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第一話

1-6.馬と皇太子

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ルイ皇太子、騎士、アレク、三人に囲まれたセシルは、落ち着かなさそうに身を縮める。

「私、皇太子さまがわざわざお尋ねくださった心当たりが何もないのです」

正直に伝えるセシルに、皇太子は優しく微笑み、さらりと訪問の理由を答える。


「今日ここに来たのは、セシル。君が生き返らせた馬について聞きたかったからなんだ」


セシルは知られているとは予想もしていなかったことなので、思わず狼狽した。

人と違う能力を悟られることで、セシル自身やセシルの周りに被害が及ぶ可能性があることを団長から示唆されていたからだ。

それ故にセシルは焦燥感が態度に出ないよう、返答に必死に努めた。

「だれかが、私が馬を生き返らせるところを見たということですか? 」

「王宮の騎士が遠目からではあるが、君があの森で死んだ馬を生き返らせているような姿を見たと報告があったんだ」

人の気配をしっかり確認しなかったことに深く後悔するが、セシルはまだ誤魔化しようはあると気を取り直す。

焦る心を落ち着かせて、なんとか言葉を紡いだ。

「確かに、私は森で馬を見つけて介抱をしたのですが、

それは元々死んでいなかったかもしれない馬が起き上が起き上がっただけかもしれないです」

そう言い切るセシルをルイは、じっと静かに見つめる。

綺麗な黄金色の瞳だった。

「言いたくないことは言わなくてもいいよ」

優しい声と、何もかも見透かしているような瞳に、セシルはいたたまれなくなって目をそらそうとする。

すると、そっと腕を掴まれた。

セシルが半月前に、森の中で馬に触れた方の腕だった。

突然のことが重なり過ぎて先ほどから緊張と不安で目に涙を溜めるセシルの様子を、ルイはかわいそうな、また同時に子どもを見る時の愛おしいような感情を感じていた。

「痛いことはしないよ」

なだめるような穏やかな口調で諭すと、ルイはもう片方の手の平を下向きにして、セシルの腕の上にかざした。

少しして、すーっと、ルイの手の平からセシルの腕に向けて穏やかな光が灯される。

セシルはひんやりするような、いやなものが飛んでいくような気分がして、とても心地の良い感じがした。

「私、これ好きです」

溢れるように思わず言ってしまった言葉に、慌てて空いている方の手で口を塞いだ。

ルイは少し意外なような表情を見せた後に、手をかざしたまま、綺麗な顔で小さく笑った

恥ずかしくなって目をそらしていると、アレクが驚いたような声を出す。

「セシルの腕が! 」

慌ててセシルが視線を戻すと、自分の腕の上には羅針図が浮き出ていることに驚く。

それはある1つの方向を指しているが、まるで生きたインクのように小刻みにくるくるとまわりながら、目的の方角を変える。

「ルイ、これは? 」

「セシルの腕に残っていた霊力を炙り出したんだ。この羅針が馬のいる方角を指しているんだと思う」

最初は驚いていたアレクではあったが、関心したように表情を変えるとセシルに向き直る。

「セシル。突然のことで理解できないかもしれないけど、セシルが助けた馬は王族派の男爵家の令嬢を乗せていたんだ。

だけど令嬢も馬も行方不明になって、唯一の手がかりがセシルがその馬を生き返らせたということだったんだよね」

まさか、そんなことが起きていたとは知らないセシルはただ驚嘆してしまう。

「馬を追えば、その子も見つかるかもしれないということ? 」

そう聞くと、「そうだね」とルイが頷く。

「羅針盤が動いているということは、馬はまだ生きてどこかを移動しているということになる」

セシルはそう聞いて、一生懸命に走るあの時の馬の後ろ姿と、切り刻まれた状態で『許さない』と強い怨念を発していた叫び声を思い出す。

「私その子たちを助けるためなら、できることで協力したいです」

そう告げると、ルイは子どもにするようにセシルの頭を撫でた。

「ありがとう」

彼の整った顔にまた見惚れそうになり、そして魔法を含んだような穏やかな口調に、セシルは引き込まれそうになるのを感じた。




善は急げと邸宅を出ると、3人ともがそれぞれの馬を連れていた。

1人だけ用意のないセシルは、ジェーンに乗せてもらおうかと廐舎に向かおうとするが、突然足が地面から離れて体が宙に浮いた。

視界が安定すると、艶やかな黒い毛の馬に乗せられたことがわかる。

そして、大きな違和感は、背中に心地の良いがっしりとした体温を直に感じていることだった。

セシルが後ろを恐る恐る振り返れば、そこにはルイの綺麗な御尊顔があった。

「皇太子さま! わ、私一人で乗れます!」

状況を理解して降りようとしても、筋肉質な腕がセシルのお腹に回される。

アレクと騎士の方を見れば、びっくりしたような表情を浮かべるだけで何かしてくれる様子はない。

「羅針図を見せてくれるかな」

頭の上から耳元でそう告げられると、さっきまでとは違う緊張に動悸がする。

セシルは顔が真っ赤になっている気がして振り向けず、そのまま動けずに固まってしまっていると、また羅針図の刻まれた腕を優しく掴まれる。

「北東だな」


ルイは方角を確認してそう呟くと、そのままセシルの訴え虚しく馬を走らせた。

ただ、背中に感じる存在は全然嫌ではなくて、むしろ安心感と居心地の良さすら感じていた。

高鳴る胸と、ぐるぐると思考する余裕のない頭で混乱した。
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