ドッペル 〜悪役令嬢エレーヌ・ミルフォードの秘密

しげむろ ゆうき

文字の大きさ
上 下
40 / 55

40

しおりを挟む

 正直、私は第二王子殿下のとっておきの話を聞くより逃げ出したいと思っていた。今の第二王子殿下は正気を失っているように見えたから。

 それに……

 私は第二王子殿下を見つめる。そして思わず唇を噛んでしまうが、すぐに考えを切り替えるため頭を振った。

 今はそれよりもこの場をどうにかしないと……

 私は持っていた万年筆を手で覆い、覚悟を決めると口を開いた。

「……とっておきの話とは何でしょう?」

 私は作り笑いをしながら尋ねる。すると第二王子殿下は楽しげに答えてきた。

「ああ、とっておきの話……この世界の事さ。知ってる? ここが『エターナル ~真実の愛に目覚めて』のゲームの中の世界と同じだってことを」
「ゲームですか……」

 私は本で読んだチェスやボードゲームを想像する。すると、第二王子殿下は首を横に振った。

「多分、想像しているのとは違うよ。ただ、そのゲームには僕達と同じ名前に同じ姿の登場人物が出てくるんだ。そして、そのゲームの中で君は主人公ルイーザ・スミノルフに敵対する悪役令嬢エレーヌ・ミルフォードなんだよ」
「私がスミノルフ男爵令嬢に敵対する悪役令嬢……」
「ああ。でも酷くない? だって、突然現れたピンク頭に婚約者を奪われるんだよ? しかも、それを怒ったり注意すれば周りから悪役令嬢扱いだ」
「……でも、やり過ぎは良くないのではないでしょうか」

 自分で言うのもなんだかと思ったが、サーザント子爵令嬢……から聞いた私がやった事を思い出しながら言う。すると第二王子殿下は頭を勢いよく振った。

「何言ってんだ。君は当然の事をしたんだよ! あんな嘘吐きピンク頭なんて何したって良いんだ! 全く、どのゲームでもあいつらヘラヘラしながら婚約者に近づきやがって! だから、僕はいつも悪役令嬢には同情してたんだよ。特に僕のお気に入り……悪役令嬢エレーヌ・ミルフォードにはね」

 第二王子殿下は舐めるように私を見てきた。思わずゾクっとしてしまい後退る。しかし、そんな私の様子に気づくことなく第二王子殿下は続けて喋り出す。

「ねえ、僕を選んでよ。きっと幸せにするよ。ああ、もし王妃なんてやりたくなかったら、遠い場所に行こう。そのためのお金もちゃんと用意してるんだからさ」

 第二王子殿下は私の方に手を伸ばしてくる。もちろん、私はその手を取ることはなかった。すると、第二王子殿下は歯軋りして私を睨んできたのだ。

「何でだよ? やっぱり、あいつの方がいいの?」
「……誰のことを言われているかわかりませんが、順序立てて頂かないと私は誰も選べません」
「ああ、なるほど。要は兄上が消えれば僕を選ぶと……」

 そう言ってくる第二王子殿下に私は黙って微笑むだけにする。第二王子殿下は肯定と受け取ったらしく満面の笑みを浮かべた。

「なら、やっぱり卒業パーティーでのバットエンド……ざまあ劇場かな。でも、そんなに待てないしアリスティア生誕祭でやるかな。うん、そうしよう。それなら、ミルフォード侯爵家がしていることをあの格好をした兄上がやった事にしてあげないとね」

