ドッペル 〜悪役令嬢エレーヌ・ミルフォードの秘密

しげむろ ゆうき

文字の大きさ
上 下
37 / 55

37

しおりを挟む

 授業が終わり、私は充実した気分でノートを閉じた。それは王太子殿下がいなくなったからではなく、魔術紋様の授業が面白かったからだ。

 こうなると魔法や魔導具のことも、もっと知りたくなってしまう。けれども……

 私は首に下げたネックレスの位置に手を置き溜め息を吐く。これがある限り魔法を使えないからだ。ただ、希望もあった。それは最近、記憶が飛ぶことも、頭がボーッとしたりすることもなくなったから。
 
 お母様が帰ってきたらこれを取っていいか相談しましょう。きっと体調もいいし許可して下さるわ。

 私は頬を緩ませネックレスを取った後のことを考えていると、アルフォンス先生が声をかけてきた。

「ミルフォード侯爵令嬢、少し話をしたいんだがいいか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「休み時間中、悪いな。王太子殿下の件なんだが、これからあいつの素行を学院長に掛け合ってくる」

 その言葉を聞き私は驚く。まさか、いち教師であるアルフォンス先生がそこまでするとは思わなかったからだ。

「あの、王家も関係してきますよ……。よろしいのですか?」

 心配しながら尋ねると、アルフォンス先生は不敵に笑った。

「問題ない。もし、誤った判断をするならさっさとこの国に見切りをつけるだけだ。それより、君は自分のことを心配しろ」

 そう言ってアルフォンス先生は複数の魔術紋様が刻まれた銀製の万年筆を胸ポケットから出した。私は思わずその万年筆に描かれた花の形をした魔術紋様に見惚れてしまう。

 なんて美しい紋様なの。

 そんなことを思っていたら、アルフォンス先生が私の目の前に差し出してきた。

「王太子殿下がバカな行動を起こしそうだからこれを持っていろ。誰かに敵意を向けてられると赤く光るようになる魔導具だ」
「えっ、魔導具……」

 私は驚く。まさか、魔導具なんて高価なものを渡されるとは思わなかったから。だから思わず尋ねてしまう。

「そんな高価なものをよろしいのですか?」
「ああ。君とあいつのためでもあるからな。だから、気にせず受け取ってくれ」

 アルフォンス先生がそう言ってきたので、私は意味を理解してありがたく受け取ることにした。

「ありがとうございます」

 お礼を言い、私は受け取った万年筆をつい近くで眺める。そして感嘆の溜め息を吐くと目を細めた。

「美しいです。ずっと眺めていられそう」

 思わずそう呟いてしまうとアルフォンス先生は苦笑した。

「別に銀製の万年筆なんて珍しくないだろう」

 そう言ってくるアルフォンス先生に私は首を大きく振った。

「いいえ、この花の魔術紋様がとても美しいと思ってしまったんです。しかも、こんな小さなものに細かく描けるなんて」

 私が万年筆をうっとりと眺めると、アルフォンス先生が顔を背けながら質問してきた。

「……魔術紋様に興味があるのか?」
「はい。それと魔法もですね」

 そう答えるとアルフォンス先生は心配そうに私を見つめてきた。

「体調は大丈夫そうか?」
「おかげさまで最近はとても良いんですよ」

 そう答えて微笑む。するとアルフォンス先生は目を細めた。

「そうか……。では、もう一度手紙を書いてみるのもありかもな」
「ありがとうございます。ですが、今度は自分から言ってみます」
「……わかった。では、許可がおりたら教えてくれ」
「はい。アルフォンス先生、何から何までありがとうございます」
「気にするな。俺が勝手にやっていることだからな」
「ふふ、聖女アリスティアの末裔である私の魔法が見たいからですよね?」

 私がそう尋ねると、アルフォンス先生は一瞬、何か言おうと口を開きかけたがすぐ閉じる。そして私に背を向けた。

「……まあ、そういうことだから体調管理はしっかりしろよ」

 そう言うと手をパタパタ振り教室を足早に出て行ってしまった。私はそんなアルフォンス先生を見てなんだか胸が苦しくなってしまう。

 なんだろう……。また、体調不良かしら?

