ドッペル 〜悪役令嬢エレーヌ・ミルフォードの秘密

しげむろ ゆうき

文字の大きさ
上 下
50 / 55

50

しおりを挟む

 最初は自由だった。ただし別邸内だけだったが。それでも良かった。好きな本を読み、たまにくるお母様は優しくお父様は常に側にいてくれたから。
 でも、いつからか二人には会えなくなり、食事は粗末なものになった。理由は教えてくれなかった。いや、思い出した。

『お祖母様がそうしろって。そうしたら良いことを教えてくれるって』

 そう言われたのだ。そして、徐々に自由を奪われ遂にはこの部屋だけが私の世界になった。ただ、その世界とももうお別れかもしれない。
 だってもう部屋の外には出れないし食事も出ないから。要は私の存在は不要になったのだ。

「だって……代用品だもの……」

 そう呟き私は数日前にあったことを思い出す。

 別邸に入ると目の前にはエレーヌが立っていた。それで私は全てを思い出してしまったのだ。自分が何者なのかを。
 そんな私にエレーヌが言ってきたのだ。「代用品はもう不要になったわ」と。そして使用人達を使い私を再びこの狭い部屋に入れたのだ。鍵までかけて。
 私は溜め息を吐くと床に横になる。体力もなくなり意識が薄れてきたから座っているときついのだ。でも、死ぬ勇気はなかった。いや、心のどこかで願っているのだろう。
 誰かが助けてくれるかもと。

「ふふ……来るわけないじゃ……ない」

 御伽噺の本を読みすぎだろう。でも、考えてしまうのだ。あの人のことを。

「最後に……一目……」

 私は薄れゆく意識の中で呟く。すると扉が大きな音を立てて開いたのだ。そしてあの人が部屋に入ってくるなり私を抱きしめたのである。

「見つけた」
「……アル……フォンス先……生」

 驚いているとアルフォンス先生が頭を下げてくる。

「遅れてすまない」

 そう言って私を抱き上げると部屋から連れ出す。廊下にはマシューにコーデリア先生がいた。そして私を見るなり涙を流したのだ。

「良かった……お嬢様」
「すみません。エランドの命令に逆らえず私達はお嬢様に酷いことを……」
「エラン……ド?」

 私が首を傾げるとアルフォンス先生が説明してくれた。

「エランドは魔王軍の生き残りでこのローライト王国に入り込みミルフォード侯爵を人質にして彼らに命令していたんだ。まあ、だからって彼らを許す必要はないが……」

 アルフォンス先生がそう言うと二人は項垂れる。そんな二人に私は精一杯首を横に振り微笑む。

「気に……しないで」
「お嬢様……」

 二人は私の側に来る。しかし、すぐにアルフォンス先生が私を抱えながら歩き出してしまう。

「上にちゃんと休めるところを作った。まずはそこに行こう」

 アルフォンス先生はそう言ってくるが返事ができなかった。安心してしまい意識がそのまま飛んでしまったから。
 次に起きた時はベッドの上だった。

「お嬢様、起きましたか」

 コーデリア先生がホッとした顔で覗きこんでくる。私は頷くと上半身を起こした。

「……はい。よく寝れました」

 そう言いながら体を動かすとかなり体調も良くなっているのがわかった。

「栄養ある点滴を打ちましたからね。それでも無理はしてはいけませんよ」
「ありがとうございます」

 私は頭を下げようとすると先にコーデリア先生が頭を下げてくる。

「お嬢様、本当に申し訳ありませんでした」
「コーデリア先生……」
「私はもう誰からも先生と呼ばれる資格はありません。使用人がどんどん殺され、エランドの恐怖に屈して人形作り加担しまったのですから」
「人形作り?」

 私は首を傾げる。するとコーデリア先生が顔色を悪くしながらも口を開く。

「人の遺体を使用して人形を作るのです。侍女達や庭師がいましたよね……」
「まさか、ルネ達も……」
「はい、もう死んでいたのです。そして、エランドが操っていたのですよ。あんなことができる闇魔法はとても恐ろしい……」

