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しおりを挟む去っていくトラン様の後ろ姿を見つめていたら、修道長が声をかけてきた。
「言っておいたわよ」
「……ありがとうございます」
「本当に良いのね?」
「……はい」
「それで、これからどうする気なの?」
「リリスの事を知らない遠くの街に行こうと思います」
「それなら、聖アレッシス修道院か教会がある所を探しましょう。何かあれば頼れば良いわ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、早速、候補地を探しましょう。良い場所をいくつか知ってるわ」
修道長はそう言って私と一緒に候補地を探してくれた。
そして、泊まり込みで働ける宿の仕事を聖アレッシス会経由で紹介してもらい、私は修道女達に見送られて聖アレッシス修道院から旅立ったのだった。
◇
「ふう、疲れたわ……」
私は今日も沢山の仕事をこなし、自室でぐったりする。
三ヶ月経ち一通りはできるようになったけど、まだまだって感じである。
そうだ、新聞を見よう。
私は思い出したように側に置いておいた新聞を取る。
ここに来た時、新聞は無料で取れると言われたのでお願いしたのだ。
おかげで、仕事をして自室に戻ったら寝るだけという生活は避ける事ができた。
早速、一面を見るがすぐに私は驚いてしまう。
そこには『悪名高いリリス嬢、子供の父親を偽った罪で訴えられる』という見出しが大きく書かれていたからだ……。
更にハートラル伯爵家もリリスの嘘に加担した罪で近々、王家より爵位を取り上げられるという記事も書いてあった。
王家の執政に関わっている公爵家を騙そうとしたのだもの……。
仕方ないわよね。
私はそう思いながら、次の記事を見る。
そこにはトラン・スペンド公爵令息が近いうちどこかの令嬢と婚約すると書いてあった。
良かったわ……。
私はそう思いながらもトラン様の事を思い胸を押さえる。
まだ、未練があったなんて……。
私は頬を伝う涙を拭いながらそう思っていると、扉がノックされ女主人が声をかけてきた。
「あんたにお客さんが来てるよ」
「は、はい。今、いきます」
私は返事しながら誰だろうかと首を傾げる。
もしかしたら、聖アレッシス会の人だろうかと思い、宿の待合室に行くとそこには喪服じゃなく着飾った服を着たエルドラ侯爵夫妻がいたのだ。
「ど、どうしてここへ?」
私は思わず驚いてしまうと、二人は笑顔で言ってくる。
「言っただろ。心の整理を付けたら必ず妻と一緒に君に会いに行くと」
「私達、やっとそれが出来たからあなたに会いに来たの」
「そうだったのですか……。きっとエルドラ侯爵令嬢も喜んでますよ」
私がそう言うと夫妻は一瞬、見つめ合い頷く。
そしてエルドラ侯爵が私に言ってきた。
「……私達はエブリンにもっと喜んで欲しいと思っているんだ。それも最高にね」
「最高にですか?」
「ああ、それはね……私達に喪服を脱がせ、またこうやって前を見て歩けるようにしてくれた恩人のアイリスさん、あなたにお礼をすることなんだ」
「わ、私にですか?」
私が思わず驚いて聞いてしまうと、エルドラ侯爵夫人が頷く。
「ええ、間違いなくエブリンが……いいえ、本当はエブリンじゃなく、あなたに喜んで欲しいの」
「……私に喜んで欲しい?」
私がそう聞いた時、エルドラ侯爵夫人が私の後ろを指差す。
その為、私は振り向くと目の前にトラン様が立っていたのだ。
「アイリス……」
「トラン様⁉︎どうして……」
「君に会いに来た」
トラン様はそう言って私の手を取り口付けをしようとしたので、私はすぐに手を引っ込める。
「いけません。こんな汚い手にそんな事を……。それに、トラン様は婚約者ができたと……」
「ああ、できる予定だ。いや、必ずエルドラ侯爵令嬢を婚約者にするつもりだよ」
「えっ……」
私は思わずエルドラ侯爵夫妻の方を向くが、二人は首を振った。
「まだ、娘はいないんだが養女にしたい娘さんがいてね」
「ええ、とっても素敵な方なの。名前はアイリスさんって言うのよ」
夫妻はそう言って私に微笑んで来ると、トラン様が言ってきた。
「これなら、君が心配してる事は全て解消になるなずだよ」
「な、何で……」
「私は諦めが悪くてね。あの日、修道院に君が居たのはわかったのだけど、修道長の言葉を聞いて君に嫌われたと思い、いったん離れたんだよ……。なにせ、まずは誤解を解かないといけなかったからね……。それで色々と動き回っていたんだ。まあ、その間にエルドラ侯爵夫妻にお会いしたり、修道長が味方になってくれたりして、やっと問題が片付いたから君に会いに来たわけだ。ちなみに今日、送った新聞見てくれたかい?」
「はい……って、まさか……」
私が驚いてトラン様を見ると、笑って頷いてきた。
「ここは実をいうと留学した時に私と仲良くなった貴族の領地でね。君がここを選んでくれてほっとしたよ」
「ここは修道長にお勧めされて……あっ……。まさか……」
「どうやら、そうみたいだね。なるほど、私は彼女の手の中だったという事か……。だが、感謝しかないな。おかげで君に危険がないように見守る事ができたからね」
トラン様はそう言って私の前に跪き、私を見上げてきた。
「どうか、私にチャンスをくれないだろうかアイリス。今度は君を必ず幸せにしてみせる」
「トラン様、私は……」
私は迷ってしまう。
こうなった原因は自分自身にもあると思っているのだ。
私自身がしっかりと家族に言えばこうはならなかったのではないかと……。
だからこそ自業自得であると……。
そんな事を考えていたら、エルドラ侯爵が誰にともなく言ってきた。
「人は間違いや誤ちをする生き物だ。だが、やり直すことはできる……」
私はその言葉を聞きトラン様を見つめると頷いてきた。
「私は判断を間違った……。もっと早くアイリスを救う為に動くべきだった」
「そんな事はありません。私は何度、トラン様に救われたか。そもそも、この結果は私自身の選んだ結果ですよ。でも……」
私はエルドラ侯爵を見ると頷いてきたので、トラン様に向き直る。
「私もやり直したいです。皆様と一緒に」
私がそう言うとトラン様は立ち上がって私の肩に手を置くと驚いて私を見つめてきた。
「……アイリス、今の君、とても良い笑顔だよ」
「えっ……。私、笑っていますか?」
「ああ、とても自然な笑顔だった」
トラン様がそう言うとエルドラ侯爵夫妻が私達の側にくる。
「娘の笑顔を最初に見るのは私達だと思ったんだがね」
「ふふ、そうね。でも、娘の幸せそうな顔を見るのが一番よ」
夫妻はそう言って微笑むと、トラン様も一緒になって微笑んできた。
そんな三人の表情を見て私は思う。
もう、家族とは笑い合えないと思っていた。
しかし、新しい家族ができ再び笑い合う事ができるようになれた。
だから、大丈夫。
きっとやり直せる。
私はそう思いながら三人に微笑むのだった。
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