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第一話
1-5.セシルの魔法
しおりを挟むセドリック家で半月ほど過ごしていく中で、セシルを悩ませるできごとが起きた。
それは差出人不明の手紙を頻繁に受け取るようになったことで、
内容はいつも似ていて、『死に損ない』『平民は路でくたばれ』ただ、一言だけが書かれていた。
不気味な上に、知らないところで誰かに嫌われているという事実に胸が苦しくなった。
ただ、それを除けばセドリック家での生活はセシルにとって幸せなことが多かった。
公爵夫人の講義も吸収の早いセシルは教養をすぐに身につけ、使用人でありながら貴族らしい佇まいを醸し出すようになってきた。
それでも彼女の本職は動物の世話であり、その日も廐舎に向かって馬の世話をしていた。
今日も馬たちは全員元気で、セシルがみんなの声を理解できると知ってからご飯やら色々な注文をしてくるようになった。
『俺はアルカリ水で作った草が食べたいんだよ。それから体型維持のために人参は有機野菜を使って欲しい』と言った感じで。
対応してあげられるものとできないものがあるから、要望を聴きながら対応するようにしていた。
そして今日のお世話も終わり、部屋に戻ろうとした時、突然セシルはずっと馬の叫び声を聞いた。
それはセシルの能力で心の中に直接訴えかけてくる声で、かなり遠くの方から、ものすごく悲痛で、尋常ではない声だった。
どの馬ものんびり草を食べていて何も気づいていなかった。
しかし、雄馬のジェーンだけは察知していたようで、鳴き声を上げると柵を飛び越えて小屋を出てしまった。
「待って! 」
セシルが追いかけると、ジェーンは小屋の外で待っていて、背中に乗るように促した。
勝手に出て行っていいものかとセシルは迷ったけど、酷く苦しそうな叫び声は止むことなく続いて、助けければと言う気持ちが勝った。
ジェーンはセシルを乗せると、迷うことなく真っ直ぐに走り出した。
公爵家をどんどん通り過ぎて、深い森の中に入っていく。
異様な臭いがし始めたところで、ジェーンが止まった。
森は鬱蒼と暗くて、不気味だった。
そして、ジェーンから降り、目の前に広がる惨事を認識した時、セシルは泣き叫びたくなった。
一頭の馬が刃物でずたずたに傷つけられていて、肢体は半分に切り裂かれていた。
その姿はとても残酷で、同時にどこか違和感を抱いた。
半分に分かれた馬の体からは留まることなくもくもくと黒い煙が排出され、そこから拡充されるように森の中に流れ込み始めていた。
けむりが彼の体を食べているように蝕みながら、森の木までをじわりと腐敗させていた。
苦しそうな馬の声にとにかく解放してあげないとと、それだけを瞬間的に察して、セシルは恐怖に膝を震わしながら馬のもとに駆け寄った。
何をしてあげればいいのか頭ではわからなかったが、セシルの体は勝手に動き、引き付けられるように馬の体に手を置いた。
すると、森に広がっていた黒いもやが、引き戻されるようにみるみるセシルの手の元に集まる。
同時に、
『許さない許さない許さない』
と、うまの怨念が手から伝わって、地を這うような馬の低い声が響き、セシルは腕にびりびりとした強い痺れを感じた。
痛くて手を離したいと思っても、ガッチリとくっついてしまって離すことが叶わない。
黒いもやが腕の中に入ってきて、セシルの腕は黒く変色していった。
(どうしよう、これ)
痛みと怖さでパニックになっていると、突然、
パンッ
と、腕の中で何かが弾けるような音がして、腕が白く発光した。
セシルの黒く変色していた腕は一瞬にして、白く美しい肌へと戻っていた。
そして代わりに、手のひらから白い煙がもくもくと出てきて、それは馬の体を包み込むと、2つに別れた馬の体を1つにつなげた。
たくさんついていた傷も1つずつ綺麗になって、倒れていた馬がゆっくり目を開ける。
セシルは起きたことが信じられずに目を瞬いていると、横でジェーンが嬉しそうに鼻を鳴らすのが聞こえた。
倒れていたはずの馬も、みるみる元気を取り戻してセシルの周りを何周かすると、そのまま一生懸命に走り出して行ってしまった。
一瞬の出来事になにがなんだかしっかりと理解できないまま、安堵のために急に膝の力が抜けて、セシルは意識が遠のくの感じた。
倒れてしまったセシルはジェーンは鼻を器用に使って、自分の肢体に乗せると、公爵家まで落ちないように連れて帰った。
ジェーンの背中に乗って帰ってきた意識のないセシルに、伯爵夫妻やアレクの心配は並々ならないものだった。
しかし、そんな心配を他所に、翌日以降のセシルは何事もなかったかのようにピンピンとして元気に動いていた。
なにが起きたのか、ということについてはセシルはそれが夢だったのかよく分からなくて、誰かに話す勇気が出なかった。
気分転換に今日も廐舎に行こうと用意をしていると、扉がノックされてアレクから声がかかった。
「セシル、今ちょっと良いかな。君にお客さんが来てるんだ」
「私にお客さん? サーカスのみんなかな」
セシルの知り合いといえばそれくらいだった。
「いや。セシルの初めて会う人だよ。王宮から来てるんだ」
「王宮?」
サーカス団によっては王宮でショーをすることもあるが、セシルのところは一切お呼びがかからなかったので、繋がりが見出せない。
「どうして王宮から来るの?」
一体なにのためか分からなくて不安で聞いても、アレクには「んー?」とはぐらかされてしまう。
なんとなく、行くのが億劫だなと思いながらもアレクについて、応接間に入った。
扉を開くと、中には二人の男の人がいた。
一人は腰に剣を下げているから、剣士だとセシルは思った。
そして、もう一人に視線を移したセシルは、息を呑んだ。
アレクと同じくらいの年齢の青年で、1つも非のない綺麗で整った顔立ちをしていた。
セシルは動物以外の造形に深いこだわりを持つことはなかったが、その引き込まれるような魅力にしばらく目が離せなかった。
「彼はこの国の皇太子のルイ・ターナーだよ」
アレクにこともな気に紹介をされて、魅力の正体に納得し、驚きに固まってしまう。
「突然の訪問をすまない」
恐ろしく綺麗な顔が近づいて、セシルはまた緊張してしまう。
「お初にお目にかかります」
緊張しながらも、しっかりとお辞儀ができたので伯爵夫人に作法を習っておいてよかった、と心底感謝した。
「君がセシルだね。ようやく、君に会えて嬉しいよ」
皇太子は嬉しそうに目を細めて、セシルを見つめる。
初対面のはずの彼がまるで自分と会うことを楽しみにしていきたかのような言い方に、セシルはどきまぎする。
「こっちがルイの護衛騎士のアドルフだよ」
アレクはいつもの調子で紹介をしてくれる。
それでも緊張にかちかちになってしまっていると、皇太子が声をかける。
「ここでは作法を誰も咎めないから、楽にしてほしいな」
そう優しく微笑まれて、セシルは余計に緊張はしてしまう。
アレクにも椅子を勧められて、とりあえず腰をおろした。
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