ドッペル 〜悪役令嬢エレーヌ・ミルフォードの秘密

しげむろ ゆうき

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 嘘でしょう……

 ロイドがいない状況で王太子殿下と一緒にさせられてしまった私は焦ってしまう。すると、なぜか同じように王太子殿下も焦りだし、しまいには席を立つと私に詰めよってきたのだ。

「お、おい、エレーヌ。お前の従者はどこに行った?」
「そ、それが私にもいついなくなったのかわからなくて……」
「何だと……」

 王太子殿下はすぐに護衛を見ると皆、首を横に振る。

「申し訳ありません。我々は殿下の事を守る事だけを命令されてますのでミルフォード侯爵令嬢の従者にまでは……」

 護衛の一人が申し訳なさそうに言ってきたその時、大きな爆発音が聞こえてきた。

「な、何?」

 私は慌てて立ち上がり辺りを見回す。そして屋敷の方を見て思わず目を見開いてしまった。なぜなら、屋敷の一角から煙が上がっていたから。すると顔を真っ青にした王太子殿下と護衛が屋敷の方に走り出したのだ。
 そのため、私も慌てて後を追ったのだが、屋敷前に来て思わず口元を押さえてしまった。なぜなら応接室付近の廊下の窓が割れ、そこから煙と火の手が上がっていたから。

「バリー……」

 近くにいた王太子殿下の悲痛な声が聞こえる。もちろん、私もシールド侯爵令息を心配したが、それ以上に屋敷にいるお母様や使用人達が心配だった。

「お母様……」

 そう呟き、自然と足が前に出る。すると「お嬢様!」という声と共にマシューが火の手の上がっていない裏口から出てきたのだ。その姿を見て私は思わず大声を出してしまう。

「マシュー、無事だったのね!」
「はい、奥様含め皆避難しました。私はざっと屋敷内を見て出てきたところです」
「そうなのね。本当に良かった……」

 私はホッと胸を撫で下ろしていると、マシューが怪訝な表情で尋ねてくる。

「お嬢様、ロイドはどこです? 消火活動を手伝って欲しいのですが」
「えっ、屋敷にはいなかったの?」
「何を言っているのですか……。ロイドは今日お嬢様の従者をしていましたよね?」

 私はすぐには答えられなかった。だが、しばらくして火の手が上がっている屋敷に視線がいってしまう。それはロイドとの会話を思い出したから。

 何をするかわからない人を屋敷に入れるのは賛成しかねないと言っていた……。ロイドにとってはシールド侯爵令息も含まれていたということ?

 私はそう考えながら火の手が上がる応接室付近を見ていると、護衛達が杖を取り出し屋敷に向かって杖をかざすのが見えた。どうやら、消火活動をしてくれるらしい。

「ウォーターボール」

 護衛達が魔法を唱えると子供の背丈ほどある水の玉が杖の先から飛び出し、燃えている部分に当たって鎮火していく。そして火が全て消えた瞬間、王太子殿下が「バリー!」と叫び勢いよく屋敷に入って行ってしまったのだ。

「王太子殿下!」

 護衛の何人かが慌てて後を追いかけていく。そんな光景を見て私もマシューに声をかけた。

「私達も行きましょう」
「しかし、危険では……」
「それでも確認しないとあの人達が何をするかわからないから」

 思わずそう言ってしまうとマシューは驚いて私を見つめた。

「火の手が上がっていたのは、応接室近くの廊下付近でした。まさか、あの方達が火を点けたのですか? なぜ、そんな事を……」
「わからないわ。ただ、シールド侯爵令息は応接室に大事なものを落としたと言って戻っていったの。その後、ロイドもいつの間にか消えていたわ」

 そう説明するとマシューは納得した表情を浮かべた。

「ロイドは気配を消すことに長けていますから、シールド侯爵令息を追っていったのでしょう。わかりました。お嬢様、確認しに行きましょう」
「ええ」

 私達は頷き合うと屋敷に入っていく。それから焼け焦げた廊下を進んでいき応接室に向かうと、ちょうど王太子殿下が少し焦げた扉を蹴破り中に入っていくところだった。そのため、私達も応接室の中に入ったのだが、入るなり中を見たマシューが呟いたのだ。

「お嬢様が考えていた通りかもしれませんね……」

 そしてマシューは倒れて激しく咳込んでいるロイドに駆け寄っていく。そんなロイドの近くでは、王太子殿下が血だらけになっているシールド侯爵令息を抱えて声をかけ続けていた。

「おい、バリー! しっかりしろ!」

 そう叫びながらシールド侯爵令息を揺するため、護衛が慌てて止めに入る。

「王太子殿下、刺されて瀕死の状態なんですからやめて下さい」

 そう言って王太子殿下からシールド侯爵令息を引き剥がす。すると王太子殿下が私を睨んできた。

「エレーヌ! お前が指示したのか!」
「……ロイド自身の判断でしょうね」

 そう言いながら焦げた壁の近くに落ちている物を見つめると、王太子殿下は途端に黙りこんでしまう。それを見た私は思わず王太子殿下に詰め寄るがマシューの声で立ち止まった。

「お嬢様、急いでコーデリア先生を呼んできますのでロイドを見ていてもらえないでしょうか」
「……わかったわ」

 私は頷くと倒れているロイドの方に駆け寄る。

「ロイド、大丈夫?」
「あいつが……魔導具を使って火を……」
「だから、止めようとしたのね。よくやったわ」

 そう言って微笑むと、ロイドは目を見開き私を見つめてくる。だから、私は頷くとロイドは嬉しそうな表情を浮かべて目を閉じた。

「少し休んでいなさい」

 私はそう言ってロイドの頭を膝に乗せる。すると、王太子殿下が先ほど渡したハンカチを床に叩きつけ無言で出て行ってしまったのだ。
 その様子に私は顔を顰めていると、今度は護衛がシールド侯爵令息を抱えて出て行こうとした。私は慌てて声をかける。

「今、治療ができる者を呼んでいますから、動かさない方が……」
「こちらで治療するから大丈夫です」

 私が言い終わる前に護衛はそう言って足早に出て行く。そのため、不審に思った私はすぐに焦げた物があった場所を見る。思わず顔を顰めてしまった。なぜなら、焦げた物……魔導具が消えていたから。

 追って問い詰める?

 そう考えたが、先ほどの王太子殿下の態度を思いだし無理だろうと頭を振った。

「きっとシラをきられるでしょうし、場合によっては不敬罪で訴えられてしまうわね。こうなるとお母様に相談するしかないわ」

 私はそう呟いた後、これからの事を考え大きく溜め息を吐くのだった。
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