ドッペル 〜悪役令嬢エレーヌ・ミルフォードの秘密

しげむろ ゆうき

文字の大きさ
上 下
42 / 55

42

しおりを挟む

 現在、私は医務室のベッドに座り治療を受けていた。

「これでいいだろう」

 私の足首に湿布と包帯を巻き終わるとアルフォンス先生は満足そうに頷く。私はゆっくり足を動かすと痛みはかなり少なくなっていた。

「ありがとうございます。おかげさまで痛みもほとんどありません」
「そうか……」

 アルフォンス先生はそう呟くと俯いてしまう。きっと、今回の件を気にしているのだろう。だから、私は首を横に振った。

「気にしないで下さい。あれなら、王族だろうが絶対に言い逃れはできませんよ」
「だが、囮にして怖い思いをさせた。俺は最低な人間だよ。罵ってくれても構わない」
「そんなことはしません」
「なら、何でもいい。俺にできることはないだろうか?」

 アルフォンス先生はジッと私を見つめてくるので思わずドキッとしてしまう。しかし、同時にあることを思い出したため、私はアルフォンス先生に尋ねてみることにした。

「では、この湿布に関してですが臭いなどがしない不快感を感じるようなものはありますか?」

 するとアルフォンス先生は考える仕草をした後に首を横に振った。

「聞いたことはないな。ちなみになぜそんな事を?」
「それは……」

 私は答えようと口を開くが、その前に医務室の扉が叩かれお母様の声が聞こえた。

「エレーヌ、いる?」
「お母様、いますよ」

 私が返事をするとお母様が医務室に入ってきてホッとした顔を浮かべた。

「シールド公爵のところから早馬が来て急いできたわ。大変だったわね」
「はい。でも、アルフォンス先生のおかげで助かりました」
「そう……」

 お母様は頷くとアルフォンス先生をジッと見つめる。そんなお母様をアルフォンス先生も見つめ返した後、ゆっくり口を開いた。

「聖エールライト魔法学院の教員をしているアルフォンスです……」

 そう言って軽く頭を下げる。お母様は指にはめた黒い指輪を弄りながら微笑んだ。

「どうもありがとうございました、アルフォンス先生。後は大丈夫ですよ」

 そう言って近くにあった車椅子を引き寄せ私の側に置いた。

「さあ、帰りましょう」

 お母様は私の頬を撫でて微笑む。途端に頭がボーッとしてしまい勝手に頷いてしまった。

「……はい」

 私はふらふらしながら車椅子に移動する。お母様がすぐに私の後ろにまわり私の頭を撫でながら口を開いた。

「では、私達はこれで。……しっかりと仕事をこなして下さいね」

 そうお母様は言うと、アルフォンス先生が何か答える前に私の乗った車椅子を押して医務室を出て行く。


 エレーヌ達が医務室を出ていった後、アルフォンスは椅子に座り考える仕草をした。

「あの黒い指輪は間違いない。そうなると彼女は……」

 アルフォンスはエレーヌが座っていたベッドをジッと見つめる。そして拳を強く握りしめるのだった。



 馬車に乗り込むとすぐに頭がスッキリしてきた。私は頭を押さえて溜め息を吐く。

 まだ体調が戻っていないのかしら? これじゃあ、お母様にこれを取りたいとは言えないわね。

 そう思いながら胸に手を当てていると、お母様が楽しげに話しかけてくる。

「四日後にあるアリスティア生誕祭、楽しみね」
「……そうですね」

 私は返事した後、憂鬱な気分になってしまう。しかし、先ほどのことを思い出し頭を振った。

 これはチャンスよ。王太子殿下にスミノルフ男爵令嬢との仲を応援すると伝えましょう。それでどうやって円滑に婚約解消できるか話し合えばいいんだわ。
 
 私はお母様をチラッと見て申し訳ない気持ちになったが覚悟を決め口を開こうとした。しかし、お母様の方が早かった。

「……待っていてね、旦那様」

 そう呟きお母様は頬を緩めながら窓の外を眺めたのだ。だから私はしばらく間を置いてからにしようと口をつぐむ。そして、お母様と同じように窓の外を眺めたのだが思わず首を傾げてしまった。

 いつもと違う道……

 そう思っていると、お母様が窓を眺めながら私に言ってきた。

「これから、ミルフォード侯爵家の別邸に行くわ」
「別邸ですか?」

 そう尋ねるとお母様は窓から目を離し、私を見てくる。

「ああ、あなたは記憶を失ってから初めていくわね。正直、あまり良い場所ではないわ」

 そう言ってお母様は顔を顰める。しかし、すぐに微笑んだ。

「もうすぐ全て終わるわ……」
「えっ……」

 私は思わずお母様を見たが再び窓の外を眺めるだけでもう何も言ってくることはなかった。
 それから、馬車は両脇を森に囲まれた薄暗い道を通っていき古ぼけた屋敷前に到着した。

