上 下
8 / 20

8

しおりを挟む

 翌日、お父様の手紙を持って学院に向かった。ウルフイット第三王子に渡しにいこうと思っていたから。しかし、休憩時間中に教室を出ると面倒なことにアルバン様が待っていたのだ。

「やあ、フィーネ、今日の放課後だけど良い紅茶とケーキを出すお店があるんだ。だから、一緒に行こうよ」

 私はこの時間は諦め仕方なくアルバン様の対応をする。

「……申し訳ありません。今日はお父様と一緒に出かける予定がございまして……」
「ホ、ホイット子爵と⁉︎ そ、それなら仕方ないね。僕は家族水入らずの仲を邪魔しないように家でゆっくりしてるよ」

 お父様が苦手なアルバン様は私に誘われるかと思っているのか作り笑いをして後ずさる。だから、いなくなる前に気になっていたことを聞いてみることにした。

「あの、私が作ったクッキーって甘すぎましたか?」
「えっ、クッキー? あ、い、いや、丁度良い甘さだよ」
「そうですか。ではどの味が一番好きですか?」
「……ええと」

 アルバン様は私が思っていた通りの反応をする。思わず苦笑してしまう。

 まあ、私もあげて満足していたから人の事は言えないわよね。でも、良かったわ。おかげで完全に断ち切れそう。私もあの反応を見て全くなんとも思わなかったし。

 私は内心ほっとしながらアルバン様に言った。

「……ああ、お気になさらないで下さい。最近、林檎が輸入できなくて林檎入りクッキーが作れなくなったんですよ」
「な、なんだ、それなら気にしないでよ。はははっ……」
「では、もう授業が始まりますのでお戻りになられたらいかがでしょう」
「そ、そうだね。では失礼するよ」

 アルバン様はそう言うと逃げるように去っていく。私はその背中を見て呆れていた。

 林檎は一度も入れてませんし、そもそも輸入品じゃなくて輸出品ですよ……。しかも、ご自分の領地でも取れるじゃないですか。

 私は溜め息を吐くともうアルバン様の事は忘れて教室に戻るのだった。



 放課後、私はウルフイット第三王子に籠のお礼とお父様の手紙を渡しに生徒会室に向かっていた。もちろん、アルバン様とダーマル男爵家令嬢が学院を出ていったのを確認してからである。
 ちなみに、二人にはホイット子爵家の者が後を追跡してる。お父様もやはり、自分で証拠を掴んでおきたいとのことだった。

 この分だと証拠を掴んだお父様が激怒して融資はもう出さないでしょうね。やはり、早めになんとかした方がいいかもしれないわ……

 私はそう思いながら生徒会室の扉をノックすると、ウルフイット第三王子が出てきて驚いた顔を浮かべた。

「……どうしてここへ?」

 私はウルフイット第三王子にそう言われて、自分の考えがあまりにも浅はかだった事に気づき頭を下げた。

「申し訳ありません。学院内に駐在している騎士にと言われてましたが、お父様の手紙を直接と思ったのです。でも、浅はかな考えでしたわね……」
「いや、違うんだ。むしろ、直接来てくれるならありがたい……」
「えっ、そうなのですか?」
「ああ……。ただ、大丈夫なのか?」
「はい?」

 私は質問の意味が分からず首を傾げる。ウルフイット第三王子は俯きながら言ってきた。

「俺とはなるべく関わりたくないかと……」
「……なぜそう思われたのですか?」
「疑問やわだかまりは解けたが、お前を怖がらせたのは事実だ。だから、俺とはなるべく接したくないだろう……」
「……ああ、その事なら気にしてませんよ。むしろ味方としていてくださることに心強いと思ってます」

