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『フロリアーヌ、貴様との婚約を破棄する。今までの数々のビアへの犯行は目に余る。よって貴様は今から国外追放とする。』
そう冷ややかに告げたのは、オクタヴィアン・レオ・モンタニエ、このモンタニエ国の第1王子であった。
___________________
「ふわあぁ。」
みなさま、ごきげんよう。淑女らしからぬ声を出して起きたのは私、モンタニエ国のフィヨン家長女であるフロリアーヌ、つやつやの17歳だ。
そして、私の専属侍女がリリーである。
「お嬢様、またそんなに大きなあくびをなさって。
いけませんよ」
「ごめんなさい、でも王家に入るまでには直そうと思っているのよ」
「また調子のいいことをおっしゃって。私は心配でなりませんわ」
リリーを宥めていると、不意に鏡に写った自分の姿が目に入った。父親譲りの神秘的な白銀の髪に、透き通った水色の目をしていて、私は恥ずかしいことに月光の乙女と呼ばれているらしい。
そんなことはさておき、
「リリー、今日はお父様は?」
リリーにお父様の所在を聞いたが、リリーは首を横に振るだけだった。
(今日もいらっしゃらないのね、まあそういうこともあるよね!)
私がお父様に愛されていないというのは有名な話らしいが、実際は全くそんなことはない。
その証拠に、毎月綺麗なドレスやジュエリーを贈ってくださるのだ。私はそのドレスを着てお父様の愛情に心を暖かくしていた。
何よりお父様は侯爵家の当主だ。忙しくないわけがない。
私が熱を出して寝込んでいたときも、怪我をしたときも様子を見に来てくださることはなかった。そのことから考えるに、ただ私に会いに来る時間が無いだけなのだ。
だから、直接お父様と顔を合わせることが出来なくても、心では私のことを気にかけてくださっていると、そう信じて今まで頑張ってきた。
不意に感じた胸の痛みを無視し、気持ちを切り替え朝食を食べ終えた私は、早速書庫への出発を決めた。
私は侯爵令嬢にして第1王子オクタヴィアン様の婚約者であるので、5歳のときから、王妃教育に真面目に取り組んでいた。
下手な成績を取ってお父様を失望させたくなかったからだ。
オクタヴィアン様とは、燃え上がるような恋ではないものの、良好な関係を築いてきたつもりで、とても信頼できる人だ。
書庫にきたのは午後にある王妃教育の予習のためである。
今は学園が夏の休暇であるため、王妃教育が午後みっちりあるのだ。
そして、結果は透明に近い水色。それが示すのは私の魔力は風属性であり、ここモンタニエ国の貴族の中では珍しくも何ともないものということだ。
代々フィヨン家では氷魔法を受け継いできていたので、魔法適正検査の結果を見るやいなや、誰もが残念がっていたように見えた。
私も、お父様と同じ属性が良いと思っていたのもあり、最初は悲しく感じたが、ここで落ち込む私ではない。魔法には最初から興味があったし、気を取り直して魔法の勉強に熱心に取り組んだ。
それが功を成したのか、今では思いのままに魔力を操れるようになった。夢中になって本を読みあさっていた私は王宮に向かう時間がすぐそこであるということに気がついた。
急いで部屋に戻り、リリーに髪を綺麗にしてもらった。
準備ができた私は王宮からの馬車に乗り込んだ。何とか出発時間には間に合ったようだった。
そして私は難なく王妃教育をこなし、卒業パーティーまで残るは1ヶ月となった。
私は家の中では話し相手はリリー以外いないので、下手な噂を聞くこともなく、この生活にとうに慣れた私は快適な日々を過ごしていた。
もちろん、お茶会や舞踏会には以前は参加していたが、婚姻間近になり派閥争いを避けるため、ここ数年は参加をやめていた。
(今日もお父様に会えなかった……)
最近はお父様の姿を全く見ることが出来なくなってしまっている。
避けられているのではない、オクタヴィアン様との婚姻がもうすぐであるため、きっとそれの手続きに忙しいのだ。
