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 ある日、ハンナが目を覚ますとそこは見たことない部屋だった。しかも体は鉛のように重く、思うように動かなかない。そんなハンナを覗きこんでくる人物がいた。

「ハンナっ!」
「……ソニア……叔母様?」

 亡き母の妹であるソニアが嬉しそうに何度も頷く。そして「お医者様を呼んでくる」と言って慌てて部屋を飛び出してしまう。
 そのためハンナは全く状況が把握できなかった。だが、しばらく天井を見つめていると徐々に自分に何があったのかを思いだしたのだ。





 王都にあるキリオス伯爵家のタウンハウスで仲睦まじくお茶を楽しんでいる二人がいた。一人はロクサーヌ王国の一部を治めるキリオス伯爵家の長女ハンナで、もう一人はエデュール伯爵家の二男で婚約者のエリオットである。
 エリオットは紅茶を置くとハンナに微笑む。

「ハンナは今日も領地経営の勉強をしていたの?」
「はい。今やっている領地経営の手伝いに少しでも役立てばと思いまして」

 フワフワした薄緑色の髪を軽く揺らしながらハンナは笑顔で頷く。すると、エリオットは癖っ毛のある赤色の髪を弄りながら眩しそうにハンナを見つめた。

「なら、僕もしっかりとハンナの手伝いができるように領地経営の勉強をしないとね」
「エリオット様は十分にやられているではないですか」
「そんな事ないよ。ハンナを幸せにする為にはもっと頑張らないとって思っているんだ」
「まあっ。エリオット様は優しいのですね」

 エリオットの言葉にハンナは頬をほんのり赤く染めながら微笑む。エリオットは思わずティーカップを持つハンナの手に自分の手を重ねようとする。
 しかし手が重なる直前、二人の世界に割って入ってくる人物がいた。
 ハンナの妹のフィナである。
 そのフィナだが、今日は出かけないはずなのに金色の髪を丁寧に編み込み、パーティーに着ていくようなドレスを身につけていた。
 そしてエリオットに媚びるような仕草で近づいてきたのだ。

「エリオット様ぁっ」

 フィナの声にハッとしてエリオットは手を引っ込めると苦笑した。

「や、やあ、フィナ嬢」
「もう、フィナで良いって言ったじゃないですかぁ」

 フィナはシナを作りながらエリオットを見つめる。しかし、しばらくすると今気づいたとばかりにハンナを見て驚いた。

「あら⁉︎ お姉様いたんですかぁ」
「……ええ、いたわよ。それより、その格好はどうしたの? 婚約者のルーカス・レジエット様とは今日はお会いにならないのよね?」
「はっ、当たり前じゃない。このドレスはエリオット様のために着たに決まっているでしょう」

 さも、当然とばかりに言ってくるフィナにハンナはなんと言えば良いのか悩んでしまう。「婚約者同士の時間にわざわざ割って入ってきて挨拶なんてしなくても良いのよ」と注意すればエリオットに意地悪な姉だと思われてしまうからだ。
 それに、フィナを注意したらきっと大騒ぎして父のエドモンドや義母のドナに言いつけるだろう。そうなれば、二人に理不尽に怒鳴られるのが目に見える。だから、ハンナは苦笑しながら頷くしかなかった。

「……そうね」

 ハンナはそう答えるとエリオットが困ったような表情を浮かべフィナを見つめた。

「フィナ嬢、すまないが僕はもう帰ろうと思っていたところなんだ。ハンナ、すまないけど次はうちでやろう」

 エリオットは立ち上がりハンナに微笑むと急ぎ足で去っていく。するとエリオットの後ろをフィナが慌てて追いかけていったのだ。ハンナは大きく息を吐くと頭を抱えてしまう。

 あの子は私の物だけじゃなく婚約者のエリオット様も奪うつもりなのね……

 ハンナはフィナが初めてうちに来た日を思い出す。一年前、母を病死で失いまだ喪に服している期間に父、エドモンドは隠れて作っていた愛人のドナと二人の間に生まれた子供のフィナを勝手に連れて来たのだ。
 しかも、ドナとフィナはキリオス伯爵家を我がもの顔で牛耳りはじめようとしたのである。もちろん、ハンナはエドモンドに二人の行動を止めるよう抗議をした。だが、二人の肩を持ち全く耳を貸さなかったのだ。
 おかげで、二人の態度はどんどん大きくなり、フィナはハンナのものを取ったり破いたり嫌がらせまでするようになってしまった。しかし、そんな暴虐な行動は使用人達によってすぐに防がれた。キリオス伯爵家の使用人は領地経営がまともにできなく、常にお金がないエドモンドのために親戚が用意した人達だから。
 だからこそ、彼らは領地のことを思って日々勉強に経営の手伝いをしているハンナの味方だった。何か問題を起こせば親戚に報告するとまで言ってくれたのだ。
 おかげで二人は静かになったが、どうやらフィナが我慢できなくなってきたらしい。最近はこうやってちょっかいをかけてくるようになったのである。

 困ったわ……。フィナが馬鹿な事をしなければ良いのだけれど……

 フィナが去った方を見つめながらハンナは胸のざわつきを感じるのだった。
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