 私が微笑むとウルフイット第三王子は顔を勢いよくあげる。

「ほ、本当か?」
「ええ」
「そうか……良かった……」

 ウルフイット第三王子はあからさまにほっとした顔になる。しかし、すぐに真面目な顔に変わった。

「それでホイット子爵からの手紙だが、やはり例の件絡みか?」
「はい、仰る通り例の件絡みです。それとこれを……」

 私は手紙と一緒に、洗濯したハンカチと栞にブックカバーが入った袋をお渡しする。ウルフイット第三王子は袋を不思議そうに見つめた。

「手紙はわかったがこれは?」
「ハンカチと籠をお持ち頂いたお礼です」
「見ていいか?」
「ええ……。でも、お気に召さなければお捨て下さい……」

 私はそう答えた後、なぜか心が締め付けられてしまう。

 本当に捨てられたらどうしよう……。いいえ、そもそも私如きがお渡ししたものなんて使わないわよね……。どうしてそんな簡単な事も考えてなかったのだろう。

 やはり、栞とブックカバーは捨ててもらおうと思い、ウルフイット第三王子に声をかける。

「あの、やはりそのお礼に渡したものですが、王族の方に対して私如きがそういうものを渡すのは失礼かと思いましたので、捨てるなりして頂け……」

 私は最後まで言うことができなかった。なぜなら、ウルフイット第三王子が私の口の近くに指を近づけたから。
 私が驚いて一歩下がると、ウルフイット第三王子は栞とブックカバーをご自分の額に当てながら目を閉じ呟いた。

「最高の宝物だ……」
「えっ……」

 ウルフイット第三王子は誰もが見惚れるような笑顔で栞とブックカバーを見つめていた。

「銀糸で縫った銀狼の栞に、革のブックカバーか。しかも、これには牙の柄がある。ふふ、俺のあだ名をイメージしたものか。ありがとう」

 ウルフイット第三王子は微笑みながら頭を下げてきた。私は一瞬見惚れてしまったがすぐに声を振り絞る。

「あ、あ、頭をお上げ下さい!」
「何を言ってるんだ。こんな素敵なものをもらったんだ。礼を言うのは当然だろう」
「なっ……」

 思わず驚き過ぎて人前なのに手で隠しもせずに大口を開けてしまう。そんな私を見たウルフイット第三王子は優しげな表情を浮かべ、ゆっくりと近づいてくると耳元で囁いてきた。

「ホイット子爵令嬢、無事終わったら俺だけを見て欲しい」

 ウルフイット第三王子はそう言って離れていくが、私には全く意味がわからなかった。だから、もう一度聞き直そうかと思ったのだが、なぜか心臓が早鐘のように鳴り、ウルフイット第三王子を見ることも声をかける事もできなくなってしまったのだ。

 お顔が見られないし話しかけられない……。いいえ……ウルフイット第三王子の事を考えるだけで心臓がドキドキして顔が熱くなるわ……
 いったいどうなってしまったの?

 私は火照った顔をウルフイット第三王子に見られない様少し俯きながらそんな事を考えていたら、お母様に言われた言葉を思い出した。

 まさか、これが恋? 私がウルフイット第三王子に?

 思わず顔を上げてウルフイット第三王子を見つめる。目が合った瞬間に私はつい背中を向けてしまった。そんな私にウルフイット第三王子は声をかけてくる。

「……どうした?」
「あ、あの、私、用事を思いだしまして!」

 そう早口で言うと生徒会室から飛びだし、馬車まで早足で歩きだす。すると、私の隣にあっという間にウルフイット第三王子が並ぶ。

「……馬車まで送っていこう」

 ウルフイット第三王子のその言葉が嬉しく舞い上がりそうになったが、必死に耐えながらお礼を言う。

「あ、ありがとうございます」

 それからはお互い無言だったが、私は幸せな気分だった。
 そして、あっという間に馬車に着いてしまい、思わず悲しくなってウルフイット第三王子を見てしまうと、なぜかウルフイット第三王子は目を見開き固まってしまった。
 私はどうしたのだろうと見ていると、ウルフイット第三王子は急に私の髪を一房掴むとそこに口付けをしたのだ。もちろん、今度は私が固まってしまったのは言うまでもない。
 そんな固まった私にウルフイット第三王子は切なげな表情を浮かべながら言ってきた。

「そんな顔をされたら我慢できなくなる。だから、今のは許せ」

 私は思わずこくんと頷くとウルフイット第三王子は馬車内に私をエスコートすると、私を見つめながら言ってきた。

「あのクズからお前を必ず救う。だから、待ってろ」
「……はい」

 そう答えるとウルフイット第三王子は力強く頷いた後、名残り惜しそうに私を見つめながら馬車の扉を閉じるのだった。
 
しおりを挟む
感想 51

あなたにおすすめの小説

あなたなんて大嫌い

みおな
恋愛
 私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。  そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。  そうですか。 私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。  私はあなたのお財布ではありません。 あなたなんて大嫌い。