うじうじするのは私らしくない、気持ちを切り替えて今日も王宮へ王妃教育に向かった。
――――――――――――――――――――
ついに今日は卒業パーティーである。お父様は今日の式典に参加してくださるそうだ。お父様に安心して王家へ送り出してもらえるよう、今までの王妃教育で培ってきた美しい所作やカーテシーを披露するつもりだ。
少なくともこの時まではそう思っていた。
「リリー、今日の私どうかしら?」
今日は深青の美しいドレスだ。
「とっても素敵でございます、お嬢様」
人懐っこい笑顔を見せた彼女はすごく可愛かった。
「あなたを王宮に連れていけないのが残念だわ。
今までありがとうね、リリー」
「それでも私はいつもお嬢様を見守っています」
「ふふ、嬉しいわ」
そう、オクタヴィアン様と婚姻を結んだ後、私の侍女は王妃様が直々にお選びになった者が私につくのだそうだ。
リリーともうすぐお別れなことがどうしようもなく寂しい。
涙が出そうになったが、必死にこらえた。せっかくリリーが綺麗にしてくれた化粧が落ちてしまう。泣くわけにはいかない。
私は何とか笑顔を作って広場に向かった。
何だか人だかりができている。
すると、オクタヴィアン様の声が聞こえた。
『フロリアーヌ、貴様との婚約を破棄する。今までの数々のビアへの犯行は目に余る。フロリアーヌ、裏切られたよ』
今の、私の聞き間違いではないわよね。
それよりも、ビアってだれかしら。
目線をあげると、私に冷ややかな視線を向けるオクタヴィアン様の隣に赤い髪の女の子がいるのが分かった。
思い出したわ、ラクルテル子爵家のご令嬢ビアンカ様ね。といっても、何の面識もないわ。
どうなっているのかしら。
犯行と言われても身に覚えのない出来事に私は一生懸命頭の中をめぐらせていた。
すると、
「返事くらいしたらどうなんだ。貴様はこの愛らしいビアに教科書を破ったり、階段から突き落としたり、ましてや次期王子妃になるものが、毒を盛るとはな。
貴様のようなものと婚姻なんて結べん。
それに顔も見たくない。貴様を国外追放とする。」
頭が真っ白になった。
「お待ちください。私は何もしておりませんわ!」
「ふんっ。白々しい。兵よ、さっさとこの者を連れていけ。」
何も頭が回らない。
「殿下、発言を許してください」
静寂に包まれた広場に一声を発したのはお父様だった。
(お父様……)
「許す」
お父様は私をちらりと見た。
「ありがとうございます。フロリアーヌの処分ですが、第3監視室はいかがでしょうか」
それを聞いて、いっきに心が打ちのめされた。
(第3監視室は、殺人など重罪を犯した者が行くところよ。どうして。どうして……)
「ハッ。良いだろう。それにしてもそなたがそれを提案するとはな。
連れていけ。」
兵士に取り押さえられる中、お父様の方を見るとごみを見るような目を私に向けていた。
(どうして私をそんな目で見るの。
やめて、やめてよお父様)
引きずられるようにして連れてこられた第3監視室は、一度入れば出られないと言われている。
どうしてこんなことに。
私は何のために頑張ってきたの。
オクタヴィアン様は何よりも信頼できる人だった。
まさかどうして
わたしはお父様に認められたかっただけなのに。
褒められたかっただけなのに。
私はお父様に愛されてなかったのね。
嫌 嫌 嫌 嫌
いやああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ
女の悲痛な叫びが監視室に響いた。
なんだか泣き疲れて眠くなってきたわ。
何もかもが嫌になって冷たい床に寝転び、目を閉じた。
もう疲れたわ
"面白い魂をしている。僕が連れて行ってあげようか"
突然頭に響いた声。誰だなんてどうでもよかった。
「ええ、ここではないどこかへ連れて行って」
たとえこの声の主が連れて行く場所というのが、冥土でも構わなかった。ここから逃げられるのなら。
"了解♪"
ピシャァンゴロゴロゴロォォォ
すさまじい雷がモンタニエ国に落ちた
グサッ
「殿下、私はフロリアーヌの様子を見に行って参ります。」
