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 私……レリシアが誕生日プレゼントに買ってもらったドレスを着て家族にお披露目しにいくと、妹のシルフィが私のドレスを見るなり言ってきた。

「狡いわ、お姉様だけドレスを買ってもらって!」

 私はそんなシルフィに呆れながらも説明する。

「あのね、これは誕生日プレゼントに買ってくれたドレスなの。それにあなたはいっぱいドレスを持ってるでしょう?」

 私から奪っていったドレスだってあるじゃない……。
 私はもうドレスは二着もないのよ。

 だけど、両親に溺愛されて育った妹にはそんな事は関係ないらしい。

「そのドレスが欲しいの。頂戴!」

 私は困った顔で両親の顔を見る。すると両親は笑顔で言ってきた。

「レリシア、お姉さんなんだからシルフィにあげなさい」
「そうよ、妹には優しくしなきゃ」
「……本気で言ってるのですか?」

 そう尋ねると父は困った表情で私を見る。

「何を言ってるんだ。私は本気だぞ。可愛い妹にお前はあげないと言うのか?」
「……サイズはどうするのです?」

 呆れながら尋ねると今度は母が笑顔で答えてくる。

「大丈夫よ。明日すぐにお店の人に来てもらうから」
「……私の誕生日のドレスはどうなるのですか? また買って頂けるのですか?」

 正直、ここまでくるともう諦めているが念の為、尋ねる。父は案の定、首を横に振った。

「流石に何度もそんな高いものは買えないだろう。お姉さんなんだから我慢しなさい」
「……そうですか」

 私は冷めた口調でそう言うと、その場でドレスを脱ぎ始める。
 いきなり、そんな事をしだした私を両親は慌てて止めようとするが、下着姿になった私はドレスを思いっきり投げつけると自分の部屋に駆け込んだ。

「もう、沢山よ!」

 ドレスも靴も貴重品も化粧品も人形も全部奪われた。

 私は使用人より物が少ない自分の部屋を眺めると空笑いをする。

 もう、疲れた。
 だから、良いよね……

 そして私は決心するのだった。



 レリシアが居なくなったと侍女から報告があった。
 私も妻も昨日の件で拗ねてしまい、何処かに隠れているのだろうと気にしなかった。
 だが、夕方になってもレリシアは見つからないと言われ、初めて大変な事になっていると理解した。
 そんな中、シルフィが昨日レリシアにねだってもらったドレスを着て現れたのだ。

「お父様、お母様、寸法直しが終わったんですけどこれ似合いますか?」

 そう言ってくるシルフィの姿を見て正直、髪とドレスがマッチせず似合わないと私も妻も思ってしまったが作り笑顔を浮かべ頷く。

「よ、よく、似合ってるよ」
「そ、そうね……」
「わーい! やっぱり、私にこそ相応しいドレスだったのね! じゃあ、早速、お姉様にも見せてこなきゃ!」

 シルフィが満面の笑顔でそう言うが、私達は状況を思い出し慌ててしまった。

「待ちなさい。今はそれどころじゃ」

 しかし、シルフィは気にせずレリシアの部屋に向かって行ってしまった。私は慌てて止めようとする。しかし、シルフィを止めることができずレリシアの部屋に入っていってしまったのだ。
 私は溜め息を吐くとレリシアの部屋に入る。

「シルフィ、そこは調べてもらわないといけないから……えっ?」

 私は驚いてしまう。
 それはレリシアの部屋に何もなかったから。もしかしたら、レリシアは部屋を変えたのかもしれないと思ったがシルフィの言葉で違うということがわかった。

「あれ、お姉様いないの?」
「シルフィ、ここはレリシアの部屋なんだよね?」
「うふふ、お父様何言ってるの? 当たり前じゃない。ていうか相変わらず何もない部屋ね!」

 満面の笑顔を私に向けてくるシルフィに私はゾクッとしてしまった。

 まさか……

 私は急いでシルフィの部屋に入る。そして理解すると妻の元に走り怒鳴った。

「どうなってるんだ⁉︎ レリシアの部屋には何もないぞ!」
「えっ? 何もない?」
「お前に家を任せてるんだぞ! 何故、知らないんだ!」

 私の怒声に怯えた顔をしながらも、急いで妻はレリシアの部屋に入る。しばらくして真っ青な顔をして出てきた。

「……そんな、どうやって物を持ち出したというの?」
「持ち出したんじゃない。全部、シルフィの部屋にあるんだ……」
「えっ、どういう事……あっ!」
「何故、気づかなかった?」

 私の問いに妻は黙ってしまう。すると、執事が音もなく近づき、冷たい口調で私に言ってきた。

「この件については旦那様にも何度も報告致しました。ただ、姉なので我慢するのが当然だと……」
「なっ……」

 私は執事に言われて確かに報告が何度もあった事を思いだす。
 更に今度は侍女が同じく冷めた口調で言ってきた。

「……旦那様と奥様はいつもシルフィ様しか見ておりませんでした。だから、昨日はたった一日だけ、自分を見てもらえると喜んでいたのです。けれど、そのたった一日も奪われてしまったのです」

