ドッペル 〜悪役令嬢エレーヌ・ミルフォードの秘密

しげむろ ゆうき

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 しかし、すぐに私は怯んでしまった。中の凄惨な光景を見てしまったから。

「酷い……」

 そう呟いた後に気づく。この凄惨な光景を起こした人物が誰なのかを。

「エレーヌがこれをやったというの……」

 指から黒い糸のようなものを出しパーティー会場に張り巡らせているエレーヌを見ていると、アルが私の体を引き寄せる。

「気をつけろ。あの闇の魔力で作った黒糸はかなり危険だ」
「……ああなってしまうのですね」

 私は目の前に広がる凄惨な光景を見るとアルは頷いてきた。

「それにあんな感じに体に巻きつけたりすることもできる」

 アルに言われエレーヌと踊る血だらけの男性を見る。体中に黒糸が絡まっていた。正直、あれで良く踊れると思っているとその男性が王太子殿下だということに気づく。

「王太子殿下……」

 そう呟いた後、王太子殿下の体に黒糸が食い込んでいくのが見えた。私はアルの方を向く。

「王太子殿下が!」
「やれやれ……」

 アルは苦虫を噛み潰したような表情で指を鳴らす。一瞬でアルの前に複数の魔力でできた刃が現れ、会場中に張りめぐらされた黒糸を断ち切っていったのだ。もちろん王太子殿下に絡まれていたものも。
 するとシールド侯爵令息がレインコール伯爵令息が乗った車椅子を押し、血だらけの王太子殿下の元へと駆け寄っていってしまったのだ。
 私は思わず止めようとしたが、アルに遮られる。

「放っておけ。それにちゃんと見ている」

 アルやマグルスの杖の皆様が頷いてきたので私はホッとしていると、王太子殿下がこちらを驚いた顔で見てきた。

「エ、エレーヌが二人いる……。どういうことだ……」

 私は溜め息を吐くとアルと共にゆっくり歩き出した。もちろん王太子殿下の元へではなくエレーヌの方に。
 私に気づいたエレーヌは頬に手を当て焦点の定まらない瞳を向けてくる。

「おかしいですわ。汚い場所がお似合いの代用品がなぜここにいるの?」

 エレーヌは心底わからないという表情で首を傾げる。ただし常に体から闇の力が漏れ出し、危険な雰囲気を漂わせていたが。
 アルが私を庇うように立つ。

「耐性ないものが闇の力を使うと徐々に精神が壊れていく。あの感じだとだいぶ壊れかけているな」
「そんな……」

 私はエレーヌを見つめる。しかし、すぐにアルに庇われた。エレーヌが魔力の糸を飛ばしてきたからだ。

「アル!」
「大丈夫だ」

 そう言うアルの腕からは血が流れていた。

「血が……」
「少し切れただけだ。しかし、この力……」

 するとエレーヌが微笑んできた。

「エランドお祖母様がくれたのよ。私ならこの力を使ってこのローライト王国を正しい道に導いていけるだろうって」
「闇の力を継承したか。エランドはどうした?」

 アルがそう問いかけるとエレーヌは溜め息を吐く。

「継承した後、倒れて動かなくなってしまったのよ。せっかく色々とお聞きしたかったのに……。まあ、でも、こうしておけばいつでもお散歩は一瞬にできますものね」

 エレーヌは指を動かすと側で倒れていた人達に黒糸が絡まる。私は思わず顔を背けてしまった。立ち上がった人達がもう既に亡くなっているのがわかったから。

「大丈夫かリア?」

 アルが心配そうに声をかけてきたので私はなんとか頷く。

「……え、ええ。あれはやはりエレーヌがやっているのですよね……」
「そうだ。黒糸に闇の力を流し遺体に繋げて操っているんだ」
「そんなことを……」

 しかし、すぐにハッとする。コーデリア先生と話したことやアルの授業を思い出したから。

「人形使い……」
 
 するとエレーヌがゾッとするような笑みを浮かべてきたのだ。私は思わず後退りする。エレーヌに恐怖したのもあるが立ち上がった遺体が向かってきたからだ。しかも沢山の数が。
 だが、すぐにその遺体は床に崩れ落ちる。アルが先ほどと同じ魔法を使ったから。

「諦めろエレーヌ・ミルフォード。もうお前は終わりだ」

 アルがエレーヌを睨む。しかし、エレーヌはアルの声が聞こえていない様子で崩れ落ちた遺体を踏みつけたのだ。

「使えない使えない使えない。代用品以下じゃない……」
「おい! 死者を冒涜するな!」

 アルが指を鳴らすと炎が飛び出しエレーヌに向かっていく。しかし、エレーヌは振り払う動作だけで炎をかき消してしまったのだ。
 それを見たアルはすぐ片手を上げる。今度はマグルスの杖の皆様が一斉に魔法を唱え出した。

