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 屋敷に戻ると執事にお父様とお母様を呼んでもらうよう声をかけた。現在、私はユリと共に応接間で二人が来るのを待っていた。

「うっ!」

 突然、寒気を感じ身震いしてしまう。すると心配そうにユリが声をかけてきた。

「お嬢様、大丈夫ですか?」
「なんだか寒気がしたけれど今は大丈夫よ。それより、ユリにはお礼を言わないと」
「もしかして、ウルフイット第三王子に文句を言ったことですか?」
「ええ、王族にあんな事を言ったのだもの。勇気がいったでしょう……」

 私は尊敬の眼差しを向けるとユリは苦笑してきた。

「ふふふ、全然勇気なんて出してませんよ。だって、ウルフイット第三王子は全然怖くなかったですから」
「えっ……。怖くなかった?」

 私は驚く。今ではウルフイット第三王子の事は全く怖いと思わないが、ユリがああ言う前は心底怖いイメージがあったのだ。
 しかも、ウルフイット第三王子は王族である。普通はあんな事を言うのは凄い勇気がいるはずだ。

 それをユリは全然怖くないと……

 思わず理解できないという表情でユリを見ると笑いながら言ってきた。

「はい、だって……ぷぷ、お嬢様に声をかける時、ウルフイット第三王子って……ぷぷぷっ、も、もの凄い緊張してましたからね」
「緊張⁉︎ う、嘘よね?」
「嘘じゃないですよーー。きっとお嬢様の美しさがわかってるタイプなんでしょうね」
「えっ、ど、どういう……」

 思わずユリに続きを聞こうとしたら間が悪い事にお父様とお母様が入ってきてユリはさっと私の後ろに移動してしまう。結局、それ以上は話を聞く事はできなかった。

「フィーネ、用事とは何かな?」
「……それはアルバン・ダナトフ子爵令息の件です」

 そう答えると、お父様が顔を強張らせながら聞いてきた。

「ダナトフ子爵令息が何かしたのか?」
「……はい。リーシュ・ダーマル男爵令嬢と不貞行為をしています。私とユリ以外に証人もいますし証拠もあります。だから婚約を取りやめたいのです」

 するとお母様は口元を押さえて驚き、お父様は垂れ目が一気に吊り上がり、テーブルをしばらく睨む。そして、しばらくするとゆっくりと目を閉じ私に聞いてきた。

「フィーネ、証人と証拠はすぐ用意できるのかい?」
「はい、ウルフイット第三王子が証言してくれますし証拠もすぐに用意してくれます」

 そう答えるとお父様は驚愕した表情になった。

「ウ、ウルフイット第三王子が証言だって⁉︎ しかも証拠も⁉︎ ま、まさか、ダナトフ子爵は何かやらかしたのか?」
「それですけど……」

 私はウルフイット第三王子がしてくれた話と生徒会で聞いた話を二人にする。二人はみるみる顔を真っ赤にして怒りだしだ。

「ぐぬう、心優しいフィーネを利用するとは……ダナトフ子爵家は絶対許さん……」
「ダーマル男爵家もね。一生表に出られないようにしてあげるわ……」

 今にも人を殺めそうな勢いだったが、すぐにユリがカモミールティーを私達の前に置いてくれる。その香りに二人はなんとか落ち着いたらしく、紅茶に口をつけながら言ってきた。

「とりあえずウルフイット第三王子とは一度話をしないとな」
「そうね。でも、私達が突然、お手紙をお出してもすぐには読んでもらえないわよね……」
「それなら、明日ウルフイット第三王子が生徒会にいる時、私が直接お手紙を渡しておきますわ」
「そうか、ならお願いしよう」

 お父様はそう言うと、すぐに手紙を書くために部屋に行ってしまった。
 そこで残された私とお母様はユリを交えてしばらく雑談する事にしたのだが、お母様は紅茶を一口飲んだ後、思いだしたように言ってきた。

「そういえば、ウルフイット第三王子ってまだ婚約者がいないらしいわね」
「そうなのですか?」
「中々、きつい性格をしてるって噂なのよ。そうなの?」
「口は悪いですが、人の気持ちや痛みを理解できる素敵な方だと思いますよ」
「あら、まあ……」

 お母様は目を丸くして私を見た後、微笑んでくる。そして、少し真顔になりながら聞いてきた。

「もう、ダナトフ子爵令息の事は気にしてない?」
「……それがもう全然気になってないのです。これは私が冷たい人間だからなのでしょうか?」
「そんな事はないわよ。もしかしたらフィーネちゃんは本当の恋をしてなかったのかもしれないわよ」
「えっ……。本当の恋じゃない?」
「フィーネちゃんとダナトフ子爵令息を見ていて感じたのは、憧れや、兄に甘える妹みたいな感じに見えたのよね。まあ、多少は何かあったかもしれないだろうけど……」

 私はお母様に言われて確かにそんな感じであると理解する。

「じ、じゃあ、私は思い違いをしていたのですか?」
「まあ、フィーネちゃんの中でその思いが残ってないなら確かめようがないわ。でも、次に相手に触れたいとか、本人を前にするとドキドキしちゃうとか、離れてると常に相手を思ってしまう様になったらそれは間違いなく恋よ」
「な、なるほど……」

 残念ながら、私は今言われた事はアルバン様に感じなかった。いや、ちょっとドキドキしたが、それはお父様以外の男性を前にしたからだと今思えばわかる。
 衝撃の事実だった。
 アルバン様に私は恋してなかった。愛してるではなく憧れていたとは……。だが、それと同時にほっとする。

 だって、未練なく婚約を取りやめられるものね。

 私はそう思いながらも、恋をまだ知らない事に少し寂しく思うのだった。
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