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32 ケルビンside

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 あの後、バリーを医療施設に運び込みこんだのだが、そこで私、ケルビン・ローライトは予期せぬ人物に遭遇してしまった。

「レインコール伯爵、なぜ、ここにいるんだ?」
「朝早くここにラルフが運ばれて来たらしいのです。意識不明の状態で……」
「はっ? ラルフがなぜ……」

 私が驚いているとレインコール伯爵は首を横に振り答えてきた。

「わかりません。理由も教えてもらえず、ラルフにさえ面会謝絶で会わせてもらえないのですから……」
「なぜだ? 父親が来たんだぞ! 私が文句を言ってやる!」

 そう言って近くにいる医師に詰め寄ろうとしたが、誰かに肩を勢いよく掴まれてしまう。おかげで私は後ろに倒れそうになり慌てて体制を立て直すと肩を掴んだ人物を睨んだ。

「なにをする……ん……」

 それ以上は言えなかった。なぜなら目の前には眉間に皺を寄せたシールド侯爵が立っていたから。

「……王太子殿下、なぜバリーがあんな目に遭ったのでしょうか?」

 シールド侯爵は威圧感を込め、そう尋ねてくるので私は思わず答えてしまう。

「ミ、ミルフォード侯爵家の従者に刺されたんだ……」
「なぜ、刺されたのです?」
「それは……」

 つい答えそうになるが、慌てて口を閉じた。なぜならバリーがした事を言えるわけなかったからだ。

 言えばバリーの人生は終わってしまう。しかも、グリーンシス公爵に言われてやったなんて言ったら大事になるぞ。それだけは絶対に避けたい。

 そう考え、私は覚悟を決めた。

 私の独断にバリーを巻き込んだ事にしよう。それなら、最悪、私が王太子の座を弟に譲れば済むだけだからな。
 
 そう判断して口を開こうとしたその時、レインコール伯爵が私達の間に割って入り頭を下げてきた。

「すまない。きっと私の所為だ。おそらく、王太子殿下とあなたのご子息は例の心臓を抜き取る事件と関係あるかを調べるためにミルフォード侯爵家に行ったのだろう」

 レインコール伯爵がそう言ってくると、シールド侯爵は黙ってしまう。しかし、しばらく考えるような仕草をした後、私に言ってきた。

「王太子殿下はとりあえず王宮にお戻り下さい。レインコール伯爵、少し二人きりで話をしましょう」

 そう有無を言わせぬ口調で言うと、シールド侯爵はレインコール伯爵の腕を掴み、連れ去ってしまう。だが、おかげでシールド侯爵と離れられた私はホッとした。

 助かった……。私が話せば絶対にボロが出るだろうがレインコール伯爵ならグリーンシス公爵が関わっているのをバレないよう上手く濁してくれるはずだ。

「そう祈るしかないな……」

 そう呟いた後、ラルフの事を考える。

 どうして、ラルフが……

 だが、すぐに思い出した。ラルフがルイーザのブローチを壊した犯人を探していたことを。

 まさか、犯人に襲われたのか? それなら許せないな。

 私は拳を握りしめたが何もできない現状に歯痒い気持ちになる。しかし、しばらくしてグリーンシス公爵の事を思い出し口角を上げた。

 きっと、ミルフォード侯爵家から何かしらの証拠を手に入れただろう。

 そう判断した私は急足で王宮へと戻るのだった。



「バカ者!」

 王宮に戻るなり父上に捕まり怒鳴られてしまった。どうやら、ミルフォード侯爵家が私が王宮に着くより先に魔導具を使用して手紙をよこしたらしい。

 余計なことを……

 私は父上が握りしめているミルフォード侯爵家の印璽が押された手紙を睨むと、両脇を突然、近衛兵達に掴まれてしまう。

「な、なにをするんだ? 離せ!」

 思わず叫ぶと「ケルビン!」という父上の怒鳴り声と共に頬に痛みが走った。父上が私を叩いたのだ。

「ち、父上……」

 呆然としながら呟くと、父上が悲しげな表情を浮かべた。

「……ミルフォード侯爵家からお前とミルフォード侯爵令嬢の婚約に関して考え直させて欲しいと手紙が来た。理由はお前が他の令嬢にうつつを抜かしてミルフォード侯爵令嬢を蔑ろにしているとの事だ。更にはミルフォード侯爵家のボヤ騒ぎ……ミルフォード侯爵夫人は言葉を濁して書いているが、私にはお前達が関係していると書いているように読めるぞ。これはいったいどういう事なんだ⁉︎」
「それは……言いがかりです。なぜ、私がミルフォード侯爵の屋敷に火を点けなければいけないのです? まさか、他の令嬢と仲良くするにミルフォード侯爵令嬢が邪魔だからという理由ですか? 流石にその理由はバカバカしいですよ」

 私は必死に作り笑いを浮かべ、そう答えると父上が睨んできた。

「……だが、他の令嬢と仲良くしているのは本当という事か」
「そ、それも違います。私は相談に乗っているだけです。それをエレーヌが嫉妬してその令嬢を虐めているんですよ。酷くないですか?」

 私は最後の方は父上をしっかり見つめる。何せ、エレーヌが虐めをしていたのは本当の事だからだ。すると、父上は私に背を向け溜め息を吐いた。

「どうやら、私はお前の教育を間違えたらしい。これでは亡くなったお前の母親に会わせる顔がないな……」
「そんな……」

 思わずショックを受け力が抜ける。上手く言い逃れできたと思っていたのに、亡き王妃であり母上のことを持ち出された挙句、父上を失望させてしまったからだ。

 そんな私に父上は命令する。

「お前はしばらく部屋で謹慎とする。それと私の手伝いをしながら今一度、自分の立場を理解しろ」

 父上はそう言うと手を振って出て行けという仕草をする。それを見た近衛兵は私の両脇を掴みながら扉の方を見つめた。要は力づくが嫌なら自分の足で歩いて出て行けということなのだろう。正直、今は父上に何を言っても無駄だろうと理解した私は黙って部屋を出る。
 だが、部屋を出たところで私は振り返った。もしかしたら、グリーンシス公爵の証拠の話をすれば父上は考えを改めてくれると思ったから。しかし、それは無理だと理解した。なぜなら、私を拒絶するように扉が閉じられてしまったからだ。


 肩を落とし近衛兵に連れられていくケルビンを遠目から見ていた人物がいた。
 そして何かぶつぶつと呟くとその人物は口角をゆっくりと上げるのだった。
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