 そう言って第二王子殿下は屋上の方を向く。このタイミングしかないと思った。だから、私は第二王子殿下に背を向け駆け出す。

「誰か来て!」

 走りながら叫ぶ。しかし、後ろからすぐに声が聞こえてくる

「助けを呼ぼうとしても無駄だよ。人払いの魔導具を使ってるからね」

 第二王子殿下は浮遊魔法を使って、あっという間に私の前に回り込むと腕を掴んできたのだ。

「何で逃げるのかなあ。僕の方が絶対将来性もあるのに。まあ、こうなったら力づくで言うことを聞かせるか……」

 第二王子殿下はぶつぶつそう言いながらもう一方の手を私に伸ばしてきた。私は身の危険を感じ身をよじる。

「は、離して下さい!」

 そして、伸ばしてきた第二王子殿下の手を叩いた。直後、第二王子殿下はもの凄い形相で睨んでくる。

「うるさい! お前は僕の言う事を聞けばいいんだ!」

 第二王子殿下は手を振り上げた。すると、私の持っていた万年筆が光り第二王子殿下が吹き飛んだのだ。

「うわあ!」

 第二王子殿下はかなりの距離を飛んで床に叩きつけられる。私は一瞬、第二王子殿下を心配してしまったが頭を振った。

 ダメ、逃げないと。

 私は再び走り出した。もちろん、一階の職員室に向かってである。しかし、しばらく走っていたら足をもつれさせ思い切り転んでしまったのだ。

「痛っ……」

 私は痛む足をさする。どうやら挫いてしまったらしい。

 でも、第二王子殿下との距離は取れたはずだから……

 私は立ち上がると足を引きずりながら進む。そして、階段近くまで来ていざ降りようとした時、知った声が聞こえたのだ。

「ミルフォード侯爵令嬢」
「……サーザント子爵令嬢」

 私は振り向く。そこには笑顔を見せたサーザント子爵令嬢が立っていた。そんなサーザント子爵令嬢に私は首を横に振る。

「指先まで変えないとバレてしまいますよ、第二王子殿下……」

 すると噛んでギザギザになった爪を見たサーザント子爵令嬢は、舌打ちすると姿が変わり第二王子殿下に戻った。

「……使えない魔導具だな。何が王家の秘宝だよ」

 第二王子殿下は首飾りを首から引きちぎるように出すと床に叩きつける。そして、思い切り踏みつけたのだ。

「くそっ、全くわかんないよ! やっぱり、悪役令嬢は攻略できないのか? ああ、こんなことなら姉ちゃんの隣りで見てないで自分でプレーすれば良かった! どうやったらエレーヌとハッピーエンドになれんだよ!」

 そう叫び凄い形相で何度も首飾りを踏みつける。その、異様な光景に私は思わず後退っていると、第二王子殿下がハッとして勢いよくこちらを向く。そして、歯を見せ満面の笑みを浮かべたのだ。

「良いことを思いついた! また、エレーヌが記憶喪失になればいいんだ。そうすれば最初からやりなおせる。ああ、それと今度は兄上を断罪して僕が王太子になればいいんだ。そうすれば君が起きた時の婚約者は僕だ! これ間違いなくいけるよ! ということだからさ……エレーヌ、またこの階段で転げ落ちてよ!」

 第二王子殿下は私に向かって走ってくると私を突き飛ばしたのだ。

「あっ……」

 私は宙を舞った。そして第二王子殿下のニヤニヤした顔が遠ざかっていく。しかし、遠ざかっていく第二王子殿下の顔がなぜかみるみる怒った表情に変わったのだ。
 私は他人事のようになぜだろうと思ってしまう。しかし、すぐにわかった。誰かに抱き止められたから。いや、すぐに誰かはわかってしまった。私の顔の近くに抱き止めてくれた人の顔があったから。

「アルフォンス先生……」
「遅れてすまない。もう、心配ない」

 アルフォンス先生は私を優しく見つめた後に今度は第二王子殿下を睨みつけるのだった。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

アホ王子が王宮の中心で婚約破棄を叫ぶ! ~もう取り消しできませんよ?断罪させて頂きます!!

アキヨシ
ファンタジー
貴族学院の卒業パーティが開かれた王宮の大広間に、今、第二王子の大声が響いた。 「マリアージェ・レネ=リズボーン! 性悪なおまえとの婚約をこの場で破棄する!」 王子の傍らには小動物系の可愛らしい男爵令嬢が纏わりついていた。……なんてテンプレ。 背後に控える愚か者どもと合わせて『四馬鹿次男ズwithビッチ』が、意気揚々と筆頭公爵家令嬢たるわたしを断罪するという。 受け立ってやろうじゃない。すべては予定調和の茶番劇。断罪返しだ! そしてこの舞台裏では、王位簒奪を企てた派閥の粛清の嵐が吹き荒れていた! すべての真相を知ったと思ったら……えっ、お兄様、なんでそんなに近いかな!? ※設定はゆるいです。暖かい目でお読みください。 ※主人公の心の声は罵詈雑言、口が悪いです。気分を害した方は申し訳ありませんがブラウザバックで。 ※小説家になろう・カクヨム様にも投稿しています。

