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 ルーカスside.

 ハートラル伯爵の爵位を取り上げられてしまい私は平民になってしまった。
 今は領地からも追い出されて、なんとか辺境の小さな村の一軒家で暮らしている状況である。
 もちろん、使用人達は逃げるように居なくなってしまったので、現在、私達は食事から全部自分達でやらないといけない状況である。
 
「くそっ、使用人共はさっさと逃げやがって!」
 
 私が悪態を吐きながら、畑にクワを振り下ろしていると、隣りで同じ事をしている父上が言ってきた。

「給金も払えないんだから仕方ない。それに彼らは私達よりも大変なんだぞ」

「だけど、屋敷の物を盗む事はなかったでしょう!あれを売ればもう少し楽ができたはずです!」

「あれは退職金代わりだ。私達が持っていても没収されて終わりだったよ」

 そう言う父上の指には今は結婚指輪すらなくなっていた。
 そんな、父上だがなぜか晴れやかな表情をしているのだ。
 いや、父上だけじゃない。
 家で内職をしている母上もそうだ。
 二人はこれからどうやって生活をやりくりしようか楽しそうに話をしているのだ。
 要はこの生活に満足しているようなのだが、もちろん私は満足してないし納得もしていない。
 だからといってリリスの様に修道院なんかに行きたくない。
 だが、金が全くないこの状況では何も方法が思いつかないのだ。

 くそっ、どうしたらこの生活から抜け出せるんだ……。

 私はひたすらクワを振り下ろしていると、隣に住んでる老人が声をかけてきた。

「まだ、さまになっていないな。そんなんじゃ土が泣いてるぞ」

 老人はそう言って頑固そうな顔で睨んでくるが、私はもちろん無視する。
 だが、父上は無視すれば良いのに答えてしまった。

「私達は力仕事なんかまだ慣れてないですからね」

「ふむ、お前ら元貴族か。全く、ここにはお前らみたいなのが沢山放り込まれるな……」

「そ、そうなのですか?」

「ああ、近くにあんたらみたいに何かしらやらかして送られて来てる元貴族は多いよ。ちなみにうちの前の家は写真技術を開発した娘さんの元両親らしい。まあ、そいつらは十年経った今も娘さんにたかろうと手紙を送ってる馬鹿夫婦だがな」

 老人がそう言って父上を睨むと、父上は慌ててかぶりを振った。

「わ、私達はそんな馬鹿な事はせず、ここで慎ましやかに生きていくつもりです」

「ふむ。それなら、わしがクワの持ち方から教えやろう」

「えっ、良いのですか?」

「任せろ。畑さえしっかりやれれば食べ物には困らんからな。心に余裕もできる」

「あ、ありがとうございます!」

 そう言って二人は仲良く話しだすが、もちろん私は馬鹿馬鹿しくてその場から離れた。

 何がクワの持ち方だ。
 やってられるか……。

 私はそう思っていると、新聞が落ちているのを発見したので、辺りを見回し誰もいない事を確認して急いで拾う。
 この村には全く情報が来ないので新聞しか情報源がないのだ。
 そんな新聞さえ今は買うお金を持ってない私は得したと思い、新聞を早速開いて見たのだが驚いてしまう。
 そこには『トラン・スペンド公爵令息とアイリス・エルドラ侯爵令嬢が婚約!』と写真付きで大きく書かれていたのだ。
 しかも、そのエルドラ侯爵令嬢がアイリスにそっくりだったのである。
 私は思わず食い入る様に見つめてしまい、文章を読み終わった後に笑みを浮かべてしまう、

 養女ということは間違いなく、この女はアイリスだ。
 くっくっく、運が私に向いてきた。
 アイリスに強くお願いすればあいつはきっと頷く。
 そうしたら、私はこんな場所からおさらばだ。

「くくく、はははっ!はっはっは!」

 私はこれからの明るい未来を思い描き、家から黙って保存食を持ち出すと、エルドラ侯爵家へと歩きだしたのだった。





 私は半月をかけてなんとかエルドラ侯爵家の屋敷がある町に辿り着いた。

 後はアイリスが屋敷から出てくるのを待つだけだ。
 くっくっく、今の苦しみも未来の事を考えたら苦にもならないな。

 私はそんな事を考え、ニヤつきながら屋敷の近くの路上に居座ると、毎日アイリスが出てくるのを待った。
 そして、ついにアイリスが乗った馬車が出て来た瞬間、私は未来の裕福な暮らしをしている自分を思い描きながら走り出した。

 くっくっく、侯爵令嬢の兄か……。
 悪くないな!

 そう思いながら馬車に向かって走っていると、突然、誰かに足を引っかけられ盛大に転んでしまったのだ。

「ぐわっ!」

 私が転んだ際、思い切り背中を地面に打ち付け痛みに呻いていると、足を引っかけた相手が私の前に歩いてくる。
 だから、痛みを我慢して睨もうとしたのだが、その前に思い切り顔を蹴り上げられてしまったのだ。

「ぐぎゃああっ!」

 私はあまりの痛さに張って逃げようとしたが、今度は脇腹を蹴りあげられてしまう。

「ぐげっ……」

 そして、私は激痛により気絶してしまい、次に目を覚ますと畑の側で横になっていたのだ。
 更に手には、次は帰れないぞと紙切れが握られされていた為、私は呆然とその紙切れを見つめていると、クワを持った老人が声をかけてきた。

「おう、お目覚めか」

「……」

「ふん、挨拶もできないとはな。まあ、早く夢から覚めるんだな。お前の考えてる馬鹿な事は決して叶わないんだからな」

 そう言って老人は自分の畑の方に行ってしまう。
 そんな老人を私は睨んでいたら、後ろから父上に声をかけられた。

「ルーカス、馬鹿な事をしたな……」

「父上……」

「アイリスはエルドラ侯爵令嬢であってもう私達の家族ではないんだ」

「しかし、話せばきっと……」

「やめておけ。お前みたいなのが行ってもアイリスには会えるわけない。また、スペンド公爵家かエルドラ侯爵家の者に叩きのめされるだけだぞ。それに、お前はいつまでアイリスを苦しめるんだ?」

「わ、私は苦しめようなど……」

「長年苦しめたお前が会いに行くというのはそういう事なんだよ。だから、やめておけ。せっかくお慈悲で鉱山送りにされずにここに置いてもらっているのに今度は鉱山送りだぞ」

 父上はそう言うと、畑の方に行ってしまった。
 そんな父上を私は睨む。

 ふん、馬鹿はどっちだ。
 きっと方法はあるはずだ。
 アイリスにさえ会えば全て上手くいくんだよ。

 私はそう確信して次の日、また村を出たのだが、すぐに誰かに声をかけられ振り向いた瞬間殴られてしまったのだ。

「全く、次はないって言ったよね」

 顔は見れなかったが、声からスペンド公爵家の従者だとわかった。
 だが、わかった瞬間に私はまた腹部を蹴り上げられ痛みで気絶してしまう。
 そして、うるさい物音で目を覚ますとそこは鉱山だった。
 しかも、看守の雑な説明でかなりの懲役がつき何十年と出られない事がわかったのだ。
 その瞬間、父上が言った言葉が頭に響きわたる。

 ルーカスはこの時、ひたすら石を叩く音の中で馬鹿は自分だったと今更気づいたのであった。

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