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しおりを挟む授業が終わり、私は充実した気分でノートを閉じた。それは王太子殿下がいなくなったからではなく、魔術紋様の授業が面白かったからだ。
こうなると魔法や魔導具のことも、もっと知りたくなってしまう。けれども……
私は首に下げたネックレスの位置に手を置き溜め息を吐く。これがある限り魔法を使えないからだ。ただ、希望もあった。それは最近、記憶が飛ぶことも、頭がボーッとしたりすることもなくなったから。
お母様が帰ってきたらこれを取っていいか相談しましょう。きっと体調もいいし許可して下さるわ。
私は頬を緩ませネックレスを取った後のことを考えていると、アルフォンス先生が声をかけてきた。
「ミルフォード侯爵令嬢、少し話をしたいんだがいいか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「休み時間中、悪いな。王太子殿下の件なんだが、これからあいつの素行を学院長に掛け合ってくる」
その言葉を聞き私は驚く。まさか、いち教師であるアルフォンス先生がそこまでするとは思わなかったからだ。
「あの、王家も関係してきますよ……。よろしいのですか?」
心配しながら尋ねると、アルフォンス先生は不敵に笑った。
「問題ない。もし、誤った判断をするならさっさとこの国に見切りをつけるだけだ。それより、君は自分のことを心配しろ」
そう言ってアルフォンス先生は複数の魔術紋様が刻まれた銀製の万年筆を胸ポケットから出した。私は思わずその万年筆に描かれた花の形をした魔術紋様に見惚れてしまう。
なんて美しい紋様なの。
そんなことを思っていたら、アルフォンス先生が私の目の前に差し出してきた。
「王太子殿下がバカな行動を起こしそうだからこれを持っていろ。誰かに敵意を向けてられると赤く光るようになる魔導具だ」
「えっ、魔導具……」
私は驚く。まさか、魔導具なんて高価なものを渡されるとは思わなかったから。だから思わず尋ねてしまう。
「そんな高価なものをよろしいのですか?」
「ああ。君とあいつのためでもあるからな。だから、気にせず受け取ってくれ」
アルフォンス先生がそう言ってきたので、私は意味を理解してありがたく受け取ることにした。
「ありがとうございます」
お礼を言い、私は受け取った万年筆をつい近くで眺める。そして感嘆の溜め息を吐くと目を細めた。
「美しいです。ずっと眺めていられそう」
思わずそう呟いてしまうとアルフォンス先生は苦笑した。
「別に銀製の万年筆なんて珍しくないだろう」
そう言ってくるアルフォンス先生に私は首を大きく振った。
「いいえ、この花の魔術紋様がとても美しいと思ってしまったんです。しかも、こんな小さなものに細かく描けるなんて」
私が万年筆をうっとりと眺めると、アルフォンス先生が顔を背けながら質問してきた。
「……魔術紋様に興味があるのか?」
「はい。それと魔法もですね」
そう答えるとアルフォンス先生は心配そうに私を見つめてきた。
「体調は大丈夫そうか?」
「おかげさまで最近はとても良いんですよ」
そう答えて微笑む。するとアルフォンス先生は目を細めた。
「そうか……。では、もう一度手紙を書いてみるのもありかもな」
「ありがとうございます。ですが、今度は自分から言ってみます」
「……わかった。では、許可がおりたら教えてくれ」
「はい。アルフォンス先生、何から何までありがとうございます」
「気にするな。俺が勝手にやっていることだからな」
「ふふ、聖女アリスティアの末裔である私の魔法が見たいからですよね?」
私がそう尋ねると、アルフォンス先生は一瞬、何か言おうと口を開きかけたがすぐ閉じる。そして私に背を向けた。
「……まあ、そういうことだから体調管理はしっかりしろよ」
そう言うと手をパタパタ振り教室を足早に出て行ってしまった。私はそんなアルフォンス先生を見てなんだか胸が苦しくなってしまう。
なんだろう……。また、体調不良かしら?
私は胸に手を持っていこうとして万年筆の存在を思い出すと同時に驚いてしまった。なぜなら一瞬、魔術紋様が赤く光ったから。
これって……
緊張感に包まれながら私は周りを見回す。そしてすぐ納得してしまった。
戻ってきたのね……。あのまま帰ってくれればよかったのに……
教室に入ってくる王太子殿下を見つめながらそんな事を思っていると、少し遅れてサーザント子爵令嬢も入ってきたのだ。
今度はホッとしてしまう。
良かった。戻ってきたのね。
私は早速、声をかけようと口を開く。しかし、その前にサーザント子爵令嬢が私に声をかけてきた。
「ミ、ミルフォード侯爵令嬢……あの、王太子殿下に何やら言われていたと聞きましたが大丈夫ですか? 私、何かお手伝いしましょうか?」
若干、焦った様子で尋ねてくるサーザント子爵令嬢に私はどうしたのだろうと思いながらもとりあえず首を横に振る。
「いいえ。今色々と動いてくれてますから王太子殿下もそのうち静かになるでしょう。だから、心配しなくても大丈夫ですよ」
お母様や、第二王子殿下、そしてアルフォンス先生のことを思いだしそう答えると、サーザント子爵令嬢は眉間に皺を寄せながら親指の爪を噛みはじめたのだ。その様子に私が驚いるとハッとして私に微笑んできた。
「そうですか。ただ、何かあったらいつでも言って下さいね」
そう言うとサーザント子爵令嬢はなんだか焦った様子になりながら次の授業の準備を始めてしまう。そのため、私は頷くだけにとどまり、サーザント子爵令嬢との会話はそこで途切れたのだった。
隣りで勉強をするエレーヌを横目で見ながらアメリはボソッと呟く。
「私の役なのに……」
そして、黒板に薄く残った魔術紋様を睨むのだった。
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