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45 ケルビンside
しおりを挟むパーティー会場中に響き渡るルイーザの叫び声に私、ケルビン・ローライトを含め皆驚く。しかしエレーヌだけは違った。
表情こそ変わらないが、その瞳の奥に怒りを携え、ゆっくり両手を怯えるルイーザの方に向けたのだ。
私は嫌な予感がして咄嗟にエレーヌとルイーザの間に入る。
「何をしようとしているエレーヌ!」
するとエレーヌはまたゾクッとするような笑顔を向け口を開く。
「……やはり、王太子殿下の側に居させすぎたみたいですわ。でも、安心して下さいませ。悪影響は取り除いてあげます。貴方様の婚約者である私がね」
エレーヌは片手を前に出し指を動かす。途端に私の体が動かなくなった。
「な、なんで体が動かない? どうなっている?」
「王太子殿下、どうなさいましたか?」
異変に気づいた護衛が私を守ろうと駆け寄ってくる。だが近くに来た瞬間、護衛の首が何かに斬られたかのように落ちたのだ。
一瞬、会場中に静寂が走る。しかし、すぐに皆の視線がエレーヌにいった。一人だけ満面の笑みを浮かべて転がる護衛の頭を見ていたから。
「……エレーヌ、お前がやったのか?」
思わず私は尋ねる。するとエレーヌは心外だという顔で私を見てきた。
「……酷いですわ。勝手に私の張った魔力の糸に向かってきただけですのに……」
「魔力の糸だと……」
私はすぐ魔力を高め周りを見渡す。そして理解した。私の周りに薄らと糸のようなものが張り巡らされているのがほんの一瞬だけ見えたからだ。
「この糸か……」
「ええ、周りに張ったものはとてもとても切れやすいので王太子殿下は動かないで下さい。まあ、きっと今の貴方様は動くことはできないでしょうが」
「くっ……」
エレーヌに言われ私は歯軋りする。先ほどから抜け出そうともがいているが全く動くことすらできないのだ。そんな私を一瞥した後、エレーヌは首が取れた護衛の側に歩いて行く。そして、護衛が手に持っていた証拠が書かれた報告書を掴むと眉間に皺を寄せた。
「……どうやら、野良犬以外に私を王太子殿下から離そうとしておられる方がいらっしゃるようですわね」
そう言ってパーティー会場を見渡す。それから後ろを振り返り、ミルフォード侯爵夫人を見つめた。
「お母様、邪魔者は排除しますがよろしいですわね?」
「ふふ、私に聞かなくてもするのでしょう。なら、あなたのお好きにしなさい」
ミルフォード侯爵夫人はとんでもない事を言って微笑む。おかげでパーティー会場中からどよめきが起きた。
「やはり、魔王軍の生き残りと関係を持っているのは本当だったのか」
「嘘でしょう? あの聖女アリスティア様のご子孫よ?」
「それも嘘だったということだろう。何てことだ……」
皆、そう言って複雑な表情や、侮蔑の視線をミルフォード侯爵家の面々に向ける。しかし、二人は気にする様子もなく微笑みあっていた。
そんな中、二人に向かってパーティー会場を警護していた者達が剣を抜き向かって行くのが見えた。それを横目で見ながら私はホッとする。彼らは王家の護衛もしている精鋭部隊だからだ。
あの人数なら力が増したエレーヌも取り押さえることができるだろうな。
そう思っていたら、精鋭部隊の存在に気づいたエレーヌが溜め息を吐いた。
「はあっ、実力の差も理解できないなんて……。まあ、この際ですから纏めて始末することにしましょう」
エレーヌはそう言うと今度は両手の指を動かす。その瞬間、私は嫌な予感がして大声を出した。
「皆、動くな!」
しかし、遅かった。エレーヌに向かっていった精鋭部隊は一瞬で斬り刻まれ、更にはパーティー会場の至るところから悲鳴が上がったからだ。
「ぎゃあーー!」
「私の手がーー‼︎」
「な、何が起きている⁉︎」
皆叫びながら動くため、余計に酷い惨状になる。そんな光景をエレーヌは楽しそうに眺めながら私に近づいてきた。
「さあ王太子殿下、皆様が私達を祝福してくれていますわ。彼らの声に応えて踊りましょう」
「な、何を言っている?」
あまりにもおかしな事を言っているエレーヌにそう問いかける。しかし、エレーヌは心底理解できないというように首を傾げてきた。
「何って、王太子殿下こそ何を仰っているのですか? ほら、皆様とても喜んでるじゃないですか」
周りで悲鳴を上げている者達を見て口角を上げるエレーヌに私は思わず身震いしてしまう。
「……お前、おかしくなってしまったのか?」
だが、エレーヌは私の言葉なんて聞いてないらしく「ああっ」と軽く手を合わせると申し訳なさそうに頭を下げてきた。
「すみません、演奏がありませんでしたわ。私としたことが……全く王太子殿下の婚約者としてお恥ずかしいかぎりです」
エレーヌはそう言って軽く手を上げる。すると会場の舞台からぎこちない動きをした演奏者達が現れ、音程がズレた演奏をしはじめたのだ。正直、今の状況が状況だったが、あまりにも酷いその演奏に私は顔を顰める。
だがエレーヌは違った。目を閉じ、ウットリするような表情で聴き入っていたのだ。そして、しばらくすると目を開き私を見つめる。
「王太子殿下……いいえ、ケルビン様。私、ずっと貴方様と踊るのを楽しみにしてましたのよ」
そう言って私の方に近づいてくる。すると私の体が勝手に動き出しエレーヌに跪き手を差し出したのだ。
「くっ、勝手に体が……」