「ベネディクト殿、そなたが自ら第3監視室への投獄を決めたのだぞ。逃がすなんてことがあれば許しはしない。」
「はい、もちろん承知しております」
「ならいい、行け」
ベネディクトは急いで娘のところに向かった。
「フロリアーヌ、フロリアーヌ
今すぐこんなところから出してやる。」
しかし、ベネディクトの目に写った美しい月光の乙女はすでに事切れていた。
脇から流れ出たであろう多量の出血がそれを物語っていた。
乙女の隣に置いてあったのはフィヨン家の家紋が入ったナイフだった。
真実はどうであれ、誰がどう見ても自殺であることは間違いなかった。
「フロリアーヌ、目を開けてくれ。お願いだ。
下手な芝居をするのでない。
だからどうか。どうか。」
あああああああぁぁぁぁぁ
愛する娘の亡骸を抱きしめ、ベネディクトは年甲斐もなく泣いた。
ジュディットがフロリアーヌを産んで亡くなってしまい、私は仕事でその悲しみを忘れようとした。
寂しさが薄れてきたころ、これではいけないと思い、フロリアーヌを気にかけるようにした。だが、今更私に年頃の娘に接するのはきわめて困難だった。
娘を前に何を話せばいいのか分からない。
それに私はもともと人相が悪く、普通に見つめているときも睨んでいるように見えてしまうようだ。そう執事に言われ、余計に自信がなくなってしまった。
またもや執事に呆れられたが、父親として最低限のことはせめて、と思い毎月ドレスとジュエリーなどの装飾品を贈った。
フロリアーヌは私の癒しであり、生きがいだった。
あんなに大変な王妃教育もそつなくこなし、学園でも常に成績上位の彼女を頑張っているな、と褒めてやりたかった。
どうしてそんな言葉一つもかけなかったのだろう。
悔やんでも悔やみきれない。
卒業パーティーが近づいたころ、不穏な噂を耳にした。それはオクタヴィアン殿下が、ある子爵家の令嬢と親しくしているということだった。
しかも、オクタヴィアン殿下はその子爵令嬢を王子妃に据えるためにフロリアーヌをでっちあげの罪で婚約者からひきずりおろそうとしていることが分かった。
婚姻を前にこんなことは即刻処理しておかなければならない。私は毎日王宮に通った。結局それも間に合わず、無駄になってしまったのだが。
結婚してしまえば、王子妃となった娘にそう簡単に会うことは難しくなるだろう。だからこの時期こそそばにいてやりたかった。
オクタヴィアン殿下が告げた娘の国外追放。それはなんとしてでも避けたかった。表面上では国外追放でも、結局は国境付近で盗賊に殺すように仕組まれている。
だから、殿下に反対されない処罰であること、かつ私が娘に手をさしのべられる範囲であるというところで言うと、思いつくのは第3監視室だった。
娘が連れて行かれた後、即座に逃がすつもりだった。殿下に何をされたとしても。
最悪な結末だけは避けたかった。
こんなことになるなんて。私が不甲斐ないせいだ。
ベネディクトはかつてフロリアーヌが好きだったもの色々を詰め、遺体をフロリアーヌの母が眠るところに埋葬した。
そう冷ややかに告げたのは、オクタヴィアン・レオ・モンタニエ、このモンタニエ国の第1王子であった。
___________________
「ふわあぁ。」
みなさま、ごきげんよう。淑女らしからぬ声を出して起きたのは私、モンタニエ国のフィヨン家長女であるフロリアーヌ、つやつやの17歳だ。
そして、私の専属侍女がリリーである。
「お嬢様、またそんなに大きなあくびをなさって。
いけませんよ」
「ごめんなさい、でも王家に入るまでには直そうと思っているのよ」
「また調子のいいことをおっしゃって。私は心配でなりませんわ」
リリーを宥めていると、不意に鏡に写った自分の姿が目に入った。父親譲りの神秘的な白銀の髪に、透き通った水色の目をしていて、私は恥ずかしいことに月光の乙女と呼ばれているらしい。
そんなことはさておき、
「リリー、今日はお父様は?」
リリーにお父様の所在を聞いたが、リリーは首を横に振るだけだった。
(今日もいらっしゃらないのね、まあそういうこともあるよね!)
