処刑された悪役令嬢は、時を遡り復讐する。

しげむろ ゆうき

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1巻

1-3

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「お待ちください。それなら私達が医務室に連れていきますわ。その方が王太子殿下に余計な噂が立たないでよろしいかと」
「ふむ、確かにそうだね」

 王太子殿下が納得した表情で頷いたため、私はホッとする。前回はルリアじゃなく、私が足を引っ掛けたと言ってアバズン男爵令嬢は大騒ぎしたのだ。そのせいで私はついカッとなり、怒鳴りつけてしまった。そんな私に王太子殿下は頭を冷やすように言って、アバズン男爵令嬢をさっと抱きかかえて医務室に連れていったのだが、今回はルリアのおかげで無事防げそうである。
 ……そう思っていたのに、あろうことかアバズン男爵令嬢は痛むはずの足で普通に立ち、王太子殿下に素早く近づいて腕に抱きついたのだ。

「私は王太子殿下にお願いしたいです……。勘違いして怒らせちゃったかもしれない人達に連れていかれるのは怖いです……」

 そう言って小動物のような目で王太子殿下を見つめる。案の定、王太子殿下は苦笑しながら頷き、私の方を向いた。

「そういうことだから今回は私が連れていくよ」
「……警備の者では駄目なのですか?」
「私が頼まれたんだ。責任持って連れていく」
「……そうですか。わかりました」

 私が頷き下がると、王太子殿下はすぐにアバズン男爵令嬢を抱えて医務室の方に歩いていった。そんな光景を内心呆れながら見ていると、ルリアが怒った表情で私に聞いてきた。

「なんなんですか、あの嘘吐き女は?」
「ルリア、覚えておきなさい。あれがミーア・アバズン男爵令嬢、王太子殿下と数々の男達を籠絡ろうらくしていく、娼婦のような女よ」
「えっ⁉」

 驚いて私を見てくるルリアに、目を細めて頷く。

「これからわかるわよ。あれがどれだけ異常かが……。だから、あなたは私に言われたとおり行動しなさい」

 そう言って歩き出すと、ルリアが慌てて追いかけながら声をかけてきた。

「お嬢様、そちらは教室ではありませんよ」
「いいのよ、今日はこっちに用があるのだから」

 私はそう言って学長室に向かうのだった。


「いやあ、お話は聞いてますよ。私はてっきりサマーリア公爵令嬢が婚約者に決まるかと思っていたので残念な思いです」

 学長室に入るなり、学長は残念そうに言ってくるが、これが本音でないのを私は知っている。
 学長には既に王妃陛下から新たな婚約者候補を探す話がいっており、彼は自分の親戚の侯爵令嬢をどうにかしてそうとしているのだ。
 ちなみにこの情報はサマーリア公爵家の派閥の貴族から仕入れたものである。もちろん、私も自分だけの味方を作り始めているが、今はまだまだなので使えるものは何でも使っている。
 そんなわけで学長が心にもないことを言ってるのはわかっているが、私は知らないふりをして悲しげな表情を作り頭を下げた。

「私の力が足りないばかりに申し訳ありません」
「いえいえ、そんなことはありません。あなたならきっと素晴らしい王太子殿下の婚約者になれると私は信じていますよ」

 学長は明らかな作り笑いを浮かべてそう言ってくる。きっと今の私は、学長にとって敵とまではいかないが邪魔な存在なのだろう。
 そこのところはきちんと誤解を解かないといけないわね。
 私はそう判断して、悲しそうな表情のまま再び頭を下げた。

「……ありがとうございます。私も今以上に頑張るつもりです。ですが、両陛下はどうやら私とリリアン・ベーカー伯爵令嬢だけでは不安なようで、更に王太子殿下の婚約者候補を増やすことにしたみたいなのです。婚約者になれそうなご令嬢を探させるために王宮から学院に人が来るのをご存知ですか?」

 そう聞くと学長は一瞬、探るようにこちらを見る。きっと私が婚約者候補を潰そうとしていると思ったのだろう。
 まあ、全然違うのだけれど、今はそう思われている方がこの後の驚きが大きくていいかもしれないわね。
 そんなことを思いながら学長の反応を待っていると、しばらくしてゆっくりと頷いてきた。

