ドッペル 〜悪役令嬢エレーヌ・ミルフォードの秘密

しげむろ ゆうき

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 アルを見ると頷いてくる。

「終わった」
「そうですか……」

 私は安堵したと同時にフラついてしまう。おそらく魔力を使いすぎたからだろう。すぐにアルが抱き止めてくれる。

「リア!」
「大丈夫ですよ」
「そのわりには顔色が……」

 そう言って私の顔を心配そうに覗きこんできた。だから、私は慌てて作り笑顔をしたのだが悲しげな表情でアルに抱きしめられてしまった。

「もうそんな顔はしなくていい」
「……ごめんなさい」
「俺の方こそすまなかった。守るといったのに約束を破った」
「いいえ、あなたはしっかりと私を守ってくれましたよ」
「……リア。だが、夫人はきっと怒ってるかもな」

 そう言われ私はある方向に視線を動かした。

 お母様……

 私は迷ってしまった。もしかしたらエレーヌに酷いことをした私のことを嫌っているのではと思ってしまったから。しかしアルがそっと背中を押してくる。

「大丈夫だ。だから行ってくるといい」

 私は頷きゆっくり歩き出す。するとお母様は目を細め微笑んできたのだ。だからつい早歩きになってしまう。早くお母様の元へ辿り着きたかったから。
 でも私は慌てて立ち止まった。誰かが間に立ち塞がったからだ。

「どうやら終わったようですね。全く、計画通りにはいかないものだな……」

 貴族男性がパーティー会場を見回しそう呟く。するとお母様が会釈した。

「ごきげんよう、グリーンシス公爵」
「ふん、この状況を見てよくそのようなことが言えますね。ミルフォード侯爵夫人」
「あら、どのような状況ですか? もしかしてこの程度のこと? だったらごめんなさいね。これ以上のものを見慣れていますので」

 お母様は頬に手を当て微笑むとグリーンシス公爵は顔を顰めて黙ってしまう。するとその後ろから王冠を付け、豪華な服を着た国王陛下らしき人が出てきた。そして私をジッと見つめてくると言ってきたのだ。

「あれはまさに聖なる魔法……。しかも聖女アリスティアと同じ容姿」

 そして私に近づいてくる。すぐにアルが私を庇うように立った。

「彼女にあまり近づかないで頂きたい。国王陛下」

 そう言って更に私を背中に隠すと国王陛下はアルを睨みつけてくる。

「その娘はミルフォード侯爵家の者だろう。なら、我が国の民だ。部外者であるそなたには関係なかろう」
「この青いマントがわからないのですか? 彼女はマグルスの杖から来たのですよ」
「ふざけるな! その娘はエレーヌ・ミルフォードにそっくりだろう!」

 国王陛下はそう言ってお母様の方を向く。するとお母様は微笑みながらも首を傾げた。

「あら、よく似てるわ。ところであなたのお名前はなんて言うのかしら?」

 お母様の言葉を聞いた国王陛下は目を見開く。

「な、何を言っているのだ?」
「何をって私の娘はエレーヌだけですわ。ねえ、旦那様」

 お母様は車椅子に座る男性の肩を撫でる。国王陛下は愕然とした表情になった。そんな国王陛下を一瞥した後、お母様は私を見つめる。そして目でこっちに来なさいと言ってきた。私は頷きゆっくりと歩み寄ると淑女の礼をする。

「リアと申します」
 
 するとお母様は微笑みながら頷く。

「良いお名前。旦那様にも挨拶をしてくださらないかしら」
「はい」

 私はお父様の前にしゃがみ込み手を握ると聖なる力を使う。するとお父様はゆっくり顔を上げてくる。
 そして私達は見つめ合った。正直、言葉はいらなかった。おそらく私の力のおかげだろう。しばらくすると私は立ち上がり無言でアルの方へ戻る。

「リア……」
「しっかりとお話をすることができました」
「そうか」

 アルは頷くとグリーンシス公爵の方を向く。

「魔王軍の生き残り、人形遣いのエランドの遺体がどこかにあるはずだ」
「それならもう見つけました。ミルフォード侯爵夫人に教えてもらいましたので」
「……なるほど。やはり、裏で繋がっていたか。それじゃあマグルスの杖の仕事は終わったようなものだな」
「ええ、後は私達だけで大丈夫ですのでお引き取り下さい」

 グリーンシス公爵はそう言った後、私に頭を下げてきた。

「この国はあなたの力がなくてもやっていけるように頑張ります。だから、彼らのことを含めて心配しないで下さい」
「……はい」

 私はお母様達の方に視線を向けると隠していたナイフを落として頷いてきた。アルが優しく手を握ってくる。

「あまり長くいない方がいい」
「そうですね」

 私は頷くとアルと共に歩き出す。しかし、しばらくして後ろから声が聞こえてきた。

「待ってくれ!」

 国王陛下だった。私は仕方なく振り向く。

「……なんでしょう?」
「どうか、この国に残ってくれないだろうか! そして我が息子と……」
「お断りします」
「な、なぜだ? 何でも好きなものを買ってもいいのだぞ!」
「そんなものいりません。それに王太子殿下には愛する女性がおりますよ」

 私は今だに蹲っているスミノルフ男爵令嬢に視線を向ける。すると国王陛下は鼻で笑った。

「ふん、あんな小娘にこのローライト王国の王妃は務ま……」
「聖なる力を持っていてもか?」

 アルが言葉を遮りそう言ってくる。国王陛下はスミノルフ男爵令嬢を驚いた表情で見る。

「バカな……」
「魔導具で調べるといい。一応、力が弱いが聖女だぞ?」
「だが……」
「リアは俺の大切な女性だ。渡すわけないだろう」

 アルはそう言って微笑んでくるので私も微笑みかえす。そんな私達を見た国王陛下は項垂れた。しかし、今度は王太子殿下がやってきたのだ。

「私は……君をずっとエレーヌだと……」
「エレーヌだろうがあなたがしたことは間違っています」

 私がそう言うと王太子殿下は俯く。しかし、すぐに顔を上げた。

「だが、エレーヌはルイーザを虐めていたんだぞ!」
「それは違う。最初はスミノルフ男爵令嬢の虚言から始まったことだ。調べはついている」

 アルが報告書を見せる。すると王太子殿下は目を見開いた。

「……そんな」
「そもそも、お前が婚約者としてもっとしっかりエレーヌ嬢を支えてやればこんなことは起こらなかったんじゃないか? まあ、こんなこと今更言ってもしょうがないが」

 アルがそう言った後、私も口を開いた。

「王太子殿下。エレーヌはもういません。その意味をしっかりと考え、これからは国民全体の事を考えて生きてください」
「あ……」

 王太子殿下は力なく座り込み項垂れてしまう。そんな王太子殿下を私とアルは呆れながら見ているとグリーンシス公爵が遮るように立った。

「これ以上、虐めるのはやめて頂きたい。王太子殿下は将来この国を治めるべきお方ですから」

 そう言うとなぜか口角を上げたのだ。私はその意味がわからなかったがアルは理解したようで苦笑し頷いた。

「わかった。では、行こうか」
「……はい」

 私は頷き歩き出す。今度は誰も私達を呼び止めるものはいなかった。ただ、私はパーティー会場の出口で立ち止まる。
 最後にもう一度だけ見ておきたかったから。だから振り返った。

「お父様、お母様……さようなら」

 そう呟くと背を向けてパーティー会場を後にするのだった。
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