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 目を開けると記憶にある花柄の天井が瞳に映った。

「あれ? 確か私は馬車に乗っていて……」

 そう呟いた後、すぐ馬車が襲撃された事を思いだす。私は慌ててベッドから起きあがろうとしたが、ミルフォード侯爵家お抱えの医師コーデリア先生に体を押さえこまれてしまう。

「エレーヌお嬢様、まだ安静にしていて下さい」
「でも!」
「駄目です。頭を強く打ったのですからしばらくは安静です」

 強い口調で言ってくるコーデリア先生に私はやっと後頭部の痛みを感じて素直に横になる。しかし、すぐに質問した。

「コーデリア先生、ロイドは無事なのですか?」
「ええ、こっちが呆れるくらいぴんぴんしていますよ」

 苦笑しながらそう言われ心底ホッとしてしまうと、その様子を見たコーデリア先生は目を細めてきた。

「ロイドは今回の件をかなり気にしているみたいですから、動けるようになったら声をかけてあげて下さいね」
「え、ええ、わかりました。あの、それで私はどれくらい寝ていたのですか?」
「二日間良く寝られていましたよ」
「そうでしたか。だから、体が凄く重たく感じるのですね……」

 私は重く感じる右手を持ち上げながらそう言った後、人差し指の爪の隙間に何かが付着しているのに気づく。

 この赤黒い色……血かしら?

 そう思って更に近くで見ようとしたら、もの凄い速さでコーデリア先生に腕を掴まれハンカチで汚れを綺麗に拭かれてしまう。

「……頭から血が少し出ていたから触ってしまったのですね。気づかなくてごめんなさいね」

 そう言って頭を下げてくるコーデリア先生に、私は小さく首を横に振る。

「……気にしないで下さい。むしろコーデリア先生のハンカチを汚してしまってごめんなさいね」

 申し訳なく思いながらそう言うとコーデリア先生は感極まった顔になりハンカチを強く握りしめる。それからしばらく黙って俯いていたのだが何かを決意したように顔を上げた。

「エレーヌお嬢様、私は……」

 しかし、コーデリア先生は途中でハッとして開きかけた口を閉じると、ゆっくり立ち上がった。

「……これから奥様に起きられた事を報告してきますので、もうしばらく休んでいて下さいね」

 感情を必死に抑えながら言ってくるコーデリア先生に私は素直に頷き目を閉じる。本当は何を言いたかったのか知りたいところだが、今のコーデリア先生からは聞ける雰囲気ではなかったからだ。


 そんなエレーヌの様子にコーデリアは内心ホッとしながら部屋を出ていこうとする。しかし、扉の前まで来るとふと立ち止まり、エレーヌに聞こないぐらいの大きさで呟いたのだ。

「記憶が戻らない方が幸せかもしれませんよ……」

 そして、逃げる様に部屋から出るのだった。



「もう頭の痛みはない?」

 あれから数日経ち、すっかり元気になった私はお母様の質問に頷く。

「はい、皆様のおかげです」
「あら、嬉しい事を言ってくれるじゃない。それで今日からまた学院へは行けそうかしら? もしも無理をしているならしばらく休んでもいいのよ?」

 そう尋ねるてくるお母様に私は首を横に振る。

「大丈夫ですよ、お母様」
「そう……。では、勉強を頑張ってきなさい。それと婚約者のケルビン・ローライト王太子殿下との仲もね」

 お母様はそう言って微笑む。そんなお母様に私は何とか作り笑顔で頷いた。

「……はい。では、行ってきます」

 私は頭を下げ足早に屋敷を出ていく。そして少し離れた場所で盛大な溜め息を吐いた。

「どうしよう……」

 思わず頭を抱えてしまった。だって、そうだろう。あんな事をしてしまったのだから、王太子殿下は私の事を怒っているに違いないからだ。

 気が重いわ。どんな顔をして会えば良いのかしら。やはり、誠心誠意謝った方が良いわよね。うん、きっとその方が……いえ、絶対その方が良いわ。

 そう判断して頷く。それから早く王太子殿下に謝るために急いで馬車に向かったのだが、なぜかロイドがバツの悪そうな顔をして立っていたのだ。それで私はコーデリア先生の言葉を思い出した。

 ……もしかしてまだ襲撃の事を気にしてるの? 別に気にする事ないのに……

 そう思いながら私はロイドに挨拶する。

「おはよう、ロイド。今日も一日よろしくね。それと助けてくれてありがとう」

 そう言って馬車に乗り込もうとすると、表情の暗いロイドが扉を開けながら尋ねてきた。

「……本当に俺で良いんですか? また、ヘマをするかもしれませんよ」
「ヘマ? あなたは私をちゃんと助けてくれたでしょう。もし、私が頭をぶつけたのを気しているなら全然気にする必要はないわよ。だって、あなたの声が聞こえた時にすぐに手摺りを掴まなかった私がいけないのだから。そういう事だから気にしないで」

 私は微笑むとロイドはなぜか俯き、小声で「……わかりました」と答え扉を閉めてしまった。そんなロイドの態度に私は首を傾げてしまう。しかし、記憶喪失になる前の自分を思いだしある考えが思い浮かんだのだ。

 もしかしてキツく注意して欲しかったのかしら? でも、今の私にできるのかしら……

 そう思いながらも、色々表情を作ってみる。しかし、窓に映る自分を見て思わず吹き出しそうになってしまった。

 ダメね。間抜け面になってしまったわ。でも、ロイドのためにも形だけでもできるようにしてあげないと。

 そう判断した私は学院に着くまで一生懸命、練習し続けるのだった。
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