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しおりを挟む最初は自由だった。ただし別邸内だけだったが。それでも良かった。好きな本を読み、たまにくるお母様は優しくお父様は常に側にいてくれたから。
でも、いつからか二人には会えなくなり、食事は粗末なものになった。理由は教えてくれなかった。いや、思い出した。
『お祖母様がそうしろって。そうしたら良いことを教えてくれるって』
そう言われたのだ。そして、徐々に自由を奪われ遂にはこの部屋だけが私の世界になった。ただ、その世界とももうお別れかもしれない。
だってもう部屋の外には出れないし食事も出ないから。要は私の存在は不要になったのだ。
「だって……代用品だもの……」
そう呟き私は数日前にあったことを思い出す。
別邸に入ると目の前にはエレーヌが立っていた。それで私は全てを思い出してしまったのだ。自分が何者なのかを。
そんな私にエレーヌが言ってきたのだ。「代用品はもう不要になったわ」と。そして使用人達を使い私を再びこの狭い部屋に入れたのだ。鍵までかけて。
私は溜め息を吐くと床に横になる。体力もなくなり意識が薄れてきたから座っているときついのだ。でも、死ぬ勇気はなかった。いや、心のどこかで願っているのだろう。
誰かが助けてくれるかもと。
「ふふ……来るわけないじゃ……ない」
御伽噺の本を読みすぎだろう。でも、考えてしまうのだ。あの人のことを。
「最後に……一目……」
私は薄れゆく意識の中で呟く。すると扉が大きな音を立てて開いたのだ。そしてあの人が部屋に入ってくるなり私を抱きしめたのである。
「見つけた」
「……アル……フォンス先……生」
驚いているとアルフォンス先生が頭を下げてくる。
「遅れてすまない」
そう言って私を抱き上げると部屋から連れ出す。廊下にはマシューにコーデリア先生がいた。そして私を見るなり涙を流したのだ。
「良かった……お嬢様」
「すみません。エランドの命令に逆らえず私達はお嬢様に酷いことを……」
「エラン……ド?」
私が首を傾げるとアルフォンス先生が説明してくれた。
「エランドは魔王軍の生き残りでこのローライト王国に入り込みミルフォード侯爵を人質にして彼らに命令していたんだ。まあ、だからって彼らを許す必要はないが……」
アルフォンス先生がそう言うと二人は項垂れる。そんな二人に私は精一杯首を横に振り微笑む。
「気に……しないで」
「お嬢様……」
二人は私の側に来る。しかし、すぐにアルフォンス先生が私を抱えながら歩き出してしまう。
「上にちゃんと休めるところを作った。まずはそこに行こう」
アルフォンス先生はそう言ってくるが返事ができなかった。安心してしまい意識がそのまま飛んでしまったから。
次に起きた時はベッドの上だった。
「お嬢様、起きましたか」
コーデリア先生がホッとした顔で覗きこんでくる。私は頷くと上半身を起こした。
「……はい。よく寝れました」
そう言いながら体を動かすとかなり体調も良くなっているのがわかった。
「栄養ある点滴を打ちましたからね。それでも無理はしてはいけませんよ」
「ありがとうございます」
私は頭を下げようとすると先にコーデリア先生が頭を下げてくる。
「お嬢様、本当に申し訳ありませんでした」
「コーデリア先生……」
「私はもう誰からも先生と呼ばれる資格はありません。使用人がどんどん殺され、エランドの恐怖に屈して人形作り加担しまったのですから」
「人形作り?」
私は首を傾げる。するとコーデリア先生が顔色を悪くしながらも口を開く。
「人の遺体を使用して人形を作るのです。侍女達や庭師がいましたよね……」
「まさか、ルネ達も……」
「はい、もう死んでいたのです。そして、エランドが操っていたのですよ。あんなことができる闇魔法はとても恐ろしい……」
そして震え出してしまったのだ。きっと手伝わされていたときのことを思い出したのだろう。私はそっと手を握るとコーデリア先生はホッとした表情になった。
「暖かい。まるで陽の光を浴びているようです。なのに私は……」
「もう、良いのですよ。それよりも教えて下さい。私はなぜあの場所にずっといたのですか?」
「……それは私達使用人にはわかりません。ただ、旦那様と奥様がお嬢様を別邸にと」
「……私は二人に嫌われていたの?」
「それは違います」
「では、なぜあんな生活を? 最初は普通に生活はさせてもらえていたわ」
「それは魔王軍の生き残りであるエランドの所為です。ある日、突然屋敷に現れたエランドが旦那様の魂に従属の闇魔法を放ち傀儡にしようとしたのです。けれどエランドが弱っていたのもあり効果が弱く、旦那様は見事エランドを別邸の牢に閉じ込めることに……けれど日に日に闇の力が強くなって……」
コーデリア先生は俯いてしまうが私は理解した。
「立場が逆転してエランドがミルフォード侯爵家を支配するようになったと」
「……はい」
「そうだったのですね」
「身動きがとれない状態で奥様はなんとか模索したのです。でも、エレーヌお嬢様がエランドと最近になり手を組んでしまい……」
