僕には理解できませんけどね。通常であれば初対面の人間がちょっと螺の外れた発言をした時、心配の声を掛けるなりするもんじゃないですか? 僕自身自分の発言がちょっと可笑しかったことに気付いてない訳ではないんですよ? ないですけど、まさかこんな憎まれ口を叩かれるなんて思いもしないじゃないですか」

「え、何? 喧嘩売られてんの、俺? 素手喧嘩ステゴロ? 買わせて?」

「先に言葉という武器で暴力を振り翳してきたのはそちらなのに、最早本物の暴力で物事を解決しようとするだなんて、神様の風上にも置けないですね。やはり貴方自体が神様に匹敵する存在であるはずがなかった証左ですか? ああ! どうか怒らないでください、虚構の神よ! これも一若者の戯言に過ぎないのですよ? ここは一つ、最低限神様らしくザーッと水に流してください、ザーッと!!」

 その時は正に恐れなんてなかったと思う。ああ言われればこう言うといった、軽いお喋りの応酬がスラスラと出てくる。自分でも恐ろしいくらい大胆な受け答えをしていたものだから、口が独りでに走り出したものとさえ考えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おねしょ合宿の秘密

カルラ アンジェリ
大衆娯楽
おねしょが治らない10人の中高生の少女10人の治療合宿を通じての友情を描く

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

恥ずかしすぎる教室おねしょ

カルラ アンジェリ
大衆娯楽
女子中学生の松本彩花(まつもと あやか)は授業中に居眠りしておねしょしてしまう そのことに混乱した彼女とフォローする友人のストーリー

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...