【完結】 悪役令嬢が死ぬまでにしたい10のこと

淡麗 マナ
恋愛
2022/04/07 小説ホットランキング女性向け1位に入ることができました。皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。 第3回 一二三書房WEB小説大賞の最終選考作品です。(5,668作品のなかで45作品) ※コメント欄でネタバレしています。私のミスです。ネタバレしたくない方は読み終わったあとにコメントをご覧ください。 原因不明の病により、余命3ヶ月と診断された公爵令嬢のフェイト・アシュフォード。 よりによって今日は、王太子殿下とフェイトの婚約が発表されるパーティの日。 王太子殿下のことを考えれば、わたくしは身を引いたほうが良い。 どうやって婚約をお断りしようかと考えていると、王太子殿下の横には容姿端麗の女性が。逆に婚約破棄されて傷心するフェイト。 家に帰り、一冊の本をとりだす。それはフェイトが敬愛する、悪役令嬢とよばれた公爵令嬢ヴァイオレットが活躍する物語。そのなかに、【死ぬまでにしたい10のこと】を決める描写があり、フェイトはそれを真似してリストを作り、生きる指針とする。 1.余命のことは絶対にだれにも知られないこと。 2.悪役令嬢ヴァイオレットになりきる。あえて人から嫌われることで、自分が死んだ時の悲しみを減らす。(これは実行できなくて、後で変更することになる) 3.必ず病気の原因を突き止め、治療法を見つけだし、他の人が病気にならないようにする。 4.ノブレス・オブリージュ 公爵令嬢としての責務をいつもどおり果たす。 5.お父様と弟の問題を解決する。 それと、目に入れても痛くない、白蛇のイタムの新しい飼い主を探さねばなりませんし、恋……というものもしてみたいし、矛盾していますけれど、友達も欲しい。etc. リストに従い、持ち前の執務能力、するどい観察眼を持って、人々の問題や悩みを解決していくフェイト。 ただし、悪役令嬢の振りをして、人から嫌われることは上手くいかない。逆に好かれてしまう! では、リストを変更しよう。わたくしの身代わりを立て、遠くに嫁いでもらうのはどうでしょう? たとえ失敗しても10のリストを修正し、最善を尽くすフェイト。 これはフェイトが、余命3ヶ月で10のしたいことを実行する物語。皆を自らの死によって悲しませない為に足掻き、運命に立ち向かう、逆転劇。 【注意点】 恋愛要素は弱め。 設定はかなりゆるめに作っています。 1人か、2人、苛立つキャラクターが出てくると思いますが、爽快なざまぁはありません。 2章以降だいぶ殺伐として、不穏な感じになりますので、合わないと思ったら辞めることをお勧めします。

【完結】ご安心を、問題ありません。

るるらら
恋愛
婚約破棄されてしまった。 はい、何も問題ありません。 ------------ 公爵家の娘さんと王子様の話。 オマケ以降は旦那さんとの話。

【完結】仕事を放棄した結果、私は幸せになれました。

キーノ
恋愛
 わたくしは乙女ゲームの悪役令嬢みたいですわ。悪役令嬢に転生したと言った方がラノベあるある的に良いでしょうか。  ですが、ゲーム内でヒロイン達が語られる用な悪事を働いたことなどありません。王子に嫉妬? そのような無駄な事に時間をかまけている時間はわたくしにはありませんでしたのに。  だってわたくし、週4回は王太子妃教育に王妃教育、週3回で王妃様とのお茶会。お茶会や教育が終わったら王太子妃の公務、王子殿下がサボっているお陰で回ってくる公務に、王子の管轄する領の嘆願書の整頓やら収益やら税の計算やらで、わたくし、ちっとも自由時間がありませんでしたのよ。  こんなに忙しい私が、最後は冤罪にて処刑ですって? 学園にすら通えて無いのに、すべてのルートで私は処刑されてしまうと解った今、わたくしは全ての仕事を放棄して、冤罪で処刑されるその時まで、押しと穏やかに過ごしますわ。 ※さくっと読める悪役令嬢モノです。 2月14~15日に全話、投稿完了。 感想、誤字、脱字など受け付けます。  沢山のエールにお気に入り登録、ありがとうございます。現在執筆中の新作の励みになります。初期作品のほうも見てもらえて感無量です! 恋愛23位にまで上げて頂き、感謝いたします。

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

処理中です...