「さあ、行きましょう」

 お母様がそう言ってきたのだが、なぜか私は足がすくんで馬車から降りれなかった。

 どうしてからしら? でも、何か嫌な予感がする……

 別邸を見てそう思っていると、お母様が私の手を握り微笑んでくる。

「大丈夫よ。さあ、行きましょう」
「……はい」

 何とか声を出し、馬車から降りる。すると御者として一緒に来ていたコーデリア先生が既に車椅子を用意して待ってくれていた。

「……お嬢様、さあ乗って下さい」
「わかりました」

 私は車椅子に乗る。するとお母様が私の車椅子をゆっくりと押しながら頭を撫でてくる。

「後はあの人達に任せればいいわ」
「えっ……」

 突然、そう言われ私は驚いてしまう。しかし、別邸の中に入った瞬間、お母様の言っていたことを理解してしまう。なぜなら、目の前の光景を見て私は全ての記憶を思い出してしまったからだ。

 そう、そうだったのね……

 私は思わず、から笑いをした。

「はは……」
 
 そして、口元が歪んでいき一筋の涙が頬を流れていったのだった。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

虐げられた人生に疲れたので本物の悪女に私はなります

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
伯爵家である私の家には両親を亡くして一緒に暮らす同い年の従妹のカサンドラがいる。当主である父はカサンドラばかりを溺愛し、何故か実の娘である私を虐げる。その為に母も、使用人も、屋敷に出入りする人達までもが皆私を馬鹿にし、時には罠を這って陥れ、その度に私は叱責される。どんなに自分の仕業では無いと訴えても、謝罪しても許されないなら、いっそ本当の悪女になることにした。その矢先に私の婚約者候補を名乗る人物が現れて、話は思わぬ方向へ・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

悪役令嬢、猛省中!!

***あかしえ
恋愛
「君との婚約は破棄させてもらう!」 ――この国の王妃となるべく、幼少の頃から悪事に悪事を重ねてきた公爵令嬢ミーシャは、狂おしいまでに愛していた己の婚約者である第二王子に、全ての罪を暴かれ断頭台へと送られてしまう。 処刑される寸前――己の前世とこの世界が少女漫画の世界であることを思い出すが、全ては遅すぎた。 今度生まれ変わるなら、ミーシャ以外のなにかがいい……と思っていたのに、気付いたら幼少期へと時間が巻き戻っていた!? 己の罪を悔い、今度こそ善行を積み、彼らとは関わらず静かにひっそりと生きていこうと決意を新たにしていた彼女の下に現れたのは……?! 襲い来るかもしれないシナリオの強制力、叶わない恋、 誰からも愛されるあの子に対する狂い出しそうな程の憎しみへの恐怖、  誰にもきっと分からない……でも、これの全ては自業自得。 今度こそ、私は私が傷つけてきた全ての人々を…………救うために頑張ります!

第一王子は私(醜女姫)と婚姻解消したいらしい

麻竹
恋愛
第一王子は病に倒れた父王の命令で、隣国の第一王女と結婚させられることになっていた。 しかし第一王子には、幼馴染で将来を誓い合った恋人である侯爵令嬢がいた。 しかし父親である国王は、王子に「侯爵令嬢と、どうしても結婚したければ側妃にしろ」と突っぱねられてしまう。 第一王子は渋々この婚姻を承諾するのだが……しかし隣国から来た王女は、そんな王子の決断を後悔させるほどの人物だった。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

光の王太子殿下は愛したい

葵川真衣
恋愛
王太子アドレーには、婚約者がいる。公爵令嬢のクリスティンだ。 わがままな婚約者に、アドレーは元々関心をもっていなかった。 だが、彼女はあるときを境に変わる。 アドレーはそんなクリスティンに惹かれていくのだった。しかし彼女は変わりはじめたときから、よそよそしい。 どうやら、他の少女にアドレーが惹かれると思い込んでいるようである。 目移りなどしないのに。 果たしてアドレーは、乙女ゲームの悪役令嬢に転生している婚約者を、振り向かせることができるのか……!? ラブラブを望む王太子と、未来を恐れる悪役令嬢の攻防のラブ(?)コメディ。 ☆完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

処理中です...