「……ええ、知っています。それでサマーリア公爵令嬢はどうされるおつもりですか?」

 学長が想像どおりの質問をしてきたので、私は内心笑みを浮かべながら答えた。

「私は先ほども申したとおり今以上に頑張るだけです。しかし、これだけ頑張っても今回、婚約者に決まらなかった私やリリアン・ベーカー伯爵令嬢では、もう王太子殿下の婚約者にはなれない可能性が高いです。そこで学長も婚約者に相応ふさわしいご令嬢をご存知でしたら、ぜひ推薦していただきたいのです。もちろんご親戚でも構いません」

 そう答えて悲しげに微笑むと、学長は驚いたように私を見てきた。きっと想像していたことと違う言葉を私が言ったからだろう。

「……あなたはそれでよろしいのですか?」

 学長は今度は本気で心配げな表情で聞いてきたので、私は悔しそうにしつつも頷く。

「……悔しいですが、仕方ありません。それに、私の取るに足らない気持ちよりこの国の発展の方が大事ですからね。だから、私は婚約者に相応ふさわしいご令嬢が現れればいさぎよく身を引かせていただきます」

 私がそう答えると学長は感嘆の溜め息をもらした後、真剣な表情で頷いた。

「わかりました。では、私の方でもしっかりと探し、将来王妃になり得る器量を持つ者のみさせていただきます」

 そう言った学長に、私は内心ほくそ笑む。今のやり取りで学長を味方にできたと判断したからだ。
 これで、やっと本題に入れるわ。
 私はそう判断し、今度は嘘偽りない笑顔を向けて言った。

「お願いしますね。それで、これからそういう婚約者候補が選ばれた場合、素行調査や監視がされるわけですが、学院内ではそれはされませんよね?」
「ええ、よほどのことがない限り、学院は教師と生徒代表によって問題を解決することになっていますので、外部の人間の口出しや評価は認められておりません」
「……そうなると力のない貴族の令嬢が婚約者候補になった場合、自分の派閥のご令嬢をしたいがために良からぬことを考える者が出てくる可能性もありますよね? 例えば、そのご令嬢を空き部屋に連れ込んだりして……」

 そう言って学長を見つめると、想像してしまったのか身震いしていた。

「た、確かに、それだと大問題になりますね」
「問題どころじゃありませんよ。もし、そんなことがあれば、未来の王妃を守れなかった学院、そしてその学長として未来永劫みらいえいごう語り継がれてしまいますよ? 最悪、学院自体がなくなるかもしれません。それについて学長はどのように対応するお考えでしょうか?」

 首を傾げながらそう聞くと、学長は真っ青になりながらも答えてきた。

「こ、婚約者候補になられる方には、身分にかかわらず最低でも侍女か従者を付けることを義務化しましょう!」
「さすがは学長。とても素晴らしいお考えです。ただ、何かあった場合のために監察官と記録官も置いた方がよろしいかと思います。もちろんこれについては学長のお考えとして王家にお話しされて結構ですよ」

 そう言って微笑んでみせると、学長は心底驚いた表情で私を見てくる。まあ、王家からきっと褒美がもらえるであろうアイデアをあげますよ、と言っているのだからこの反応は当然だろう。学長は生唾を呑み込んだ後に恐る恐る聞いてきた。

「よ、よろしいのですか?」
「ええ、きっとこの話をすれば王家は喜ばれますわね。ああ、それに王太子殿下にも変な虫が付かないようにしっかり付けておくといいですよ。婚約者が決まっていないとわかったら既成事実を作ろうと考える愚か者が現れるかもしれませんから」

 私がわざと顔をしかめると、学長は何度も頷いてくる。

「確かにそうですね! では、早速、案を詰めて提出したいと思います」
「ええ、もしよろしければこれをお使いください。私が簡単にまとめた提案書です」

 そう言って鞄から提案書を取り出して渡す。それに軽く目を通した学長は目を細めて頷いた。

「素晴らしい。これなら、ほとんど手を加えなくても良さそうですよ」
「それは作った甲斐がありましたわ。では、学長、この学院とロールアウト王国の未来のために頑張りましょう」

 学長に挨拶した後、学長室を出るとルリアがおずおずと質問してきた。

「あの、お嬢様は王太子殿下の婚約者になられる気はないのですか?」
「……先ほども言ったように私より優れた令嬢がいれば喜んで身を引くわよ」

 そう答えると、ルリアは呆れたように私を見てくる。

「お嬢様より優れた方がいるとは思えませんが……」
「ふふ、ありがとう。でも、私より遥かに頭が回る人はたくさんいるわよ。ただし、狡賢ずるがしこい考え方をできるかは別だけどね……」

