ドッペル 〜悪役令嬢エレーヌ・ミルフォードの秘密

しげむろ ゆうき

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47 アルフォンスside

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 凄惨な事件が起きてしまった。
 デビット・バーレンが殺されたのだ。しかも騎士団に潜入している部下の報告では現場で闇の力が使われた痕跡があるとのことだった。
 思わず壁を殴ってしまう。すると同じく憤りを感じているミゲルが眉間に皺を寄せ言ってきた。

「やはり、いますね」
「ああ、しかも動き出したみたいだな」
「どうしますか?」
「ミゲル、お前はバーレン商会の周辺を探れ。何か出てくるかもしれない。俺は今から騎士団長のグラビス・シールドに会いに行く。きっと今ならこちら側に引き込めるはずだからな」

 そう言い拳を握りしめるとミゲルが口角を上げた。

「言っときますがまだ力づくはダメですよ」
「……ふん。それに関してはお前の方が心配だ」

 俺がミゲルを睨むととぼけた顔でそっぽを向く。間違いなく何かやらかそうとしているのだろう。だから俺は「バレないようにやれよ」と言うしかなかった。
 なにせ俺もミゲルと同じ類だからだ。

 それに俺をこの国に行かせたってことは上層部はそういう判断なのだからな。

「だから、好きにやらせてもらうさ」

 そう呟くと俺は騎士団の宿舎へと向かうのだった。



 騎士団の宿舎へ行くと若い騎士が近寄ってきた。潜り込ませていた部下のモンドである。モンドは横に並び小声で話しかけてきた。

「もしかしてグラビス騎士団長にデビット・バーレンの件を聞きに来たのですか?」
「ああ」
「でしたら、こちらの情報も」

 そう言って紙切れを渡してくる。確認すると昨日ミルフォード侯爵令嬢の乗った馬車が帰宅途中に事故を起こしたと書かれていた。
 俺は思わず「無事なのか?」とモンドににじり寄ってしまう。するとモンドは少しだけ驚いた表情で答えてきた。

「……頭を少し打ったらしく今は絶対安静らしいです。ちなみに誰かに襲われたみたいですよ。騎士団は気づいてませんが……」
「どういうことだ?」
「独自に現場の状況を調べたのですが魔法の痕跡がありました。おそらくミルフォード侯爵家の従者が現場の痕跡を消したのでしょう。彼は車輪が外れただけだと証言してましたから」
「なぜ、従者が……」
「わかりません。だから調べた方がいいです。ミルフォード侯爵家は……」

 モンドは俺を見てくる。明らかに怪しいといった表情で。もちろん頷く。俺も同じ気持ちだからだ。

「調べるさ。だが、その前にデビット・バーレンの件だ。何か新しい情報は入ったか?」

 そう尋ねたのだが、なぜかモンドは軽く一礼して足早に離れていってしまったのだ。まあ、理由はすぐにわかった。グラビス騎士団長がこちらに向かってきたからだ。しかも何やら思いつめた様子で。

 なんだ?

 俺は警戒しながら待っているとグラビス騎士団長が「魔王軍の生き残りの件で話がしたい」と言ってきたのだ。どうやら犠牲者が出てやっと危機感を抱いたらしい。おかげで内心ホッとしてしまった。これで強引なやり方をしなくて済むからだ。
 だから俺は多少警戒を解きながら頷く。

「いいだろう。それで話はなんだ?」
「デビット・バーレン子爵令息が今朝方、路地裏で遺体で見つかった。しかも傷口から闇魔法の痕跡も……」
「だから俺達に手伝えと?」
「ああ、貴公らは専門だろう」
「都合がいいな」
「仕方ない。今まで平和な国だったんだ。いきなり魔王軍の生き残りがいるなんて言われたって信じられないだろう」

 そう言ってくるグラビス騎士団長に俺は苦笑する。確かにと思ったからだ。おかげで更に警戒感が解けた俺は砕けた口調で尋ねた。

「で、どうする?」
「これから国王陛下に事情を説明し、貴公らと共同で捜査できるように話してくる」

 グラビス騎士団長は力強く頷く。その姿に俺は思わず笑みを浮かべてしまう。この国にもまともな奴がいることがわかったから。そして、こそこしないで捜査ができ、この問題を早めに解決できると思ったからだ。

 だが、翌日この考えが間違っていることを理解してしまう。なぜなら、また次の犠牲者が出てしまったから。

「……何があった?」

 自分自身に向けた怒りを抑え、そう尋ねると一瞬ミゲルが何か言いた気にこちらを見てくる。しかし、すぐに報告書に目を落とした。

「昨日から今朝方の間にレイノル・グリーンシスとバーレン子爵にその部下達が魔王軍の生き残りらしき者に殺されました」
「どういう組み合わせだ?」
「バーレン商会に尋ねたところデビット・バーレンの死の真相を調べに行ったみたいです。ちなみに調べに行ったのは彼らだけじゃなくケルビン・ローライトを含め、バリー・シールド侯爵令息、ラルフ・レインコール伯爵令息も一緒でした。まあ、別れて行動していたのでこの三人は無事保護されましたが」
「王太子がそんな時間に……思った以上にこの国は平和ボケしているようだな」

 そう呟いた後に俺は唇を噛む。昨日、楽観視せずグラビス騎士団長にしっかりと情報を聞いていれば今回のことは回避できたかもしれない。そう思ったからだ。

 人の事は言えないか……

 俺は怒りを抑えられなく壁を殴ろうとしたのだが途中で手を止める。騎士団に潜り込ませていたモンドがやってきたからだ。しかもかなり苛ついた表情で。

「どうした?」

 滅多に激しい感情を見せないモンドに俺は驚き尋ねる。するとモンドは苦虫を噛み潰したような顔で答えてきた。

「私の存在がバレましたよ。グリーンシス公爵に。それと貴方への言伝を……。こちらが良いと言うまで王家とミルフォード侯爵家には手を出すな。余計なことをしたらこの国を追い出すと」
「追い出すね……。相手が違うだろう」
「ですね。ただ朗報もあります。グラビス騎士団長がこちら側につきました」

 そう言ってモンドは俺に紙切れを渡してくる。確認するとグラビス騎士団長からの伝言で裏で動いてくれるから使ってくれとのことだった。俺は昨日のグラビス騎士団長の姿を思い出し口角を上げた。

 ありがたい。これでローライト王国とやっと接点ができたということか。ただ、それでも今の状況を考えると保険は必要か……

 そう判断した俺はミゲルの方を向いた。

「念の為、強制捜査ができるように魔術会マグルスの杖本部から特別権限書を発行してもらってくれ」
「各国の許可印が押されたあれですか。まあ、魔王軍の生き残りがいるのは確定でしょうから許可は降りると思いますが……信用していないのですか?」
「グラビス騎士団長だけでは弱いからな。グリーンシス公爵の言伝、引っかかるんだ」
「要は保険ということですね」

 ミゲルは納得した表情を浮かべると部屋を出ていく。するとモンドも少し考えがあると言って部屋を出ていってしまった。まあ、ミルフォード侯爵家関連だろう。
 俺は深く溜め息を吐いた。もう俺達の中ではミルフォード侯爵家は黒に近いという結論に至っているからだ。

 後は証拠のみか。

 そう思った時、ふとミルフォード侯爵令嬢のことを考えてしまった。しかも最悪な想定をだ。
 だが、すぐに俺は一呼吸する。そして「俺ならやれる」と鼓舞するように呟くと彼女の事を無理矢理頭から追い出すのだった。
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