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しおりを挟むマシューとロイドは医務室に侍女を連れていくと、すぐに部屋を出て行ってしまった。コーデリア先生がいるから後を任せたのだろう。それなら医師であるコーデリア先生に直接聞いてしまうのが良いだろうと判断し、私は早速扉に手を伸ばした。
しかし、すぐにその動きを止め、代わりに顔を扉に近づける。なぜなら、部屋の中から微かに声が聞こえてきたからだ。
「どうしよう、奥様に知られたら侍女を増やすって言い出すわ。これ以上はさすがにまずいし絶対無理よ……」
コーデリア先生の声があまりにも悲痛そうだったので私は思わず首を傾げる。
侍女を増やすのが無理って、ミルフォード侯爵家の財政ってそんなに厳しいのかしら……
しかし、すぐに納得してしまった。ミルフォード侯爵家の使用人は、記憶がなく侯爵家の事に無知になっている私が見ても明らかに人数が少ないと思えるからだ。
執事のマシュー、侍女がルネを含む四名、医師のコーデリア先生、そして従者のロイド……。それにマシューは料理長、ロイドは庭師も兼任してるのよね。
そう考えながらもしかしたら、侍女達は無理な仕事をしているため、匂いはしないが私には不快感を覚えてしまう湿布や薬を塗ってるのかもしれないと考えたのだ。
そうだとすると私は彼女達に酷いことをしてるのね……
私は今までの自分の行動を恥じてしまい項垂れながら部屋へと戻った。会わせる顔がなかったからである。そして明日からはルネや侍女達ともちゃんと関わろうと思っていると、外の方で枝や葉を切る音が聞こえてきたのだ。
ロイド? こんな夜遅くに庭の手入れなんて危なくないかしら……
私はそう思いながら窓に近づき外を見る。すると庭師らしき老人が暗がりの中、足元にカンテラを置き枝を切っていたのだ。それを見た私は驚いてしまう。
ロイドが庭師を兼任しているって言っていたけれどきちんといるじゃない。
そう思いながら私は窓を開けて庭師に声をかけた。
「夜遅くまでご苦労様。でも、こんな暗い時間に鋏を使っていたら危ないわよ」
そう心配しながら言うと庭師は明らかに驚いた表情をするが、しばらくして辺りを不安そうに見ながら近づいてくる。
「……お、お嬢様、お怪我の方はもうよろしいのですか?」
「ええ、記憶を失ってるけれどそれ以外は大丈夫よ」
「そうですか……。あ、あっしはドノバンと言います。近くの小屋に住んでます」
「だから、屋敷で見かけなかったのね。でも、どうして小屋に? もし良ければ屋敷に住めるように言ってあげましょうか?」
何気なくそう尋ねるとドノバンは慌てて頭を振る。
「とんでもございません。あ、あっしなんかが屋敷に……それにあの小屋は旦那様のご好意で用意してくれたものなので離れたくないんですよ」
「そう、お父様が……」
私はそう呟くと今だに会えない父、アーサー・ミルフォード侯爵の事を考える。するとドノバンが恐々と質問してきたのだ。
「あの、旦那様はまだお帰りになられていませんか?」
「ええ、お仕事が忙しいらしくて」
「そうですか……」
落胆した様子のドノバンに私は思わず尋ねてしまう。
「ねえ、お父様ってどんな方なの?」
「……旦那様は誰にでも慕われる素晴らしいお方でしたよ。何せあっしみたいな出来損ないをわざわざ雇用して下さったのですからね」
「出来損ない?」
「ああ、あっしは実をいうとミルフォード侯爵家と同じ聖女アリスティア様の末裔でもあるんです。ただ、魔力が全くなく落ちぶれた生活をしていたんですけれど若い頃の旦那様が拾い上げてくれましてね」
そう嬉しそうに話すドノバンに私も思わず口元を緩める。するとドノバンは私を見て微笑んできた。
「お嬢様のその表情は旦那様にそっくりです。まるで明るくて優しい光に包まれているようだ」
「流石にそれは大袈裟よ」
そう答えた後、私は学院で悪役令嬢と言われ恐れられている事を思いだし思わず苦笑してしまう。しかし、ドノバンは頭を振り言ってきた。
「お嬢様は聖女アリスティア様のように立派になられますよ。だから……」
ドノバンは何か続けて言おうとしたが、すぐに顔を顰めると慌てて頭を下げる。
「……よ、用事を思い出したのであっしはそろそろ戻ります」
「えっ、ええ」
逃げるように去っていくドノバンに呆気にとられながらそう返事をしていると、扉をノックする音とルネの声が聞こえてきたのだ。
「お嬢様、起きられているのですか?」
「……少し夜風に当たっていたの。もう寝るわ」
私は窓を閉めながらそう答えると、疑う様子もなくルネは「わかりました」と言って去っていった。そんな扉の方を見つめた私は思わず俯いてしまう。
「夜遅くまで働かせてしまってごめんなさいね」
そう言うと急いでベッドへと戻るのだった。
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