「まあ、ケルビン様から誘って下さるなんて嬉しいですわ」
「ち、違う! お前が魔力で作った糸で操っているのだろう!」
「ふふふ、恥ずかしがり屋なのですね。でも、大丈夫ですわ。私も同じ気持ちですから」
エレーヌは私の手を取る。それから頭を抱え震えているルイーザを一瞥すると口を開いた。
「私達がどんなに愛しあっているのか教えてあげましょう。ねえ、ケルビン様」
エレーヌはゾクッとするような笑みを浮かべる。正直、私は「ふざけるな」と叫びたかったが、その前に勝手に体が動き出しエレーヌと踊り始めてしまったのだ。
体が勝手に……。これも魔力の糸で私を操っているのか? どうにかしなければ……
私は周りに目を向ける。すると顔が勝手に前に向けられてしまう。
「ダンス中にパートナーから顔を逸らしてはいけませんわよ」
そう言ってエレーヌは目を細めてくる。私は思わずエレーヌを睨みつけた。
「ふざけるな! 私を操ってるだろう! 自由にしろ!」
「まあ、困った方……。やはり、少し理解して頂いた方が良いのかしら?」
エレーヌは困り顔で首を傾げる。すると私の左手に痛みが走った。
「うっ……。なんだ?」
私は恐る恐る自分の左手を見る。そして左手の小指が根本からなくなっていることに気づく。
「わ、私の指があーー! な、なんてことをするんだ!」
痛みに耐えながら私はエレーヌを怒鳴った。だが、エレーヌはなぜか光悦とした表情を浮かべるだけだった。しかも、しばらくすると私のポケットを凝視しだす。
「私へのプレゼントですか? 素敵……」
そう言って私が何か言う前にポケットから小箱を取り出したのだ。しかし中身を確認した瞬間、その表情はみるみる無表情に変わってしまった。
「……困った方。もう、すっかりあの女の毒に侵されてしまったのですね」
指輪と小箱を床に放り投げるとエレーヌは私を睨む。その瞬間、私は痛みすら忘れ恐怖してしまった。なぜなら思い出したから。エレーヌが今さっきやったことを。
こ、殺される……
私は後ろに後退ろうとするが逆に一歩前に踏み出してしまう。そんな私の顔の側にエレーヌの顔が寄ってくる。
「私、良いことを考えましたの。貴方様もうちの使用人のようになってしまえばいいのだと……」
「……ど、どういうことだ?」
思わずそう尋ねるとエレーヌは不気味な笑みを浮かべる。
「すぐにわかりますわ。さあ、フィナーレを……」
そう言うと同時に私の体が勝手に動き出し、再びエレーヌと踊り始めてしまう。更にはすぐ手足がキツく縛られていく感覚に襲われたのだ。
「くっ……魔力の糸で締め付けているのか。何をする気だ⁉︎」
「ふふふ、何って人形にするのですよ」
「に、人形だと……」
そう呟くとエレーヌは目を細めて頷く。
「殺して血を抜き、腐らないよう特殊な液体を体に入れるのです。そして私の魔法で貴方様は生まれ変わるのですよ。ふふふ、楽しみですわね。やっと私だけのケルビン様が手に入るんですもの。ああ、でも……」
エレーヌの眉間に皺が寄る。
「他の女の所に行かないよう……そして、触れないよう……先にその手足を取ってしまいましょうね」
ゆっくりとエレーヌの口角が上がっていく。その瞬間、私の手足が更に締め付けられ、少しずつ肉が裂け始めたのだ。
「ぎゃああああぁぁーー‼︎」
あまりの痛さに私は叫ぶ。するとエレーヌは光悦とした表情をして笑い出した。
「ふふふはははっ。いいですわ! その声、素敵です! もっと聴かせて下さいケルビン様!」
「ぐぎゃあああああぁああぁーー!」
「あはははははは! もっともっともっともっともっとおぉーー!」
「や、やめてくれええぇーー‼︎」
しかし、締め付ける力はどんどん増していく。
「う、ううぅ……」
遂には叫ぶ気力もなくなった私は血を撒き散らしながら、ひたすらエレーヌと自分が流した血溜まりの上を踊り続けることしかできなくなっていた。しばらくして、左手の指が何本か引きちぎれて落ちるのがわかった。
もう、ダメだ……
そう思った時、ゆっくり私の心が折れていくのがわかった。だが、その時パチンと指の鳴る音がして急に私の体は自由になった。
私は血溜まりの床に倒れる。そんな私の元に誰かが駆け寄ってきた。
「ケルビン殿下!」
「この声は……ラルフか?」
「ラルフだけじゃないぜ」
「バリー?」
顔を上げると体中に包帯を巻き車椅子に乗ったラルフと、それを押す顔色の悪いバリーがこちらに向かってくるのが見えた。
「お前達、助かったのか……」
「まあ、なんとかな。それより、とんでもない事になってるな……」
バリーが周りを見てそう呟く。途端に状況を思い出し私は焦ってしまった。
「そうだ。今は話をしてる場合ではない。逃げなければ!」
「安心して。もう大丈夫だから」
「ラルフ、どうしてだ?」
「それはあの人達が来たからだよ」
そう言ってラルフは入り口を指差すので私は顔を向ける。そこには青いマントを着た者達が立っていた。しかも、その中に見覚えのある人物も。
「あれは教員のアルフォンス? それにあの格好……」
「マグルスの杖だよ」
「マグルスの杖……魔王軍の生き残りと戦う国境なき闇払い集団」
私はそう呟いた後、アルフォンスの後ろにいた人物に気づき驚いてしまった。なぜなら、あり得ない人物がそこに立っていたから。
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