 最後の方はルリアに聞こえないくらいの声で呟くと、私を嵌めた人達を思い浮かべ口元を歪めるのだった。


 教室へ向かうと正門で起きたことが既に広まっていたらしく、生徒達はその話で盛り上がっていた。そこに当事者の一人である私が来たものだから、早速、生徒達は好奇の視線を向けてくる。
 まったく、皆暇なのね……
 内心苦笑していると、心配そうな表情で話しかけてくる生徒がいたので、朝方の出来事を話してあげることにした。もちろん、嘘偽りなく全てをである。すると、案の定、話を聞いた生徒達は不満げな表情になっていった。

「なんなのですか、その男爵令嬢は……」
「王太子殿下に運ばせるなんて……」
「そうですよ。サマーリア公爵令嬢はよろしいのですか? 王太子殿下とアバズン男爵令嬢はあの後、医務室で楽しそうに話し込んでいたらしいですよ」
「……そうなの? まあ、私はあくまで婚約者候補に過ぎないから、王太子殿下がアバズン男爵令嬢がいいと言われるのなら喜んで身を引くわよ」

 そう言って微笑むと、教室中の生徒が驚いた顔をこちらに向けてくる。きっと「私がアバズン男爵令嬢にきつく注意してあげるわ」とか言うと思ったのだろう。そんな面倒なことをするつもりはない。それよりも、私が王太子殿下との婚約に執着していないことをこれから周りにどんどん植え付けないといけないのだ。
 そして、浸透していったら次の段階ね。
 そう考えていると、早速、えさに食いついたリリアン・ベーカー伯爵令嬢が私の前に立って睨みつけてきた。

「サマーリア公爵令嬢、あなたはあんな男爵令嬢如きに王太子殿下を取られてもいいの?」
「ええ、私は自分のできる範囲で頑張るだけよ。それで力が及ばないなら仕方ないと思ってるわ。それより、あなたは王太子殿下と最近ちゃんと会えているのかしらね?」

 嫌味も込めてそう尋ねると、ベーカー伯爵令嬢は途端に顔を歪め、うつむいてしまう。

「……私が本気を出せばすぐに王太子殿下に会えるわよ」

 そう答えると、ベーカー伯爵令嬢は大股で教室を出ていってしまう。その態度に苦笑していると、今度は近くに座っていたシレーヌ・マドール侯爵令嬢が声をかけてきた。

「サマーリア公爵令嬢、あなた何を考えていらっしゃるのかしら」
「あら、私はやれることを精一杯やってるだけよ」
「……精一杯ね」

 そう呟き、それ以上マドール侯爵令嬢は何も言ってこなかった。きっと、私をどう扱っていいのかわからないのだろう。何せ、今までは王太子殿下や婚約者のことでいじれば私は食いついてきたのだ。
 でも、残念ね。その私はもう死んでるのよ。首と胴を切り離されてね……
 私はあの瞬間を思い出しながら首をさする。
 二度とあの光景を見る気はないわ。そのためなら、私を嵌めた者達や私を殺せと言った者達を最大限に利用してやる。
 私はそう思い、頭の中で策を巡らせるのだった。


 放課後、私がお妃教育を受けに行こうと教室を出たら王太子殿下が声をかけてきた。

「バイオレット、今日はお妃教育かい?」
「……はい。ちなみに王太子殿下は何をされているのですか?」

 殿下の隣には、怯えた表情をしたアバズン男爵令嬢がいる。彼女を一瞥いちべつした後に聞くと、殿下は笑顔で答えた。

「アバズン男爵令嬢が学院内に何があるかわからないと言うから、案内しているんだよ」
「……わざわざ、王太子殿下がですか?」
「ああ、彼女と約束してしまったからね」

 王太子殿下はそう答えてアバズン男爵令嬢を見る。まあ、今の王太子殿下はあくまで無知な後輩を教える先輩として行動しているのだろうが、私からしたらまったく自分の立場を理解していないとしか思えない。しかし、私はもう王太子殿下の行動を止めるつもりはなかった。

「そうですか。それは結構ですが王太子殿下としてのご自分のお立場を忘れないでくださいね」
「ああ、わかっている。私はあくまで先輩として案内するだけだよ」
「……それなら、よろしいのですけどね。では、私はもう行かせていただきます」

