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動揺
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あの日以来、二人の仲は違っていった。
逃げ出してしまった綾川が気まずいことはもちろん、少し強引に迫ってしまった真衣も連絡することに気後れしてしまった。
たまに番組の感想なんかを真衣は綾川に送ってみたが、それも簡素な内容で、綾川も「ありがとう」程度にしか返せないでいた。
綾川は仕事以外で外に出ることも減り、真衣に出会う前と同じような空虚な日常を送っていた。
それと共に真衣と距離を取ったことで殺意の衝動に駆られることも少なくなった。
休日、綾川は久しぶりに大学の同級生と飲みに行くことになった。
ゼミが同じだった頃の同性の知り合いは、ある程度気の置けない仲として今でも連絡を取り合っており、たまにこうして会っている。
男同士かつ仕事から解放された関係であることから、大きな秘密以外は何でも話すことのできる友人だった。
街を歩き、ふと目に入る景色に『ここは前に笹谷さんと来たなあ。』などと自然に考えてしまう。
待ち合わせた店まで着くと既に何人かが飲んでいた。
合流して仕事の愚痴や生活のこと、結婚している者もいたため、そんな家庭の話をそれぞれ話しながら笑っていた。
「綾川はどうなの?“業界人”なんだから、モテるんじゃねーの?」
「そーだよ、こないだなんかあのー、アイドルのさ、」
「あー、ゆっこちゃん!会えるとかマジ羨ましいわー。」
そんなことを口々にみんな話す。
「いやー、もう全然。意外とね、出会いとかないし。」
綾川は恥ずかしそうに酒を煽りながら答える。
「嘘でしょー。絶対いるじゃん。」
そんなふうにガヤガヤとあることないこと予想して話している。その言葉を聞くたびに真衣のことを少しだけ思い出してしまう。
『このあと、ちょっとだけ連絡してみようかな。』
あのときの失態の記憶もやや薄れてきていた綾川は酒の勢いにも任せてそんなことを考えていた。
飲み終えて解散した頃は結構遅い時間になっていた。
それぞれが家に向けてバラバラと帰りだし、綾川もいつもの電車に向かっていた。
駅のホームでぼんやりと向こう側を眺めていると、見覚えのある姿を見つけた。
『あ、真衣さん…?』
ホームを歩くその対岸の姿を追うように綾川も列から外れて歩き出した。
真衣が立ち止まったところで綾川もその向かいの列に並んでみる。
真衣はスマホをいじっていたが、ふと顔を上げたとき、背の高い綾川の姿に気がついた。
少し気まずい感じを抱きながら、真衣はスマホに目を落とした。
すると綾川のスマホが振動する。
「綾川さん、今池袋駅いますか?」
目の前で送られてきたメッセージ。顔を上げると真衣は小さく会釈していた。
「いますよ。偶然ですね。」
綾川が返信するとちょうど向かいの電車が入ってきた。
互いの姿が遮られ、その日はそれだけで終わってしまった。
だが、顔を見ることができた。連絡も、前のように少し距離を詰めることができた。
翌週、結局二人はまた会うことになった。
いつもより早い時間にカフェに入った。
「なんか、すみませんでした。前は。」
綾川は席につくなり頭を下げた。
「あ、いえ。いいんです。こちらこそ、急にすみませんでした。」
真衣も少し恥ずかしそうにしながら頭を下げた。
しばし沈黙が流れる。互いのコップが机に置かれる音だけが響く。
「あの、」
綾川と真衣の声が同時に響く。
「あ、どうぞ。」
「いや、そちらこそ…」
互いに譲り合って少し気まずくなった。
「…また、こうして会ってもらえますか?」
綾川から切り出した。真衣は意外そうな顔を一瞬して、その顔が少しずつ笑顔に変わっていった。
「もちろん、です。」
お互いに見合わせて笑顔を見せた。