「どうしてですか? ミルフォード侯爵家を支配されてしまったのですよ」
「……王太子殿下が原因です」
コーデリア先生の言葉に私はすぐに理解する。
「スミノルフ男爵令嬢に心が移ってしまった王太子殿下の心を闇魔法で手に入れようとしたと」
「多分違う。魂の従属は相手の命を極端に削ってしまう。だからエレーヌは王太子殿下を人形にする気だろう。闇魔法とメンテナンスさえすれば見た目だけは長く保つからな」
振り向くとアルフォンス先生が立っていた。私は思わず頬を緩ませる。
「アルフォンス先生……」
「遅れてすまない。人形を倒すのに時間がかかった。それとミルフォード侯爵家の屋敷でこれを見つけてな」
アルフォンス先生は私の前に診断書を置く。そのため読んでみたのだが驚いてしまった。
エレーヌ・ミルフォードはカイル・ローライトによって階段が落とされた日に亡くなったとか書かれていたから。しかもコーデリア先生のサイン入りで。
思わずコーデリア先生の方を向くとゆっくりと頷いてきた。
「私が書いた診断書で嘘偽りなく記入しました」
「でも、ここで私は……」
「お嬢様が見たのは闇の儀式によって蘇った闇人です」
「闇人?」
「闇人は魂を闇の力と同化させた存在だ。いわゆる人造の魔人というところだな」
アルフォンス先生がそう補足してくると、コーデリア先生が俯く。
「あの日、エランドにエレーヌお嬢様を蘇らせる儀式はとても時間がかかると言われたのです。そこで世間にエレーヌお嬢様が無事なのを見せるために別邸にいたお嬢様を……」
「代用品にしたのですね」
「……はい。記憶を封じてエレーヌお嬢様に仕立てあげたのです」
「そうだったのね」
「ただ、なんとかエランドにバレないよう頑張ったのです。闇魔法に対抗できる研究にマグルスの杖に手紙を出したりと……」
「なるほど、手紙を出したのはお前達だったのか」
「はい。まあ、ほとんどは奥様の案ですが」
「そうか……」
アルフォンス先生は腕を組み考える仕草をする。そして私を見つめてきた。
「アーサー・ミルフォードとマリアンはなぜ出生届を出さず君をこの別邸に隠し続けたのだろうな?」
するとコーデリア先生が首を横に振った。
「それはお二人にしかわかりません。ただエランドが突然屋敷に現れ旦那様を襲った後に生まれたばかりのお嬢様を……」
「わざわざエランドを閉じ込めた牢がある別邸にか。なぜ、そんなことを? エランドは闇魔法を使う危険な奴だぞ。はっ……まさか、そうなのか?」
アルフォンス先生は私の側に来て首飾りを掴む。そして私を見つめてきた。
「なぜ、ミルフォード侯爵が君をエランドと同じ別邸においたのかやっとわかった。君じゃなければダメだったんだ」
「私でなければダメですか?」
そう呟くとコーデリア先生がハッとする。
「まさか、お嬢様がエランドの力を弱めていたということですか?」
「可能性はある。それを確かめるためにはこいつを外してみないといけないな……」
アルフォンス先生が首飾りを見つめていると部屋に青いマントを着た騎士が入ってきた。しかも焦った表情で。
「ミルフォード侯爵家が動き出しました。おそらく王家主催のパーティー会場です」
「やはり来たか。すぐに出発の準備をしろ」
アルフォンス先生の言葉に若い騎士は頷き飛び出していく。するとコーデリア先生も立ち上がり頭を下げてきた。
「では、邪魔にならないようマシューさんの所に行ってきます」
「ああ、それなら……」
アルフォンス先生は私を見つめてくる。
「……ミルフォード侯爵と夫人に会いに行くか? それとも彼女についていくか?」
「私は……」
正直、迷ってしまった。会ってどうすればいいのだろうと。理由はどうあれ彼らにとって私はいない存在として扱われていたのだから。
そんなことを思っていたらアルフォンス先生が言ってきた。
「決して君は愛されていなかったわけではないはずだ。気になるなら会って確かめてみればいい」
「……わかりました。では私もアルフォンス先生と一緒に行きます」
「わかった。安心しろ。全てから君を守る」
「はい」
頷くとアルフォンス先生は私を抱き抱えてきた。おかげで恥ずかしさのあまり俯くとアルフォンス先生が覗きこんでくる。
「ずっと知りたかったことがある」
「えっ……」
私は顔を上げるとアルフォンス先生が囁くように尋ねてきた。
「君の名は?」
私は目を見開く。
私の名前が知りたい?
つい心の中でそう尋ね返してしまう。だってそうだろう。私は今まで名前で呼ばれてこなかったから。誰も興味がないのだと思っていた。
しかし、先ほどの話を思いだしゆっくりと口を開いた。
「……リア」
「リア……」
アルフォンス先生は噛み締めるように呟く。そして私を片手で抱えながら歩き出した。
「行こう。全てを終わらせに。君を自由にするために」
誓いを立てるように言うと私の髪にそっと口づけを落とすのだった。
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