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「お嬢様……」

 ウルフイット第三王子……

「フィーネお嬢様!」
「ひゃっ⁉︎」

 突然、ユリに大きな声で呼ばれ私は飛び上がった。そんな私をユリが受け止めると呆れた顔で見てくる。

「お嬢様、そろそろ帰って来て下さい」
「か、帰ってと言われてもまだ馬車の中……えっ⁉︎ なんでもう屋敷にいるの? 私、馬車に乗ったばかりのはずなのに……」
「はあっ……。もう、とっくに屋敷に着いてますよ。それで心ここに在らず状態のお嬢様を私が屋敷まで誘導したのです。何を言っても上の空で大変だったんですよ」

 ユリは咎めるような目で私を見てくる。そのため罰が悪くなった私は横を向きながら謝る。

「わ、悪かったわよ。で、でも、これにはちゃんとわけが……」

 私は学院でのウルフイット第三王子との事を思い出しボーッとしていると、目の前でユリが手を叩いた。

「ウルフイット第三王子と学院であった事を思い出すのはお着替えをした後にして下さい。後、髪に口づけをされた事は特に寝る前までなるべく思い出さないで下さいね」

 ユリは呆れた顔で言ってくるが、私は驚いてしまう。なんで今日屋敷に居たはずのユリが私とウルフイット第三王子との事を知ってるのかと……
 思わず、私は疲れている様子のユリに詰め寄る。

「ユリ……なぜ、あなたその事を……まさか、あなた御伽噺の魔法を使えるの?」

 真剣な顔でそう聞くと、ユリは盛大に溜め息を吐いた。

「お嬢様、覚えてないのですね……。私が御者に呼ばれて馬車の扉を開けた瞬間にまずは花が溢れ出すイメージが見えたんです。そうしたら、お嬢様が、ユリ……私、ウルフイット第三王子に恋をしてしまったみたいなの……って頬をピンク色に染めながら焦点の合ってない目で言われたんです。それから、学院での……」
「わあわあわあーーーー! いやあ、それ以上は言わないでえっ‼︎」

 私はユリの話を聞いていて恥ずかしくなってしまい、はしたないとはいえ思わず叫んでしまう。すると、何事かと屋敷中の使用人にお母様まで来てしまったのだ。
 おかげで私は更に恥ずかしくなり両手で顔を隠していると、お母様が声をかけてきた。

「まあ、フィーネちゃん、凄い声だったわね。そんなにウルフイット第三王子との事は秘密にしたいの?」
「ふえっ?」

 思わず両手をゆっくりと下ろすと、お母様や、使用人達が満面の笑顔で私を見ていたのだ。それで、私は嫌な予感がしているとユリがまた呆れた顔で言ってきた。

「お嬢様が自ら語ったのですよ。祈るように手を組みながら、私は生徒会室で……」
「わあああっーーーー! もういい! もういいからやめてえっ‼︎」

 私はユリの口を両手で塞ごうとしたが、フットワークの軽いユリはなんなく避ける。そして私の後ろにあっという間に回り込み羽交い締めにしてきたのだ。

「みんな、今日からお嬢様にはスペシャルコースをして磨き上げていくわよ」
「わかったわ!」
「えっ、スペシャルコース?」

 意味がわからなかったのでユリに聞くと、不敵な笑みを浮かべた。

「ふっふっふ、ホイット子爵家が経営している商会の人気美容商品を使ってお嬢様を更に美しくするのですよ」
「べ、別にそんな事しなくても……」

 私は美容に関しては最低限の事をすれば良いと思ってるのでそう答えると、お母様がなぜか怖い顔で迫ってくる。

「駄目よ。フィーネちゃんは好きな人に綺麗だって思われたくないの?」
「そ、それは……」

 私はウルフイット第三王子の事を思い出す。それと同時にアルバン様の事も思いだした。

「私の婚約者はまだアルバン様です。なので、申し訳ありませんがそういう事は全てが終わってからにして下さい……」

 そう言って俯くと、あんなに騒しかった屋敷の中が一瞬で静まりかえってしまった。そんな状況に申し訳ない気持ちになっていると、お母様が私の頬を撫で優しく声をかけてきた。

「フィーネちゃん、あなたがそんな顔をする必要はないの。しなきゃいけないのは別の人達よ。だから、いつもみたいに笑顔を見せて」
「……お母様」

 私は顔をあげて微笑むと、お母様はほっとした表情を浮かべる。

「あなたの言う通り、早く終わらせましょう。今、あの人が総力を使って証拠集めをしてるわ」

 お母様が微笑むと、丁度、お父様が帰ってきて私達の方に駆け寄ってきた。

「あいつらまた会っていたぞ……。それに、ダナトフ子爵家に融資していたお金の一部が、ダーマル男爵家にも流れている事がわかった」
「えっ、なぜ、ダーマル男爵家に? もしかしてアルバン様がダーマル男爵令嬢にプレゼントを贈っているのですか?」
「それもあるが、もっとでかい金額だよ。それとダーマル男爵家は隣国のモルドール王国と繋がっている可能性もあった」

 お父様の言葉に私やお母様、そして使用人達まで息を飲んでしまう。なぜなら、隣国のモルドール王国とウルフイット王国は常に小競り合いが続いているからだ。
 もし、お父様の調べた事が本当なら、我がホイット子爵家は最悪、国同士の争いに巻き込まれる事になる。私はその事を想像してしまい真っ青になっていると、同じように真っ青になっていたお母様がお父様に質問した。

「……私達はいったいどうなるのですか?」
「まずは王家に報告して私達が潔白だということを証明しなければならない。なに、うちの全てを見られても何も出ないから問題はない」

 お父様はそう言って笑う。しかし私達を安心させるために無理矢理笑っている事は屋敷中の誰もが理解できていた。そんなお父様に私は疑問を口にする。

「お父様、融資をもう打ち切ってしまうのは駄目なのですか? それに今回の不貞行為の件を伝えれば融資した分も回収できますし向こうの動きも止められるのでは?」
「いや、今、融資を止めると繋がりが途切れてしまう。まずは王家に判断を仰いでからだ。私は早速、王家に報告してくる」

 お父様はそう言って屋敷を飛び出していった。残された私達はただ、お父様の帰りを待つしかなかった。
 だが、その日にお父様は帰ってくる事はなかったのだった。
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