ドッペル 〜悪役令嬢エレーヌ・ミルフォードの秘密

しげむろ ゆうき

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 現在、私は医務室のベッドに座り治療を受けていた。

「これでいいだろう」

 私の足首に湿布と包帯を巻き終わるとアルフォンス先生は満足そうに頷く。私はゆっくり足を動かすと痛みはかなり少なくなっていた。

「ありがとうございます。おかげさまで痛みもほとんどありません」
「そうか……」

 アルフォンス先生はそう呟くと俯いてしまう。きっと、今回の件を気にしているのだろう。だから、私は首を横に振った。

「気にしないで下さい。あれなら、王族だろうが絶対に言い逃れはできませんよ」
「だが、囮にして怖い思いをさせた。俺は最低な人間だよ。罵ってくれても構わない」
「そんなことはしません」
「なら、何でもいい。俺にできることはないだろうか?」

 アルフォンス先生はジッと私を見つめてくるので思わずドキッとしてしまう。しかし、同時にあることを思い出したため、私はアルフォンス先生に尋ねてみることにした。

「では、この湿布に関してですが臭いなどがしない不快感を感じるようなものはありますか?」

 するとアルフォンス先生は考える仕草をした後に首を横に振った。

「聞いたことはないな。ちなみになぜそんな事を?」
「それは……」

 私は答えようと口を開くが、その前に医務室の扉が叩かれお母様の声が聞こえた。

「エレーヌ、いる?」
「お母様、いますよ」

 私が返事をするとお母様が医務室に入ってきてホッとした顔を浮かべた。

「シールド公爵のところから早馬が来て急いできたわ。大変だったわね」
「はい。でも、アルフォンス先生のおかげで助かりました」
「そう……」

 お母様は頷くとアルフォンス先生をジッと見つめる。そんなお母様をアルフォンス先生も見つめ返した後、ゆっくり口を開いた。

「聖エールライト魔法学院の教員をしているアルフォンスです……」

 そう言って軽く頭を下げる。お母様は指にはめた黒い指輪を弄りながら微笑んだ。

「どうもありがとうございました、アルフォンス先生。後は大丈夫ですよ」

 そう言って近くにあった車椅子を引き寄せ私の側に置いた。

「さあ、帰りましょう」

 お母様は私の頬を撫でて微笑む。途端に頭がボーッとしてしまい勝手に頷いてしまった。

「……はい」

 私はふらふらしながら車椅子に移動する。お母様がすぐに私の後ろにまわり私の頭を撫でながら口を開いた。

「では、私達はこれで。……しっかりと仕事をこなして下さいね」

 そうお母様は言うと、アルフォンス先生が何か答える前に私の乗った車椅子を押して医務室を出て行く。


 エレーヌ達が医務室を出ていった後、アルフォンスは椅子に座り考える仕草をした。

「あの黒い指輪は間違いない。そうなると彼女は……」

 アルフォンスはエレーヌが座っていたベッドをジッと見つめる。そして拳を強く握りしめるのだった。



 馬車に乗り込むとすぐに頭がスッキリしてきた。私は頭を押さえて溜め息を吐く。

 まだ体調が戻っていないのかしら? これじゃあ、お母様にこれを取りたいとは言えないわね。

 そう思いながら胸に手を当てていると、お母様が楽しげに話しかけてくる。

「四日後にあるアリスティア生誕祭、楽しみね」
「……そうですね」

 私は返事した後、憂鬱な気分になってしまう。しかし、先ほどのことを思い出し頭を振った。

 これはチャンスよ。王太子殿下にスミノルフ男爵令嬢との仲を応援すると伝えましょう。それでどうやって円滑に婚約解消できるか話し合えばいいんだわ。
 
 私はお母様をチラッと見て申し訳ない気持ちになったが覚悟を決め口を開こうとした。しかし、お母様の方が早かった。

「……待っていてね、旦那様」

 そう呟きお母様は頬を緩めながら窓の外を眺めたのだ。だから私はしばらく間を置いてからにしようと口をつぐむ。そして、お母様と同じように窓の外を眺めたのだが思わず首を傾げてしまった。

 いつもと違う道……

 そう思っていると、お母様が窓を眺めながら私に言ってきた。

「これから、ミルフォード侯爵家の別邸に行くわ」
「別邸ですか?」

 そう尋ねるとお母様は窓から目を離し、私を見てくる。

「ああ、あなたは記憶を失ってから初めていくわね。正直、あまり良い場所ではないわ」

 そう言ってお母様は顔を顰める。しかし、すぐに微笑んだ。

「もうすぐ全て終わるわ……」
「えっ……」

 私は思わずお母様を見たが再び窓の外を眺めるだけでもう何も言ってくることはなかった。
 それから、馬車は両脇を森に囲まれた薄暗い道を通っていき古ぼけた屋敷前に到着した。

「さあ、行きましょう」

 お母様がそう言ってきたのだが、なぜか私は足がすくんで馬車から降りれなかった。

 どうしてからしら? でも、何か嫌な予感がする……

 別邸を見てそう思っていると、お母様が私の手を握り微笑んでくる。

「大丈夫よ。さあ、行きましょう」
「……はい」

 何とか声を出し、馬車から降りる。すると御者として一緒に来ていたコーデリア先生が既に車椅子を用意して待ってくれていた。

「……お嬢様、さあ乗って下さい」
「わかりました」

 私は車椅子に乗る。するとお母様が私の車椅子をゆっくりと押しながら頭を撫でてくる。

「後はあの人達に任せればいいわ」
「えっ……」

 突然、そう言われ私は驚いてしまう。しかし、別邸の中に入った瞬間、お母様の言っていたことを理解してしまう。なぜなら、目の前の光景を見て私は全ての記憶を思い出してしまったからだ。

 そう、そうだったのね……

 私は思わず、から笑いをした。

「はは……」
 
 そして、口元が歪んでいき一筋の涙が頬を流れていったのだった。
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