恋人が聖女のものになりました

キムラましゅろう
恋愛
「どうして?あんなにお願いしたのに……」 聖騎士の叙任式で聖女の前に跪く恋人ライルの姿に愕然とする主人公ユラル。 それは彼が『聖女の騎士(もの)』になったという証でもあった。 聖女が持つその神聖力によって、徐々に聖女の虜となってゆくように定められた聖騎士たち。 多くの聖騎士達の妻が、恋人が、婚約者が自分を省みなくなった相手を想い、ハンカチを涙で濡らしてきたのだ。 ライルが聖女の騎士になってしまった以上、ユラルもその女性たちの仲間入りをする事となってしまうのか……? 慢性誤字脱字病患者が執筆するお話です。 従って誤字脱字が多く見られ、ご自身で脳内変換して頂く必要がございます。予めご了承下さいませ。 完全ご都合主義、ノーリアリティ、ノークオリティのお話となります。 菩薩の如き広いお心でお読みくださいませ。 小説家になろうさんでも投稿します。

【完結】婚約破棄した王子と男爵令嬢のその後……は幸せ?……な訳ない!

たろ
恋愛
「エリザベス、君との婚約を破棄する」 「どうしてそんな事を言うのですか?わたしが何をしたと言うのでしょう」 「君は僕の愛するイライザに対して嫌がらせをしただろう、そんな意地の悪い君のことは愛せないし結婚など出来ない」 「……愛せない……わかりました。殿下……の言葉を……受け入れます」 なんで君がそんな悲しそうな顔をするんだ? この話は婚約破棄をして、父親である陛下に嘘で固めて公爵令嬢のエリザベスを貶めたと怒られて 「そんなにその男爵令嬢が好きなら王族をやめて男爵に婿に行け」と言われ、廃嫡される王子のその後のお話です。 頭脳明晰、眉目秀麗、みんなが振り向くかっこいい殿下……なのにエリザベスの前では残念な男。 ★軽い感じのお話です そして、殿下がひたすら残念です 広ーい気持ちで読んでいただけたらと思います

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】貴族の矜持

仲村 嘉高
恋愛
「貴族がそんなに偉いんですか!?」 元平民の男爵令嬢が言った。 「えぇ、偉いですわよ」 公爵令嬢が答える。 「そんなところが嫌なんだ!いつでも上から物を言う!地位しか誇るものが無いからだ!」 公爵令嬢の婚約者の侯爵家三男が言う。 「わかりました。では、その地位がどういうものか身をもって知るが良いですわ」 そんなお話。 HOTで最高5位まで行きました。 初めての経験で、テンション上がりまくりました(*≧∀≦*) ありがとうございます!

婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

──いいえ。わたしがあなたとの婚約を破棄したいのは、あなたに愛する人がいるからではありません。

ふまさ
恋愛
 伯爵令息のパットは、婚約者であるオーレリアからの突然の別れ話に、困惑していた。 「確かにぼくには、きみの他に愛する人がいる。でもその人は平民で、ぼくはその人と結婚はできない。だから、きみと──こんな言い方は卑怯かもしれないが、きみの家にお金を援助することと引き換えに、きみはそれを受け入れたうえで、ぼくと婚約してくれたんじゃなかったのか?!」  正面に座るオーレリアは、膝のうえに置いたこぶしを強く握った。 「……あなたの言う通りです。元より貴族の結婚など、政略的なものの方が多い。そんな中、没落寸前の我がヴェッター伯爵家に援助してくれたうえ、あなたのような優しいお方が我が家に婿養子としてきてくれるなど、まるで夢のようなお話でした」 「──なら、どうして? ぼくがきみを一番に愛せないから? けれどきみは、それでもいいと言ってくれたよね?」  オーレリアは答えないどころか、顔すらあげてくれない。  けれどその場にいる、両家の親たちは、その理由を理解していた。  ──そう。  何もわかっていないのは、パットだけだった。

婚約破棄が国を亡ぼす~愚かな王太子たちはそれに気づかなかったようで~

みやび
恋愛
冤罪で婚約破棄などする国の先などたかが知れている。 全くの無実で婚約を破棄された公爵令嬢。 それをあざ笑う人々。 そんな国が亡びるまでほとんど時間は要らなかった。

処理中です...