 私は胸に手を持っていこうとして万年筆の存在を思い出すと同時に驚いてしまった。なぜなら一瞬、魔術紋様が赤く光ったから。

 これって……

 緊張感に包まれながら私は周りを見回す。そしてすぐ納得してしまった。

 戻ってきたのね……。あのまま帰ってくれればよかったのに……

 教室に入ってくる王太子殿下を見つめながらそんな事を思っていると、少し遅れてサーザント子爵令嬢も入ってきたのだ。
 今度はホッとしてしまう。

 良かった。戻ってきたのね。

 私は早速、声をかけようと口を開く。しかし、その前にサーザント子爵令嬢が私に声をかけてきた。

「ミ、ミルフォード侯爵令嬢……あの、王太子殿下に何やら言われていたと聞きましたが大丈夫ですか? 私、何かお手伝いしましょうか?」

 若干、焦った様子で尋ねてくるサーザント子爵令嬢に私はどうしたのだろうと思いながらもとりあえず首を横に振る。

「いいえ。今色々と動いてくれてますから王太子殿下もそのうち静かになるでしょう。だから、心配しなくても大丈夫ですよ」

 お母様や、第二王子殿下、そしてアルフォンス先生のことを思いだしそう答えると、サーザント子爵令嬢は眉間に皺を寄せながら親指の爪を噛みはじめたのだ。その様子に私が驚いるとハッとして私に微笑んできた。

「そうですか。ただ、何かあったらいつでも言って下さいね」

 そう言うとサーザント子爵令嬢はなんだか焦った様子になりながら次の授業の準備を始めてしまう。そのため、私は頷くだけにとどまり、サーザント子爵令嬢との会話はそこで途切れたのだった。


 隣りで勉強をするエレーヌを横目で見ながらアメリはボソッと呟く。

「私の役なのに……」

 そして、黒板に薄く残った魔術紋様を睨むのだった。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢、猛省中!!

***あかしえ
恋愛
「君との婚約は破棄させてもらう!」 ――この国の王妃となるべく、幼少の頃から悪事に悪事を重ねてきた公爵令嬢ミーシャは、狂おしいまでに愛していた己の婚約者である第二王子に、全ての罪を暴かれ断頭台へと送られてしまう。 処刑される寸前――己の前世とこの世界が少女漫画の世界であることを思い出すが、全ては遅すぎた。 今度生まれ変わるなら、ミーシャ以外のなにかがいい……と思っていたのに、気付いたら幼少期へと時間が巻き戻っていた!? 己の罪を悔い、今度こそ善行を積み、彼らとは関わらず静かにひっそりと生きていこうと決意を新たにしていた彼女の下に現れたのは……?! 襲い来るかもしれないシナリオの強制力、叶わない恋、 誰からも愛されるあの子に対する狂い出しそうな程の憎しみへの恐怖、  誰にもきっと分からない……でも、これの全ては自業自得。 今度こそ、私は私が傷つけてきた全ての人々を…………救うために頑張ります!

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

虐げられた人生に疲れたので本物の悪女に私はなります

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
伯爵家である私の家には両親を亡くして一緒に暮らす同い年の従妹のカサンドラがいる。当主である父はカサンドラばかりを溺愛し、何故か実の娘である私を虐げる。その為に母も、使用人も、屋敷に出入りする人達までもが皆私を馬鹿にし、時には罠を這って陥れ、その度に私は叱責される。どんなに自分の仕業では無いと訴えても、謝罪しても許されないなら、いっそ本当の悪女になることにした。その矢先に私の婚約者候補を名乗る人物が現れて、話は思わぬ方向へ・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

第一王子は私(醜女姫)と婚姻解消したいらしい

麻竹
恋愛
第一王子は病に倒れた父王の命令で、隣国の第一王女と結婚させられることになっていた。 しかし第一王子には、幼馴染で将来を誓い合った恋人である侯爵令嬢がいた。 しかし父親である国王は、王子に「侯爵令嬢と、どうしても結婚したければ側妃にしろ」と突っぱねられてしまう。 第一王子は渋々この婚姻を承諾するのだが……しかし隣国から来た王女は、そんな王子の決断を後悔させるほどの人物だった。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

修道女エンドの悪役令嬢が実は聖女だったわけですが今更助けてなんて言わないですよね

星里有乃
恋愛
『お久しぶりですわ、バッカス王太子。ルイーゼの名は捨てて今は洗礼名のセシリアで暮らしております。そちらには聖女ミカエラさんがいるのだから、私がいなくても安心ね。ご機嫌よう……』 悪役令嬢ルイーゼは聖女ミカエラへの嫌がらせという濡れ衣を着せられて、辺境の修道院へ追放されてしまう。2年後、魔族の襲撃により王都はピンチに陥り、真の聖女はミカエラではなくルイーゼだったことが判明する。 地母神との誓いにより祖国の土地だけは踏めないルイーゼに、今更助けを求めることは不可能。さらに、ルイーゼには別の国の王子から求婚話が来ていて……? * この作品は、アルファポリスさんと小説家になろうさんに投稿しています。 * 2025年2月1日、本編完結しました。予定より少し文字数多めです。番外編や後日談など、また改めて投稿出来たらと思います。ご覧いただきありがとうございました!

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

処理中です...