 淑女の礼をしてその場を離れると、後ろから不機嫌そうにルリアが聞いてきた。

「王太子殿下はいったい何を考えていらっしゃるのでしょうか?」
「あの方はどんな者にだろうがお優しく接するから仕方ないのよ」
「でも、よろしいのですか?」
「いいのよ」

 そう言ってルリアに微笑みかける。
 私は二人の仲を無理矢理裂く気はない。もし、そんなことをすれば、また王太子殿下の婚約者になってしまう可能性がある。
 それにアバズン男爵令嬢の演技に気づかない王太子殿下は、あそこで私が口うるさく言ったらきっととがめてくるでしょうしね。
 私が王太子殿下達から離れた時、急に拍子抜けしたような顔になっていたアバズン男爵令嬢を思い浮かべる。きっと私が「王太子殿下に近いから離れなさい」と注意したら、また殿下に泣きつくつもりだったのだろう。
 残念ね。私を嵌めるのはもう無理よ。それどころか今度は私があなたを嵌めてあげるわ。
 私は振り返り、アバズン男爵令嬢の後ろ姿を仄暗ほのぐらい感情を抱えながら見つめるのだった。


 今日のお妃教育は、剣の訓練である。なぜ将来王妃になる者が剣の訓練をするのかと言うと、王妃たるもの、戦争が起きた時には剣を振るって戦わなければいけないからである。これは、かつてロールアウト王国と隣国のネオンハート王国が壮絶な戦争をしていた時、王妃も一緒になって戦っていたのが由来と言われている。まあ、今はネオンハート王国も友好国なので、戦争が起こる可能性はほとんどないのだが。

「では、よろしいですか?」

 そう言って私に剣の型を教えるのは、剣術指南の教官ミネルバである。ちなみにミネルバは幼い頃に両親を病気で亡くし、親戚であったカイエス伯爵家に引き取られ養女になっていたが、つい最近、剣術指南の教官に就任すると同時にカイエス伯爵家から抜けたのだ。
 剣術指南の教官という立派な役職に就けたのだから、何もなければきっと溺愛していた元義弟――カイエス伯爵令息と結婚できたでしょうね。
 私はそう思いながら剣を構える。もちろん、ミネルバの型なんて見ていない。子供の頃から剣の稽古をしているので型なんて見なくてもできるからだ。それにミネルバの顔を見たくなかった。この女騎士は卒業パーティーで私を力ずくで押さえつけ、その後に牢獄に雑に投げ入れたのだ。更には断頭台に上がるまで、私は毎日ミネルバに鞭で打たれたのである。
 ストレス発散のけ口にされたことは忘れないから……。それに、今回もきっとあなたの溺愛する義弟は、娼婦のような男爵令嬢に身も心も溺れるわよ。でも、け口にする相手は今回は現れないわ。
 そう思って口元を緩めると、ミネルバが声をかけてきた。

「サマーリア公爵令嬢、何かいいことがありましたか?」
「ええ、とてもいいことがありそうなんです」

 私が楽しげに答えると、ミネルバは不思議そうに首を傾げる。

「……ありそうですか?」
「ええ、きっと最高の気分になりますよ」

 そう答え、私は笑みを浮かべながら的に剣を深々と突き刺すのだった。


 始業式から一ヶ月が経ち、新入生も学院生活に慣れてきたが、私の周りはあの日以来慌ただしくなっていた。それは言わずと知れたアバズン男爵令嬢のせいである。彼女は始業式の日から私の周りをウロウロしているのだ。きっと私をまた嵌めようとしているのだろう。

「また、来てる……」

 私が高位貴族しか入れないテラス席で自習をしていると、ルリアの怒りを含んだ声が聞こえてきた。どうやら、またアバズン男爵令嬢が現れたらしい。

「確か、一年生はまだ授業中のはずよね」
「はい。やはり、私が注意してきましょうか?」

 ルリアがアバズン男爵令嬢がいる方を睨みながら聞いてくるが、私は首を横に振る。

「やめておきなさい。あれは被害者面をさせたらきっとこの国一番よ。注意なんかしたらあっという間に周りを味方にしてあなたを悪者に仕立て上げてしまうわ。それにいいのよ。もう、一学期でやる勉強は一昨日でほとんど終わらせたから。学院だって二学期までは好きな時に授業に出ればいいって言ってくれてるものね。それよりも、この場所にもいつかアバズン男爵令嬢が入ってきてしまうでしょうから、別の場所を探さないといけないわね」