私がお父様に愛されていないというのは有名な話らしいが、実際は全くそんなことはない。
その証拠に、毎月綺麗なドレスやジュエリーを贈ってくださるのだ。私はそのドレスを着てお父様の愛情に心を暖かくしていた。
何よりお父様は侯爵家の当主だ。忙しくないわけがない。
私が熱を出して寝込んでいたときも、怪我をしたときも様子を見に来てくださることはなかった。そのことから考えるに、ただ私に会いに来る時間が無いだけなのだ。
だから、直接お父様と顔を合わせることが出来なくても、心では私のことを気にかけてくださっていると、そう信じて今まで頑張ってきた。
不意に感じた胸の痛みを無視し、気持ちを切り替え朝食を食べ終えた私は、早速書庫への出発を決めた。
私は侯爵令嬢にして第1王子オクタヴィアン様の婚約者であるので、5歳のときから、王妃教育に真面目に取り組んでいた。
下手な成績を取ってお父様を失望させたくなかったからだ。
オクタヴィアン様とは、燃え上がるような恋ではないものの、良好な関係を築いてきたつもりで、とても信頼できる人だ。
書庫にきたのは午後にある王妃教育の予習のためである。
今は学園が夏の休暇であるため、王妃教育が午後みっちりあるのだ。
そして、結果は透明に近い水色。それが示すのは私の魔力は風属性であり、ここモンタニエ国の貴族の中では珍しくも何ともないものということだ。
代々フィヨン家では氷魔法を受け継いできていたので、魔法適正検査の結果を見るやいなや、誰もが残念がっていたように見えた。
私も、お父様と同じ属性が良いと思っていたのもあり、最初は悲しく感じたが、ここで落ち込む私ではない。魔法には最初から興味があったし、気を取り直して魔法の勉強に熱心に取り組んだ。
それが功を成したのか、今では思いのままに魔力を操れるようになった。夢中になって本を読みあさっていた私は王宮に向かう時間がすぐそこであるということに気がついた。
急いで部屋に戻り、リリーに髪を綺麗にしてもらった。
準備ができた私は王宮からの馬車に乗り込んだ。何とか出発時間には間に合ったようだった。
そして私は難なく王妃教育をこなし、卒業パーティーまで残るは1ヶ月となった。
私は家の中では話し相手はリリー以外いないので、下手な噂を聞くこともなく、この生活にとうに慣れた私は快適な日々を過ごしていた。
もちろん、お茶会や舞踏会には以前は参加していたが、婚姻間近になり派閥争いを避けるため、ここ数年は参加をやめていた。
(今日もお父様に会えなかった……)
最近はお父様の姿を全く見ることが出来なくなってしまっている。
避けられているのではない、オクタヴィアン様との婚姻がもうすぐであるため、きっとそれの手続きに忙しいのだ。
うじうじするのは私らしくない、気持ちを切り替えて今日も王宮へ王妃教育に向かった。
――――――――――――――――――――
ついに今日は卒業パーティーである。お父様は今日の式典に参加してくださるそうだ。お父様に安心して王家へ送り出してもらえるよう、今までの王妃教育で培ってきた美しい所作やカーテシーを披露するつもりだ。
少なくともこの時まではそう思っていた。
「リリー、今日の私どうかしら?」
今日は深青の美しいドレスだ。
「とっても素敵でございます、お嬢様」
人懐っこい笑顔を見せた彼女はすごく可愛かった。
「あなたを王宮に連れていけないのが残念だわ。
今までありがとうね、リリー」
「それでも私はいつもお嬢様を見守っています」
「ふふ、嬉しいわ」
そう、オクタヴィアン様と婚姻を結んだ後、私の侍女は王妃様が直々にお選びになった者が私につくのだそうだ。
リリーともうすぐお別れなことがどうしようもなく寂しい。
涙が出そうになったが、必死にこらえた。せっかくリリーが綺麗にしてくれた化粧が落ちてしまう。泣くわけにはいかない。
私は何とか笑顔を作って広場に向かった。
何だか人だかりができている。
すると、オクタヴィアン様の声が聞こえた。
『フロリアーヌ、貴様との婚約を破棄する。今までの数々のビアへの犯行は目に余る。フロリアーヌ、裏切られたよ』
今の、私の聞き間違いではないわよね。
それよりも、ビアってだれかしら。
目線をあげると、私に冷ややかな視線を向けるオクタヴィアン様の隣に赤い髪の女の子がいるのが分かった。
思い出したわ、ラクルテル子爵家のご令嬢ビアンカ様ね。といっても、何の面識もないわ。
どうなっているのかしら。
犯行と言われても身に覚えのない出来事に私は一生懸命頭の中をめぐらせていた。
すると、
「返事くらいしたらどうなんだ。貴様はこの愛らしいビアに教科書を破ったり、階段から突き落としたり、ましてや次期王子妃になるものが、毒を盛るとはな。
貴様のようなものと婚姻なんて結べん。
それに顔も見たくない。貴様を国外追放とする。」
頭が真っ白になった。
「お待ちください。私は何もしておりませんわ!」
「ふんっ。白々しい。兵よ、さっさとこの者を連れていけ。」
何も頭が回らない。
