ドッペル 〜悪役令嬢エレーヌ・ミルフォードの秘密

しげむろ ゆうき

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 聖エールライト魔法学院に到着した。だが、馬車を降りるや否やたじろいてしまう。それは強張った顔をした女子生徒が迫ってきたから。

 何?

 私は思わず後ずさるとロイドが庇うように立ってくれた。おかげで女子生徒は私の方に来れなく不満顔を向ける。

「ちょっとそこをどきなさい」
「お断りします。俺はお嬢様の従者ですから」

 ロイドはそう言うと一歩前に踏み出す。その行動に女子生徒は怯えて数歩下がる。しかし、次の機会とは考えていないようでその場から私に声をかけてきた。

「ミルフォード侯爵令嬢、事故で記憶を無くしてしまったというのは本当なのですか?」

 そう尋ねてくる女子生徒の顔は先ほどとは打って変わって不安気だった。なぜそのような表情をしているのだろうと若干気になったが、私は当初の予定通り教わった答えを言う。

「ええ、本当です。だから、何もわからないので色々と教えて下さいね」

 すると女子生徒は絶望した表情で項垂れてしまったのだ。

「そんな……。頼みの綱のミルフォード侯爵令嬢が記憶喪失なんて。これじゃあ、ますますスミノルフ男爵令嬢が増長して誰も注意しなくなってしまう……。もう、私はデビット様に婚約解消される道しかないの?」

 女子生徒は項垂れながら去っていく。その後ろ姿を見ながら私はマシューに簡単に教わった学院での様子を思い出す。

 まずエレーヌ・ミルフォード、つまり私だが、三学年で同い年の婚約者ケルビン・ローライト王太子殿下と最近仲が上手くいっていなかったらしい。
 仲が上手くいっていない原因は記憶喪失になる前の私から聞いた話だから、マシューは詳しくはわからないと言っていた。だが、間違いなく三年の初めに同じ教室に転入してきたルイーザ・スミノルフという男爵令嬢の所為らしい。

 けれど、今の話を聞くかぎり結婚前の遊びが本気になってしまったということかしら? それも、今の令嬢の婚約者とも遊ぶような男爵令嬢によって……

 私は溜め息を吐く。今のやり取りで状況が思ったより悪い事に気づいたから。

「まさか婚約解消って、王太子殿下もそう思っているのかしら……」

 そう呟くとロイドが怒りを抑えた口調で言ってくる。

「別に気にする必要ないでしょう。今まで通り婚約者がいながら、他の令嬢と必要以上に親しげに接する王太子に貴族の崇高な精神を持って注意してやれば良いんですよ」
「注意って……それより、必要以上に親しげに接するってどういうこと?」
「それは体を密着させたり、街に護衛も伴わずに二人で出かけたりですよ」
「はっ……」

 私は驚く。まさか、そこまでの仲だとは思わなかったから。せいぜい愛を育む手紙のやり取りに花やプレゼントを交換しあう程度だと思ったのだ。

 王太子という立場でそんなことをしているの? まるで平民がする恋愛じゃない。

「誰か二人を注意できなかったの?」

 私は思わずそう尋ねるとロイドは肩をすくめた。

「まあ、男爵令嬢にはしている者はいたらしいですが王太子にはできるわけないでしょうね」
「だから、王太子殿下の婚約者である私が頼みの綱なのね……」

 私は項垂れる。注意なんかしたら王太子殿下との仲を深めるなんて余計難しくなると思ったから。

 参ったわね。今の私にできるのかしら……

 そう思いながらもマシュー以上の情報を話してくるロイドに「知っているならもっと早く教えてよ」と内心、恨み節を吐く。
 まあ、おかげで状況を理解したわけなのだが。

 ……私には無理ですとお母様に言う?

 しかし、すぐ頭を振った。

 いえ、まだ会ってもいないのにその考えは早いわ。そうよ、きっと注意じゃなく真摯に話せば王太子殿下も王太子教育をされているのだからわかって下さるはず。

 そう判断すると、私はロイドに向き直った。

「とにかく、ここで考えても仕方ないから教室へ案内してもらえるかしら?」
「ええ、わかりました」

 それからロイドの案内で私は教室に向かった。だが、教室に入るなり先ほどとは違う女子生徒が桃色の髪を靡かせながら勢いよく向かってきたのだ。だが、今度もロイドが間に入ってくれる。
 それに安心していると、ロイドは先程と違って射殺さんばかりになぜかその女子生徒を睨んだのだ。当然、女子生徒は怯えて悲鳴を上げてしまう。

「きゃあーー! 助けてえーー!」

 すると、その女子生徒の元にすぐに五人の男子生徒が駆け寄り、ロイドから守る様に立ち塞がったのだ。そして一人の男子生徒が金色の髪をかき上げながら前に出てくると、ロイドではなくなぜか私を指差し怒鳴ってきたのである。

「良い加減にしろエレーヌ!」
「えっ、私ですか?」

 思わず驚いてそう聞き返してしまう。すると、怒鳴ってきた男子生徒ではなくロイドが小声で答えてきた。

「答える必要はありませんよ。何を言ったってお嬢様の所為になってしまうんですから」
「でも、私は何もしていない事はしっかりと伝えた方が良いと思うの。もちろんロイド、あなたの事もよ」

 私は先ほどの事を思いだしながらそう答えると、不満顔をしたロイドの脇を通り男子生徒の前に出た。

「申し訳ありません。そちらのご令嬢が勢いよくこちらに向かって来られたので、私の事を案じてくれた従者のロイドが守ってくれたのです。それで、きっとそちらの方は驚かれてしまったのでしょうね。本当に申し訳ありませんでした」

 私は真摯に説明して頭を下げると、男子生徒は「なっ⁉︎」と叫び、心底驚いた表情を浮かべる。更には悲鳴を上げた女子生徒やその周りにいた男子生徒、そして教室中の生徒達も同じ感じで驚いたのだ。
 そんな様子に私は内心動揺する。もしかしたら、やり方を間違えてしまったのかと思ったからだ。すると文句を言ってきた男子生徒が私に詰め寄り顔を覗きこんできたのである。

「お、おい、お前はあのエレーヌなのか?」
「……はい。ミルフォード侯爵家のエレーヌです」

 私はそう答え、マシューに習った通りに淑女の礼をして微笑む。すると、男子生徒はなぜか頬を赤く染めながら後ずさってしまったのだ。
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