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17 ケルビンside

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「……王太子殿下、デビットの死がミルフォード侯爵家と関係あるというのは本当なのですか?」

 そう言って疑わし気な目を私達に向けてくるのは、バーレン商会の長でありバーレン子爵家当主ザイラスである。
 現在、私、ケルビン・ローライトとレイノル、バリー、ラルフの四人はバーレン子爵家の屋敷に来ており、デビットの死がミルフォード侯爵家と関係ある事をバーレン子爵に伝えたところだ。
 ちなみにこの反応は私達にとっては想定内である。

「バーレン子爵、私もまだこの考えは疑っているところだ。ただ、デビットが亡くなる前にミルフォード侯爵家の別邸に行くと私達に言ったのは間違いない」

 私は少しの嘘を混ぜながらそう答えると、バーレン子爵は探る様に見つめてくる。そんなバーレン子爵に考えさせる暇を与えないよう、レイノルが紙束を目の前に置いた。

「これは、ここ最近のミルフォード侯爵家の動きです。当主であるアーサー・ミルフォード侯爵はこの一年間、公の場に姿を現していません。おかしいと思いませんか?」
「あそこは聖女アリスティア様の末裔であり、領地を持たない特別待遇を許された存在ですよ。何をしようが問題さえ起こさなければおかしいとは思いません。ちなみにその事とデビットの死が関係あるのですか?」
「最近、私達と話をした際、デビットがミルフォード侯爵が公の場に出ない事を疑問に感じていると言ってましてね。それにあの噂にも興味を持っていると」
「……だから、公にされていない別邸に調べにいって殺されたと? 馬鹿馬鹿しい」

 呆れた様子でそう言ってくるバーレン子爵にレイノルはムッとするが、軽く咳をした後にボソッと呟いた。

「盗賊ギルド、鉄鼠……」

 すると応接間の空気が緊張感に包まれていき、表情の険しくなったバーレン子爵が口を開いた。

「……デビットの奴、喋ったのか」

 そう言うバーレン子爵にレイノルは口角を上げ首を横に振る。

「いいえ、ローライト王国があなた方の存在を認めているだけですよ。何せ悪徳貴族を捌くのは中々に骨が折れますからね」
「ちっ、だからいつも後を追ってこなかったのか」

 バーレン子爵は舌打ちした後にそう呟くと、溜め息を吐いた。

「ふう、降参しますよ。正直、私もデビットの死に対しては疑問だらけでしてね。独自に探っていたんですよ。それで、あの日デビットがミルフォード侯爵家の事を調べているという情報を得まして……」

 バーレン子爵がそう言った瞬間、私は良くやったとばかりにレイノルの肩を叩く。そして期待するようにバーレン子爵に目を向けた。

「きっと別邸を調べた後、本邸も調べに行こうとしたのだろう。だから、バーレン子爵、一緒にデビットの死の真相を確かめに別邸に行こう。あそこは警備も少ないと聞く」
「流石にデビットのために王太子殿下を危険な目に合わせるわけには……」

 バーレン子爵はそう答えると悩んだ顔で腕を組んでしまう。そんなバーレン子爵にレイノルは言った。

「いいえ、これはデビットのためだけでなく王太子殿下のためでもあるのです。もしミルフォード侯爵家がデビットの死に関わっているなら、王太子殿下はエレーヌ・ミルフォード侯爵令嬢との婚約を考えなおさなければいけませんからね」

 レイノルがそう言うとバーレン子爵は納得した様子で組んだ腕を解いた。

「……なるほど、あなた方が騎士団じゃなく私を頼って来た理由もこれでわかりましたよ」
「聖女アリスティア様の末裔であるミルフォード侯爵家を疑うのですからね。中途半端に介入されると場合によっては大問題になりますから」

 そう言ってレイノルはバリーを見ると、苦笑しながら頷く。

「ローライト王国騎士団は聖女アリスティア様を崇拝している者達が多い。きっとそんな事言ったら袋叩きにあってしまうよ」
「そういう事なのでバーレン子爵、協力をお願いしたい。まあ、あなたが手伝わなくても私達は勝手にやるけどな」

 私は口角を上げる。するとバーレン子爵は呆れ顔になった。

「全く、学院は自主性を重んじ過ぎてまともな教育はしてないらしいですね……。わかりましたよ。ただし、デビットを殺した犯人がわかったら私に判断は任せてほしい。それが条件です」