「殿下、発言を許してください」
静寂に包まれた広場に一声を発したのはお父様だった。
(お父様……)
「許す」
お父様は私をちらりと見た。
「ありがとうございます。フロリアーヌの処分ですが、第3監視室はいかがでしょうか」
それを聞いて、いっきに心が打ちのめされた。
(第3監視室は、殺人など重罪を犯した者が行くところよ。どうして。どうして……)
「ハッ。良いだろう。それにしてもそなたがそれを提案するとはな。
連れていけ。」
兵士に取り押さえられる中、お父様の方を見るとごみを見るような目を私に向けていた。
(どうして私をそんな目で見るの。
やめて、やめてよお父様)
引きずられるようにして連れてこられた第3監視室は、一度入れば出られないと言われている。
どうしてこんなことに。
私は何のために頑張ってきたの。
オクタヴィアン様は何よりも信頼できる人だった。
まさかどうして
わたしはお父様に認められたかっただけなのに。
褒められたかっただけなのに。
私はお父様に愛されてなかったのね。
嫌 嫌 嫌 嫌
いやああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ
女の悲痛な叫びが監視室に響いた。
なんだか泣き疲れて眠くなってきたわ。
何もかもが嫌になって冷たい床に寝転び、目を閉じた。
もう疲れたわ
"面白い魂をしている。僕が連れて行ってあげようか"
突然頭に響いた声。誰だなんてどうでもよかった。
「ええ、ここではないどこかへ連れて行って」
たとえこの声の主が連れて行く場所というのが、冥土でも構わなかった。ここから逃げられるのなら。
"了解♪"
ピシャァンゴロゴロゴロォォォ
すさまじい雷がモンタニエ国に落ちた
グサッ
「殿下、私はフロリアーヌの様子を見に行って参ります。」
「ベネディクト殿、そなたが自ら第3監視室への投獄を決めたのだぞ。逃がすなんてことがあれば許しはしない。」
「はい、もちろん承知しております」
「ならいい、行け」
ベネディクトは急いで娘のところに向かった。
「フロリアーヌ、フロリアーヌ
今すぐこんなところから出してやる。」
しかし、ベネディクトの目に写った美しい月光の乙女はすでに事切れていた。
脇から流れ出たであろう多量の出血がそれを物語っていた。
乙女の隣に置いてあったのはフィヨン家の家紋が入ったナイフだった。
真実はどうであれ、誰がどう見ても自殺であることは間違いなかった。
「フロリアーヌ、目を開けてくれ。お願いだ。
下手な芝居をするのでない。
だからどうか。どうか。」
あああああああぁぁぁぁぁ
愛する娘の亡骸を抱きしめ、ベネディクトは年甲斐もなく泣いた。
ジュディットがフロリアーヌを産んで亡くなってしまい、私は仕事でその悲しみを忘れようとした。
寂しさが薄れてきたころ、これではいけないと思い、フロリアーヌを気にかけるようにした。だが、今更私に年頃の娘に接するのはきわめて困難だった。
娘を前に何を話せばいいのか分からない。
それに私はもともと人相が悪く、普通に見つめているときも睨んでいるように見えてしまうようだ。そう執事に言われ、余計に自信がなくなってしまった。
またもや執事に呆れられたが、父親として最低限のことはせめて、と思い毎月ドレスとジュエリーなどの装飾品を贈った。
フロリアーヌは私の癒しであり、生きがいだった。
あんなに大変な王妃教育もそつなくこなし、学園でも常に成績上位の彼女を頑張っているな、と褒めてやりたかった。
どうしてそんな言葉一つもかけなかったのだろう。
悔やんでも悔やみきれない。
卒業パーティーが近づいたころ、不穏な噂を耳にした。それはオクタヴィアン殿下が、ある子爵家の令嬢と親しくしているということだった。
しかも、オクタヴィアン殿下はその子爵令嬢を王子妃に据えるためにフロリアーヌをでっちあげの罪で婚約者からひきずりおろそうとしていることが分かった。
婚姻を前にこんなことは即刻処理しておかなければならない。私は毎日王宮に通った。結局それも間に合わず、無駄になってしまったのだが。
結婚してしまえば、王子妃となった娘にそう簡単に会うことは難しくなるだろう。だからこの時期こそそばにいてやりたかった。
オクタヴィアン殿下が告げた娘の国外追放。それはなんとしてでも避けたかった。表面上では国外追放でも、結局は国境付近で盗賊に殺すように仕組まれている。
だから、殿下に反対されない処罰であること、かつ私が娘に手をさしのべられる範囲であるというところで言うと、思いつくのは第3監視室だった。
娘が連れて行かれた後、即座に逃がすつもりだった。殿下に何をされたとしても。
最悪な結末だけは避けたかった。
こんなことになるなんて。私が不甲斐ないせいだ。
ベネディクトはかつてフロリアーヌが好きだったもの色々を詰め、遺体をフロリアーヌの母が眠るところに埋葬した。
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