 そして震え出してしまったのだ。きっと手伝わされていたときのことを思い出したのだろう。私はそっと手を握るとコーデリア先生はホッとした表情になった。

「暖かい。まるで陽の光を浴びているようです。なのに私は……」
「もう、良いのですよ。それよりも教えて下さい。私はなぜあの場所にずっといたのですか?」
「……それは私達使用人にはわかりません。ただ、旦那様と奥様がお嬢様を別邸にと」
「……私は二人に嫌われていたの?」
「それは違います」
「では、なぜあんな生活を? 最初は普通に生活はさせてもらえていたわ」
「それは魔王軍の生き残りであるエランドの所為です。ある日、突然屋敷に現れたエランドが旦那様の魂に従属の闇魔法を放ち傀儡にしようとしたのです。けれどエランドが弱っていたのもあり効果が弱く、旦那様は見事エランドを別邸の牢に閉じ込めることに……けれど日に日に闇の力が強くなって……」

 コーデリア先生は俯いてしまうが私は理解した。

「立場が逆転してエランドがミルフォード侯爵家を支配するようになったと」
「……はい」
「そうだったのですね」
「身動きがとれない状態で奥様はなんとか模索したのです。でも、エレーヌお嬢様がエランドと最近になり手を組んでしまい……」
「どうしてですか? ミルフォード侯爵家を支配されてしまったのですよ」
「……王太子殿下が原因です」

 コーデリア先生の言葉に私はすぐに理解する。

「スミノルフ男爵令嬢に心が移ってしまった王太子殿下の心を闇魔法で手に入れようとしたと」
「多分違う。魂の従属は相手の命を極端に削ってしまう。だからエレーヌは王太子殿下を人形にする気だろう。闇魔法とメンテナンスさえすれば見た目だけは長く保つからな」

 振り向くとアルフォンス先生が立っていた。私は思わず頬を緩ませる。

「アルフォンス先生……」
「遅れてすまない。人形を倒すのに時間がかかった。それとミルフォード侯爵家の屋敷でこれを見つけてな」

 アルフォンス先生は私の前に診断書を置く。そのため読んでみたのだが驚いてしまった。
 エレーヌ・ミルフォードはカイル・ローライトによって階段が落とされた日に亡くなったとか書かれていたから。しかもコーデリア先生のサイン入りで。
 思わずコーデリア先生の方を向くとゆっくりと頷いてきた。

「私が書いた診断書で嘘偽りなく記入しました」
「でも、ここで私は……」
「お嬢様が見たのは闇の儀式によって蘇った闇人です」
「闇人?」
「闇人は魂を闇の力と同化させた存在だ。いわゆる人造の魔人というところだな」

 アルフォンス先生がそう補足してくると、コーデリア先生が俯く。

「あの日、エランドにエレーヌお嬢様を蘇らせる儀式はとても時間がかかると言われたのです。そこで世間にエレーヌお嬢様が無事なのを見せるために別邸にいたお嬢様を……」
「代用品にしたのですね」
「……はい。記憶を封じてエレーヌお嬢様に仕立てあげたのです」
「そうだったのね」
「ただ、なんとかエランドにバレないよう頑張ったのです。闇魔法に対抗できる研究にマグルスの杖に手紙を出したりと……」
「なるほど、手紙を出したのはお前達だったのか」
「はい。まあ、ほとんどは奥様の案ですが」
「そうか……」

 アルフォンス先生は腕を組み考える仕草をする。そして私を見つめてきた。

「アーサー・ミルフォードとマリアンはなぜ出生届を出さず君をこの別邸に隠し続けたのだろうな?」

 するとコーデリア先生が首を横に振った。

「それはお二人にしかわかりません。ただエランドが突然屋敷に現れ旦那様を襲った後に生まれたばかりのお嬢様を……」
「わざわざエランドを閉じ込めた牢がある別邸にか。なぜ、そんなことを? エランドは闇魔法を使う危険な奴だぞ。はっ……まさか、そうなのか?」

 アルフォンス先生は私の側に来て首飾りを掴む。そして私を見つめてきた。

「なぜ、ミルフォード侯爵が君をエランドと同じ別邸においたのかやっとわかった。君じゃなければダメだったんだ」
「私でなければダメですか?」

 そう呟くとコーデリア先生がハッとする。

「まさか、お嬢様がエランドの力を弱めていたということですか?」
「可能性はある。それを確かめるためにはこいつを外してみないといけないな……」

 アルフォンス先生が首飾りを見つめていると部屋に青いマントを着た騎士が入ってきた。しかも焦った表情で。

「ミルフォード侯爵家が動き出しました。おそらく王家主催のパーティー会場です」
「やはり来たか。すぐに出発の準備をしろ」

 アルフォンス先生の言葉に若い騎士は頷き飛び出していく。するとコーデリア先生も立ち上がり頭を下げてきた。

「では、邪魔にならないようマシューさんの所に行ってきます」
「ああ、それなら……」

 アルフォンス先生は私を見つめてくる。

「……ミルフォード侯爵と夫人に会いに行くか? それとも彼女についていくか?」
「私は……」

 正直、迷ってしまった。会ってどうすればいいのだろうと。理由はどうあれ彼らにとって私はいない存在として扱われていたのだから。
 そんなことを思っていたらアルフォンス先生が言ってきた。

