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 ある日、私、リリーナ・レンブラントは婚約者であるアルタール・ロクサーヌ殿下に呼び出され、王宮の応接間に入ったのだが中の様子に困惑してしまう。
 なぜなら、応接間にいたのはアルタール・ロクサーヌ殿下だけでなく、ソニア・ロクサーヌ王妃陛下、そして私の父、ルンター・レンブラント公爵と何故か遠縁の親戚であるクレイ・モルガン伯爵にその御子息のラムダス様、そしてラムダス様の婚約者であるエリザベス様にその父、マッケン・レイダー伯爵がいたのだ。
 私はこの状況と目の前の光景が理解できずに立ち尽くしていると、王妃陛下が相変わらずの無表情で声をかけてくる。

「お座りなさい、リリーナ」

 私は王妃陛下に言われて視線を本来座るべきアルタール殿下の隣のソファーに向ける。だが、そこにはやはりレイダー伯爵令嬢が座っていたのだ。だから、どうしたら良いのかわからないでいると、お父様が隣を指差してきた。

「ここに座りなさい……」
「はい……」

 言われた通りに座ると王妃陛下が淡々とした口調で喋りだした。

「アルタール、さあ皆揃ったわよ。しっかりと話しなさい」
「はい!」

 アルタール殿下は元気よく返事をすると、隣にいたレイダー伯爵令嬢の肩を抱き寄せる。

「私はリリーナ・レンブラント公爵令嬢と婚約解消をし、エリザベス・レイダー伯爵令嬢を婚約者にしたいと思います」

 アルタール殿下は嬉しそうにレイダー伯爵令嬢を見つめる。そして見つめられたレイダー伯爵令嬢も頬を染めアルタール殿下を見つめ返した。
 やっと状況を理解した。正直、すぐに気づけなかったことを恥ずかしく思ってしまう。

「……理由をお聞かせして頂いてもよろしいでしょうか?」

 それでも冷静に努めながらそう尋ねる。するとアルタール殿下は一瞬眉間に皺を寄せる。

「リリーナ、君のそういう淡々としたところだよ。普通、そこはショックを受けるなりしないか? それに君は全く笑わない。その点エリザベスはよく笑うんだよ。そこが可愛くてね」
「……それが理由ですか?」
「それだけじゃない、エリザベスは君と違って私を労り褒めてくれるんだ。将来、夫婦になるのにそういうのは必要だろう? それになにより、一番の理由はエリザベスと私はお互いに思い合ってるのだよ。まさに真実の愛に目覚めたってところかな」
「真実の愛ですか……」

 私は思わず目を瞑る。正直、驚き過ぎて心を落ち着けないとおかしなことを言いそうだったから。だから必死にお妃教育の事を思い出し心を落ち着かせる。
 そしてアルタール殿下を観察する。王族であり、将来国王になる予定の方が真実の愛という感情論を言ってきたのだ。この人は王太子教育はしっかりとやっているのかと思ったが、そういえばよくさぼっている事を思いだし、この行動に納得してしまう。
 まあ、王族であるが人である以上、百歩譲って真実の愛は認めよう。しかし、レイダー伯爵令嬢には婚約者がいるのだ。これはどういうことなのかと思わずモルガン伯爵令息を見ると苦笑してかぶりを振ってくる。

「既に婚約解消はしていて、今日は王家と慰謝料などの最終的な話し合いに来ているのです」
「……そうなると今日が初めての話し合いではなかったのですね」

 私は今の今まで全く話し合いに入れてもらえなかった事に疑問を感じていると王妃陛下が口を開く。

「色々と忙しいあなたには申し訳ないと思って、あなた抜きで何度か話し合いはしたの。でも、決意が強いのでリリーナに最後に聞いてもらいたかったのよ」
「……そうだったのですか」

 私は王妃陛下の話を聞き、既に呼ばれた時点で婚約解消が決まっていた事を理解した。そして周りがなぜ淡々としていた理由もわかったのだった。
 深く溜め息を吐くとゆっくり頷く。
 
「婚約解消、承りました」
 
 掠れるほど小さな声でそう言う。途端、アルタール殿下は私に今まで見せた事ないほどの笑顔で微笑んできた。

「ありがとう、リリーナならわかってくれると思ったよ」

 そしてレイダー伯爵令嬢も私に笑顔で言ってくる。

「リリーナ様、私、アルタール様との真実の愛のためなららどんな事だって我慢できます。必ず立派な婚約者になると誓います」
「……そう、頑張って下さい」

 私は俯いた。長年のお妃教育が無駄に終わったのだから。その後、私はすぐに王宮を後にしたのだが、一緒にいたお父様は苛々した様子で終始無言だった。
 まあ、そうだろう。二人の出会いや関係に全く気づけなかったのだ。近いうちに殿下に婚約解消された無能で不出来な公爵令嬢と噂は広まる。
 要は私はレンブラント公爵家に泥を塗ったのだ。お父様にとって私という存在はもう見たくないはずである。

 修道院に行く準備をしなきゃ……

 私はそう思いながら屋敷に戻ると、ネリシアお母様とルシアンお兄様が声をかけてきた。

「リリーナ、大変だったわね」
「リリーナ、今日はゆっくりと休め」
「……いいえ、すぐに修道院へ行く手続きを致します」

 そう伝えて部屋に戻ろうとしたら、二人は慌てて止めてきた。

「早まっちゃ駄目よ! リリーナ!」
「そうだぞ、修道院に行く必要なんてない!」
「でも、私はレンブラント公爵家に泥を塗りました。だから、私という恥晒しはいなくなるべきなんです……」

 そう言って俯くと、眉間に皺を寄せたお父様が私の側に来て肩に手を置く。

「お前が出て行く必要はない。それと今から会って欲しい人物がいる」
「……会って欲しい人物ですか?」
「ああ」

 そう言うと同時に執事が私達の所に来て頭を下げてくる。

「お客様がいらっしゃいました」

 そして扉を開けるとそこにはモルガン伯爵に御子息のラムダス様が立っていたのだ。
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