ドッペル 〜悪役令嬢エレーヌ・ミルフォードの秘密

しげむろ ゆうき

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49 アルフォンスside

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 カイル第二王子を現行犯で捕まえることができた。これで、もう二度と彼女の前に姿を見せることはないだろう。
 俺はホッとする。しかし、同時に罪の意識にも苛まされていた。俺の到着が遅くエレーヌ嬢が怪我をしてしまったからだ。なのに彼女は俺を責めることはなかった。ただし「では、この湿布に関してですが臭いなどがしない不快感を感じるようなものはありますか?」と奇妙な質問はしてきたが。

「聞いたことはないな。ちなみになぜそんな事を?」

 俺がそう尋ねると彼女は何か言おうと口を開く。しかし、その言葉は途中で閉ざされる。彼女に似た女性が医務室に入ってきたからだ。まあ、俺はすぐに誰だかわかったが。

 ミルフォード侯爵夫人……

 警戒しながら俺はミルフォード侯爵夫人を見ていたがしばらくして解く。目の前にいるのは娘を心配するただの母親だったからだ。ただし、俺を見てからはその雰囲気は一気に変わったが。

「どうもありがとうございました、アルフォンス先生。後は大丈夫ですよ」

 あからさまに作り笑いを浮かべたミルフォード侯爵夫人はそう言うとエレーヌ嬢に声をかける。闇の力が篭った指輪を使いながら。そして俺の方を向きながら声に出さず言ってきたのだ。
 屋敷の近くで拾った老人に話を聞けと。
 俺は迷ってしまう。今、ミルフォード侯爵夫人を問い詰めるべきかを。だが、しばらく考えたすえ頷いた。エレーヌ嬢に見せたあの表情に賭けたからだ。

 それにミルフォード侯爵夫人は何も言わないだろうな……いや、言えないのだろう。

 俺は彼女が嵌めた黒い指輪を睨む。するとミルフォード侯爵夫人が今度は声を出し言ってきた。
 
「では、私達はこれで。……しっかりと仕事をこなして下さいね」

 そう言うと彼女はエレーヌ嬢を連れて医務室を出て行く。もちろん追うことはしなかった。二人に危険が及ぶかもしれないと判断したからだ。
 俺は椅子に座り考える。

「あの黒い指輪は間違いない。そうなると彼女は……」

 俺はエレーヌ嬢が座っていたベッドを見つめる。そしてある決意をすると拳を強く握りしめるのだった。



 あの日から、数日経った。ミゲルは今だに戻ってきていない。どうやら各国が難色をしめしているらしい。だから、俺はデビット・バーレンなどの死亡診断書を送りつけてやった。次はお前らの番だぞと一言加えて。
 それから更に数日経ち老人が目を覚ましたと報告があった。

「教えて欲しい。何があったかを」

 俺は目を覚ました老人、ミルフォード侯爵家の庭師ドノバンに尋ねる。彼は一度目を瞑り覚悟を決めた表情で口を開いた。

「まずはあっしの話をします。あっしはミルフォード侯爵家の遠縁のものでした。そして微力ながら闇の力を感じることをできます」
「じゃあ、ミルフォード侯爵家の屋敷にいる魔王軍の生き残りがわかるのか?」
「はい、まずはミルフォード侯爵夫人です」

 俺はなんとなくわかっていたので驚かなかった。むしろ確信できたので考えが纏まったぐらいだ。

「彼女は今回の首謀者じゃないだろう。他は誰だ?」

 そう尋ねるとドノバンは驚いた顔で答えてきた。

「最近、この国に入ってきた人形遣いのジョルリーの子孫……奥様の祖母エランドです」
「なんだと……」

 今度は驚いてしまった。魔王軍の生き残りが人形遣いのジョルリーの子孫だと思わなかったからだ。

 しかもエランドだと。まずいな。大物じゃないか。

 俺はエランドの情報を思い出す。人形遣いエランド。ジョルリーと違い人を殺害した後、遺体を弄って人形に変えてしまう最低最悪な人形遣いだ。
 ある国を滅ぼそうとしたが勇者の末裔によって阻止され逃走したと記録されている。

 要は逃走先がローライト王国のミルフォード侯爵家だったと。

 俺はドノバンに尋ねた。

「マリアン・ベネチカ……現ミルフォード侯爵夫人は敵なのか?」
「いいえ。奥様はエランドから逃げてきたのです」
「それをミルフォード侯爵が匿ったと。だが、見つかってしまったということか」
「十七年前のことです。突然、エランドがボロボロの状態でやってきたのです。そして、旦那様の魂に従属の闇魔法を放ち傀儡にしようとしたのです。ただ、その時、エランドの力は弱くて旦那様は争いながら奴を牢に閉じ込めることに成功したのです」
「なぜ殺さなかった?」
「死んだら呪いが発動すると言われまして……」
「だから、闇魔法の研究をしたのか。対策するために……」

 側にいたレインコール伯爵がそう呟くとドノバンは頷いた。

「はい。しかし、間に合いませんでした……」
「それでミルフォード侯爵家は乗っ取られ逆に利用されてしまったと……。なぜもっと早く言わなかった?」

 グラビス騎士団長がそう尋ねるとドノバンは俯く。

「言えば奥様はきっと….」
「最悪は処刑されるな。そして魔王軍の生き残りを隠して招き入れたミルフォード侯爵家は全てを失う。なるほど……」

 グラビス騎士団長が眉間に皺を寄せ、俺を見てくる。これからどうすると。俺はしばらく考えた後、ドノバンを見た。

「ミルフォード侯爵は現在どうなっている?」
「わかりません。ただ奥様は指輪の力で無理矢理エランドの言うことを聞かされている状態です」
「では、エレーヌ・ミルフォード侯爵令嬢は?」

 するとドノバンは悲しげに頭を振った。

「ミルフォード侯爵家があのようになったのもエレーヌお嬢様がエランドに協力したからです。あの方は闇に魅入られていましたから」

 正直、ショックで俺は何も言えなかった。そんな俺の肩をグラビス騎士団長が叩く。

「私は動けそうな騎士をかき集めてくる。貴公はどうする?」
「俺は……」

 自分の手を見つめる。ミルフォード侯爵令嬢をこの手で殺せるのだろうかと。俺は葛藤し、そして覚悟を決めた瞬間ミゲルが部屋に飛び込んできたのだ。

「特別権限書を持ってきました。後、援軍も」

 もう覚悟を決めるしかなかった。だから、俺は無理矢理頷く。

「……そうか。これなら行けるな」

 するとグラビス騎士団長が頷き言ってきた。

「では、私は準備してこよう」
「……頼む」

 俺が頷くとグラビス騎士団長は颯爽と部屋を出て行く。その後ろ姿を見送っているとドノバンが俺の手を掴んできた。そしてあることを言ってきたのだ。
 俺はすぐにミゲルに指示する。

「全員配置につかせろ。この国から誰一人逃すな。特にエランドは絶対だ!」
「了解です」

 ミゲルは敬礼すると部屋を飛び出していった。
 俺はドノバンに頷く。

「必ず、俺が助け出す」
「お願いします。あの方の心が壊れてしまう前に」

 俺は頷く。そして俺も部屋を飛び出すのだった。再び辛い思いをしている彼女を救うために。
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