ドッペル 〜悪役令嬢エレーヌ・ミルフォードの秘密

しげむろ ゆうき

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 正直、私は第二王子殿下のとっておきの話を聞くより逃げ出したいと思っていた。今の第二王子殿下は正気を失っているように見えたから。

 それに……

 私は第二王子殿下を見つめる。そして思わず唇を噛んでしまうが、すぐに考えを切り替えるため頭を振った。

 今はそれよりもこの場をどうにかしないと……

 私は持っていた万年筆を手で覆い、覚悟を決めると口を開いた。

「……とっておきの話とは何でしょう?」

 私は作り笑いをしながら尋ねる。すると第二王子殿下は楽しげに答えてきた。

「ああ、とっておきの話……この世界の事さ。知ってる? ここが『エターナル ~真実の愛に目覚めて』のゲームの中の世界と同じだってことを」
「ゲームですか……」

 私は本で読んだチェスやボードゲームを想像する。すると、第二王子殿下は首を横に振った。

「多分、想像しているのとは違うよ。ただ、そのゲームには僕達と同じ名前に同じ姿の登場人物が出てくるんだ。そして、そのゲームの中で君は主人公ルイーザ・スミノルフに敵対する悪役令嬢エレーヌ・ミルフォードなんだよ」
「私がスミノルフ男爵令嬢に敵対する悪役令嬢……」
「ああ。でも酷くない? だって、突然現れたピンク頭に婚約者を奪われるんだよ? しかも、それを怒ったり注意すれば周りから悪役令嬢扱いだ」
「……でも、やり過ぎは良くないのではないでしょうか」

 自分で言うのもなんだかと思ったが、サーザント子爵令嬢……から聞いた私がやった事を思い出しながら言う。すると第二王子殿下は頭を勢いよく振った。

「何言ってんだ。君は当然の事をしたんだよ! あんな嘘吐きピンク頭なんて何したって良いんだ! 全く、どのゲームでもあいつらヘラヘラしながら婚約者に近づきやがって! だから、僕はいつも悪役令嬢には同情してたんだよ。特に僕のお気に入り……悪役令嬢エレーヌ・ミルフォードにはね」

 第二王子殿下は舐めるように私を見てきた。思わずゾクっとしてしまい後退る。しかし、そんな私の様子に気づくことなく第二王子殿下は続けて喋り出す。

「ねえ、僕を選んでよ。きっと幸せにするよ。ああ、もし王妃なんてやりたくなかったら、遠い場所に行こう。そのためのお金もちゃんと用意してるんだからさ」

 第二王子殿下は私の方に手を伸ばしてくる。もちろん、私はその手を取ることはなかった。すると、第二王子殿下は歯軋りして私を睨んできたのだ。

「何でだよ? やっぱり、あいつの方がいいの?」
「……誰のことを言われているかわかりませんが、順序立てて頂かないと私は誰も選べません」
「ああ、なるほど。要は兄上が消えれば僕を選ぶと……」

 そう言ってくる第二王子殿下に私は黙って微笑むだけにする。第二王子殿下は肯定と受け取ったらしく満面の笑みを浮かべた。

「なら、やっぱり卒業パーティーでのバットエンド……ざまあ劇場かな。でも、そんなに待てないしアリスティア生誕祭でやるかな。うん、そうしよう。それなら、ミルフォード侯爵家がしていることをあの格好をした兄上がやった事にしてあげないとね」

 そう言って第二王子殿下は屋上の方を向く。このタイミングしかないと思った。だから、私は第二王子殿下に背を向け駆け出す。

「誰か来て!」

 走りながら叫ぶ。しかし、後ろからすぐに声が聞こえてくる

「助けを呼ぼうとしても無駄だよ。人払いの魔導具を使ってるからね」

 第二王子殿下は浮遊魔法を使って、あっという間に私の前に回り込むと腕を掴んできたのだ。

「何で逃げるのかなあ。僕の方が絶対将来性もあるのに。まあ、こうなったら力づくで言うことを聞かせるか……」

 第二王子殿下はぶつぶつそう言いながらもう一方の手を私に伸ばしてきた。私は身の危険を感じ身をよじる。

「は、離して下さい!」

 そして、伸ばしてきた第二王子殿下の手を叩いた。直後、第二王子殿下はもの凄い形相で睨んでくる。

「うるさい! お前は僕の言う事を聞けばいいんだ!」

 第二王子殿下は手を振り上げた。すると、私の持っていた万年筆が光り第二王子殿下が吹き飛んだのだ。

「うわあ!」

 第二王子殿下はかなりの距離を飛んで床に叩きつけられる。私は一瞬、第二王子殿下を心配してしまったが頭を振った。

 ダメ、逃げないと。

 私は再び走り出した。もちろん、一階の職員室に向かってである。しかし、しばらく走っていたら足をもつれさせ思い切り転んでしまったのだ。

「痛っ……」

 私は痛む足をさする。どうやら挫いてしまったらしい。

 でも、第二王子殿下との距離は取れたはずだから……

 私は立ち上がると足を引きずりながら進む。そして、階段近くまで来ていざ降りようとした時、知った声が聞こえたのだ。

「ミルフォード侯爵令嬢」
「……サーザント子爵令嬢」

 私は振り向く。そこには笑顔を見せたサーザント子爵令嬢が立っていた。そんなサーザント子爵令嬢に私は首を横に振る。

「指先まで変えないとバレてしまいますよ、第二王子殿下……」

 すると噛んでギザギザになった爪を見たサーザント子爵令嬢は、舌打ちすると姿が変わり第二王子殿下に戻った。

「……使えない魔導具だな。何が王家の秘宝だよ」

 第二王子殿下は首飾りを首から引きちぎるように出すと床に叩きつける。そして、思い切り踏みつけたのだ。

「くそっ、全くわかんないよ! やっぱり、悪役令嬢は攻略できないのか? ああ、こんなことなら姉ちゃんの隣りで見てないで自分でプレーすれば良かった! どうやったらエレーヌとハッピーエンドになれんだよ!」

 そう叫び凄い形相で何度も首飾りを踏みつける。その、異様な光景に私は思わず後退っていると、第二王子殿下がハッとして勢いよくこちらを向く。そして、歯を見せ満面の笑みを浮かべたのだ。

「良いことを思いついた! また、エレーヌが記憶喪失になればいいんだ。そうすれば最初からやりなおせる。ああ、それと今度は兄上を断罪して僕が王太子になればいいんだ。そうすれば君が起きた時の婚約者は僕だ! これ間違いなくいけるよ! ということだからさ……エレーヌ、またこの階段で転げ落ちてよ!」

 第二王子殿下は私に向かって走ってくると私を突き飛ばしたのだ。

「あっ……」

 私は宙を舞った。そして第二王子殿下のニヤニヤした顔が遠ざかっていく。しかし、遠ざかっていく第二王子殿下の顔がなぜかみるみる怒った表情に変わったのだ。
 私は他人事のようになぜだろうと思ってしまう。しかし、すぐにわかった。誰かに抱き止められたから。いや、すぐに誰かはわかってしまった。私の顔の近くに抱き止めてくれた人の顔があったから。

「アルフォンス先生……」
「遅れてすまない。もう、心配ない」

 アルフォンス先生は私を優しく見つめた後に今度は第二王子殿下を睨みつけるのだった。
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