「ディア・グラビティ」

 パーティー会場一面に魔法陣が現れた。そしてエレーヌを勢いよく床に叩きつけたのだ。しかし、エレーヌはすぐに上半身を起こし忌々し気に魔法陣を睨む。

「本当に迷惑ですわ……」
「それはこっちの台詞だ。いい加減諦めるんだな」
「諦める? なぜ? 私はこのローライト王国の次期王妃になるのよ。そしてケルビン様の妻になるの」
「妄想だ。お前がなることはない」
「そうだ! お前が私の妻にも王妃にもなれるわけないだろう!」

 いつの間にか側に来ていた王太子殿下が叫ぶ。私は余計なことをしないでほしいと言おうとしたのだが、王太子殿下の方が口を開くのが早かった。

「エレーヌ! お前がなれるのは私の妻でも王妃でもない! 化け物だ!」
「……化け物」
「そうだ。このローライト王国を脅かす化け物だ!」

 王太子殿下はエレーヌを憎々し気に睨む。そんな王太子殿下を見たエレーヌは目を見開き震え出した。

「私が化け物……この国を脅かす……」
 
 エレーヌはその後も俯きぶつぶつと呟く。それを見た王太子殿下は満足気に頷いた。きっとこれで終わったと思ったのだろう。
 だが、私を含め誰もそんなことは思っていなかった。
 案の定、エレーヌはゆっくり顔を上げ、満面の笑みを浮かべたのだ。

「わかりました。ケルビン様の望みどおり、このエレーヌ・ミルフォードは王妃ではなく化け物になりローライト王国を滅ぼしましょう」

 エレーヌはそう言ってゆっくりと立ち上がったのだ。アルは焦った表情になる。

「魔力が跳ね上がっただと……。まずいな。このままだと張った弱体化の魔法陣が壊れてしまう」

 アルがそう呟くと王太子殿下が慌てて詰めよってきた。

「おい、どうにかしろ! お前達ああいうのを殺すために来てるんだろう! さっさと……」

 それ以上、王太子殿下は喋れなかった。私が頬を叩いたから。
 王太子殿下は私を驚いた表情で見る。それに私は余計怒りを覚えた。この元凶のいったんを担っているのに少しも自分のしたことを理解していないから。

「本当に許せない」

 そう呟き私は王太子殿下を睨んでいると、アルが間に入ってくる。そして優しく微笑んできた。

「あんな奴の顔は二度と見なくていい。リアの貴重な時間を無駄にするからな。それよりも今はエレーヌだ。想定外の強さだった……」
「では、私の力を使って下さい」

 アルは困った表情になる。

「しかし、体調が万全じゃないリアに無理は……」
「今は無理をさせて下さい」
「……いいのか?」
「はい」

 私が力強く頷くとアルは微笑んできた。

「わかった。ではリアの聖魔法を使ってエレーヌを止めよう。俺が強化魔法でフォローするから安心してくれ」
「わかりました」

 私は頷くとエレーヌに向き直り祈るように手を合わせる。なんとなくだが力の使い方がわかるのだ。私の体がほのかに輝きだしてくるとアルが頷いてくる。

「いいぞ。そのまま魔力を高めるんだ」
「はい」

 更に自分の中にある暖かい輝きを外に出す。するとエレーヌが悲鳴を上げる。

「きゃあああーー! なによこの不快感は!」

 そして不快感が私の方から来ていることが分かると憎悪の目で睨んできたのだ。

「この代用品! 私とケルビン様の仲を裂かないでちょうだい!」
「エレーヌ……人を愛する気持ちはとても大事だと思う。でも、それで関係ない人々を傷つけてはいけないの」
「うるさいうるさいうるさい!」
「……エレーヌ」

 きっと、もう何を言ってもダメなのだろう。わかってはいたが、やるせない気持ちになる。するとアルが私の肩に優しく手を置く。

「リアが気にする必要はない。だが、優しい君が彼女を思うのなら楽にしてあげるのが一番だと思う」

 そう言ってある言葉を耳元で囁いてきた。私は覚悟決めて頷く。

「……終わりにしましょうエレーヌ」

 そして魔法を唱えた。

「バニシュ」

 辺り一面がゆっくりと光に包まれていく。するとエレーヌも魔法を唱えてきたのだ。

「ヘルファイア!」

 黒い炎が光をかき消していく。そして私の方に迫ってきた。けれど私は安心していた。

「アル」
「任せろ」

 私の手の上にアルが自分の手を重ねてくる。そして魔法を唱えた。

「サンクチュアリ」

 直後、光が黒い炎を飲み込みそのままパーティー会場を包み込んだ。私は胸を押さえる。何かが消えた感覚がしたから。いや、わかっているのだ。消えたのが何かが。

 エレーヌ……

 私は目を瞑り祈りを捧げる。そして次に目を開けた時、目の前にはエレーヌではなく灰だけが床に広がっていたのだ。
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