どうか、お幸せになって下さいね。伯爵令嬢はみんなが裏で動いているのに最後まで気づかない。

しげむろ ゆうき

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 あれから数日経った。家族はやはり上位貴族が睨みを聞かせているという言葉が効いたのか、ハンナが拍子抜けするほど静かだった。
 おかげで、快適に日々を過ごす事ができ、今日も授業も何事もなく終わって帰ろうとしたハンナにエリオットが声をかけてくる。

「送ってくよ、ハンナ」
「ありがとうございます」

 ハンナは笑顔で頷き、二人は馬車がある場所まで向かったのだが、途中で焦った様子のフィナが現れ二人の前に立ち塞がったのだ。

「お姉様ぁ!」
「どうしたのフィナ?」
「大変なのよぉ! お父様が倒れてしまったのぉ!」

 フィナがそう叫んでくると同時に後ろにうちに最近入ったばかりの新人侍女ホリーが現れた。

「フィナお嬢様、ハンナお嬢様、急いでお戻り下さい」
「わかったけれどお父様はなぜ倒れたの?」
「そ、それは、新人の私には良くはわからず……ただ、お二人に声をかけて戻るように伝えろと……」
「……そう、わかったわ」

 ハンナはそう答えた後、エリオットを見て悩んでしまう。それはキリオス伯爵家の問題に婚約者とはいえ他人を巻き込んで良いか迷ってしまったのだ。
 すると悩んでいるハンナを一瞥したフィナがエリオットに媚びる様な仕草で近づいていく。

「あのぅ、エリオット様は遠慮してもらって良いですかぁ。一応、デリケートな問題になりそうなのでぇ」
「あ……ああ、確かに婚約者とはいえキリオス伯爵家の問題に僕が入り込むのはまずいね。わかったよ」
「ありがとうございますぅ。じゃあ、お姉様、うちで会いましょうねぇ」

 フィナはあっさりエリオットから離れホリーを連れて足早に馬車がある方に行ってしまう。正直、一緒に行くと思っていたハンナは呆気にとられてしまったが、すぐに状況を思い出しエリオットに頭を下げた。

「エリオット様、すみませんが私は一人で帰ります」
「わかった。気をつけてね」

 ハンナはエリオットの言葉に申し訳なさそうにもう一度頭を下げてから、足早に自分が乗ってきた馬車に向かった。
 それから、タウンハウスに向かって普段より早いペースで馬車を走らせていたのだが、ふとハンナは思ってしまった。
 なぜ、新人のホリーをよこしたのだろうと。伯爵である父に何かあったのなら普通は爵位を継ぐであろう自分には状況が説明できる使用人をよこさないだろうかと思ってしまったのだ。
 だが、すぐに使用人も最低限しか人数がいないことを思い出し納得していると、突然、馬車に衝撃がきて横に倒れたのだ。
 しかも、ハンナはその際に頭を強くぶつけて叫ぶまもなく気を失ってしまったのである。





 ベッドの上でその事を思いだしたハンナは自分が事故にあった事を思いだした。

 馬車に何かあったのね……。御者のジェームズは大丈夫だったのかしら……

 ハンナは髭面でいつもニコニコしている心優しき御者を心配していると、部屋にソニアと医者と看護師が入ってくる

「ハンナ、お医者様達が来てくれたわよ」
「ありがとうございます」

 ハンナは礼を言いながら鉛のように重い体をなんとか上げようとしたら看護師に慌てて止められる。

「ハンナさん、半年間も寝ていたんですから無理しちゃ駄目ですよ」
「……半年間?」

 ハンナは驚いて看護師を見ると、頷いてきた。

「ええ、ハンナさんは馬車同士の事故に巻き込まれ、その際に頭を強く打って半年間眠り続けていたのよ」
「そんな……。じゃあ、お父様やジェームズはどうなったの?」

 ハンナが心配そうに聞くとソニアが答えた。

「ジェームズは大怪我だったけど、今は回復してるわ。そしてあなたの父親はぴんぴんしてるわね……」
「そうでしたか。良かった……」

 ハンナはソニアの言葉を聞きホッとした表情になるが、そんなハンナを見てソニアは一瞬顔を顰める。しかし、すぐに笑顔になるとハンナの頭を撫でた。

「ハンナ、半年ぶりに起きて沢山話したから少し疲れたでしょう。もう休みなさい」
「私なら……」

 大丈夫と言おうしたが、そう言われた瞬間、急に眠気が来てしまう。だからソニアの言う通りに目を瞑る。ハンナはすぐに夢の世界へと落ちていったのだ。



 ソニアside.

「……ハンナは姉さんの大切な娘。そして私にとっても大切な存在」

 ソニアは愛おしそうに静かに寝息をたてているハンナの頬を撫でた後、医者に聞いた。

「先生、ハンナはどれくらいでまた普段通りの生活に戻れますか?」
「おそらく三カ月ぐらいでしょうね」
「そうですか……。では、先ほど話した通りにお願いしますね」
「わかりました」

 医者がそう答えると、ソニアはゆっくりとハンナから離れる。
 そして部屋から出た瞬間、ソニアは唇を歪めた。

「やっと、奴らを地獄に落としてやれるわ」

 ソニアはそう呟くと誰もがゾッとするほど冷たい表情に変わるのだった。
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