ドッペル 〜悪役令嬢エレーヌ・ミルフォードの秘密

しげむろ ゆうき

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 第二王子殿下と別れ、軽い足取りで教室に入ったのだが中はなぜか重苦しい雰囲気が漂っていた。
 しかも、何人かが怯えた目で私をチラチラと見てきたのである。まあ、すぐその理由がわかってしまったが。

 また、何か仕掛けてくるのかしら……

 鋭い視線を向けてくる王太子殿下に私は溜め息を吐いた。

 今日はもう早退すべきかしら……。何せご友人達が私を貶める行動を今もどこかでしてるかもしれないもの。

 王太子殿下の周りの空席を見ながらそう思っていると、アルフォンス先生が教室に入ってきた。それでいったん私は王太子殿下達のことを頭から振り払う。しかし、今度はサーザント子爵令嬢のことを思い出してしまった。

 追いかけるべきだったかしら……

 隣りの空席を見ながら、若干後悔の念に駆られる。しかしすぐその考えを否定した。

 きっとアルフォンス先生と今は顔を合わせたくないだけよね。

 そう判断し、ノートを後で見せてあげようと思っているとアルフォンス先生が黒板を軽く叩く。

「今日は魔術紋様の授業だ。こいつを魔法杖で描けば大気中に漂う自然の魔力を使用して、魔法の威力を上げたりすることができる。他にも魔導具作成や錬金術など用途は沢山あるから、しっかり覚えておけよ」

 そう言うと黒板に魔術紋様を描き始めたのだ。その瞬間教室中からいくつもの感嘆の声が上がる。なぜならアルフォンス先生が描く魔術紋様が教材に描かれているものより遥かに美しかったからだ。
 
「あの速さであんなに複雑な紋様を美しく描けるなんて……」

 私は思わず呟くと、ノートに描き写すことを忘れ黒板を眺めてしまった。だが、しばらくして溜め息を吐く。なぜなら王太子殿下の不満気な声が聞こえてきたから。

「そんな授業より、できれば魔王軍の生き残りについての授業をしてほしい。ああ、ついでに闇魔法についてもだ。皆だって聞きたいよな?」

 王太子殿下は周りを見回す。すると、何人かは私の方をチラチラと見ながら頷いた。

「はい、聞きたいです……」
「僕も魔王軍の生き残りがどこにいるのか聞きたい」

 それからも何人かの生徒が同じようなことを言ってくる。その光景に王太子殿下は満足そうに頷くと私を睨んできたのだ。私は顔を思い切り顰めてしまう。今のやり取りが私を貶める為の行動だと理解したから。

 私が魔王軍の生き残りを庇っているとでも言いたいの?

 そんなことを思っていると、黒板が強く叩かれた。その音の大きさに皆驚き黒板の方を向くと、背を向けたままアルフォンス先生が溜め息を吐いた。
 
「こいつは来週のテスト範囲でもあるんだが、ずいぶんと余裕があるな。まあ、やらないで良いのなら構わないが……点数次第でお前達はアリスティア生誕祭の日に学院で補習になるぞ」

 そう言って再びアルフォンス先生は魔術紋様を描き始める。すると、何人かの生徒は不満顔を向けたが大半は慌ててノートをとり始めたのだ。
 その光景に王太子殿下は顔を真っ赤にして歯軋りする。私は思わず吹き出しそうになった。

 何か仕掛けてこようとしたみたいだけれど、タイミングが悪かったわね。

 私は口元を手で押さえていると、王太子殿下は勢いよく立ち上がると教室を出て行ってしまったのだ。
 その様子を皆と共に呆気にとられながら見ていると、アルフォンス先生が振り返り溜め息を吐いた。

「放っておけ。バカなことをしようとして恥をかいたんだ。頭を冷やす時間がいるだろう。全く、兄弟揃って何を考えてるんだ……」

 そう言ってアルフォンス先生は廊下の方にチョークを投げる。慌てて第二王子殿下らしき人物が走り去っていくのが見えた。

 何で第二王子殿下がうちの教室の前に?

 私は首を傾げていると、アルフォンス先生が黒板を叩く。

「いいか。ああいう自分本意の奴に合わせると碌な道にはいけないぞ。たとえ、それが偉い地位にいる奴だったとしてもな。ああ、それと……片方の意見だけでなく、自分の目で見て調べたことだけを信じろ。いつか痛い目に遭いたくなければな」

 アルフォンス先生は私を一瞥した後に再び授業を再開しだした。そんなアルフォンス先生にもう不満顔を向けるものはいなかった。きっと、言ってる意味を理解したからだろう。
 聖エールライト魔法学院に入学できるのは優秀な者だけだから。まあ、入学できる者が全て優秀じゃないことは今日証明されてしまったわけだけれど。

 それにしても……

 私はアルフォンス先生の後ろ姿を見つめる。もしかしたら私の事を助けてくれたのかもしれないと思ってしまったからだ。しかし、すぐにその考えを否定する。

 先生として当たり前のことを言っただけよね。でも、それでも……

「ありがとうございます」

 私は小声で礼を言うと、そっとアルフォンス先生に頭を下げるのだった。
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