二人はまた元の仲に戻ったが、以前のように積極的に距離を詰めることは難しくなった。
逃げ出してしまった綾川が気まずいことはもちろん、少し強引に迫ってしまった真衣も連絡することに気後れしてしまった。
たまに番組の感想なんかを真衣は綾川に送ってみたが、それも簡素な内容で、綾川も「ありがとう」程度にしか返せないでいた。
綾川は仕事以外で外に出ることも減り、真衣に出会う前と同じような空虚な日常を送っていた。
それと共に真衣と距離を取ったことで殺意の衝動に駆られることも少なくなった。
休日、綾川は久しぶりに大学の同級生と飲みに行くことになった。
ゼミが同じだった頃の同性の知り合いは、ある程度気の置けない仲として今でも連絡を取り合っており、たまにこうして会っている。
男同士かつ仕事から解放された関係であることから、大きな秘密以外は何でも話すことのできる友人だった。
街を歩き、ふと目に入る景色に『ここは前に笹谷さんと来たなあ。』などと自然に考えてしまう。
待ち合わせた店まで着くと既に何人かが飲んでいた。
合流して仕事の愚痴や生活のこと、結婚している者もいたため、そんな家庭の話をそれぞれ話しながら笑っていた。
「綾川はどうなの?“業界人”なんだから、モテるんじゃねーの?」
「そーだよ、こないだなんかあのー、アイドルのさ、」
「あー、ゆっこちゃん!会えるとかマジ羨ましいわー。」
そんなことを口々にみんな話す。
「いやー、もう全然。意外とね、出会いとかないし。」
綾川は恥ずかしそうに酒を煽りながら答える。
「嘘でしょー。絶対いるじゃん。」
そんなふうにガヤガヤとあることないこと予想して話している。その言葉を聞くたびに真衣のことを少しだけ思い出してしまう。
『このあと、ちょっとだけ連絡してみようかな。』
あのときの失態の記憶もやや薄れてきていた綾川は酒の勢いにも任せてそんなことを考えていた。
飲み終えて解散した頃は結構遅い時間になっていた。
それぞれが家に向けてバラバラと帰りだし、綾川もいつもの電車に向かっていた。
駅のホームでぼんやりと向こう側を眺めていると、見覚えのある姿を見つけた。
『あ、真衣さん…?』
ホームを歩くその対岸の姿を追うように綾川も列から外れて歩き出した。
真衣が立ち止まったところで綾川もその向かいの列に並んでみる。
真衣はスマホをいじっていたが、ふと顔を上げたとき、背の高い綾川の姿に気がついた。
少し気まずい感じを抱きながら、真衣はスマホに目を落とした。
すると綾川のスマホが振動する。
「綾川さん、今池袋駅いますか?」
目の前で送られてきたメッセージ。顔を上げると真衣は小さく会釈していた。
「いますよ。偶然ですね。」
綾川が返信するとちょうど向かいの電車が入ってきた。
互いの姿が遮られ、その日はそれだけで終わってしまった。
だが、顔を見ることができた。連絡も、前のように少し距離を詰めることができた。
翌週、結局二人はまた会うことになった。
いつもより早い時間にカフェに入った。
「なんか、すみませんでした。前は。」
綾川は席につくなり頭を下げた。
「あ、いえ。いいんです。こちらこそ、急にすみませんでした。」
真衣も少し恥ずかしそうにしながら頭を下げた。
しばし沈黙が流れる。互いのコップが机に置かれる音だけが響く。
「あの、」
綾川と真衣の声が同時に響く。
「あ、どうぞ。」
「いや、そちらこそ…」
互いに譲り合って少し気まずくなった。
「…また、こうして会ってもらえますか?」
綾川から切り出した。真衣は意外そうな顔を一瞬して、その顔が少しずつ笑顔に変わっていった。
「もちろん、です。」
お互いに見合わせて笑顔を見せた。
二人はまた元の仲に戻ったが、以前のように積極的に距離を詰めることは難しくなった。
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