「決して君は愛されていなかったわけではないはずだ。気になるなら会って確かめてみればいい」
「……わかりました。では私もアルフォンス先生と一緒に行きます」
「わかった。安心しろ。全てから君を守る」
「はい」

 頷くとアルフォンス先生は私を抱き抱えてきた。おかげで恥ずかしさのあまり俯くとアルフォンス先生が覗きこんでくる。

「ずっと知りたかったことがある」
「えっ……」

 私は顔を上げるとアルフォンス先生が囁くように尋ねてきた。

「君の名は?」

 私は目を見開く。

 私の名前が知りたい?

 つい心の中でそう尋ね返してしまう。だってそうだろう。私は今まで名前で呼ばれてこなかったから。誰も興味がないのだと思っていた。
 しかし、先ほどの話を思いだしゆっくりと口を開いた。

「……リア」
「リア……」

 アルフォンス先生は噛み締めるように呟く。そして私を片手で抱えながら歩き出した。

「行こう。全てを終わらせに。君を自由にするために」

 誓いを立てるように言うと私の髪にそっと口づけを落とすのだった。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

虐げられた人生に疲れたので本物の悪女に私はなります

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
伯爵家である私の家には両親を亡くして一緒に暮らす同い年の従妹のカサンドラがいる。当主である父はカサンドラばかりを溺愛し、何故か実の娘である私を虐げる。その為に母も、使用人も、屋敷に出入りする人達までもが皆私を馬鹿にし、時には罠を這って陥れ、その度に私は叱責される。どんなに自分の仕業では無いと訴えても、謝罪しても許されないなら、いっそ本当の悪女になることにした。その矢先に私の婚約者候補を名乗る人物が現れて、話は思わぬ方向へ・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

悪役令嬢、猛省中!!

***あかしえ
恋愛
「君との婚約は破棄させてもらう!」 ――この国の王妃となるべく、幼少の頃から悪事に悪事を重ねてきた公爵令嬢ミーシャは、狂おしいまでに愛していた己の婚約者である第二王子に、全ての罪を暴かれ断頭台へと送られてしまう。 処刑される寸前――己の前世とこの世界が少女漫画の世界であることを思い出すが、全ては遅すぎた。 今度生まれ変わるなら、ミーシャ以外のなにかがいい……と思っていたのに、気付いたら幼少期へと時間が巻き戻っていた!? 己の罪を悔い、今度こそ善行を積み、彼らとは関わらず静かにひっそりと生きていこうと決意を新たにしていた彼女の下に現れたのは……?! 襲い来るかもしれないシナリオの強制力、叶わない恋、 誰からも愛されるあの子に対する狂い出しそうな程の憎しみへの恐怖、  誰にもきっと分からない……でも、これの全ては自業自得。 今度こそ、私は私が傷つけてきた全ての人々を…………救うために頑張ります!

第一王子は私(醜女姫)と婚姻解消したいらしい

麻竹
恋愛
第一王子は病に倒れた父王の命令で、隣国の第一王女と結婚させられることになっていた。 しかし第一王子には、幼馴染で将来を誓い合った恋人である侯爵令嬢がいた。 しかし父親である国王は、王子に「侯爵令嬢と、どうしても結婚したければ側妃にしろ」と突っぱねられてしまう。 第一王子は渋々この婚姻を承諾するのだが……しかし隣国から来た王女は、そんな王子の決断を後悔させるほどの人物だった。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

光の王太子殿下は愛したい

葵川真衣
恋愛
王太子アドレーには、婚約者がいる。公爵令嬢のクリスティンだ。 わがままな婚約者に、アドレーは元々関心をもっていなかった。 だが、彼女はあるときを境に変わる。 アドレーはそんなクリスティンに惹かれていくのだった。しかし彼女は変わりはじめたときから、よそよそしい。 どうやら、他の少女にアドレーが惹かれると思い込んでいるようである。 目移りなどしないのに。 果たしてアドレーは、乙女ゲームの悪役令嬢に転生している婚約者を、振り向かせることができるのか……!? ラブラブを望む王太子と、未来を恐れる悪役令嬢の攻防のラブ(?)コメディ。 ☆完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

処理中です...