34 / 55
34
しおりを挟む「エレーヌお嬢様、いってらっしゃいませ」
笑顔でそう言ってくるマシューに私は頷くだけにして屋敷を出る。あれから、マシューは私と余計な話しをいっさいしなくなった。おかげでドノバンがどうなったのかも、あの不快感が何なのかも今だにわからないままである。
困ったわね。他にも知りたいことがあるのに……
私は頬に手を当て悩んでいると、馬車の御者台からコーデリア先生が声をかけてくる。
「エレーヌお嬢様、準備ができましたよ」
「わかりました。でも、良いのですか? 医師のコーデリア先生に御者なんてさせてしまって……」
私が申し訳なく思いながらそう言うとコーデリア先生は首を横に振る。
「全然、大丈夫ですよ。むしろ外の空気が吸いたかったので……」
そう答えてくるコーデリア先生はどこか疲れているようだった。
ロイドの看病が大変なのかしら? それとも……
私は倒れている侍女を思い出しコーデリア先生の方を向く。
「……では、よろしくお願いします」
結局、言いたい事を言えずに私は馬車へと乗り込んだ。尋ねることが直前で怖くなってしまったのだ。コーデリア先生がマシューみたいになってしまうことに。
それに尋ねたところでコーデリア先生もきっと話してはくれないわ。それなら、マシューみたいになるより今のままでいてほしいもの……
諦めたように私は溜め息を吐く。そして、動き出す馬車の中で意味もなく外を眺めるのだった。
◇
あれから学院に到着した私はコーデリア先生と別れ教室に向かっていたのだが、見覚えのある声が中庭から聞こえてきて立ち止まった。
今のはアルフォンス先生よね? しかも、なんだか怒っているようだったわ。
つい興味が沸き、声がした中庭の方を向くとアルフォンス先生が怒った表情で去っていく姿が見えた。
何だったのかしら?
首を傾げながら去っていくアルフォンス先生を眺めていると、今度はサーザント子爵令嬢が中庭から私のいる廊下に現れる。そして私を見た直後警戒した表情をしてきたのだ。正直、この状況が理解できない私は思わず尋ねてしまった。
「あの、サーザント子爵令嬢、どうされたのですか?」
すると、サーザント子爵令嬢は明らかにホッとした表情を浮かべ淑女の礼をしてきた。
「おはようございます。ミルフォード侯爵令嬢。ちょっとバカをやってしまいまして怒られちゃったんです。だから気にしないで下さいね」
そう言ってくるサーザント子爵令嬢に私は頷く。まあ、少し興味があったのは確かだが、よくよく考えたら他人の事に首を突っ込むのは良くないと思ったのだ。
「わかりました。でも、何か私に力になれる事があれば言って下さいね」
「ありがとうございます。はあっ……やっぱり優しいなあ。ああ、本当、困っちゃうなあ。もう……」
そう言った後、サーザント子爵令嬢はハッとすると笑い出す。
「あはははは、そ、そうだ、私用事を思い出したので先に行ってますね!」
そう言うと、私の返事も待たずにサーザント子爵令嬢は教室とは逆の方向に走り出したのだ。そのため、慌てて引き止めようとしたが、サーザント子爵令嬢はあっという間に曲がり角を曲がってしまった。
「どうしよう……」
サーザント子爵令嬢を連れ戻そうか迷っていると、曲がり角から第二王子殿下が出てきた。私は一瞬身構える。しかし、笑顔の第二王子殿下を見てホッとし、淑女の礼をした。
「第二王子殿下、おはようございます」
「うん、おはよう。なんだか凄い勢いでサーザント子爵令嬢が走っていったけれど何かあった?」
「いえ、何か用事を思い出したらしくて」
「そっか、なら問題ないね。ところで屋敷の方、大変だったみたいだね」
最後の方は小声でそう言ってくる第二王子殿下に私は苦笑する。
「第二王子殿下の方にも話がいってましたか……」
「僕の情報源から流れてきたんだ。ちなみにまだ、兄上達は何かしようとしてるみたいだけれどね」
「……そうでしたか」
「だから、僕の方でも何かわかったら知らせてあげるよ」
「よろしいのですか?」
私は思わず尋ねてしまう。それはそうだろう。今の発言は身内を売るようなものだし、第二王子の立場ならそれを上手く使って王太子の座を手に入れることもできるかもしれないのだ。しかし、第二王子殿下は首を横に振ってきた。
「父上は僕に期待してないし僕自身も王太子の座に興味がないからね」
「そうなのですか?」
「まあ、やれと言われたらやるしかないけど、僕はそれよりも欲しいものが……」
そう答えた後、第二王子殿下は突然口元を慌てて押さえてしまう。
「い、いや、とにかくそういう事だから何かわかったら教えるね……じ、じゃあ、僕行くね」
第二王子殿下は口元を覆った状態でそう言うと足早に去っていってしまう。そんな第二王子殿下に私は少し心配になってしまったが、それ以上にホッとした。これで王太子殿下に対処ができる可能性が増えたから。
良かった。本当に第二王子殿下には感謝しきれないわね。
そう思いながら第二王子殿下が去っていった方を眺めていたらある考えが思い浮ぶ。それは第二王子殿下が欲しいと言っているものを私でも手に入れられるなら、この件が上手くいったらお礼も兼ねてプレゼントしようと考えたのだ。
我ながら良い案ね。じゃあ、今度、第二王子殿下にお会いした時に欲しいものを聞いてみましょう。
私はそう判断すると、軽い足取りで教室へ向かうのだった。
13
お気に入りに追加
567
あなたにおすすめの小説

第一王子は私(醜女姫)と婚姻解消したいらしい
麻竹
恋愛
第一王子は病に倒れた父王の命令で、隣国の第一王女と結婚させられることになっていた。
しかし第一王子には、幼馴染で将来を誓い合った恋人である侯爵令嬢がいた。
しかし父親である国王は、王子に「侯爵令嬢と、どうしても結婚したければ側妃にしろ」と突っぱねられてしまう。
第一王子は渋々この婚姻を承諾するのだが……しかし隣国から来た王女は、そんな王子の決断を後悔させるほどの人物だった。
お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です>
【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】
今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

公爵令嬢の辿る道
ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。
家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。
それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。
これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。
※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。
追記
六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

【完結】あなたを忘れたい
やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。
そんな時、不幸が訪れる。
■□■
【毎日更新】毎日8時と18時更新です。
【完結保証】最終話まで書き終えています。
最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる