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しおりを挟むあの日から王太子殿下は静かになった。もちろんアルフォンス先生のおかげである。
じゃあ、この一週間は平穏な学院生活をおくれていたかというとそれは違う。なぜか他の者から敵意を向けられるようになってしまったのだ。ちなみに王太子殿下のお友達ではない。彼らはあれから学院に来ていないからだ。
また、光ったわ……
赤く光る万年筆型の魔導具を見つめ、私は職員室の方に移動する。職員室に行くと相手が諦めるらしく光りが消えるから。案の定、職員室近くに到着すると万年筆は光らなくなった。
上手く敵意を隠してるみたいだけれど、いったい誰なのかしら?
私は周りで騒ぐ生徒達を見る。きっと彼らではないだろう。今もアリスティア生誕祭の話題で盛り上がっているから。
アリスティア生誕祭……。確か卒業パーティーと違って、偉い人に自分をアピールできる場でもあるのよね。将来のことを考えると私も皆と情報交換をしたいけれど……
きっと声をかけたら逃げられてしまうだろう。そう思いながら生徒達を見つめていたらチャイムが鳴ってしまった。
また、休憩できなかったわ……
私は思わず項垂れてしまう。それは何度もこういうことが続いているから。
さすがにこれが続くようならアルフォンス先生に相談するしかないわね。
そう判断し教室に引き返すが、すぐに私は立ち止まる。なぜなら王太子殿下が先の方でこちらを睨んでいたから。
……学院側から注意されたのをもう忘れてしまったのかしら。
私は溜め息を吐くと、遠回りになるが中庭の方に歩き出した。もちろん王太子殿下に関わりたくないから。しかし、そんな私の気持ちを知るよしもなく王太子殿下は追いかけてきたのだ。
「待てエレーヌ!」
そう叫び、前に回り込んでくる。そのため、私はうんざりしながらも王太子殿下に挨拶した。
「ご機嫌よう王太子殿下。それで何でしょうか? 私は教室に戻りたいのですが……」
「ふん、わざわざ遠回りして中庭を通るのか?怪しい動きをしてお前は何を企んでいる?」
「……何を仰られているのかわかりません」
「白々しいな。最近、訳の分からない行動をとっているだろう。だから、生徒会長として怪しい行動をする生徒を注意しにきたんだ」
王太子殿下はわざわざ生徒会長の部分を強調しながら言ってくる。要は正当な理由で私に近づいたと言いたいのだろう。
まあ、婚約者として声をかけたと言わないあたりはありがたかったわ。
私はそう思いながら答えた。
「そうでしたか。じゃあ、答えましょう。王太子殿下が何か仕掛けてくるのを避けての行動ですよ」
「なっ……わ、私が何を仕掛けるんだ!」
そう怒鳴ってくる王太子殿下の目は泳いでいた。それで私は思った。最近、敵意を向けてくる誰かは王太子殿下のさしがねなのかもしれないと。
きっと、そうよね。本当に迷惑……
そう思った後、私は咄嗟に王太子殿下を押した。別に王太子殿下に苛ついたから暴力を振るったわけではない。王太子殿下の方に鉢植えが飛んできたのが見えたからだ。
「うわっ!」
驚いた顔をしながら倒れていく王太子殿下だったが、飛んでくる鉢植えが見えたのだろう。私の方を目を見開きながら見てくる。しかし、私は勢いよく顔を背けた。別に王太子殿下に見られるのが嫌だった……のもあるが、鉢植えが私の顔に当たると判断したからだ。
しかし、待てどいっこうに鉢植えが顔に当たってくることはなかった。だから、私はゆっくりと鉢植えが飛んできた方を向く。そして驚いてしまった。
なぜなら、アルフォンス先生が鉢植えを掴んで立っていたからだ。
「アルフォンス先生……」
思わずそう呟くとアルフォンス先生が振り向く。
「怪我はなさそうだが、大丈夫か?」
「は、はい。それより、手が……」
私はアルフォンス先生の鉢植えを掴んでる手を見つめる。少し切ったようで指の辺りから血が出ていたのだ。すると、アルフォンス先生は鉢植えを地面に置いた後、苦笑した。
「全く、焦って魔法が使えないなんてな。まあ、たいしたことないからこのまま放っておけば血も止まるし大丈夫だろう」
そう言ってくるアルフォンス先生に私は頭を強く振る。
「ダメですよ。きちんと医務室に行って治療をして下さい。それまではこれを」
私はハンカチを取り出しアルフォンス先生の指に巻く。するとアルフォンス先生は一瞬驚いた表情をしたがすぐに目を細めた。
「ありがとう、ミルフォード侯爵令嬢」
「いいえ、お礼を言うのは私の方です。おかげで怪我をせずにすみました。ありがとうございます、アルフォンス先生」
私は頭を下げようとしたらアルフォンス先生に手で制止されてしまう。
「礼はいい。それより、誰が鉢植えを投げたかわかるか?」
「残念ながら……」
「……そうか。しかし、狙いが君ではなくこいつとはな」
アルフォンス先生は今だに尻餅をついた状態でこちらを見ている王太子殿下を一瞥する。私は釣られて見ると王太子殿下はハッとして勢いよく立ち上がった。
「ふ、ふん。どうせ手元が狂ったんだろう。私は誰かさんと違って恨まれるようなことはしていないからな」
王太子殿下は吐き捨てるように言うと私達を睨みつけた後、大股開きで去っていった。
「あいつ、本気で言ってるのか……」
呆れ顔でアルフォンスは王太子殿下の去った方を見つめる。だから「本気でしょう」と答えるとアルフォンス先生は溜め息を吐いた。
「まあ、確かに今までの行動からしてそうか。全く面倒なことになったな」
「王太子殿下が学院内で狙われたのですからね。また、休校ですか?」
そう尋ねると、アルフォンス先生はしばらく考える仕草をした後、首を横に振る。
「いや、それはしなくても大丈夫だろう」
「えっ…… 」
私は思わず驚いてしまう。それはそうだろう。この国の王太子殿下が狙われたのだから。だが、アルフォンス先生の続けて言ってくる言葉を聞き納得した。
「あいつを休ませればいいだけだ。良い案だろう?」
そう言って口角を上げるアルフォンス先生に私は苦笑する。するとアルフォンス先生が私をジッと見つめた後、真剣な表情で言ってきた。
「ミルフォード公爵令嬢。前もって謝っておく。すまない」
「えっ、どういうことですか?」
私は思わず聞き返すが、アルフォンス先生は答えてくることはなかった。ただ、アルフォンス先生はとても苦しそうな表情をしていた。きっと言いたくても言えないのだろう。だから、私は微笑んで頷く。
「大丈夫です。アルフォンス先生のことを信じてますから」
すると、アルフォンス先生が目を細めてくる。
「ありがとう」
そう言ってくるアルフォンス先生と私は見つめ合う。しかし、しばらくするとアルフォンス先生はハッとして慌てて背を向けてしまった。だが、それで今は良かったと思う。何せ今の私は絶対に人に見せられるような顔をしていなからだ。
顔が熱いし、なんだか頬や口元がどうしても緩んで……。絶対に今の私って変な顔をしてるわ。
私はそう思いながら両手で頬を押さえるのだった。
背を向けているアルフォンスと俯くエレーヌを遠くから見て歯軋りする者がいた。そしてぶつぶつ呟くと壁を叩きその場を後にするのだった。
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