 私と妻はその言葉を聞き、崩れ落ちてしまった。
 そんな時に陽気にシルフィが駆け寄り、ドレスの裾を掴みポーズをする。
 だが、その姿は酷いものだった。

「シルフィには淑女教育はしていたか?」

 私は執事にそう言うと首を横に振った。

「何でも途中で投げ出してしまいまして、ほとんど何もご存知ではないかと……。このことも報告しましたが」
「……そうか」

 それから、シルフィが何か言ってきたようだったが、私の耳には何も入って来なかった。
 そして、レリシアを探索する憲兵が来て色々と調べた結果、手紙が一枚見つかった。

『妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……』

 紙の黄ばみからかなり前に書いた様だった。
 ずっと前からそう思っていたらしい。
 レリシアの部屋と手紙を見た憲兵達には白い目で見られてしまい、私達は終始俯くしかできなかった。
 更に私達にはレリシアへの虐待容疑もかけられてしまい、最終的には観察処分になってしまったのだ。
 そして、数週間後、レリシアは見つかった。
 発見した状態は酷く、なんとか近くに落ちていた衣類で判別できたとの事だった。



「お母様のドレス頂戴! 後、その着けている指輪も!」
「何を言ってるのシルフィ⁉︎ これは結婚指輪なのよ!」
「そんなの知らない! お母様だけ持っているなんて狡い狡い狡い! 頂戴‼︎」
「ああああああっ‼︎」

 妻は遂に発狂して倒れてしまった。
 そんな妻の指から指輪を抜き取ったシルフィは、自分の指に嵌めて満面の笑顔をする。

「うふふ、綺麗ぇぇ!」

 私はもう止める気力も残っていなかった。
 そんな私に執事と侍女が近寄り頭を下げる。

「私達は今日でお暇を頂きます。では、失礼します」

 そう言って私が何か言う前に踵を返して出ていってしまった。
 その後、他の侍女も次々と辞めていき、この屋敷には私達三人しかいなくなったのだった。



 私はあの呪われた場所から出た後、ひたすら遠くを目指した。
 途中、森の近くに痩せ細った女性の遺体があったので、申し訳ないが着ていたドレスを引きちぎり側に置いておいた。
 これで私は死んだことになればいいと。

 現在、私は遠く離れた町でパン屋を開いている。これもシルフィに取られないように隠しておいた貴金属のおかげだ。

 さあ、今日も一日頑張らなきゃ。
 
 私はそう思いながら店の扉を開けると、外に婚約者だったクロードが立っていた。

「探したよ……」
「何でここが……」
「君が死んだと聞かされた時、あの家で唯一君に寄り添っていた二人があまり悲しそうな表情をしてなくて気になったんだ。それで調べたらここがね。だけど、ちゃんと二人に許可をもらって来ているよ」

 そう言うと、クロードの後ろから侍女のターニャが現れる。

「レリシアお嬢様、申し訳ございません」
「ターニャ……」
「彼女を怒らないで上げて欲しい」
「怒るわけないわ。彼女には感謝しかないもの。ゼバスは元気かしら?」
「はい! あそこを出てから別のお屋敷で元気よく働いてます!」
「そう、良かったわ……」

 私が胸に手を当ててホッとしていると、クロードがゆっくりと近づいて来た。私は慌てて距離を取る。

「クロード、ごめんなさい。もう私の事は……」
「それ以上は言わないで欲しい。僕の行く場所はもうここしかないんだ」
「えっ、どういうこと?」
「家を出てきた」
「はっ⁉︎」

 私は驚いてクロードを見ると、笑いながら頷く。

「親も行ってこいってさ。まあ、次男だったからそんな事言えたんだろうけど」
「クロード、良いの? パン屋よ……」
「毎日、焼き立てのパンが食べられるなら最高じゃないか。僕はこう見えても厳しい騎士団にいたからこういう生活にもなれてるよ」
「あら、じゃあ期待しても良いのね?」
「もちろんですよ、お嬢様」

 クロードがニヤッと笑うので思わず私も笑ってしまう。
 だが、すぐにクロードは真顔になると跪き、私に手を差し伸べた。

「レリシア、僕と結婚して欲しい」

 私はもちろん、その手を握って微笑む。

「はい、お願いします」

 私がそう言ったと同時にクロードは私を抱きしめる。

「はあっ、良かった……」
「もう、クロード! ターニャがいるわ」
「いいじゃないか。祝ってくれるよね?」
「もちろんです、レリシア様、おめでとうございます!」
「もう、そう言うことじゃないのよ」

 私はクロードに抱き締められながら、火照った顔を両手で隠していると、ターニャがおずおずと手を挙げて言ってきた。

「レリシア様、良いところ申し訳ありませんが、そろそろお店をお開けになる時間では?」
「あっ、いけない!」

 私は急いでクロードの腕から逃れようとすると、ターニャが私に頭を深く下げてきた。

「あの、私も一緒に働かせて下さい!」
「良いの? 正直、ターニャに教えてもらったパンが凄く売れて人手が足りなかったのよ」
「もちろんです。私、パン屋をやるのが夢だったんです。豆を混ぜ込んだりしたパンも考えたんですよ!」
「まあ、それは楽しみね。それじゃあ、二人とも今日は来たばかりで疲れてるだろうから部屋で休んでて良いわよ。丁度使ってない部屋が二つあるしね」

 私がそう言うと二人は首を振って答えた。

「何言ってるんだい。これから開店するんだろう」
「そうです、私、思いっきり動きたい気分ですからね!」

 二人はそう言って腕まくりをする為、私は申し訳ない気持ちにもなったが頷く。
 それからすぐに、二人には荷物を置いてきてもらい、店に入ってもらうと焼いたパンを並べてもらった。
 そして、全ての準備が終わると頷き合い私は店の入り口に向かった。

「さあ、開店するわよ」

 そう言って私は笑顔で店の扉を開けると、かかっている札を営業中にするのだった。


fin.
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