 バーレン子爵はそう言って笑みを浮かべるが、その瞳の中に復讐心が見えるのは誰にでもわかった。だから、私達は頷いた。

「捕まえて騎士団になんて事は言わない。私達はデビットの死の真相を探れれば良いんだ。それでいつ出れる?」
「いつでも」
「では、今日の夜は? 証拠隠滅をされる可能性があるので早く動きたい」

 そう言うとバーレン子爵は眉間に皺を寄せ拳を握りしめる。

「……デビットを殺した凶器。とても、鋭利な刃物だったらしいですね」

 そう呟くバーレン子爵にバリーが悔し気な表情で頷く。

「ええ、おそらく斬り口からして一瞬でやられたみたいです。そしてその後に心臓を抜き取られ……」

 バリーは話している途中で怒りを必死に抑えているバーレン子爵に気づき黙ってしまう。すると隣りで悲し気に祈りを捧げたラルフが口を開いた。

「とにかく、準備を整えよう。それからまたここに集合という事で」

 ラルフが私達を見回すとバーレン子爵は纏っていた怒りを消し頷いた。
 私はホッとしながらバーレン子爵に一旦別れを告げると三人を引き連れ逃げるように屋敷を飛び出したのだった。

「本当の事を言わなくて良かったのかな……」

 バリーが複雑そうな表情を浮かべるが、私は当然とばかりに頷いた。

「学院内の出来事をバーレン子爵に言ってもきっと信じてもらえなかったはずだ。特に学院の外では人格者として認識されてるエレーヌの嘘を調べに行くなんてな」
「確かに……」
「だから、巷で噂になっている方を使った方が良いだろう?」
「ミルフォード侯爵は聖女アリスティア様の末裔ではない。それがバレそうだから、家族を捨てて雲隠れしているってか……」

 バリーがそう言ってきたので私は頷く。

「ついでにその秘密も暴いてやろう。噂が本当なら絶対に許されない事だからな。だから、気をつけろよ」
「デビットを殺した奴が現れる可能性があるか……」

 冷や汗を垂らすバリーの肩を私は苦笑しながら叩く。

「安心しろ。バーレン子爵が精鋭を用意するって言ってくれてたし私達が探るのは管理する使用人達がいるだけの別邸だからな。そこまで気負わなくても大丈夫だろう」

 私が笑みを浮かべるとバリーは「確かに」と呟きホッとした顔で頷いた。しかし、そんな私とバリーにレイノルが呆れ顔で首を横に振ってきたのだ。

「何を言っているのですか? 本邸である屋敷も誰か見張らなきゃ駄目でしょう。まあ、必然的にケルビン殿下とバリー、そしてラルフにやってもらいますけどね」
「はっ? なんでそうなるんだ?」

 バリーが心底わからないという顔で聞くとレイノルは口角を上げ答えた。

「仮にもケルビン殿下はこの国の王太子なんです。別邸に忍び込むなんてさせれません。だから、ケルビン殿下は必然的に居残り。そしてケルビン殿下の護衛でバリーも居残り。最悪な事を想定して魔法が使えるラルフも居残りですよ」

 レイノルが説明した後、私達は思わず顔を顰めてしまう。要は最初からレイノルが別邸に潜入する事が決定していたのを理解したからだ。

「ずるいぞレイノル」
「そうだ、騙したのか!」
「やられたね」
「ふふ、安心して下さい。証拠を見つけたら皆の手柄にしますよ」

 そう言ってレイノルは笑みを浮かべるため、私は苦笑した。

「わかった。じゃあ、私達はもう本邸に行くからな」
「ええ、監視業務頑張って下さい。私はデビットのために必ず秘密を暴き皆の元へ凱旋しますから。ああ、それからこの地図を渡しておきますから決してこの範囲から出ないで下さいね」

 レイノルは私達が本邸を監視する場所まで指定する紙を渡してくる。そのため、私達は顔を見合わせて誰も何も言えない事がわかると降参のポーズをするのだった。


 あれから、三人が去った後にレイノルは決意する様に拳を強く握りしめていた。

「必ず、あの悪女を断罪してあげますよ。だからルイーザ。……全てを片付けたら私を選んで下さいね」

 レイノルはそう呟くと口元を緩ませるのだった。
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