 何せ、ここはそのうち王太子殿下とアバズン男爵令嬢が入り浸ってしまう場所だ。
 そして私の兄に、カイエス伯爵令息も順に追加されていくのよね。
 時をさかのぼる前は注意しに行き、悪者に仕立てあげられてしまった。そのことを思い出し顔をしかめていると、ルリアが提案してくる。

「空き部屋を使わせていただくというのはどうでしょう」
「いいわね。学長に言えばきっと許可してくれるわ」

 私は笑顔で頷き、再び教科書に目を落とそうとしたが、あることに気づき溜め息を吐く。しかし、すぐに立ち上がると淑女の礼をした。

「ごきげんよう王太子殿下」
「やあ、バイオレット。今日もここにいたのか」
「ええ、気分転換に……」

 作り笑いを浮かべながらそう答える。王太子殿下は笑顔で頷いた。

「気分転換か。私もたまにやっていたよ。ちなみにここでね」
「そうなのですか……」
「ああ。なんたって、ここは学院の中で一番気に入っている特別な場所だからね」
「ああ、だからなのね……」

 私はつい小声で呟いてしまう。どうりでアバズン男爵令嬢と仲良くなり始めてから彼がテラスに入り浸り出したわけだ。
 自分にとって特別な場所に、特別な人を招いたのね。それなら、ここで色々なことを知ることができそうだから多めに人を配置してもらわないと……
 私はそう考えた後、王太子殿下に微笑みかける。

「では、王太子殿下は特別なこの場所でごゆっくりとなさってください。私は用事ができましたのでもう行きますわ」
「そ、そうか……」

 王太子殿下は残念そうな表情をするが、私は視線を合わせずにテラス席を出る。するとしばらくして後ろから王太子殿下が追ってきた。
 いったい何の用かしらね……
 嫌々ながらも立ち止まって待っていると、王太子殿下は私の近くまで来て口を開いた。

「バイオレット、もし用事が終わったら、私とお……」

 しかし、王太子殿下は最後まで言えなかった。何故ならアバズン男爵令嬢が目の前に現れ、わざとらしく王太子殿下の前でフラついて倒れそうになったからだ。おかげで王太子殿下は慌ててアバズン男爵令嬢を抱きとめる羽目になる。

「アバズン男爵令嬢、大丈夫かい?」

 するとアバズン男爵令嬢は目を潤ませ頭を下げた。

「あ、ありがとうございます。急に目の前が真っ暗になって……」
「それはまずいな。すぐに医務室に行こう」

 演技だと気づかない王太子殿下は心配そうに言うと、アバズン男爵令嬢を抱き上げた。そして私に申し訳なさそうに言ってくる。

「すまない、彼女を医務室に連れていくよ」
「ええ、わかりました」

 私は淡々とそう答え、二人に背を向ける。するとアバズン男爵令嬢の声がすぐ後ろから聞こえてきた。

「王太子殿下って優しいんですね。それに凄い力持ちだし! やっぱり将来、王様になる人なんだなあって思っちゃいました!」
「いや、こんなのたいしたことないよ。はははっ」

 そう言いながらも嬉しそうに笑う王太子殿下に、私は溜め息を吐く。
 王太子教育で褒めてくる者ほど疑えって習っていたはずなのに忘れてしまったのかしら。いいえ、違うわね。王太子殿下は自分の考えを持っている方だったわ。まあ、間違った考えだけれども……
 私は振り向き、医務室に向かう王太子殿下を見る。そして、お互いに離れていくこの状況に、改めてもう無理だということを再確認するのだった。



 第三章 愚兄の恋


 あれから三ヶ月経った。王太子殿下とアバズン男爵令嬢は定期的に会っているようである。いや、会っているというよりも、タイミングよくアバズン男爵令嬢が王太子殿下の側に現れているのだ。
 もちろん、私は王太子殿下に軽く忠告しているが、それ以上は邪魔しないようにしている。そのせいなのか、アバズン男爵令嬢の様子や行動が前回と違って焦っているように感じられる。きっと私が何も言わないから、お得意の私虐められていますアピールができないのだろう。おかげで王太子殿下は今も、アバズン男爵令嬢を無知な後輩だと思い優しくしているだけで、恋愛感情は見られない。
 そのため、アバズン男爵令嬢は前よりも早く行動し出したらしい。
 兄がある日、ボーっとした表情で食卓に着いた。まさに心ここに在らずである。まあ、私は何が起きたか理解していたが、前回のことを知らない両親は違う。心配そうな顔で兄に声をかけた。


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